Neetel Inside 文芸新都
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 目が覚めると、そこは薄暗い空間だった。
 壁の所々が薄ぼんやりと淡い碧に輝き、自分が今いる場所が小部屋程度の広さだというのが判る。扉は存在せず、そのまま広間に繋がる構造になっている様だ。
 爪先で地面を蹴って足場の存在を確認すると、意を決して広間へと歩を進ませる。
 警戒しつつ広場の中心迄進むと、半円状のテーブルの様な物体が設置されてあった。手探りで物体を触ると、それは何かのコントロールパネルなのかいくつもの突起物が並んでいる。操作法の予測が全くつかずに触れるのを躊躇ってしまうが、このまま黙って突っ立っていた処で何も始まらないと感じ、思い切って中央の巨大な球体に手を乗せてみた。
「──!」
 球体がメインスイッチだったのだろう、無音のまま周囲が一気に明るくなる。
「…中央管制室、といった所か」
 加賀が立っていた場所は、テーブルを中心に円形状のロフトとなっていた。下のフロアはロフトの五倍程の広さで、正面には大型スクリーンらしいパネル、左右には貯蔵室の様な部屋がいくつか見受けられる。改めて周囲を見渡すと、どうやらドーム状の半円形建造物であるらしい。
「下にはどうやって行けば…あれか?」
 周囲を見回すと、ロフトの一角に歪界域と似た様な揺らぎが見える。近く迄進むと、それは下へと続く光の筒となっていた。もし原理が一緒であれば、ここに来るのに歪界域を利用したのだから影響はない筈だと判断すると、何の躊躇いもなく光に足を乗せる。
 加賀の全身が光の筒に収まると、十秒かかるかかからないかのわずかな時間で彼の体は下のフロアに到着する。
 それにしても不思議だ。
『天人』の核を二つ手に入れた事で、自らの意思で歪界域を作り出す事が出来た。それを利用すればエソラムの本拠地にこれるだろうと飛び込んで、実際にそれらしき場所に辿り着いている。それなのに、『天人』はおろかエソラム一匹と動いていない。
 いや、動いていないというよりも“存在している気配がない”といった所か。
 エソラムは『天人』が生み出した兵器の様な物だ、恐らく格納庫か何処かに集めてあるのだろう。となれば、『天人』がそこかしこにいてもおかしくはないのだが、ここには人の気配というものが一切感じられない。
 それ以前に。
 タケミカヅチにせよアメノウズメにせよ、鎧装の中はタマハガネが核となっていただけで『天人』そのものがいなかった。
 確か、コインデックに残された記録では『天人』が鎧装を纏って戦い、それをサポートする兵器としてエソラムの存在があった筈だ。だが、実際に戦った鎧装の中には『天人』なんていなかった。てっきり、鎧装もタマハガネによる遠隔操作か何かを施して当人達は本拠地でふんぞり返っているのだろうと考えたのだが、どうやらそれも違うらしい。
「あるいは、ここは本拠地ではない…?」
 だとしても、この場所に誰もいない理由にはならない。拠点を一つまるまるトラップにするという方法もあるかもしれないが、それだって敵が襲撃してくる場合を想定して設定するのが普通だ。人間側が襲撃する手段のない状況でトラップを作る意味がない。
 可能性としては、転送の際に軸ずれが生じ廃拠点のひとつに送り込まれた辺りだろう。
「まぁ、調べてみれば判る事だな」
 廃拠点であれば、何の危険も感じる事なく調査が出来る。そう開き直ると、加賀は貯蔵庫の様な造りの部屋を調べてみる事にした。万が一に備えて、E-ガンのエネルギーを収束させ掌に集めながら部屋の前迄進む。
 部屋は窓の枠組みはあるがガラスがはまっている訳ではなく、壁が刳り貫かれているだけといった簡素な造りだった。通用口も同様で、扉が付いている訳でもなく「ここを通り抜けますよ」と言っている様なものだ。ただ、気になるのはその材質で、どうやらタマハガネで出来ている部屋──否、この建物全体がタマハガネで造られている様だった。
