Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

俺は妹のアイコに話をした。おまえは俺の想像上の妹である事。俺は自分の中の幻想世界を捨て、外の世界で生きていくという事を噛み砕いた表現でアイコに伝えた。

アイコは俺の言葉にうなづいたり、首を振ったりした。とても俺の決断に納得できない、理解できないという様子だった。学園祭の開始を告げるチャイムが鳴った。

もういかなければならない。「アイコ、」俺は妹に告げる。短く、深い愛の言葉を。「愛してる」それを受けてアイコは目に涙を浮かべた。

「そんなこと、言われたら、消えられなくなっちゃうじゃない」唇を噛み、俺は同じ言葉を繰り返す。「愛してる」それを受けてアイコは歩き出した。

そして通路の角に差し掛かると一度だけ俺を振り返った。「さよなら、お兄ちゃん」アイコの姿が消えると俺は3歩、そちらに向かって歩き出したが、やめた。

悲しみに暮れている暇はない。今の俺にはやる事がある。想いを断ち切るように、決心を確信に変える為に、俺は玄関に向かって駆け出した。


「さぁ、やってきました向陽高校学園祭!学祭ライブのトップを飾るのはご存知!ティラノ洋一率いる『ザ・テンポス』です!!」

玄関で靴を履き替えるとグラウンドから歓声が響く。進行役がライブの概要を伝え始める。急がなくては。すると後ろから声をかけられる。

大きな影に意を決しておまえは振り返る。見よ。その桜田という男は20分後におまえの演奏を見て感涙し、
「見ろ!これが俺の知る鈴木和樹だ!!俺が尊敬する、誇りに思う男の歌だ!!」と校庭中に響くような声で歓声をあげる男だ。

しかし今の桜田にその前兆はなく、冷たい眼差しでおまえを見下ろしている。「ライブは始まったはずだ。逃げるのか?」

それを聞いておまえは言い返す。「ちょっと色々取り込んでててな。今から参加する」それを聞いて桜田は笑う。

「本当だ。命を賭けよう」「小学生のガキか、お前は」ガキ大将だった桜田の声は治りかけたアバラ骨によく響く。

もし桜田が音楽の魅力に取り憑かれ、ボーカリストを志していたらこんな所で俺に絡まなかったはずなのに、とおまえは思う。

「あんたも観に来てくれ。俺が逃げないよう、客として見張っててくれ」「ほう。それは楽しみだ」

顎ひげを撫でる桜田を見ておまえは踵を返す。グラウンドの歓声が大きくなっていく。


「ども!皆さん、ステージで脱糞して以来ですね。みんなのアイドル、ティラノんこと平野洋一です!ヨロシクゥ!!」

バンドメンバーのティラノ洋一が調子よくマイクを掴むと生徒達の歓声が笑い声に変わる。おまえはグラウンドに向かう足を止め、入口の露店に向かって駆け出す。

逃げるのか?いや、おまえにはある確信があった。あいつはまだグラウンドには行かず、ここに居る。ティラノがメンバー紹介を始める。

「スペシャルテクニックマスタードラマー、略してスペルマドラム、山崎あつし~」「意味分かんない説明するなよ!」

あつしのタム回しを笑い声が包み込む。「それと、」思わぬメンバーの紹介にお前の心音は跳ね上がる。

「正規メンバーがまだやって来てないので...もう2回目です。もう慣れっこです。穴埋めメンバー、ミヤタショウヘイ!」

おまえが安心して息を吐き出すと、驚きの声とベン、ベン、と弦を弾く音が響く。

「おまえがメンバーいないって言うからステージに上がっただけなんだからな!高校生活最後の思い出に学祭ライブに出て目立とう、って算段じゃねぇからな!」

「皆さん、ツンデレサポートメンバーに大きな拍手を~」「いや!そんな!でへへ...」

おまえの代わりにベースポジションに立っているであろうミヤタという男に観客の暖かい拍手が贈られる。おまえは首を回してあの女の姿を探す。

「それでは時間もおしてるようなので...イっちゃいましょう!学祭1曲目!『ガールフレンド』!!」

ティラノが新曲のタイトルコールをすると観客が静まる。ギターをかき鳴らしながらティラノがマイクに顔を近づける。今年度の学祭ライブの幕が上がった。

「ボクがキミの恋人になったら四六時中キミを想うだろう。汚れたテディベアを捨ててキミを抱いて眠るだろう」

愛を想う歌詞を聞きながらおまえは露店の前を一件、一件周る。中庭でピエロの格好をした男が一輪車の前でお手玉を繰り広げている。

人数の足りない吹奏楽部が応援歌の練習に明け暮れてる。風船屋がガスをビニールに詰め込んでいる。

居た。りんご飴屋の影に同じ学校の友人と一緒にこの学園祭にやってきた泉あずみを目指しておまえは腕と足を振ってその影を追いかける。

「泉!」声をかけられて浴衣姿の女が振り返る。女は「どうしたの?」という表情を浮かべたが彼女は最初からおまえがここに来る事を分かっていた。

隣にいた友人が「あ、私他の娘と話してくるね」と舞台から退場する。その舞台の上でおまえは泉に向き直り、呼吸を整えて泉に告げる。

バンドの演奏が大きくなっていく。「キミがもしもボクのガールフレンドだったら~」

「泉!俺、ずっとおまえの事が...!」「大切にするよ~」

ティラノの歌声がおまえの告白を打ち消した。手を離した風船が空に浮かび上がり、吹奏楽がファンファーレを奏で、ピエロは転倒して額をアスファルトに打ち付けた。

おまえは一世一代の告白を邪魔されて頭が真っ白になる。「え?」泉が今のおまえの言葉を聞き返す。「ああ、もう!平野の野郎!!」

おまえは行き場のない怒りで地団駄を踏む。「ライブ!ライブを演るから!!」開き直ったようにおまえに言われて泉はきょとん、とした表情を向ける。

「その後に、今言った事、もう一度いうから!だから観にきてくれ!いまからステージに立つから!」「あ、うん」

呆気にとられたように泉がうなづく。おまえはグラウンドに向かって一目散に駆け出す。ずいぶんと大胆な愛の告白を振り返って恥ずかしくなる。

その間にも演奏は続く。「キミがもしもボクのガールフレンドだったら~、キミがもしもボクのガールフレンドだったら~世界で一番、大切にするよ~」


「悪い、通してくれ!」1曲目が終わるタイミングでおまえはステージ裏の楽屋に潜り込む。ステージの3人を大歓声が包み込む。

おまえは運び込まれていた自分のベースを左手で掴むとステージに繋がる階段を目指した。その入口には髪を栗毛色に染めた板野やよいが腕を組んで壁にもたれかかっていた。

「遅れてすまない」おまえの言葉にやよいは薄いくちびるを開く。「8分と43秒、遅刻よ」すれ違い様にハイタッチを交わすとおまえは階段を登り、出口で僕の姿を見つける。

おまえは一瞬躊躇するが、自分のやるべき役を思い出して僕を素通りする。あの日から一回り成長したおまえに僕は言う。

「見せてくれよ。村人Dの脇役っぷりをさ」村人Dはもういない。「三銃士は見つかったのか?田舎者」

俺は主役を待つ一大舞台にあがる。「ああ、魅せてやるよ。村人Dのその後をな」かんかんと照らす光りの中、自分の名を呼ぶ渦の中へ俺は飛び込んでいった。


これは俺の、鈴木和樹の物語だ。

       

表紙
Tweet

Neetsha