Neetel Inside ニートノベル
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不思議な少女、ジャンヌとの出会いから早三日。ツバキとの休暇をたっぷりと堪能し、日頃の疲れを癒したコウは今日も仕事に精を出していた。
 最もほとんどの仕事は下級捜査官に任せ、彼自身は下から上がってくる報告書の処理とそれとは別件で彼に任された捜査を進めていた。
 その具体的な内容は言うまでもなく『聖贖教団』の情報を得ることであった。現在は捜査官として動いている彼ではあるが、最終的には『断罪人』として動かなければならない。
 ここしばらくの間彼が懇意にしている情報屋や過去に『聖贖教団』の事件に関わった捜査官や解析官たちから話を聞き、その上で既に起こった事件の資料を読み漁った。
 だが、それでも教団の規模は掴めない。その不透明さと、底の見えない暗闇を明かりのない状態で探っているような不愉快な感覚に、彼は僅かに苛立ちを覚えていた。
(……まったく、こんな手ごわい相手は久しぶりだ)
 苛立ちを感じながらも、心のどこかでコウは自然と沸き立つ興奮を感じていた。彼にとって今回の敵となる『聖贖教団』はある種過去のリベンジ。
 かつて敗北を刻んだ仇敵、『七つの大罪』。当時とは相手は違うが、カテゴリー的に言えば、同格の相手との久方ぶりの対決となる。
 未だ相見えぬ敵の背を心の眼で深く見据えながら、コウは心の中で誓う。
(待っていろ。死してなお、罪を重ね続ける犯罪者め。この世界の平穏のためにも俺が必ず貴様らを裁く)
 目をつぶり、固い決意を胸に抱くコウ。だが、そんな格好をしている彼がいるのは『天警』において彼に宛てがわれたスペースであり、当然それは周りの人間から彼の行動は筒抜けでもある。
「……兄さん、さっきから何をしているんですか?」
 先程から目を瞑ったり、ブツブツと独り言を呟くコウを見て思わず素の反応で問いかけてしまうツバキ。彼女の手には少し前にコウが頼んだ昼食があった。
「ん? なんのことだ」
「いや、だから兄さんのさっきからの行動ですよ。もしかして気づいていないんですか?」
 ツバキにそう問いかけられ、ようやくコウは先程から自分が一人の世界に入り込んで周りの目を全く気にしていなかったことの気がつく。
「あ、ああ~。そうか、またやらかしちゃったか」
 本人としてはただ集中しているだけなのだが、他のものからすれば近づきづらい雰囲気を発し、さらには理解不能な行動を不規則に取るものだからうかつに話かけることもできない。
 身内であるツバキでさえも今のコウに声をかけるのを僅かにためらったほどでは、他の者がそれ以上に近寄りがたいのは言うまでもない。
「もう。そんなんだから友達できないんじゃないんですか? せっかく立派な捜査官になっても兄さんがこんなんじゃ私恥ずかしいですよ」
 愚痴をこぼしながらも頼まれていた昼食をツバキはコウに手渡した。
「お、サンキュ。悪かったな、こんな兄貴分を持って。集中すると周りの目を気にする余裕がなくなるんだよ」
「そうですかっと。それじゃあ、私はこの後先輩に付いて解析官としての実務作業にいきますから」
「ああ。頑張れよ、ツバキ」
 そう言い残して去っていくツバキにひらひらと手を振り、コウは受け取った昼食を口にする。
「ん、うまいな。ウチに新しく入った店の新作か?」
 『天警』の食堂にひと月ほど前から新しく出店したパン屋のものと思われるクロワッサンを齧りつつ、コウは再び作業に戻ろうとする。
 そんな彼のタイミングを見計らったかのようにデバイスから電子メールが届いたことを知らせるウインドウが彼の目の前に表示された。
「メール? 差出人は……っと」
 空中に表示された電子モニターを指でスライドさせ、メールを開く。するとそこには映像付きのメッセージがあった。
『よう、コウちゃん。耳よりな情報があるんだけど、久しぶりに遊びに来ない? ウチの奴らもお前が来るのを楽しみに待ってるぜ~』
 モニター越しに撮された映像からは一人の男が彼に向かって、一方的なメッセージを送っていた。
「……よりにもよってこいつかよ」
