Neetel Inside 文芸新都
表紙

ぼっち企画
銀河間空間一人ぼっち/安土理庵

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 この空間に、僕は一人ぼっちだ。一〇〇光年四方には人間どころか、あらゆる生物が存在せず、星すらもない。あるのはただ、僕の乗っている金属でできた宇宙船だけだ。

 またいつもの一日が始まった。船内のタイマーが地球標準時の朝を告げ、僕は目が覚める。だが、朝日は差し込んではこない。窓を覗いてみても、外は真っ暗だ。船外カメラで後ろを見れば僕の同胞が住んでいるだろう天の川銀河が、前方を見れば目的地のおおいぬ座矮小銀河が見える。だが、そのいずれも地球上での太陽のような明るさはなく、全天を照らすことはできない。
 資源節約のために水を使わない歯磨き粉を使って歯を磨き、シャワーを浴び、レトルト食品や船内で繁殖させているクロレラを電子レンジで調理して朝ごはんにする。朝ごはんの一部はみんなの写真の前に置き、供える。そして手を合わせる。手を合わせたあとは、僕一人でごはんを食べる。これがあの日以来続いている僕の朝だ。あの日までは、みんなで一緒にご飯を食べ、みんなで楽しく仕事をしていたのに。

 僕が他のみんなと一緒にこの船に乗って宇宙へ旅立ったのはもう五年も前、二一一〇年の事だった。その二〇年前、天の川銀河から最も近い銀河であるおおいぬ座矮小銀河の星の一つから、謎の電波通信が届いていることが明らかになったのだ。その星に超光速タキオン通信を発射したところ、返答が届いた。人類史上初めて、別の銀河に住む知的生命体とのファースト・コンタクトに成功したのだ。だが、ただ通信を交わすだけではつまらない。何回か通信を交わすうちに、実際に会ってみたいということになった。その結果、それぞれが超光速宇宙船を打ち上げ、両銀河の中間地点でランデブーしようということになったのだ。
 天の川銀河系外文明との接触の任務を帯びた僕たちは、宇宙船に乗って飛び立った。一〇年にも及ぶ飛行が予想されたので、食料や水、それに空気を最小限にするために乗員は一〇人に抑えられた。一〇人の乗員は世界各国のいろんな人種から選ばれており、僕は日本人代表だった。
 様々な人種で構成された僕らはトラブルが予想されたが、案外うまくいった。皆が訓練されて選抜された宇宙飛行士だったし、言葉の問題は自動翻訳機が解決してくれた。みんないいやつだった。アメリカ人のニックは陽気で、落ち込みがちな僕を励ましてくれた。フランス人のエディットは綺麗で可愛らしく、優しい女性だった。ドイツ人のアドルフは厳格でクソ真面目な奴だったが、それでも思いやりのあるいいやつだった。ロシア人のニコライ、中国人のサモハン、韓国人のガンウ、インドネシア人のムハマド、南アフリカ出身のネルソン、彼らもみんないいやつだった。
 中でも僕が一番好きだったのはアルジェリア人のアシアだった。彼女はとても綺麗で、友好的で、誰にも別け隔てなく接していた。誰もが彼女のことを好きだった。そして、僕はその中でも一番彼女を愛していた。僕とアシアはいつの間にか恋に落ちていた。任務を終えて地球に帰ったら結婚しようと約束していた。みんなも僕らのことを祝福していた。

