Neetel Inside 文芸新都
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 二匹のエソラムが、ほぼ同時に飛翔する。
 左側が若干早く跳んだ、と正義は瞬時に判断すると攻撃目標をそれに合わせ、右拳に力を込めてタイミングを図る。
「キシャァァァァァァァァァッ!」
「うるァァァァァァァァァァッ!」
 エソラムが腕を伸ばすよりも前に、正義の拳が敵の顔面を捉える。腰の入った拳撃はそのまま勢いよく敵を吹き飛ばし、もう一匹のエソラムを怯ませるには十分だった。
「ッらぁぁぁぁ!」
 軽く地面を蹴ると、怯んでいるエソラムの胸元に左の拳撃を叩き込み、同時に手甲に仕込まれているブレードを突き出した。そして、それを外に向かって振り払うと敵の右胸に大きな切り傷が口を開けた。
「…空っぽ? 中に人はいないのか!?」
 傷口の中から見える敵の中身は、薄ぼんやりと光っているだけで何も入っていなかった。
「あー、兄さんよ。聞こえるかい?」
 スピーカーから千葉の声が聞こえてくる。
「エソラムは、タマハガネっちゅー金属みたいなモンを核にして動いてるハリボテって所だ」
「…って事は…」
「兄さんの動きを見せてもらってるけどさ、もしかして敵を倒す事に躊躇してないか?」
 千葉さんの“戦闘管理補佐官”という役職は伊達ではないか…流石は痛い所を突いてくる。
「裏方の俺が言うのも何なんだが、容赦なくやっちゃいな」
「了解!」
 でも、これで憂いがひとつ消えた。後は彼の言う様に遠慮なく戦うだけだ。
 正義は仮面の中でニヤリと笑むと、目の前でうろたえているエソラムに次々と拳撃を叩き込んだ。拳撃が一発当たる毎にエソラムの装甲が徐々に削り取られていき、いくつもの拳撃で胸元の装甲を剥ぎ取った中、空洞の中に淡い紅色に輝く勾玉が浮かんでいるのを見付けた。
「これが、タマハガネ…」
 その輝きが美しいと思ってしまった正義は一瞬攻撃の手を休めてしまうが、その上からエソラムのくぐもった声を聞いた瞬間我に返ると勾玉を力一杯握り締め空洞の中から引き抜いた。そして、本当に空っぽになったエソラムを思い切り蹴飛ばすと握り締めた拳に更に力を入れ、掌の中のタマハガネを砕いた。
「クォオォォオォオオォォォォッ」
 核を失ったハリボテは、断末魔を上げてそのまま砕け墜ちた。
「草薙君、大丈夫?」
 自分の相手していたエソラムを退治し終えたのか、茜が正義の元に駆けつけてきた。
「別に、貴方は無理に戦わなくてもよかったのに」
 茜には正義を戦わせないと約束した事が気がかりだったのか、執拗に彼を気遣ってくる。しかし、正義は茜を見る事なく目の前の敵に視線を走らせていた。左足を前に出し、ゆっくりと腰を落とすと深く息を吐いて身構える。
「草薙君、もう残り少ないから──」
「だから、違うんですってば」
 正義は茜の方を向く事無く、彼女の言葉を遮った。
「俺は“自分が戦わずに済む”なら戦わないって言ってるんです」
「だから、貴方は戦わなくっても」
「貴方達が必要としてるのは“ミツルギの守護者”と“草薙正義”、どっちなんですか?」
 目の前のエソラムが、絶叫に近い雄叫びを上げながら突っ込んでくる。その動きに合わせて、正義も右足で地面を駆って応戦する。
「…なる程ね」
 バンの中で千葉が深いため息を吐くと、横に座っていた石川が不思議そうな顔をして彼を見詰める。
「千葉さん、どういう事か判ったんですか?」
「簡単に言えば、兄さんは“拗ねちまった”って事よ」
 千葉の言葉が理解出来ずに眉をひそめる石川を無視して、彼はヘッドセットのマイクを掴むと「兄さん、そりゃ俺等が悪かったわ」と正義に向かって謝罪した。
「そりゃ、そうよな。こっちが頭を下げてお願いしなきゃいけない所だってのに、兄さんの感情無視して『戦え!』なんて命令されりゃ戦っていいモンも戦う気にならんわな」
 千葉の言葉に、茜はハッとする。
 そういえば、誰一人として彼に頭を下げてはいなかった。それは、守護者として選ばれたものは“戦うのが当たり前”と思っていたコインデック職員のエゴでしかない。それ所か、自分はそんな彼の気持ちを無視して「戦う必要はない」なんて上から目線で勝手に話を進めていってしまっていた。
何で、誰一人として彼に「お願いします」と言わなかったんだろう…自分達はそんなに偉い存在でも何でもないのに。
「兄さん、今更で申し訳ないんだがこの場だけでもやっちゃってもらって構わんか?」