 メッセージを見たコウは、彼にしては珍しく露骨な嫌悪感を示しながら静かにメールを閉じた。
 見たくないものを目にしたとでも言うように、彼はすぐさま映像付きのメールをゴミ箱に捨て削除した。
 そこに書かれていた送信者の名前は第九位と書かれていた。
「仕方ない。こいつがわざわざ連絡をよこしたって事は何か教団に関する情報があるんだろう。
 どこから聞きつけたか知らないが、相変わらず耳の早いことだ」
 先ほどの妹からの注意から数分。早くも独り言の数々を零しているコウはハッとしながら周囲を見回した。
 そこには、不審そうな表情を浮かべながらチラチラと彼を見つめる同僚たちの姿があった。
(……気まずい。早いとこ出るとしよう)
 そうしてコウは上に任務遂行のための外出をすると報告をし、メールを送ってきた人物の元へと向かっていくのだった。



『天警』部署を後にしたコウは地下鉄を利用し、第五地区にあるとあるBARに向かっていた。
 他の地区に比べ、歓楽施設の多いこの地区はその活動の殆どが夜から朝方にかけてということもあってか、一部の店を除いてその殆どが店先にCLOSEの看板をかけていた。
 コウの目的地であるBAR『RUSH』も、もちろんその多くの店の例に漏れずに閉まっている。だが、彼は知っている。それがあくまでも見せかけだけだということを。
 『RUSH』の前に辿りついたコウはCLOSEの看板のかかった扉の前に立つ。店は閉まっているという体にも関わらず、中からは若い男性の声が扉越しからでも聞こえるほど響き渡っていた。
 ドン、ドンとハメを外して喚き散らす中の人々の声にかき消されないほど大きく二回ノックをする。
 すると、少し間を置いて僅かに扉を開いて外の様子を伺う一人の男性が現れた。
「はいはい、どちらさま? 現在、『RUSH』は閉店開業中ですよ~っと」
 軽い口調でコウのノックに答えたのは彼よりも長身で細身の男性。
「俺だ。要件はそっちが送ってきたんだからわかってるよな?」
 苛立たしげにそう呟くコウ。そんな彼とは対照的にコウの姿を見つけた男性は喜ばしげに扉を開き、彼の背をバンバンと叩いた。
「よう、コウ! よく来たな。いや~待ってたぜ。まさかメールを送ってからこんな短時間で来るとは思わなかった」
 扉越しから外へと現れた男性。軽い口調に違わぬ軽い風貌。肌は白く、肩よりも長い襟足に整髪剤を使い整えられた髪の毛。
 歓楽施設が多く集まるこの地区に似合いの優男。その中でも多くの人脈があり、この地区を纏める顔役の一人でもある男性、セッタは久方ぶりの友との再会を文字通り全身を使って顕にしていた。
「近寄るな、うっとうしい。いいか、今俺は仕事できているんだ。時間を無駄にしている暇ない。要件は手っ取り早く終わらせたいんだ」
「なんだよ、なんだよ。おいおい、こっちは久しぶりの再会なんだぜ? プライベートで会うことなんざ滅多にないんだ。交友を温めようとは思わないのか?」
「……交友を温めようも何もお前と友人になったつもりは俺にはない」
 おどけた様子のセッタに対し、益々苛立ちを募らせるコウ。彼がこんな態度をとるのには理由があった。
 こうなるに至った経緯はいくつかあるのだが、結論を先に出してしまうと単純に言ってコウはセッタのような人間が合わないのだ。
 ノリが軽いのはまだいいにしろ、先のことを何も考えずその場の勢いで物事をなんでも適当に決めてしまう。時間にはルーズで、やりたい事だけ全力でやり、やりたくないことは人に丸投げ。簡単に言えばセッタはそのような人間だった。
 逆にコウは私生活でこそある程度ハメを外して遊んだりはするものの、基本的には共に遊ぶもののためにも計画を立てたり、楽しめるように気配りをする。
 仕事面では真面目で実直。面倒なことでも自分の時間を削って処理するような人間だった。
 生き方そのものが真逆な二人。時にはそのような人間がまるで歯車が噛み合ったかのように上手くいく例もあるのだが、この二人に限ってはそうもいかなかったようだ。
 コウが水でセッタは油。少なくとも二人の関係をコウはそのように認識しているのだが、セッタの方はどうも違うらしい。
