フェアリー・テイル(無期限休載)

 アークザイン城下町オーガス通りは、今日も喧騒に包まれていた。
 活気のある露店街を無邪気に走り回る子供達。それを優しく見守る大人。
 笑顔溢れる『表通り』の中を、一人暗い表情で歩いている男がいた。
 (……居心地が悪いな)
 男の名はグロウ。身の丈の割りにはやや痩身であるが、引き締まったしなやかな筋肉を持っている。武芸に優れるであろう事は彼の得物からも想像できた。
 身の丈を優に超える騎乗槍(ランス)の中に、小型の投擲槍(ジャベリン)が四本、そして対となる三又槍(トライデント)と方天槍(ハルバード)。
 聖合金(ミスリル)製であるため見た目より遥かに軽く強靭ではあるものの、並の腕前ではとても扱えない代物。
 それらを一纏めにして縛り、担いで歩く姿は凄腕の槍使いか、あるいは腕自慢の無頼漢にしか見えない。
 ……はずだったが、鎧を売っぱらった今となっては、たまに行商人と間違えられる始末だ。
 財布の中身をちらと見る。傷の無い全身鎧を売却したおかげで、しばらく食うには困らない金額だ。
 既に身は天涯孤独。父も母もいなければ頼れる知人も既にいないが、傭兵にでもなれば生きてはいけるだろう。
 (……生きてどうする?)
 既に自分の存在意義は抹消された。誰も自分を必要としていない。
 人生に何の光も見出せないまま、何処へ行くでも無く。グロウは死んだような目をしてふらふらと歩き続けていた。
 そこで唐突に、後ろからぐしゃ、と言う何かが潰れたような不穏な音と、男の野太い怒号が響く。
 「てめぇ、やってくれたな……! 畜生の分際で盗みを働くたぁ舐めた真似しやがる!」
 どうやら、何者かが窃盗を試み、バレて捕まったらしい。それも、口ぶりからして人間以外の犯行だ。
 グロウは立ち止まり、振り向いて何の動物なのか確かめようとする。が、振り向き終わるより早く、そのか細い声が耳に入ってきた。
 
 「ご、ごめんなさい……ゲホッ、私、三日も何も食べてなくて……」
 
 懇願するその声色は、少女のそれだった。
 元は美しい山吹色であったであろう長髪は煤けてボサボサになり、翠の瞳からは涙が溢れている。
 手足は人形のように細く、その体躯もまた人形のように小さい。背中にある半透明の羽根は、その片方が千切れていた。
 (妖精か……)
 一昔前はよく見かけたが、最近は随分とその数を減らし、値段も少々高くなった。
 愛玩動物として飼われたものの、懐かないので捨てられたり、戯れ半分で殺される事が頻発した結果、絶滅寸前とまでは行かないものの、すっかり見ることが少なくなったのだ。
 「何も食ってなかったらパンを盗んでいいってのかぁ!? 妖精ってのは随分手癖が悪いんだなぁおい……へし折ってやろうか?」
 とてもパン屋の主人とは思えぬ形相で、妖精を握り締める店主。
 ギリギリと締め付けるその手は、妖精の身体ごと潰してしまう勢いだった。
 「がっ……! 痛い! 痛いよぉ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ!」
 泣き叫び、許しを懇願する妖精。だが、店主はやめようとはしない。
 「ああ、許してやるよ……地面に落ちたパン代を払ってくれたらなぁっ!!」
 金を持っていない事を知りながら、尚も彼女を虐げる店主。
 周りの人々は、その光景を横目で見て、通りすがるだけだった。
 子供は「あれ妖精だよ、妖精!」と母親の裾を引っ張り、「はいはい、今度買ってあげるからね」と母親は無関心を貫く。
 その間にも、妖精の脆い骨は軋みを上げ、ひび割れて、今にも折れそうになっている。
 そこにいる誰も、哀れな妖精を助けようとはしなかった。
 いや、彼女を哀れと思う者すら存在しなかった。


 「――銀貨一枚で足りるか? そのパンの代金は」
 
 槍を手にした男を、除いては。
 獄卒の如き面をしていた店主は、一瞬きょとんとした表情を浮かべ、すぐに営業スマイルをグロウに向けた。
 「はいはい! どうもお買い上げありがとうございます!」
 既に店主の思考から消えうせた妖精は、手から離れて地面に落とされた。
 「がはっ……」
 大雑把に計算しても、銀貨一枚でパンが十個は買える。
 釣りを出すべきか他のパンを一緒に包んで渡してしまうべきか考える店主をよそに、グロウは店頭にあったパンを一つ掴み、齧りながらその場を去った。


 (……柄にもないことをしてしまったな)
 店主の人格とは裏腹に芳醇で美味なパンを食べ終え、グロウは公園のベンチに腰掛けた。
 中心にある噴水は、人魚を象った像から湧き出ている。
 人間に乱獲されその姿を見る事もなくなった人魚の銅像は長い年月を雨風に晒され、今では表情はおろか顔のつくりさえよくわからなくなっていた。
 いたたまれなくなって、空を見上げる。
 雲ひとつ無い青空に浮かぶ太陽は全てを照らし、幸せをもたらしてくれる。『表にあるもの』全てを。
 先ほどの大通りを二本横に行った先……貧民街は、もう太陽は照らしてはくれない。
 力を、あるいは金を持つ者にのみ、この世界は優しい。
 例え魔物の大群が攻め込んできても、税金を払ってさえいれば安全は保障されたようなものだ。
 持たざるものは、踏みにじられ、虐げられ、食い漁られ、惨めに死んでいくのみだ。
 「あのっ」
 そんな事を思ってると、下からの声に呼びかけられる。
 視線をやると、そこには先程の妖精がおどおどした顔で浮遊していた。
 姿はボロボロになってはいたが、羽根はしっかり生え変わっている。どうやら、餓死は免れたらしい。
 「さ、先程は助けて頂きありがとうございました!」
 ぺこりとお辞儀をする、掌大の人もどき。
 本来は相手の顔色を伺うような生き物ではないはずだが、今ではすっかり人間様の玩具か、害獣扱いである。
 (……哀れだ)
 「ああ」
 とだけ答えて、グロウは立ち上がり、歩き出した。陽は西へ傾き始めている。
 (少し早いが、宿でも探すか。仕事探しは明日からでもいいだろう。今は気が乗らない……明日になって、気分が乗ればいいが)
 心の中で苦笑してみるが、自分の顔は全然笑っていないことに気付いた。
 随分と、重症のようだ。
 ふよふよ。
 グロウは恋仲だった女の顔を思い浮かべ、その次に友だった男の顔を思い浮かべる。
 もう、思い出したく無い。無いのだが、すぐに忘れることなどできないだろう。
 ふよふよ。

