Neetel Inside 文芸新都
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MITSURUGI
第漆話【心】

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 正義が処置室のベッドで横になっていた頃、会議室では大和達が神妙な顔付きでスクリーンを見ていた。
「次に、これをご覧いただきたいのですが」
 石川が、淡々とした口調で映像をスクリーンに流す。それらは全てミカガミのもので、先日の記録や今回新たに判明した事態の映像を事細かに説明していた。
「これは、三宿の戦闘記録かね?」
「はい。一方向からの記録映像なので、正確な解析はまだ出来ていませんが…」
 バンに設置された固定カメラは全部で八台あったが、前線から離れた位置での撮影になる為にどうしても角度が一定になってしまう。ズームで撮影した映像は後に画像解析でクリアにはなるものの、至近距離での撮影が出来ないと背中が映っているだけで肝心の戦闘が掴めないという事も多々あった。
「ここで、ミカガミは草薙さんからの指示でType-O・N・I六体の単騎討伐に中るのですが」
 ミカガミがエソラムを相手に一人で素早く相手している映像が流れ、加賀の戦闘スキルによっていとも簡単に六体の鬼が地面に崩れ落ちていくのが手に取るように判る。
「ここです、手元を拡大します」
 石川は、ミカガミが地面に手を伸ばすシーンで一時停止し映像を拡大させる。荒い画像が彼の操作でクリアになると、ミカガミが右手で何かを掴んでいる所だった。
「それは、エソラムの核?」
 姫城が石川に訊くと、彼は大きく首を縦に振った。再び映像を再生すると、ミカガミが六個のタマハガネを次々と拾っている姿がスクリーンに流れる。
 しかし、タマハガネの回収はこれ迄何度も行われた事だから「今更そんな映像を見せられても…」というのが、その場にいた者の感想だったに違いない。
「正直、ここ迄は普段と何ら変わりないので撮影時はスルーしていました。ですが、ミカガミの謀反を元に観直してみて発見したのがこれからの映像です」
 ミカガミの手元を拡大した場面迄戻ると、石川は更に手元を拡大し今度はスロー再生で映像を流した。
「これは…取り込んでいるっていうのか?」
 最初に声を挙げたのは津久井だった。
 タマハガネを握り締めた右手から、まるで生き物が這いずる様なうねりが肘迄続く。上腕部に到達する前にはうねりは消えているが、それは六個のタマハガネ回収の全てに映し出されていた。
「僕としては、GMに携わる津久井さんに見解を聞きたかったんですが…その様子だと、津久井さんもご存知なかったんですね?」
「ご存知ないも何も、タマハガネには自己修復機能みたいなモンがあるから新たにタマハガネをくっつけてどうこうとかなんて考えもしなかったわ」
 津久井は、呆然としたままの表情を正す事無く石川の質問に答える。
「神鎧、っちゅーかタマハガネの成り立ちに関してだったら、分野は古澤の方じゃろ?」
「いえ、私の方でもタマハガネ同士の融合については記述を把握してはいません。不謹慎な発現をすれば、研究対象としてこの映像をいただきたいくらいです」
 コインデックですら掴めていなかった新事実に、その場にいた全員が頭を抱える。想定外の出来事が一気に襲ってきて、一体何から手を付けていいか判らない状態だ。
「お二方の見解がなければ、映像を続けます」
 石川は動揺する気持ちを抑えて、淡々と映像提供の作業を再開させる。手前のキーボードを操作し、今度はタケミカヅチ討伐後の映像をスクリーンに映し出した。
「こちらの映像に関しては、僕が説明するよりも曲木さんにご説明願った方がいいかと思いますが」
 スクリーンには、スロー再生でミカガミがミツルギに攻撃を加え戦闘不能の状態に追い込んだ後、ミタマの元で煌々と輝いているタマハガネを掲げている姿が流れている。音声は爆発音による影響か、ノイズが酷くて会話の内容が伝わってこない。
「私も、どう言っていいのか判りませんが…」
 スクリーンに映る自分達を見ながら、茜は説明し難い状況を思い出す。余りにも突然の事に、直接現場にいながら夢を見ている様な気分になっていた。自分がミタマの守護者になってからの二年、加賀が裏切るなんて一度も感じた事はなかった。それだけに、何が彼を突き動かしたのか、何故こんな事になってしまったのか、疑問が渦を巻いて心の中をかき乱していた。
「加…ミカガミが『天人』のタマハガネを吸収したのは直接見たのか?」
 言葉に詰っている茜に助け舟を出そうと千葉が質問を投げるが、加賀の名前を出しそうになり慌ててミカガミと言い直してしまう。受け入れ難い事実が怒りとなり、今では加賀の名前を出すのも腹立たしくなってしまっている。それはその場にいた誰もが思っている事で、茜も千葉の訂正に何も言わず質問に対して頷くだけだった。
