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『遊戯王M 第七話』

 やあ! 俺は図画 遊鎧! 28歳のデュエリストだ!
 前回、審査委員って名乗るつなぎの同性愛者っぽい男に勝って、俺はセカンドステージ進出権を得たらしい。
そのつなぎの男の言ってた“迎え”が来るまで家に引きこもってたんだが……。
「もう三日じゃねぇか……」
 一向に音沙汰がねぇ。俺はイライラしていた。
 そんな時、ドアがノックされた。
「遊鎧……いるの?」
「あぁっ!? うるせぇババア!」
 母親だ。まだ食事が運ばれてくる時間じゃない。どうせまた将来がどうのこうの、就職がどうのこうのってお説教に決まってる。
「あのね、遊鎧にお客さんが……」
「客? 出るからさっさと消えろよ」
 母親がドアの前から去ったのを気配で確認すると、俺は足音を忍ばせて玄関の前まで向かった。そっとドアスコープで外を見ると、黒服の男が立っていた。ゆっくりと、ドアチェーンを掛けたまま数センチだけドアを開く。
「図画 遊鎧様ですか?」
「……あんたは?」
「バトルタウン運営委員会の者です。セカンドステージのお迎えに参りました」
「ホントか!?」
 黒服の男は頷いた。
「はい。つきましては、ご準備をお願い致します。セカンドステージは一週間程度、泊まりがけでの開催を予定しておりますので」
「わかった、ちょっと待っててくれ」
 俺はドアを閉めると、部屋に戻りデッキとデュエルディスク、それとリュックにゲーム機やらを適当に詰め込んで戻った。
「準備できたぜ」
 俺が玄関から外に出て、黒服に話しかけた。
「それではこちらへどうぞ」
 そこには一台の軽トラが停まっていた。
「……こういう場合、ベンツとかじゃねぇのか?」
「生憎、予算に限りがございますので」
 俺は渋々軽トラの助手席に乗り込んだ。軽トラである意味、あるのか?
「恐れ入りますが、これをお着け頂けますでしょうか?」
 運転席に座り込んだ黒服が、俺に何かを差し出してきた。それはアイマスクのようだった。
「別に、眠くねぇけど」
 ここ三日、部屋でゴロゴロしていたので睡眠は充分に取っている。
「いえ、規則で行き先をお教えするわけにはなりませんので、ご着用をお願い致します」
 俺は口を尖らせながらもおとなしくアイマスクを着けた。
「それでは参ります」
 黒服がそう言うと、やがて車のエンジンが掛かる音がした。いくら眠くないと言っても、視界を塞がれてやることもなければ自然と眠くなる。俺はデジタルオーディオプレイヤーを取り出すと、イヤホンからアニソンを流しながらボーっとしている内に眠ってしまった。

「遊鎧様、起きてください」
 黒服の声で目が覚めた。
「これ、取っていいのか?」
「構いません」
 俺がアイマスクを取ると、そこは港だった。
「へぇ、港か。船にでも乗るのか? まるで王国編だな」
「はい。これからあちらに停泊中の船にご乗船頂きます」
 黒服に促され、俺はコンクリートで固められた港に降り立った。黒服が向かう先には、無駄にでかくて豪華そうな船が停まってる。いかにも豪華客船、って感じだ。タラップの周りに、人の群れがある。
「あちらでお待ちください」
 俺は人の群れの中に案内された。キョロキョロと辺りを見回すと、ほとんどの奴がデュエルディスクを付けている。中にはカードを見ている奴もいる。
(ははぁん……。こいつらがセカンドステージ進出者だな……)
 しばらくすると、別の黒服の男がやって来た。
「お待たせ致しました。セカンドステージ進出おめでとうございます。これより、セカンドステージの舞台へとご案内致します」
 そう言って、黒服がタラップを上がって行く。全員がそれに続いた。
「おっととっ!」
 俺は途中の段差でつまづき、転びそうになった。あぶねぇな……。
「あっ!」
 同時に、隣で小さな声が上がった。同じく段差でつまづいた奴がいるらしい。しかし運動神経が鈍い割に何とか体勢を立て直した俺と違い、そいつはほとんど膝を着くように転んでしまった。辺りにカードが散らばる。
 少し悩んでから、俺はしゃがみこんでカードを拾ってやった。
「ほら、カード」
 俺が拾い集めたカードを差し出す。
「あ、ありがとうございます……」
 気の弱そうな男だった。それほど歳もいってないだろう。下手したら高校生くらいかも知れない。
「自己申告だけど、なるべくカードは見ないように気を付けたからな。デッキを盗み見た、とか後でケチが付いたら嫌だしな。それと、落ち着いて念のためカードの枚数を確認しておけよ? 見落としがあるかも知れないし、俺がガメた可能性もあるからな」
「そんな……ご親切にして頂いた方を疑うなんて……」
「ばーか、原作の城之内はそれでどうなったよ? いいから、相手を疑うのもルールとマナーだぜ? デュエルディスクのオートシャッフルを使わない時は、シャッフルした後は相手がカットするのが大会のルールだろ?」
 気の弱そうな少年は照れたように下を向くと、ゆっくりとカードを数え始めた。
「ありがとうございました。全部ありました」
「なら、急ごうぜ。置いて行かれる」
「あの……!」
「ん?」
「よろしければ、お名前を……」
「俺か? 俺は遊鎧だ」
「遊鎧さん、ですか。僕は貝原 遊参です。もしセカンドステージで決闘することになったら、その時はよろしくお願いしますね」
「遊参か。よろしくな!」
 そして俺と遊参は急ぎ足で集団の後を追った。

