Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

次の日、会社に行くと、いつもはそういうことに興味のない女子社員たちが、
わが社が発行した『世界の森林』というコンセプトの写真の載った、今年の販促用のカレンダーを下さいと言ってきた。
理由を聞くと、うつむきながら、「森林の写真はダイエットに良さそうだから」とつぶやいた。どうやら僕や友人だけではなく、
映像を食べたくなる欲求はこの国中で広まっているらしかった。


あとはもう、ドミノ倒しのようなものだった。まず、画家や音楽家、写真家などの、比較的フットワークの軽い人々が、個人的な探究心から、色と音の味について研究を始め、
無名の画家の絵が、美食家やレストラン経営者たちの間で爆発的に売れたりした。
テレビ局や映画製作会社などの大手企業は後れを取ったが、ひとたび金になるとわかると、美術大学や工学系の大学などと手を組んで、
個人では到底行えない規模の研究に着手しはじめた。
挙句の果てには、婦人向けに『受像道』なる習い事まで現れる始末だった。


この棒つきキャンディーじみた食用の動く絵画は、爆発的に普及した。
食用液晶の普及は、長年の懸念事項だったこの国の食品自給率を上げ、この国は作物の輸出大国になった。
そして人類は、宇宙人探しと並行して、食用液晶の開発に着手した。僕が食べた宇宙野菜のように芯まで有機体ではなかったが、
人間が作った食用液晶の芯はコアラの鼻を伸ばしたような細長い楕円形をしており、受像機とチャンネル変換機とアースの役割を兼ねていた。
上部にある切れ込みに、デンプンのフィルムと特殊なRGBゼリーで作った、食用液晶を差し込むようになっていた。
スイッチを入れると、カメラフレームの外から飛んできた青い鳥が、宿り木にとまった。
その形態はまるで、絵の取り替えができるウチワのようだった。


会社の帰りに児童公園に寄り道をして、さっき買ったばかりの食用液晶と受像機のビギナーセットを買った僕が、ベンチに腰かけ、我慢できずにその食用液晶を食べてしまおうと大口を開けたときだった。懐かしい歌が聞こえてきた。
“ひとつぁえぇ、テレビをつついて笑い顔、ふたつぁえぇ、情報を降らせて銭に替え、みっつぁえぇ……”
ダイバー姿の宇宙農民が、背負ったタンクにつながった手持ちのホースから、空気より少しだけ軽い液体を出し、大きな球体を作りはじめた。やはり、宇宙人の技術には遠く及ばない。とはいえ、千載一遇のチャンスである。僕は電機会社に売り込むため、彼ら宇宙農家の技術を教えてもらおうと、彼に近づいた。腰を上げると、どこからかやってきたしゃべる猫が、僕と入れ替わりにベンチに飛び乗ってあくびをした。
「……あの」
「なんだい?」
「よかった、言葉が通じた! どうして地球で農業なんかをしているんですか?」
「酸素がほれ、こいつの成長をよくするんだ」そういって彼の手元を覗き込むと、液体の球から透明の鱗が生え始めた。
「なんでまた夜の公園なんですか?」
「月の引力と光が重要なんだよ」宇宙農家がそういうと、この間のように、鱗がひらひらした液晶の葉になった。
僕は何かを予感してこう訊いてみた。「では、どうしてこの国を選んだのですか? ここより空気のきれいな国なんて一杯あるのに」
宇宙農家がこちらを見て、にっと笑った。「進んだ国だからさ」
僕は感激したが、心が読めるのか、宇宙農家は人差し指を立て、渋い顔つきでこう言った。
「進んだ国の人間ほど肥満に悩む。そして食べ物が無駄に捨てられている。こういった、君たちの世界で言う余暇的な食べ物が増えるとだな、
貧しい国に本物の食料が行き渡るだろう?」僕は冷や汗をかき始めていた。
「君の国は豊かで、この星はさながら宇宙の農園のようだがね、我々の人口比スキャンレーダーは、この星を貧しい人々の星だと表示したのさ」
僕は言葉を失った。宇宙農家が続ける。
「だから我々は、この星に農業の精神を教えに来たんだよ」そうして、宇宙農家は音を立てずに旋回しながら、農作業に戻った。
僕はその背中をずっと見ていた。

       

表紙
Tweet

Neetsha