 「……何の用だ?」
 尚も付いてくる妖精に、グロウは冷たい目を向ける。
 決して怒っているわけでは無かったのだが、その暗い表情は妖精には不機嫌なものとして映った。
 「ひっ……! ご、ごめんなさい!」
 「いや、別に怒っているわけじゃない。礼なら先程聞いた、帰っていいぞ」
 「……私には、帰る場所が無いんです。行く当ても無く、ご存知の通りお金もありません」
 妖精の表情も、陰りを見せる。
 「望みとあれば何でもします。どうか……私をお仕えさせては頂けないでしょうか?」
 「いいぞ」
 「え」
 即答した事に驚いたのは、妖精よりもむしろ答えたグロウ自身だった。
 何もかもを失い、人生の意味すら見えず、全てがどうでもいいと思っていた所に訪れた、小さい出会い。
 奥底で求めていたのは、余計な懸念をせずに愚痴を吐き出せる相手だったのかもしれない。
 「……ただし、安定した給金が出る保障は無い。ご覧の通り職無しなんでな。飯は分けてやるよ。俺が野垂れて死ぬまでは、な」
 「は、はい! よろしくお願いしますご主人様!!」
 「……その呼び方は止めろ。俺の名はグロウだ」
 「はい、グロウ様! 私はティティと申します!」
 その晴れやかな笑顔に、グロウは昔聞いた伝承を思い出す。
 《妖精は、太陽の使い……豊作をもたらす、人間たちの大切な隣人。
 彼女達の手助け無しに我々の繁栄は有り得なかったし、これからも彼女らがいなければやがて人は衰退の一路を辿るだろう》と。
 言い伝えは、見事に外れた。
 数が増え、知恵を携え、力も付けた人間達にとっては、彼女等は遥か格下の生物として見なされていくのも当然だった。
 (……そんなに偉いのか、人間は)
 誰も疑いすらしなかった人間の尊さに、グロウは疑問を覚えていた。
 いや、きっと疑った人間はいたのだろう。だが彼等は人間として扱われなかった。 
 グロウもまた、程度こそ違えど『持たざるもの』であった。
 だが。
 「ああ……よろしくな、ティティ」
 今となっては、そっちの方がずっと正常に見えた。きっと、正常なのだろう。
 グロウはそう、信じることにした。


 「親父、部屋は二つ空いているか」
 「二つ、ですかい? お連れ様がいらっしゃるので?」
 「ああ」
 と言って顎で横を示す旅人。
 宿の主人は左を見る。妖精と目が合った。
 視線を戻す。冗談の顔はしていなかった。
 念の為もう一度、示された方向を見る。妖精が旅人の顔を凝視している。当の本人ですら、明らかに困惑した表情をしていた。
 「……二部屋でよろしいのですね?」
 頷くグロウ。
 「ちょ、ちょっと待って下さいグロウ様! 何で二部屋取るんですか!? 妖精ですよ私!」
 ツッコミを入れたかった宿の主人は妖精が言いたいことを言ってくれて満足する。
 「何でも何も、お前は女だろう」
 さも当然と言った様子でグロウは答えた。
 「私はそんな事構いませんって!」
 「俺が構うんだ」
 そう言い切るグロウに対し、ティティは言いにくそうな顔をしながらも、
 「……私、一人じゃ扉を開けられないんです……」
 とこぼす。
 「…………親父」
 「はい」
 「部屋は一つ空いているか」
 主人は、用意していた鍵を差し出した。



 と、そんなやりとりの末、一人と一匹――グロウにとっては二人――は、二階一番奥の部屋でくつろいでいた。
 「にゃー……久しぶりのベッドだー……」
 ぽふんと可愛らしい音を立て、ティティがメイクされたベッドに飛び込む。
 「うへへー……」
 久方ぶりの柔らかい寝床に、妖精の顔は歪む歪む。
 と、そこでハッと気付き、無表情のグロウに慌てて弁明を開始した。
 「な、なーんて冗談ですグロウ様! 私はそこのデスクにでも寝転がりますから! グロウ様は是非ベッドをお使い下さい!」
 (表情の豊かな奴だ)
 「寝たいのならベッドで寝ればいい。俺も入るから同衾になるが」
 「ど、同衾……」
 ティティの顔がかあっと朱に染まる。丁度外の風景と同じ色合いだった。
 「親父が気を効かせたのかは知らないが、ベッドはダブルサイズだ。スペースは有り余っている」
 読み上げるように淡々と述べるグロウに、ティティは別の意味合いで恥じらいを感じる。
 「き、気にしてるのは私だけですね……」
 男女とは言え、所詮人間と妖精。普通に考えれば間違いなど起こるはずも無いのだ。
 「そんな事より、お前は服でも買ってこい。今日び犬でももう少しまともな服を着せられている」
 言われて初めて、ティティは鏡で自分の格好を確認する。
 元がどんな色だったのかわからないほどに煤けた袖なしのドレス。
 膝下まであるスカートは一部分が裂けてスリットのようになってしまっていた。
 「あらら……一張羅だったんですけどね、これ。もう魔力も残ってないか……」
 服のあちこちを見回して、ティティはため息を吐き出した。
 「魔力? 服に魔力が込められているのか?」
 「はい。妖精は花を主な魔力源としているのはご存知ですか?」
 聞いたことがある。
 「ああ。確か、家柄によって違う花を依代としているんだったか」
 「お詳しいですね。その通り、花は生えてるものならなんでもいいと言うわけにはいきません。
 そのため、妖精は衣類に魔力を貯めこみ予備のタンクとしているのです。魔力さえ残っていれば、妖精は基本的に死ぬことはありません」
 餓死は別ですけどね、とティティが苦笑する。
 「着替えても問題無いなら、来る途中に人形の店があったからそこで何着か見繕ってくるといい。金さえ出せば文句も言われないだろう」
 グロウは言いながら、財布をティティの方へ放る。ぼすんとベッドを揺らしたそれは明らかに彼女の体重より重い。
 「い、いいんですかこんなに」
 「一応言っておくが全部は使うなよ。さっきも言ったが俺は無職なんだ。俺の事を巨大な非常食だと思っていないのならそれなりには残しておけ」
 「わ、わかってますよ! まさか全部使うわけないじゃないですかー。あははー……」
 (……どうだか)
 一瞬ティティの目が金に眩んだのを、グロウは見逃さなかった。
 釘を刺しておかなければ宿代すら危うかったかもしれない。
 「荷物持ちは必要か?」
 「いえいえ! グロウ様の手を煩わせるまでもないです! 妖精は華奢に見えて結構力持ちなんですよ」
 よいせっと、と言いつつ彼女は財布の紐を手に巻いて羽ばたいた。
 羽ばたく速度は緩やかだ。彼女の言ったとおり、案外余裕があるらしい。
 「それでは行って参ります! 何か買ってくるものはありますか?」
 「特に無い……」 
 そこまで言って、グロウは思い出して付け加える。
 「いや、そうだな……花が見たい気分だ。買ってきてくれ」
 発言を聞き、しばしぽかんとした後に意味を理解したティティは心底嬉しそうににへらと笑う。
 「グロウ様~勘弁して下さい、好きになっちゃいますよぉ~私にそんな良くしてくれてどうするおつもりなんですか~? あ、ひょっとして私の身体が目当てだったり? キャッ、もうグロウ様ったらエッチなんだからぁ~でもでも、グロウ様にならいいかな? なーんて! なーんて!」
 「早く行け」
 グロウは体をよじらせている妖精を掴み、部屋の外に放り投げて鍵を掛けた。