 俺達は船のホールの中に案内された。
「すげぇ……豪華だぜ……!」
「ここがセカンドステージの舞台なんですかね……」
 俺が感嘆の声を上げる。遊参がそれに答えた。
「それではセカンドステージのルールを説明するまえに、身体検査を行いますので皆様、順番にお部屋へお越しください」
「身体検査ぁ……?」
 俺が怪訝に思っている内に、一人が呼ばれて脇の個室へ連れて行かれた。しばらくすると出て来る。
「図画 遊鎧様」
「お、おう」
 俺の名前が呼ばれた。俺が大人しく個室に入って行くと、中には黒服がいた。服を脱ぐように言われ、仕方なく大人しく服を脱ぐ。黒服は脱いだ服や俺の体を調べていた。
 何だか非常に気持ちが悪い。
「失礼ですが、現金が入っているのはこちらのみですね?」
 そう言って、俺の財布を示す。
「ああ、そうだが」
「それでは、お手持ちの現金から四千円以上、一万二千円以下まで船内に持ち込めます。残りは預からせて頂きます。尚、所持金が四千円以下の場合はその旨をお伝え下さい」
 俺はしばらく考えた。こいつらの意図はわからないが、確か所持金は家を出て来る時に少し多めに持って来たから、三万はあるはずだ。どうせ取り上げられるなら、少しでも多く自分で持っていた方がいいだろう。
「なら、一万二千円」
「かしこまりました、失礼致します」
 そう言って、黒服が俺の財布から勝手に一万円札を二枚抜き取り、代わりに千円札を三枚と五千円札を一枚、財布に戻した。そして俺に見えるようにわざわざ千円札で十二枚、一万二千円を封筒に入れると、俺に差し出してきた。
「こちらが、船内に持ち込める現金になります」
「どうでもいいけどよ、そろそろ服着れねぇのか?」
「失礼致しました。どうぞ」
 俺は服を着ると、封筒を受け取って部屋を出た。