 だが、そんな日々はあの日、唐突に終わりを告げた。
 三年前、船がワープを行い、銀河辺境を離れ、広大な銀河間空間に出ようとしていた時だった。当然のことながら、人類は今まで天の川銀河を出たことがなく、この付近の観測は行われていなかった。それがいけなかったのだ。僕らは何も知らないまま、死への道を進んでいたのだ。
 銀河と外宇宙との境目には、磁場によって捕まった強力な宇宙放射線が充満していた。地球にヴァン・アレン帯があり、太陽系にヘリオポーズがあるように、我々の住む銀河系にも外宇宙から来る宇宙放射線を防ぐ機構があったのだろう。しかし、今はもうデータが残っていないので分からない。強力な宇宙放射線が僕らの船を貫いた時、データを入れているストレージが破壊されてしまったからだ。
 それは突然だった。突如船内に警報が鳴り響き、それと同時にみんなの悲鳴や呻き声が聞こえてきた。電子機器が火花を散らし、照明が激しく点滅し、何もかもがめちゃくちゃになった。
 ちょうど僕は対放射線重防御区画の点検をアシアと行なっているところだった。この区画は強力な宇宙放射線の危険に晒された時に乗員が非難する区画で、通常区画よりも厚い鉛の壁と重水で満たされた壁で囲まれていた。僕は内側から、アシアは外側から点検を行なっていた。それが、僕らの生死を分けた。アシアは警報が鳴ると同時に苦しみ始めた。僕は彼女を重防御区画に入れようと手を伸ばしたが、彼女はその手をはねのけ、重防御区画のドアを閉めた。彼女は自分がもうダメだと気づいていたのだろうか。今はもうわからない。
 僕は堅く閉められた重防御区画の中でみんなの名前を叫び、ドアを叩いた。ドアを開けたかったが、かろうじて生きていたコンピューターによってドアは完全にロックされていた。放射線嵐を過ぎるまで、僕は中に閉じ込められていた。
 10時間後、やっと放射線嵐を抜けてドアが開くようになり、僕は外に出た。
 重防御区画の外は悲惨だった。電子機器は焼きただれて、照明は火花を未だに散らし、まるで火災現場のようだった。
 しかし、何よりもひどかったのはみんなの様子だった。皆、皮膚が焼けただれ、身体中の穴という穴から血を流して死んでいた。ニックも、エディットも、アドルフも、みんな醜い姿になって死んでいた。もちろん、アシアも。彼女の小麦色の肌は失敗したトーストのように黒く焼け焦げていて、それを血がところどころ赤く染めていた。僕は彼女を抱きしめて泣いていた。怒りと悲しみで胸がいっぱいだった。
 涙が枯れ果てたあと、僕はみんなを葬ることにした。宇宙葬だ。そのまま宇宙に流すのはかわいそうなので宇宙服を着せることにした。他の人が宇宙服を着る手伝いをしたことはあっても、死人に宇宙服を着せるのは初めてだった。作業を楽にするために宇宙服を着せるときは人口重力制御をオフにしておいたのだが、それでも手が震えてなかなか着せることができなかった。宇宙服を着せたあと、僕はみんなを一人ずつエアロックに入れて宇宙に流した。みんなが永遠にこの何もない宇宙空間を漂うかと思うと、僕は悲しくて仕方なかった。
 船の状況は深刻だった。電子機器の半分は壊れて使い物にならなくなった。ワープエンジンは壊れていなかったものの、航法システムが操作できなくなっていた。進路変更ができず、目標地点へ向けて二日に一回のワープを延々と続けることになる。こんな状態で航行を続けることはできない。地球にSOSを送らなければいけなかった。
 だが、最悪なことにタキオン通信機が壊れていた。
 もう船は地球から何千光年も離れている。これがなければ、地球にSOSを送ることはできない。通常の電波通信機では地球まで届くのに何千年もかかる。救出は期待できない。