 「……やれやれ」
 気が弱い妖精かと思ってたが、打ち解けたら中々どうしてウザ……賑やかで面白い性格だった。
 まさか金を持ち逃げしたりはしないと思うが。
 「まあ……いいか」
 あれが元々のティティ。おどおどして人の顔色ばかり伺うような態度は、生きるために必死だったのだろう。
 グロウにとっても、作られた仮面を被られるよりかは自然体で接される方が良かった。
 「…………もう、あんなのはごめんだ」
 次々と、光景がフラッシュバックする。
 勇者候補を集められた、寮での生活。
 楽しかった、彼女との日々。
 上手くやってると思い込んでいた、友との切磋琢磨。
 気にも留めていなかった、彼等と自分との家柄の違い。
 試練の果てに掴み取った、勇者の証。
 背後から何者かに殴られ、気を失い……慌てて向かった寺院で見た、勇者証明の儀式。
 そして、真相を聞くために向かった友の部屋で見た――

 「はぁ……はぁ……」
 気が付くと、グロウは己の分身を握りしめていた。
 これ以上無いほど張り裂けんが勢いで怒張するそれは、あの時の彼女に入ろうと暴れていたのと同じだった。
 「ユミルナ……!!」
 自分に見せたことの無い表情で、乱れる彼女。嗜虐的に嗤う、親友の貌。

 
 『! ああっ……グロウ……見ちゃ駄目……ぁ……見ない、で……』
 『……よお、落ちこぼれ。どうした、そんな所に突っ立って。見たいんなら近くに来いよ。
 
 ――友のよしみで見学無料にしてやるぜ、貧乏人』

 『…………き、貴様ッ……!! アルベリヒィィィ!!』
  

 「くそッ……!!」
 自身を扱く手に、力が籠もる。
 ……あの時投擲槍(ジャベリン)の一つでも持っていれば、何かが変わったのだろうか。
 いや、きっと何も変わらないだろう。
 全ては、決められていたシナリオ通りだったのだ。

 『ごめんなさい……ぁぁっ……グロウ……私は……んっ』
 『分際を弁えろ、グロウ。お前の家系じゃ、どうあがいてもユミルナと結ばれる道理は無いんだよ。
 ま、こいつは幸せにするから安心してくれ。伯爵の息子にして勇者の、この俺様がな。
 おーい、誰か。この不届き者を捕まえてくれ。……ご苦労。ああ、口を塞いだら縛って転がしておくだけでいい。追い出すのは朝にしろ。
 
 折角だし、ゆっくり楽しもうじゃないか。三人で、な』

 
 アルベリヒに覆い被され、見ちゃ駄目と叫んでいたユミルナが一際甲高い嬌声を上げた瞬間、自分も射精していた。
 悔しさに涙が出ながらも、この上なく自分が興奮している事に気付き。情けなさに愕然とした。

 そうしてあの日。
 グロウは親友と彼女を失い、国からは追い出された。
 全て、を失くした。
 今も自分の不甲斐なさを嘆きながらも、手を止めることはできない。
 (……いや、もういい。もう俺には何もない。プライドもへったくれも、全て捨ててしまった)
 この苦痛も悔恨も全て快楽に変えて溺れればいい。
 誰も、自分の事なんか見もしないし気にも留めない――
 と、そこで僅かに。視線を感じたグロウはカーテンを閉めたはずの窓へと眼をやる。


 「……………………。 ……!」
 
 カーテンの僅かな隙間から、こちらを除く小さな顔と目が合った。
 つかつかと窓に近寄りカーテンを開けティティが逃げる前に窓を開けてむんずと掴み、窓を閉めてカーテンも閉じる。
 実に2,3秒の早業だった。
 