 やがて、全員が身体検査を受けた。内容が俺と同じなら、全員財布を取り上げられて、所持金は四千円以上、一万二千円以下の状態なのだろう。
「それではルールを説明します。まず、当然これから行うのはデュエルの大会です。しかし特殊ルールにより、皆様の現金がライフポイントとなります」
 周囲が途端にざわめき出す。
「デュエルでは所持金から4000ポイント以上のライフを支払わなければなりません。もし所持金が四千円以下の場合、デェエルを行うことはできません。その場合、リタイアするか、二つの救済措置を用意しております。まずひとつ、こちらで四千円まで融資したします。ただし利息は一時間で一万円になります」
「暴利じゃねぇか!」
 サラ金規制法もミナミの帝王も真っ青だ。
「ルール上仕方ないのです。もしくは、こちらのメニューに書かれたアルバイトをすることができます」
 そう言って別の黒服の方を手で指す。黒服が持っているメニューには『皿洗い』や『掃除』などと書かれている。どれも時給は概ね五百円だった。
「最低賃金割ってるぞ!」
「こちらもルール上仕方ないのです。そして、デュエルの勝者は相手のデュエル開始時のライフポイントに相当する額の現金を手に入れることができます」
「賭博罪に抵触してんじゃねぇか!」
「ルール上……少し静かにして頂けませんでしょうか? 失格にしますよ。そして、一週間以内に先に現金十万円を手に入れた者二人がサードステージ、決勝戦へ進むことができます。なお、宿泊するための部屋はこちらでご用意したしますが、皆様は本船のサービスの一部を現金でご利用することができます。以上になります。それではただいまより、セカンドステージを開始致します!」
 しばし俺が呆然としていると、遊参が話しかけてきた。
「期間は長いです。とりあえず、寝泊まりできるっていう個室を下見してきませんか?」
「それもそうだな……」
 俺達は個室の場所を尋ねると、そこへ向かった。

 個室は地下にあった。ほとんど下っ端船員用の部屋みたいで、豪華客船の面影はない。
 部屋の中ももしかしたら倉庫だったんじゃないだろうか。空っぽの部屋にマットレスが一枚敷いてあるだけだった。そこにまるで刑務所みたいに、便器と水道だけがある。蛇口を捻ると透き通った水が出たので、これは自由に利用できるようだった。
 通路に沿って左右に全部で六部屋ある個室、その突き当りに、券売機があった。『アンパン』だの『カップラーメン』だの、果ては『歯ブラシ』や『週刊誌』までいろいろある。どれも定価の倍以上の値段だった。
「飯が食いたかったら、これを買えってことか……」
「そうみたいですね……」
 その隣には、受話器がひとつ壁にかかっていた。その脇のプレートに、『アルバイト希望の方はこちらまでお申し付け下さい』という一文と、アルバイトの内容と時給が書かれている。
「とんでもないところに来ちゃいましたね……」
「まあ、何が起きてもカードゲームではよくあることさ。デュエルは何でもありだからな」
「遊鎧さん……」
「何だ?」
 遊参が沈痛な面持ちで語り始めた。
「僕……リタイアしようと思うんです……」
「おいおい、まだセカンドステージは始まったばっかりだぜ?」
「僕にはできる気がしません……。僕は心も体も弱くて、学校にも行けないし、働くこともできないダメな人間です。そんな僕が、こんな厳しいルールで勝ち残るなんて無理です……」
 そう言って俯く遊参。
「バカ野朗! 俺だって高卒だ。それに、今までたったの一度も働いたことなんてねぇ。おまえ、この大会のルールをもう忘れちまったのか? 借金したり、働いたりするのはライフがなくなった時、つまり負けた時だけだ。要は勝ちゃあいいんだよ」
「僕には勝てる自信も……」
「大バカ野朗! おまえはファーストステージを勝ち上がったんだろう? 十枚の『MNo.』を集めたんだろう? 何でその実績を信じない? そりゃあ、俺だって高校入試に受かった時のことなんて、今じゃ何の自慢にもならねぇ程落ちぶれちまったけどな、とどのつまり、俺らのやってることはデュエルだ。自分を、自分のデッキを信じろ。それができないなら……確かにおまえはリタイアするべきだ。ただし、その時はデュエリストを辞めるんだな」
「遊鎧さん……」
 少し言い過ぎたかと思ったが、遊参はしばらくして顔を上げた。
「僕、やってみます。僕は学校にも行けないし、働くこともできないけど……デュエルだけは負けたくないです!」
 俺はニッと笑って応えた。
「それでこそデュエリストだぜ。決めた、決勝の相手はおまえだ。さぁ、頑張ろうぜ!」
 そう言って俺が背中を向けようとすると、遊参が呼び止めた。
「待って下さい、これを……」
 遊参が差し出して来たのは、一枚のカードだった。
「これは……?」
 俺はそれを反射的に受け取った。
「それ、遊鎧さんが使って下さい。きっと、遊鎧さんを助けてくれますから……よかったら、デッキに入れてやって下さい」
 俺はそれをデュエルディスクのデッキホルダーに差し入れた。
「ありがとな!」
 こうして、俺のセカンドステージが始まった。

第七話・完








       

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