 部屋の中を見渡すと、長方形の台座らしき物体が等間隔で設置されている。目視で数えると、五列に十台ずつ設置されていた。更に奥を見ると、いびつではあるが椅子の様な形状の置物が二十台ほど設置されているのが判る。
「これは…?」
 近くの台座に近付くと、そこには勾玉の形をしたタマハガネが置かれていた。よく見れば、全ての台座や椅子にタマハガネが転がる様に乗っている。
「ひとつにつき一個、って通販番組かよ…」
 周囲を見渡し、大した発見がないと判ると加賀は他の部屋も見て周る事にした。広間に出て改めて確認すると巨大モニターを基点に左右三部屋ずつあり、三つ目の部屋の角には何処かへ通じるだろう通路が延びていた。最初に加賀が入った部屋はモニター右側二番目の部屋で、六部屋全てが同じ構造だとすれば台座が三百に椅子が百二十あるという計算になる。もし、これといった発見がなかったとしても四百強のタマハガネがあるのだから、自己強化以外にも色々と実験が出来るだけの収穫はある。
 最初に調べた部屋の前に戻ると、そのまま左右の部屋を調べる。予想通り部屋の構造は一緒で、台座や椅子の上にタマハガネが乗っているだけで『天人』やエソラムの存在はなかった。反対側にある三部屋を調べてみるが、まるで鏡あわせをしているかの如く全てが同じ状況で思わず肩透しを喰らってしまう。
「こうなったら、徹底的に調べるしかねぇのか」
 もし、収穫がタマハガネ以外何もなかったとしても、ここを自分の活動拠点として今後の方針を考えればいいだけだ。その為には、建物の構造を全て理解してタマハガネの利用方法を見出そう。
 それには、まず何をすればいいか──パネル操作だ。
 加賀は光の筒迄戻ると、そのままパネルの設置されていたロフト部分に向かい何の躊躇いもなく中央の球体に右手を乗せる。当然、加賀が操作するのは初めての事であって扱い方が全く判らない以上手を乗せただけでは何も動きはしなかった。
 パスワード、呪文、大声を出す、適当にいじる…いや、どれも違うだろうな。もっとシンプルに、且つ『天人』でしか出来ない様な方法がある筈だ。それは一体何だ? 『天人』に出来て、人間に出来ない方法とは──
 加賀は、思い出した様にミカガミに融合させたタケミカヅチとアメノウズメのタマハガネに意識を集中させた。この建物自体がタマハガネだとすれば、恐らく核となったタマハガネに対して何らかの反応を示すに違いない。鎧装を通じてタマハガネ同士がリンクすれば、装着者の意思を反映して操作が出来る筈──きた!
 巨大スクリーンに、見慣れない字体が次々と浮かんできた。それは、象形文字の様でもあれば古代筆記体の様でもある。しかし、そのままでは解読が出来ないと感じた加賀は文字の自動変換を自己意思としてタマハガネに命令した。頭の中で漢字、平仮名、片仮名、英語、数字、自分が普段扱う文字をイメージさせ、それを核を通じて球体に送り込む。
 その命令が聞き入れられたのだろう、スクリーンの文字は徐々に加賀にとって見覚えのある自体へと変化していき、やがて全文が修正された頃には建物の内部構造図や『天人』達の状況を記した説明書といったデータである事が判明した。
 球体にてをかざすだけで全ての操作が出来ると判った彼は、頭の中で次々と指示を出し自分が必要とする項目を画面の前面へと出していく。この建物は一体何なのか、『天人』とは何者なのか、エソラムを使って何をしようとしているのか…
「…成程、そういう事だったのか…」
 何時間画面に釘付けになったか覚えていないくらい情報を漁り、自分の望む以上の成果を得た加賀は笑いを抑える事が出来ずに左手で口元を押さえるのに精一杯だった。
「おいおい、本当に神になれちまったんじゃねーかよ…こんなあっさり神になっていいのか?」
 完全に神になるには、まだ足りない材料がある。だが、それはすぐにでも集められるだろう。
「あはは…あははははははっ! 草薙ぃっ! 曲木ぃっ! お前等、本当にご苦労さんだわぁッ!!」
 誰もいないドームに、加賀の笑い声がこだまになっていつ迄も響き渡った。

       

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