 「おかえり」
 グロウの手には、力が篭っていた。
 「ご、ごめんなさい! つい出来心だったんです! まさかグロウ様がオナニーなさってらっしゃるとは痛い痛い!!
 本当はちょっと様子を見るだけだったのがグロウ様の痴態があまりにも美しくエロティックだったの痛い痛い痛い痛い!!!!」
 ティティが暴れるたびにガサガサと言うので見てみると、グロウの手の下からは彼女の倍ほどある買い物袋が伸びていた。
 「……買い物は終わったのか」
 グロウが手を緩め、妖精をベッドに無造作に放り投げた。
 「は、はい……買ってきましたよ、服も、花も」
 ティティはいそいそと体ごと袋に突っ込み、花を取り出した。
 大輪で鮮やかな、紫がかった桃色の花弁が広がる。
 「じゃーん! 我が家系の魔力源! ピンクの花びらは高貴の証! 私の相棒カトレアちゃんですっ!」
 「……切り花でいいのか」
 「はい。なんだったら茎が無くても大丈夫です。まあ所詮花なんて妖精様の栄養源でしかありませんから……ああごめんカトレアちゃん冗談だよ冗談」
 本気で話しているのかどうかわからない口調で、ティティは花に弁明する。
 「服も色々買ってきたんですよ! 露出凄いのとかありますよ! エロエロですよ! いやー最近の人形は凄いですね! やたら大人の男性が多いから何かあるとは思いましたが!
 見ますか! 着ますか! 着せ替えちゃいますか! なんだったらグロウ様の猛々しい立派なものを満足させてあげちゃったりなんか」
 「ちょっと黙れ」
 「ごめんなさい」
 ティティが平伏する。
 グロウは短くため息を吐き、それっきり黙りこくった。
 そしてティティは、気まずい沈黙と言うのが何よりも苦手だった。
 「えーーーーーーーっと……その……」
 が、何を言ったものかと窮する。
 自慰を覗いていた事がばれた後に、弾むような会話なとできるものではない。
 特に、グロウのような感情を表に出さないタイプなら尚更だ。
 ティティが頭を捻る。
 最悪、解雇されかねない失態だ。と言うかグロウだからまだ可能性で済むが、普通なら解雇されるような大失態だ。
 ここは何も言わないのが正解なのか、それとも……
 と、そこで口を開いたのはグロウの方だった。
 「……お前が見た通り、俺は情けない男だ」
 「へっ?」
 「俺は親友と思っていた男に、好いていた女を奪われたんだ」
 一度言い出したら、言葉は止めどなく湧き出てくる。
 もうプライドは捨てたんだ。全部話してしまえばいい。
 その結果見限られても、そっちの方が気が楽になるくらいだ。
 ただ、話を聞いて欲しかった。誰にも言えなかった、話を。
 聞かせられるのは、小さな妖精にだけだった。
 「――そうして俺は、今や槍を持っただけの無職。女を寝取られた過去を思い出して手淫に耽る、ただの愚図だ」
 話を終えて彼女の表情を見てみると、以外にも……ティティは、悲しそうな表情をしていた。
 「…………お辛かったんですね」
 「……ああ、話せて少しすっきりした。変な話を聞かせて悪かったな」
 「いえ。話して下さってありがとうございます。……グロウ様」
 「何だ?」
 ティティはぼろぼろになった服を脱ぎだし、丸裸になった。
 人間のサイズに拡大したとしても、身体は小さかった。
 胸の膨らみはわずか。産毛の一本も生えていない股には、縦に筋が通っている。


 「私でよろしければ、ご主人様を慰めて差し上げます」 
 今度の表情は、真剣そのものだった。
 
 「……何を言っているんだ、お前は」
 妖精とは言え、外見の造りは羽以外は人間とほぼ同じ。
 グロウは幼い裸体から目を背ける。
 「余計なおせっかいである事はわかっていますが、このままではグロウ様があまりにも不憫です。
 過去が覆らない以上、せめて欲望を発散させるものが何か無いと……グロウ様は、きっと壊れてしまいます。
 ……それにはっきりと申し上げますと、私はその女性に嫉妬しています。私も……いや、私がグロウ様に依存されたい、グロウ様の女になりたい。
 どうか、私にグロウ様のお相手をさせて下さい。私なら、どんな事でも受け入れます」
 「……一応、俺の事を気遣ってくれている事には感謝する。だが、そもそもの話……お前の身体じゃ、無理だろう」
 グロウは目を戻し、彼女の身体を観察する。
 体長は手のひら大。六倍は体格差がある相手と性交など、狂気の沙汰だ。
 彼女の女性器には、男どころか小指すら入るかどうか。
 そこでティティはふふんと笑う。
 「妖精の事に詳しくても、そっちの事についてはあまり知らないようですね。
 実は妖精の身体は、人間とは比べ物にならないほど伸縮できます。
 十分に、丹念に、ほぐし、潤滑させ、ぶち込めば………根本まで挿入することもできるんですよ?」
 ティティは僅かに湿った自分の陰部を、手で押し広げる。
 柔らかく、初心な、薄桃色の肉の花が咲き誇った。
 グロウが生唾を飲み込んだのを見て、ティティは小悪魔のように笑って耳打ちする。
 「ここだけの話、妖精はかなり具合が良いってのはその筋じゃ有名ですぜ旦那。へっへっへ」
 「妖精の台詞か、それは……だが、流石に人間と妖精で交わるわけには……」
 「グロウ様」
 ティティが再び、真面目な表情に戻る。
 「プライドも、何もかも……全て失ったと思ってるんなら、ここでそのつまらない常識とか理性とかも一緒に捨てましょう。
 這い上がるにしろ、落ちるにしろ……中途半端は、絶対に駄目です。少しでも私に欲情してくれたのなら、ほんの少しでも、私を好きでいてくれるのなら。
 私のためと思って、全てをぶつけて下さい」
 グロウの陰茎は、既に答えを出していた。
 それでも尚躊躇するグロウに、ティティがダメ押しとばかりに、照れくさそうに笑いかける。
 「私の身体なら気にしないでください。経験はありませんが……ちょっと、……どころではなく。その……