「胸に当てて、そのまま吸収していました。その時に『これで二つだ』って言ってたのが気になってるんですが…」
「二つ? すでに一つ取り込んであるというのかね?」
 数字に疑問を感じた大和が口を挟む。
「それに関しては…こちらの映像になりますね」
 石川は素早くキーボードを叩き、スクリーンにアメノウズメ戦の映像を映す。タケミカヅチ討伐前に倒した『天人』は、それ以外に存在していないのは周知の知る事実だった。
「いや、これは俺も直に見てるけど燃やされて終わりだっただろ」
 だが、映像を見ながら千葉が喰らってかかる。実際、映像ではアメノウズメの体内にミカガミが手を突っ込んだ後、激しい炎が火柱となって隙間という隙間から溢れ出てきていた。
「フェイク…という言い方が正しいか判りませんが、E-ガンでアメノウズメの鎧装内を燃やしている間にタマハガネを吸収した可能性は非常に高いと思います」
 石川は、千葉の疑問を持論で叩き伏せる。同時に、映像を記録動画からデジタルデータへと変え、
「三宿駐屯地での戦闘で、Type-O・N・Iの行動パターンを分析した結果です」
 歪界域から発生したエソラムの行動予測が矢印になって移動する。矢印は、途中ミツルギにほぼ潰され消失していたが、ミツルギのデータを省いて再び行動予測を出すと、それは全てミカガミのいる地点へと向かっていた。
「恐らく、Type-O・N・Iはミカガミから『天人』のタマハガネの奪還回収か、あるいは『天人』のタマハガネを吸収したミカガミを自分達の主として迎えに来たか、のどちらかではないかと」
 ミカガミがすでにアメノウズメのタマハガネを吸収しているたのであれば、エソラムの行動パターンに合点がいく。分析確立は八十三パーセントとなっているが、石川の推測に反論できる意見を持つ者はその場にはいなかった。
「…もし、後者だとすればミカガミは『天人』と見做していいという事になるのかね?」
 石川の推測に静かになった会議室に、大和の声が重く響いた。
「これは、石川君に訊くよりも古澤君の分野かな…君はどう思うかね?」
「“人間が纏っている鎧装”という時点でかなりイレギュラーな事ですので何とも言いかねますが…」
 大和の問い掛けに、古澤は答えを躊躇ってしまった。きっと、自分の回答如何によっては事態は大きく変動してしまうだろう。だが、ここで曖昧な回答をしても大和は納得しないだろうし、何よりもコインデックの為にはならない。何よりも、専門分野で働く人間が嘘を付く訳にはいかない。
「『天人』の核を装備しているとなると、扱いとしては“『天人』級”と言えるでしょう」
 古澤の言葉に、大和は静に目を閉じて黙ってしまう。その姿に、その場にいた全員が固唾を呑んで大和を見詰める。
 次に司令が口を開く時は、ミカガミと加賀の処遇が決まる。例え、どんな結果であろうともその指示に従わなくてはならない。それが望まないものであろうと、ここでは統括司令の言葉が絶対なのだ。
 彼の言葉を待ち、会議室が静寂に包まれる。やがて、大和はゆっくりと目を開いて一息吐くと、
「只今をもってミカガミは[Type-TENJIN:コードNo.X-001]とし、以後対象は破壊及び消滅。装着者の加賀未来は組織員としての全ての権利を剥奪、反逆罪適応により即時処刑とする」
 誰もが予想していた、最悪の結果が出た。
 無論、加賀の取った行動は許されるものではない。だが、今迄仲間として一緒にいた相手を逮捕拘束する訳でもなく「殺せ」と大和は言っている。
「ミカガミは三種の神器の一つだけど、奪還とかってのは考えなくていいと?」
 千葉は、遠回しではあったがGMを引き合いに処遇の変更を願い出ようとした。いくら腹立たしく思っても、つい昨日迄部下だった男を容赦なく処刑するのは正直躊躇してしまう。
「千葉君、もう一度だけ言う。“対象は破壊及び消滅、即時処刑”、いいね?」
 だが、大和は間髪入れずに結論を復唱する事で「同じ事を言わせるな」と脅しに近い形で釘を刺した。それは、千葉にだけではなく「お前等全員、反論の余地はないからな」と言っているのが、彼の座った目を見れば明らかだった。
「曲木君と草薙君には、今迄以上に過酷な思いに耐えてもらう事になるが、こちらでも最大限でフォローする様努めるよ。それで構わないね?」
 大和の発する言葉が、茜の心臓を次々と抉る。
 司令は労いの言葉をかけている訳ではない。
「現守護者の責任として、元守護者の処刑を確実に実行しろ」と脅しにかかっているのだ。
 草薙君、どうしよう…せっかく、貴方がこれからも守護者として頑張ると言ってくれたのに、療養後の行動は人としての価値観を全て失うものになってしまいそうだよ…
 茜は、それ迄感じる事のなかった恐怖と後悔に体を押し潰されそうだった。

       

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