「まだんなこと言ってんのかよ。俺たち何度も一緒に仕事した仲じゃねえか! んな寂しいこと言うなよな~」
 ポンポンとコウの肩を軽く叩きながらセッタは呟く。だが、そんな彼の行動もコウにとっては頭痛の種でしかないのか、我慢の限界も近くなり彼は思わず顔を手で覆った。
 ――と、そんな二人の様子に気がついたのか、中で馬鹿騒ぎをしていた男性たちが野次馬のようにゾロゾロと現れてきた。
「あれぇ? コウさんじゃないっすか! 久しぶりっす!」
「おっ! マジじゃん! コウさんチッス! 元気っすか!」
「制服ってことはお勤め中っすか! ご苦労さまっす! あ、でも兄貴の所に来たってことはサボりっすか! さすがコウさんっすね!」
 ガラの悪そう。さらに酷く言えば頭も軽そうな男性が数名、扉越しにコウの名前を連呼する。
 名前を呼ばれた本人は彼らのことなど欠片も覚えていないのだが、以前仕事の際にセッタの元を訪れ、彼に対するコウの態度が気に入らず突っかかってきたことがあった。
 コウよりも五つ年が上のセッタを慕う子分的存在である彼らは年下のコウが彼ら風に言えば〝舐めた〟態度を取ったことが気に入らなかったのか、ガンを飛ばし、眉に酷く皺を寄せてコウの胸元を掴みながら掴みかかってきた。
 もちろん、彼の胸を掴んだ一人以外にもコウが逃げないように彼の周囲にゾロゾロと人の壁を作り同じような形相でコウを睨みつけていた。
 そんな彼らに、ただでさえセッタに会うこと事態不本意だと思っていたコウはその時苛立ちが限界に達し、思わず彼らに軽く〝仕置き〟した。
 結果、それまでの高圧的な態度はどこへやら。次にセッタの元を訪れた際にはやけに親しげな態度を取るようになったというわけだ。
 彼ら風に言えば、『男と男が拳を一度交わしたなら、それはもう兄弟の証』だそうだ。
 一方的に拳をぶつけたコウとしては、彼らの言い草は甚だ納得のいかないものであった。
「なんだ、なんだ皆して出てきやがって。もうちょっと隠れてろよ。これじゃあ開店してるのバレバレじゃねえか」
 セッタは扉の前に集まった常連達の方を振り返り、すぐさま店の中に引っ込むように言う。
「なに言ってんすか兄貴! 兄貴の店なんてたとえ兄貴がいなくても二十四時間営業中っすよ!」
「そうっすよ! なんせ俺たちがいますからね!」
「おいおい、そりゃひでえな。だいたいここは俺の店だろうが。俺の許可なしには開店しねえっつうの」
「え~それを兄貴がいいますか? この間なんて自分が女の子ナンパしに行くからって俺たちに店番やらせたくせに」
「それはそれ、これはこれ。ここは俺の店だからいつ俺が店を開けようが閉めてようが自由なの。
 それにあの日はお前たちだって散々好き放題やったろ」
「まあ、そうっすけどね! あの日は最高の夜でした! 兄貴、あざっす!」
「おう、そんじゃまた店番よろしくな」
「ええ~そりゃないっすよ~」
 自分で隠れろと言っておいて周囲に響きわたるほど大きな声で叫ぶセッタたちを見て、コウは今すぐにでも帰ろうかと思い始めていた。
「見ろよ、お前たちが勝手に話を逸らすからコウの奴が呆れちまってるじゃねえか」
 呆れているのはお前たちにだと言いたげに深い溜め息を吐き出すコウ。正直もう話題を自分に振られるのもウンザリといった様子だ。
 だが、そんな彼の様子に常連達が気づくほど心の機微に敏いわけもなく……。
「それじゃ、飲みましょ! せっかくコウさんも来てくれたことだし、改めて飲み直しっすよ!」
「おっ! いいね! それ賛成~」
「よっしゃ、飲むぞ。今日は吐くまで飲むぞ~」
 そう言って再び店の中に戻っていく常連達。そんな彼らに心底嫌そうな表情を浮かべるコウ。
「まあ、楽しくいこうぜ。話は中で酒でも飲みながら、な!」
 ただ一人、セッタだけはコウの様子にも気づいてこの状況を面白がっていた。
 そうして常連達の後を追うようにコウとセッタの二人はCLOSEの看板が立てかけられている店の中へと入っていくのであった。

       

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