 ……マゾなんです。グロウ様のおちんぽで……私を、壊して下さい」
 
 その一言に。
 負け犬だったグロウの、消えかけていた嗜虐の心と、燻っていた恨み、辛み、憎しみに。火が灯ったのを感じた。


 二人用の広いベッドの真ん中に、ちょこんとティティの小さな身体が転がる。
 大の字になって仰ぎ見るのは、自分の体長とそう変わらない巨大な男根。
 「ち、近くで見ると凄いですね……こんなの本当に入るのかな……ははは」
 顔は笑っているが、声は震えている。 
 だが、グロウはもう後に引くつもりは無かった。
 「言い出したのはお前だ。俺は責任を負うつもりは一切無い。泣いても叫んでも股が裂けても、俺が満足しても、止めない。精液が一滴も出なくなるまで、お前は俺に犯され続ける」
 「ば、ばっちこい、上等ですよ……! 妖精の根性見せてやります! 気持ちよくなりすぎて頭がぱっぱらぱーになっても、私がお世話してあげますから心配しないで下さいねっ!」
 精一杯の虚勢と共に、ティティは控えめな胸を張り上げる。
 その胸に、グロウは逸物を押し付けた。
 「ひゃわわっ」
 硬い肉と柔らかい肉が、ぶつかる。
 擦りつけられて快感を覚えるのは、どちらの肉も同じだった。
 股の下から頭のてっぺんまで、妖精の正中線をペニスでなぞり上げる。
 「んあっ……ぐ、グロウ様! これ、凄いですっ! ひぁぁっ」
 今までに受けたことの無い、固く乱暴で、それでいてしなやかで優しい暴力。
 なぞられた線に沿って上へ下へと悦楽が迸る。ティティの陰部からはすでに愛液が漏れ、シーツに小さなシミを作っていた。
 特に、首から顔面に迫り来るペニスの暴力は、その雄の匂いも相まって酩酊感のような気分になり、ティティの思考にモヤをかけさせた。
 グロウもまた、これまでにない感覚に腰を動かさずにはいられなかった。
 暖かく脈動する、なめらかな上質の肉。もちもちとした弾力感のある肌に吸い込まれるように、亀頭が僅かに埋まる。
 股を往復した時の、僅かな筋に引っかかるときのほんの少しの感覚。それに触れた瞬間に彼女が震えると、自分の息遣いも荒くなる。
 グロウは、ティティの身体を摘んで引っぺがし、うつ伏せに寝かせる。
 まんまるで形のいい尻は、見ているだけで食欲をそそられる小さな果実だった。
 指でつつくと、ぷるんと音がしそうなほどに柔らかく動いた。
 「あんっ」
 横目で切なそうに見るティティに答えるように、彼女の裏側を乱暴になぞっていく。
 先ほど手入れし艶の戻った、柔らかく細い髪の毛も美味い、が、何よりもこの尻が格別だ。
 感触はもちろんだが、とっかかりが丁度いい突起になっていて、背中を滑らせるスピードも勢いづく。
 ティティの方はと言えば、背筋を駆け抜けていく肉棒に頭が溶かされていた。
 気持ち悪い心地よさに、鳥肌が止まらない。
 ベッドに押し付けられる胸や陰部にも火が灯り、シーツを強く掴んで喘いだ。
 「ひゃあぁぁぁぁぁぁん!! く、くすぐったいですっ! やめ……ないでください!」
 「悪いが……もう出そうなんだ」
 そう言って、グロウは下半身ごと自分を押し付ける。
 ティティの小さな身体が、ベッドに埋まって圧迫された。
 「ん、むっ……!!」
 後頭部に、熱いものを感じた。
 グロウが髪の毛に精液を吐き出したのだ。
 「ふぅ……」
 グロウはペニスを離し、シャンプーでもするかのようにティティの髪の毛を指で混ぜ合わせた。
 「俺の匂いだ。染み付かせてやる」
 そう言って満遍なく染み込ませたあと、彼女の顔面にペニスを持って行き、垂れるザーメンを落とした。
 「ひ、ひどいですグロウ様ぁ……」
 恍惚の表情をするティティ。その顔に、嫌悪の色は微塵も見えなかった。

 「グロウ様……今度は私が気持ちよくして差し上げます」
 顔に付着した精を舐め、身体の外も中も男の臭いで満たされたティティはふらふらと千鳥足でベッドに腰掛けるグロウの股ぐらへと向かう。
 羽を使う余裕も無いのか、太ももにしがみついてよじ登る。そして、反り立つペニスに抱きついた。
 「全身でおちんちんをしごいて差し上げます。こんなの、人間じゃできないですよ……?」
 小さな手と足がそれぞれ上下に動き、陰茎を撫で回す。
 人間にとっては極々小さな感覚。それでもビクンと大きく反応するグロウを見て、ティティは嬉しそうに笑う。
 「えへへー。きもちーですかー?」
 言いながら、調子に乗ったティティは小さい胸を押し付け、ピンと勃った乳首で硬い肉棒を攻撃する。
 「そりゃ、そりゃー! どうですか私のおっぱいはー。さっきのお返しです!」
 楽しそうにわめきながら、半ば無意識に下半身を擦り付けるティティ。
 陰核を、陰裂を絡ませるたびに甘い吐息を浴びせながら、今度は自分の臭いを染みこませんとばかりに、湧き出る蜜をグロウに塗ったくる。
 「はぁ、はぁ……私は、グロウ様のものです……グロウ様も、私のものになって下さい……」
 焦らすような細かい性感と蕩けた言葉に、グロウは我慢が出来なくなる。
 自分のペニスを掴んで離さないティティ。そのティティごとペニスを握り――
 「ひっ!? ちょ、グロウ様……!」
 グロウは、猿の様に猛烈なオナニーを開始した。
 自分の一番気持ちいい速度で上下に扱くのに、ペニスを包む感覚はいつもとはまるで違う。柔らかな女の手の平で握られているかのように心地いい。
 握る手にも、自然に力が入る。
 「ぐっ……ぇ……」
 陰茎と手の平の間に挟まれ、握り潰される一歩手前のティティ。
 絞められる息苦しさ。締められる鈍痛。閉められる生命。
 それらは同時に、ティティの身体に熱を帯びさせる。性的快感の、疼きを。
 二人の鼓動が速くなっていく中、限界に達した亀頭から大量のスペルマが噴出する。
 「ふああ……」
 ようやく拷問じみた締め付けから解放されたティティはへろへろと回転した後、ぱたりと倒れてしまった。
 
