Neetel Inside 文芸新都
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あてもなく外へ飛び出していた。

いや、あてならある。20時から始まる『ザ・テンポス』のライブ。俺はそのライブハウスのステージでベーシストとして演奏するはずだ。

だが、そのベーシストである俺は国道沿いの野道を這うように一歩、一歩動きを進めていた。

体を動かす度に関節がギシギシ悲鳴を上げ、頭は熱を持っていて、ぼー、とだるい。思考が鈍化している。病院を出てからまだ250メートルも歩いていない。

対向車のハイビームが俺の体を照らすと俺は自分の右手首に出来た注射針の後を睨んだ。寝ている間に3本、4本点滴を打たれたらしく血の管の上を赤い点が点在していた。

その光が通り過ぎると俺は自分の姿を客観的に振り返ってふっと笑った。こんな時間に野道を歩いている傷だらけの若者を見て乗用者はどう思うだろうか。

俺は反対車線にあった古びた時計台の時間を見上げた。現在時刻19時35分。間に合わない、と俺は思った。

すると歩道沿いを軽自動車が徐行して近づいてきた。俺がそのラパンを振り返ると手で挨拶をするようにその瞳がパッシングをした。

俺は歩みを止めてドライバーの顔を見た。見覚えのない、若い女。ラパンは俺の隣まで進むと窓が開き、女が俺に向かって声を発した。

「鈴木和樹君だよね?」

それを聞いて俺は右ハンドルのラパンの窓に顔を近づけて「はい、そうです」と答える。女は車を停め、サイドブレーキを引くと俺に向かってこう言った。

「乗りな。CLUB861 まで連れてってあげる」

俺は小さく頭を下げるとドアを開け、その車に乗りこんだ。普段の俺だったらこの女を警戒し、この短い会話のやり取りだけで自分の行く末を委ねるなんて事はしなかっただろう。

シートに乗り、ベルトを伸ばすと女が俺を見て微笑んだ。大きなサングラスをし、金色の長い髪をフロントガラスに戻すと女は車を発進させた。

カーステレオからはレッドツェッペリンの『天国への階段』が流れている。しばらく間があると俺は本来一番先に聞くべき質問を女にした。

「あなたの名前を教えて貰えますか?」「あつこ」「え?」

短い解答に俺は無意識に聞き返す。「ピンクスパイダーあつこ。この場ではそう名乗っておこうか」

あつこと名乗った女は含み笑いをしながらカーステレオに手を伸ばした。ジミー・ペイジのギターが止み、ジェフ・ベックが『Led Boots』のリフレインを弾き始めた。

「洋一とは以前一緒に仕事をしていてね。煙草は吸う?」

煙草のケースを向けられ俺はそれを断わった。「吸っても大丈夫?」俺に許可を取るとあつこは煙草に火を着け、煙を窓の外に向かって吐いた。

「洋一からキミの事は聞いてる。キミが事故に巻き込まれて昨日からそこの病院に入院している事もね」

それを聞いて俺は窓の外に視線を落とす。

「もし来る途中にワッキの奴を見かけたら一緒に連れてきてくれ、って頼まれてたんだ。怪我は大丈夫?」「わからない」

俺は手のひらを開いて深く指を握り締めた。腕の腱の収縮が鈍く感じる。「でも、演るしかないんだ」俺は自分に言い聞かせるように言った。

それを聞いてあつこがふふふっと笑う。「キミのそういうとこ、洋一によく似てるよ」「まさか」

ベックの熱演が終わると今度はリッチー・ブラックモアのやかましい演奏が始まった。あつこは二本目の煙草に火を着けると俺に聞いた。

「私、いくつぐらいに見える?」突然の質問に俺はなかなか答えを見つける事ができない。「25歳くらいですか?」俺が答えると彼女は煙草を吹き出して嬉しそうに笑った。「永遠の17歳よ。私は」


車は市内に入り、狭い路地が続きあつこが窮屈そうにラパンを右折をさせると繁華街の街並みが見えてきた。「この辺りでいい」「大丈夫?歩けんの?」

俺がシートベルトを外すとあつこが俺に声をかけた。「キミ、お金持ってるの?楽器は?」それを聞いて俺はラパンの天井を見上げた。

ベースはおろか、財布と携帯さえ病室に置いてきたままだったのだ。「キミ、見た目によらず無鉄砲なんだね」繁華街の手前で車を停めると俺達は車を降り、あつこは後ろのトランクを開けた。

「これ、使いなよ」あつこはベースの入ったケースを俺に向けた。「でも、」「いいから」

あつこからケースを受け取ると俺は頭を下げた。「すいません。何から何まで、ありがとうございました」「いいって」サングラスを外し、長いまつげが顔を出すとあつこは俺をみて微笑んだ。

「私、車停めるとこ、探してくるから」車に向かう足を停め、あつこは俺に振り返って言った。

「生きてる証をこの夜に打ち付けてみせてよ」それを聞いて俺はうなづく。「いい夜になることを祈ってるよ」

あつこは車の乗り込み、ドアを閉めるとキーを回しエンジンをかけてもう一度俺を振り返った。大丈夫というニュアンスの笑みを返すとラパンは発進し、俺は繁華街の中心を目指して歩き始めた。

       

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