「それくらい理解してます。少なくともコレだけは何とかやりますから」
 冷静に周囲を見て自分が置かれた立場を読み、戦う必要があると判断したから戦っている。彼は至極簡単な事をやってのけているのに、自分達はそんな簡単な事すら忘れてしまっていた。
「草薙君…ごめんなさい」
 正義のフォローに回る為に茜は彼の側に寄ると、自分の恥に泣きそうになりながら謝った。
「…生意気な事言っていいですか?」
 そんな茜に、正義は少し動揺した口調で言葉を紡ぐ。
「生意気な?…うん、構わないけど」
「謝るくらいだったら、むしろお願いされた方がいいんですけどね」
 それは、茜に対する正義なりの言葉の選び方だったのだろう。突っぱねてしまった手前、素直には言えない。それでも、たった一言があれば一緒に戦う事を認めていいと思っている証明だと。
 その言葉が茜には救いの一言に思え、一瞬にして憂いが晴れた様に思えた。
「あ、えっと…草薙君、私の為に力を貸してもらえませんか?」
 エソラムと距離を取った正義に、茜は素直に気持ちをぶつけた。その言葉に、正義はすぐには答えず敵との間合いを計るのに身構えた。
「曲木さん、あの空飛ぶ武器っていくつくらいあるんですか?」
「空飛ぶ武器?…あ、テレジェムだったら全部で十六機だけど?」
 突如、ミタマの固定武器の数を聞かれ茜は一瞬首を傾げてしまう。そんな茜なぞお構いないといった感じで、正義は目の前のエソラムを相手にする必要数をブツブツと計算していた。
「そのテレ何とか、最初のけん制に四つ程飛ばしてもらっていいですか?」
「あ、うん」
 茜は、正義に言われるがままに念動宝玉を四つ中に浮かせる。それを確認し、正義も両手甲のブレードを突き出し突撃の体制を取ると、
「曲木さん達の為に俺の力が必要だってのと同じで、俺も曲木さんの力が必要です。サポートをお願い出来ますか?」
 正義の言葉が、自分の願いに対する答えだと判った茜は、満面の笑みで「了解!」と返答した。それが正義には、何となくであったが心地よい響きだった。恐らく、自分がミツルギを纏ってから初めて協力しながらの戦いだからだろう。
 亡き父親に格闘技を習っていたから、戦いのノウハウはある程度把握はしていた。それだから、本格的な戦いであるとはいえエソラムの単調な動きに対して応戦する自信はあった。とはいっても初めての戦闘に心細さはあった。それが、茜の言葉で救われた気がする。
 そんな中、正義の頭に『何故、お前の名前は“せいぎ”ではなくて“まさよし”か判るか?』と、昔父親に名前の由来を教えられた時の事が浮かんできた。
「何故、お前の名前は“せいぎ”ではなくて“まさよし”か判るか?」
 今は亡き父親が、正義に名前の由来を話してきたのは彼が中学に上がる頃の事だった。
「お前の中で“マサにヨシ”と思える時に、お前の中の“セイギ”が生まれるからだ」
 父の言っている事がさっぱり理解出来ず、正義はその場で首を捻ってしまう。そんな息子を見て、父は白い歯を見せながら笑うと正義の頭をくしゃくしゃと撫でた。
 正義は人の数だけ存在する。だが、その全てが正義になるとは限らない。
例え正義の為に力を奮ったとして、その正義が認められなければ単なる暴力でしかなく、暴力は決して人々を幸せにする事はない。それはテロ事件等を見れば明らかで、彼等にとって正義であっても周囲からすれば単なる暴力行為の何者でもない。勿論、彼等の中にある正義は間違ってはいないのかもしれない。だが、それは時を間違えなかったら正義であったかもしれないが、機を見誤ったかあるいは力を誇示させすぎた結果か、彼らの正義は周囲からは悪の烙印を押されてしまう。
「いいか、正義。焦らないでゆっくり周りを見るんだ。常に回りを意識して、“今、この瞬間こそが自分の力を使う時だ”と思った時に初めて自分の正義を奮うんだ」
 力を間違えないで使えば、必ず人々が評価してくれる。それが“正義”なんだ。
 正義の力は、必ず人々を導いてくれる。お前が正義の力を人の為に使えば、お前の正義を認めてくれた人は必ずお前に着いてきてくれる。だから、お前は“マサにヨシ”と思える時を見誤るな。
 頭上で白い歯を輝かせながら語る父の言葉を、正義はよく判っていない表情でふーんと聞いていた。それを理解するには時間を要したが、まさかそれが力を必要とする戦場でとは思ってもみなかった、と正義は皮肉めいた状況に呆れながら苦笑いした。

       

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