 「……ところでグロウ様、緊急事態です」
 気絶していた所、全身……特に胸と股の周辺を念入りに指でこねられていたティティ。
 もうすっかり発情しきっているはずの彼女が目を覚ましてそう呟いた。
 「何だ」
 言いながらもグロウは指を止めない。
 「私のまんまんに挿入する気まんまんの所に水を指すようで申し訳ないのですが、ちょっとお手洗いに行かせて貰えないでしょうか」
 もじもじと下半身を震わせるティティ。
 「断る」
 「ありがとうございますーとっとと行って綺麗に洗ってきますってうぇうぇうぇい!?」
 てっきり早く行ってくるように命令されると思っていたティティは予想外の答えにテンパる。
 「ぐ、グロウ様?」
 「妖精も排泄するのか」
 興味深そうにグロウは質問する。彼女の足を摘んだまま。
 「しますよします! 小さい方も出れば大きい方だってもりもり出てきますよ! 人間とはちょっと違いますけど!!」
 グロウに掴まれた足を必死で振りほどこうとしながらもティティはしっかり質問に答える。
 「何が違うんだ?」
 「グロー! さまー! 詳しくは出してきた後でゆっくりじっくりねっとりと答えて差し上げますから今はおトイレに行かせて欲しいなー! なーんて!」
 笑顔を絶やさずに……と言うよりも絶やせずに、ティティは股間を抑えながら早口でまくしたてる。
 主従関係はどこへやら、摘むグロウの右手にしぱーんしぱーんと鋭いローキックを繰り出し始めた。
 鋭いと言っても、妖精基準の話だが。
 「答えろ」
 「むぐぐ……わ、わかりましたよ! 答えればいいんでしょ答えれば!
 妖精は主に魔力で構成されているため、魔力以外に摂取した食べ物とかも体内で魔力に変換され吸収します。
 元の物質とは完全に別物、マナになった後で老廃物を出すため、人間のうんこやらおしっことは性質が全く異なるわけです。
 もういいっすかねー! そろそろ私のダムが決壊して盛大に漏らしそうなんですけどー!」
 ぷるぷると震えだしたティティ。だがグロウの手は緩まらない。
 「ティティ」
 「はいティティです! いい歳して割と近年までおねしょした事もあるティティです! 記録を更新したくないのでいい加減に――」

 「飲めるのか?」

 ティティの動きが、完全に固まる。

 「…………はい?」
 「人間が飲んで害は無いのか、と聞いている」
 「……そうですね。あるかないかで言えば全く無害。どころか微力ながら魔力も手に入りますよ。
 ところで何かすごく嫌な予感がするんですけど」
 構わず、続ける。
 「美味いのか?」
 「…………表には出回ってませんが、愛飲する変態もいるって話は聞きますねー。魔力も含むため王族の間で飲まれているって噂も耳にします。噂ですけど。
 ……ああ、グロウ様の言いたいことは大体わかりますよ。予想はつきます。でも考えてもみて下さい、それやっちゃったら流石に人間としてどーかと思いません?
 まあここまで堕ちましょうとか壊して下さいとかマゾなんですとか言っておいて今更言い訳がましい事をほざく私が悪いのは重々承知です。
 でも、仮にも私は女の子。淫乱でドMで臭いフェチで割とどーしよーもない感じの変態痴女ですが、乙女心やら女子力なんかは捨てていません。
 グロウ様のおしっこを私が飲む。これならわかります。コップに波々と入れた尿に突き落とされて沈めても私は興奮します。グロウ様の嗜虐心も満たされてお互い得しますね。
 ぶっちゃけると私が出す側の排泄関係はすっげー恥ずかしいからマジ勘弁して下さいそろそろ限界を超えてる感じなんで溢れたリアル聖水がちょっと足を伝ってるような」
 この世界にそんなものは無いが、どんどん口調が早くなるティティが宙を移動する様はUFOキャッチャーの景品さながらだった。
 出口は、上を向いたグロウの口。
 ぱくん、と。
 ティティの下半身が、グロウに咥えられた形になる。
 「……勘弁してはくれませんかね」
 彼女の、最後の懇願。
 グロウは答えない。
 その代わりに、舌が小さな妖精の足の間へと滑り込んだ。

 「あっ……ふぅ………ん………」
 身体を痙攣させるティティの口から、吐息と共に唾液が落ちる。
 熱を帯びた果汁が、ちょろちょろと滴り落ち始めた。
 舌で回すように、その液体を吟味する。
 臭みは無い。柑橘類のような爽やかな酸味が三と、蜂蜜のとろけるような甘さ七が混じったものがグロウの口内から喉へ流れていく。
 (……ふむ)
 控えめに言って、美味い。
 量こそ少ないものの、店で出せるレベルの……と言うより、一般的に人間が飲む習慣が無いのが不思議なほど、甘美な雫だった。
 (まあ、動物の尿を飲もうなんて思うのは一部の変態くらいか)
 同時に、僅かに身体の奥底で何かのスイッチが入れられたような、ほんの小さな感覚があった。
 ティティを虐めて入った嗜虐心とか、そういうものとは全く別の、力のスイッチ。人間に掛けられた枷が、一つ腐り落ちていったのを感じる。
 (……これが魔力か?)
 ティティを引っ張りだしベッドに置いて訪ねようとする。も、彼女は顔を両手で抑えてうずくまっていた。
 ほんのちょっとだけ尖った耳は、フィンデル山の溶岩よりも赤い色をしている。
 「………………もうおよめにいけない……」
 さっきのテンションはどこへやら、さめざめと咽び泣くティティ。
 やれやれと溜息をつき、グロウは彼女の小さな頭を撫でた。
 「……心配するな、お前はもう俺のものだ」
 指の間からちらと見つめるティティ。
 「………………なんですかそれ、プロポーズですか……卑怯ですよ……」
 その言葉の節々には、弾むような感情が見え隠れしている。
 「だからこれから毎日飲ませろ。食うかどうかは別だが、大便も調べてみたい」
 「~~~~~~~~~~!!!」
 淡々と述べるグロウに、ティティの頭が沸騰する。
 「と、とんでもないレベルの変態に仕えてしまった……!!
 わかりました! わかりましたよもう! こうなりゃヤケだ!
 かくなる上はどうあっても私のうんこを食って貰いますからね!!! ガチスカですからね!!
 お、女の子にここまで恥をかかせておいて、やっぱり臭いから食えないとか通用しませんよ!!!!」
 啖呵を切るティティに対するグロウの態度は冷静だった。
 「実際問題、食えるものなのか?」
 「えーえー食えますよ! 食えますとも!! 限られたガッチガチのド変態しか口にもしようとしませんがね!!
 妖精のうんこは基本的に小豆色の楕円形な球体、一見するとうんこと言うより卵に間違えられる事も多いです!!
 でもうんこですからね!! うんこうんこ!!!
 排泄物特有の鼻をつまむような臭さはありませんが、植物の根のような独特の臭いがします!!
 味は知りません! 食った事ないので!! 珍味扱いだから好きな人は普通に好きだそうです!!!
 しかしてその実態はうんこですからね!! うーんこうんこ!!! くそくらえー!! グロウさまのバーカ!! 寝取られスカトロリコン!!!」
 (……ひどい言われようだ)
 生まれてこの方ここまで酷く罵られたのは初めてだ。
 故郷を追い出された時だって、もう少しソフトな物言いだった。
 (が……)
 恥じらいを捨てたつもりで言うティティが、実のところ全く捨てきれていないのが愛おしい。
 どれだけ罵倒されようとも、この小さな妖精のことを嫌いになることなど、出来ないだろう。
 それに、グロウには――
 (――もう、お前しかいないんだ)
 「ティティ」
 「何ですか、変な顔して。はっはーん、怖じ気づいたんですね。でも駄目ですよ! この私にここまで言わせた罪は重い! いくらグロウ様と言えど容赦は――」
 親指の先ほどしかない彼女の顔に、グロウは口付けをした。
 「好きだ」