 こうして僕は宇宙に一人ぼっちになった。エイリアンとのランデブーも難しいだろう。向こうが指定の座標にぴったりワープできるとは限らない。もしかしたら何光年も離れた場所にワープアウトすることも考えられる。そうなると、ビーコンを出して自分の船の位置を知らせなければいけないが、電波だとそれは絶望的だ。おそらく、向こうは気づかずに帰ってしまうだろう。
 水は再利用しているから大丈夫だ。酸素も発生装置があるからまだいける。問題は食料だ。食料に関しては再利用がきかない。クロレラ繁殖装置も半分は壊れてしまっていて限界がある。このままの状態ではいずれ食料が足りなくなる。そうなればあとは餓死しかない。
 一人ぼっちで、任務を達成できなかった上、餓死。これほど惨めなことがあるだろうか。
 それに、精神的にも限界だ。
 僕は寝ているときに、いつもみんなの夢をみるのだ。みんなで一緒に仕事をする夢、みんなでごはんを食べる夢、みんなで一緒にエイリアンの姿を想像する夢。そして、アシアの夢。彼女と話す夢。彼女を抱きしめる夢。だが、それらの結末はいつも同じだ。強烈な宇宙放射線がみんなの体を貫き、肌から内蔵に至るまでこんがりと焼き尽くす。僕だけが無事でそれを見ている。手を伸ばして助けようにも、助けられない。みんなの叫び声、呻き声が耳の中を、脳の中を満たす。そしてその中にタイマーの音が混じり、僕は目を覚ます。
 目が覚めても僕の苦しみは終わらない。なぜ救えなかった。仲間がみんなローストになるのを黙って見ていたのか。なぜお前だけ生き残った。一人だけ生き残りやがって。そんな声がどこからともなく聞こえてきて、僕を攻撃する。反撃のしようがない。事実なのだから。
僕はみんなを守れなかった。一人だけが生き残った。みんなと一緒に死ねなかった。厳然たる事実だ。
 それでも僕は、この三年間ずっと生きてきた。死ぬ勇気がなかったのだ。どんな人でも、死ぬのは怖い。死ぬ時の苦しみを想像したり、死んだあとどんなところに行くかを想像したりするからだ。
 だが、この三年で僕はある結論に至った。つまり、このまま生き続けるのは死んでいる状態よりも自分を苦しめるということだ。今、僕は一人ぼっちだし、これからもおそらくずっとそうだろう。死んだらもしかしたらみんなに会えるかもしれない。それを考えたら、死んだほうがいい。
 しかし、この船で自殺するのは簡単ではない。銃はもちろん積み込まれてないし、ナイフやフォークもない。首を吊るためのロープすらない。一〇年にも及ぶ航宙で自殺や殺人が起こらないようにとの配慮によるものだ。しかし、今となっては要らない配慮だ。
 だが、この三年間で僕はやっと死ぬ方法を見つけ出した。エアロックだ。エアロックで宇宙に生身で飛び出せば、簡単に死ねる。もちろん、センサーによって宇宙服を着てない状態では減圧も外側の扉を開けることもできないようになっている。そのプログラムを書き換えるのは容易ではなかったが、やっと今日、それができた。命を終わらせる時が来た。
 ところが、僕がエアロックに入ろうとした途端、警報が鳴った。船がスケジュールされたワープに入るのだ。ワープするときはエアロックがロックされ、外には出られなくなる。せっかく死ねると思ったのに、お預けされてしまった。しかたがないので、僕は近くにあった席に座り、ワープに備えた。

 ワープはいつも通り、一瞬で終わった。僕はこんどこそ死のうと、エアロックへ向かった。だが、またしても警報音が鳴った。何事かと近くのパネルをみてみると、どうも宇宙船らしきものが近くにいるらしい。まさか、と思った。
 だが、それは事実だった。窓から外を覗いてみると、たしかにそれはあった。楕円形をした、明らかに地球外文明のものと思われる宇宙船だった。信じられなかった。こんなピッタリとワープできるものなのだろうか。
 すると、僕の目の前の空間が光り、何かが現れた。人のようだった。ほんのりと光を放っており、まるで天使のようだった。
 彼らの声が頭のなかに響いてきた。
“なぜあなた一人しかいないのですか”
 僕は答えた。
「他のみんなは死んでしまいました」
 彼らの一人が、僕の頭に手を置いた。僕の記憶をたどっているようだった。
“すべてを理解しました。辛かったでしょう”
 僕はうなずいた。
 すると、彼らの体から放たれる光が強くなり、同時に彼らの姿が少しずつ変わっていった。だが、僕は眩しくて目をつぶってしまった。
 目を開いた時、僕はまたしても驚いた。目の前にアシアがいた。それだけじゃない。ニックやエディットやアドルフがいた。みんなが僕の目の前に現れたのだ。
 僕は信じられず、アシアの肌を触った。だが、たしかに彼女の肌の感触が感じられた。
“あなたは一人じゃない。彼らはあなたの心のなかで生きています”
「彼女」の声が僕の頭のなかに響いた。
 僕は、涙を流していた。

<了>

       

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Neetsha