 「……ひゃい」
 ティティの方もすっかり、グロウにやられていた。
 
 
 「そろそろ挿れてもいい頃合いか?」
 グロウは指の腹でティティの割れ目をついと撫でる。
 「はふん」
 半ば無意識にその指にティティはしがみつく。
 「いい加減挿れないと、いろんな意味で死にそうです……挿れたら挿れたで死にそうですけど。んんっ」
 荒い息遣いをしながら、両手で保持した巨大な指を自らの陰裂に押し付ける。
 「挿れるのはこっちだろう」
 指を振りほどき、代わりにずいとペニスを突きつける。
 自分の腰周りと大差ないそれに慄き、ティティは半歩後ずさった。
 「な、慣らすくらいしましょうよぅ。初めてなんですよ私」
 「初めてだからだ」
 「わかりましたよもう……少しだけ待って下さい」
 身体を鷲掴みにされティティは観念したのか、片手でヴァギナを押し広げる。
 空いた手の指先で、ちゅぷり、と自分に這入る。
 中の蜜をすくい取り、入り口に絡ませて淡く光を反射させた。
 「ん……ふぅ。これ以上は緩くならないでしょ。ではグロウ様、妖精の小さな小さな肉穴、どうぞお楽しみ下さい」
 「ああ」
 とは言うが、性器同士を軽くくっつけたまま、グロウは動かない。ただティティの顔を、穴が空くほどに見続けた。
 「……何でガン見してるんですか?」
 「悪い、聞こえにくかったからもう一回言ってくれ」
 「嘘だーー! 絶対嘘だーーー!! 私を辱めて楽しみたいだけでしょ!!!」
 ジタバタと抵抗するも、グロウの手から逃げることは不可能だった。
 「そうだ。言え」
 「は、白状しやがりましたね!? 言えばいいんでしょ、言えば!! 妖精の小さな小さな肉穴、どうぞお楽しみ下さい!!」
 「別パターンで」
 「注文が多い!? ぐぬぬぬぬ……どうぞ私のキツキツロリまんこをグロウ様の極太おちんぽでほじほじしてガバガバにした後精液たくさん出して妊婦みたいにお腹パンパンにして下さいませ!!!」
 「わかった」
 ティティがヤケになって喚いたその瞬間を逃さず、グロウは一呼吸にティティの身体を刺し貫いた。
 小さい腹部が陰茎の形に膨張し、体積が倍ほどに変化する。
 「……! ひぎっ……あ、がっ……!!」
 あまりの痛さに気を失ったティティは、あまりの痛さで意識をすぐに取り戻した。
 グロウは思ったよりすんなり入った事に驚かされ、膣内の感触に再度驚愕する。
 きめ細かな柔毛……人間からすればブラシのように小さな無数の肉ヒダがペニスを洗うように歪動し。
 途中にあった子宮口はペニスに押されて奥底までと伸び、亀頭の先にキスをして、ちゅくちゅくと吸い付いてくる。
 ティティの意思とは関係なく、彼女の女は総出で男を歓迎していた。
 彼女の言葉通り、本当に根本まで挿れる事が出来た。半信半疑だったが、本当に妖精は人間とセックスが可能だったのだ。
 ……物理的には。
 「ぁ……っはっ…………」
 ティティは大粒の涙をぼろぼろと零して、激痛に耐えていた。
 もはや歯を食いしばる力もない。だらしなく口を半開きにしている。
 「ティティ、大丈夫か?」
 壊れてもやめないとは言ったが、流石に死んでしまったらセックスにはならない。死姦だ。
 いや、死姦もこのサイズならできるかどうかは謎。グロウは申し訳程度の声を掛けた。
 「っすごっ…………きもちっ……ぇす………っ!」
 やめろ、と言ってるようにはとても聞こえなかった。
 その証拠に、尚も涙を流し続けるティティの顔には笑みが浮かんでいた。
 「それは良かった」
 言質は取った。
 後は知らない。
 グロウは僅かに残っていたティティへの気遣いを捨てる。もはや彼女を道具として扱う事に躊躇はない。
 ティティを上質な肉穴として、ひたすらに肉槍で貫き続ける。
 手を動かすと同時に腰を打ち付け、勢い良く膣内を抉る。
 声にならない声を上げる、可憐な妖精。
 ペニスが彼女の中を往復するたびに、柔らかな腹が膨らんでは戻りを繰り返す。
 ティティの身体にとってそれは拷問にも等しい苦痛であった。
 そしてそれ以上に、彼女の脳は女の悦びを感じていた。
 愛する人から受ける苦痛は、彼女にとって最大の快楽。
 (し……死んじゃう、かも……)
 彼女が朦朧とした頭で懸念したそれは痛みによるショック死や肉体が耐えられずに起こる破裂死ではなく。
 あまりの気持ちよさに脳がついてこられなくなる、腹上死だった。
 彼女には死んではいけない理由があったが、今はそんな事頭から消え失せていた。
 ただ、この苦痛(かいかん)に身を任せていたい。
 それだけだった。

 そしてグロウは、生意気でやかましく、悪魔的で可憐な、愛らしい道具(オナホール)に。
 勢い良く、精液を吐き出した。

 
 「…………………はぁ、はぁ……ほ、本当に殺される所でした……」
 抜かずに四回。ティティはグロウの陰茎が硬さを失うまで、一時間近く犯された。
 途中で何回気を失ったのか覚えていないが、身体は快感を覚えていた。
 妊娠したかのように大きくなった腹には精液が溜まり、陰部からは未だそれが止めどなく溢れ続けている。
 垂れ流し状態のそれを片手で受ける。すぐに一杯分注がれたそれを口にやり、ぐびっと飲み込んだ。
 「はぁ……おいしい……」
 口いっぱいに広がる僅かな苦味と、生臭さ。ティティにとってそれはご馳走だった。
 更に飲もうとするティティの腹と背をグロウは片手ではさみ、、ゆっくりと絞りとる。
 「あああああああ……」
 脱力するような声と共に、下品な音を立ててティティが射精する。
 みるみるうちに腹は縮み、元のサイズへ逆戻りした。
 「なぁにするんですかー、もったいない」
 頬を膨らませる妖精に、少しだるそうに呟く。
 「飲みたきゃ直に飲ませてやる。それに、まだ終わってないぞ」
 「へー、まだやる気ですか。私だってまだまだいけますよ。身体は動きませんけど」
 グロウは備え付けの化粧台から、油を手に取る。
 そしてそれを自分の手に良く塗りこみ、まず自分の陰茎に丹念に塗りたくる。
 そしてその後、ティティの下半身をこね始めた。
 「うああー」
 抵抗する気も、する体力もないティティ。マッサージのようなソフトな性感に身を任せる。
 「油なんか塗ってどうするんですか? まさか食べちゃうとか? それはちょっぴりハードですねぇ」
 本気なのか冗談なのか、ティティが笑う。
 が。
 グロウの手の動き方を、ずっと味わっていると。
 そんなティティの笑顔は、みるみるうちに青ざめる。
 「……あの、まさかとは思いますが……」
 丁寧に丁寧に油を染み込ますその部位は、主に彼女の菊門付近だった。
 「……自分から誘っておいて色々口出しする事は悪いとは思っています。
 でもあえて言わせてもらいます。グロウ様、そこは違う穴です。
 そこは入れる穴ではなく出す穴です。お尻です。アナルです。菊門です。萎えるように言うと、うんこの穴です。
 全然萎えませんね。変態ですね。いや、私が言えた義理じゃありませんが。
 私も自分でちょっと将来に不安を覚えるほどのマゾですが、だからと言って何でもしていいわけじゃありません。
 いや、お尻に興味が無いって言ったら嘘になります。まあマゾですから。でも、流石にこのミクロサイズの妖精アナルに
 グロウ様の特大サイズおちんぽをいきなり挿入ってのはちょっとハードルが高すぎるとおもうんですよ。
 まず綿棒を使ってですね。麺棒じゃないですよ。死にますよ。優しくかき回して出し入れするじゃないですか。
 慣れたらお箸とか尖ってないペンとかでコーヒーミルクをかき混ぜるように丁寧に弄るじゃないですか。
 それでようやく指の出番です。おちんちんは後2.3段階は踏みたいですね。
 そっちの方が美味しくなりますよ絶対。とろとろにとろけた妖精のお尻を楽しみましょう。
 あとあんまり綺麗なもんじゃないので恥ずかしいってのもあります。準備くらいさせて下さい。
 くどいようですが私は一応女の子です。あまり汚い所を弄られるのは勘弁願いたいです。
 マゾだけど人権はあります。あ、妖精だからねーっすね。あははんほぉっ」
 グロウの一突きで、ティティは黙らせられた。
 後ろの穴は、前の穴とはまるで別物。正反対と言っていいくらいの感触だった。
 とにかく、キツい。
 ティティが言った通り、全く拡張せずに突然入れられたのは想定外だったようで、どうにか入ったはいいものの腸からは完全に嫌われていた。
 半分ほど入ったが、前に進むのも後ろに下がるのも困難なほどに、ティティのアナルは万力が如く締め付ける。
 「…………」
 ティティは金魚のように口をパクパクと動かしている。
 痛さ、恥ずかしさ、苦しさはヴァギナの比ではない。
 よって、その快楽も比べ物にならない。
 ……と、言うような事は全然なく。
 「……ぬい……って…………ちょ……マジで……」
 段階をすっ飛ばしていきなり入れられたペニスに、身体が快楽の出し方を忘れてしまっていた。
 今この瞬間のティティは、マゾヒストではなかった。
 半ば人生を諦めたかのような壮絶な半笑いが、顔に固定されてしまってぴくりとも動かない。
 「あの、何ていうか、アレだ。ティティ……すまん」
 (はいティティです! 喋れません! 今ならまだ致命傷で済みます! ゆっくりと抜いて下さい! ゆっくりと!!)
 あまりのショックに中止するものだと思ったティティは心の中で必死に懇願する。




 「……死んでくれ」

 グロウは股間に渾身の力を込め、これ以上ないほどの強固な武器に変貌させる。
 そして。先ほどのピストンを遥かに上回る速度で……上下運動を開始した。

 「~~~~っ!! ぁあああああーーーー!! あぅぁ、あっ、んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 悲鳴とも断末魔ともつかない品性の欠片もない声が、部屋に木霊した。
 快感によるものでは無いことだけは、確かだった。
 「あぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! あ、ああ、へぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」 
 全てを捨てましょう、とグロウに言ったティティだが、まさか自分も色々と大切なものを捨てるとは思っても見なかった。
 グロウはその金切り声を無視して、彼女の腸と戦い続ける。
 最初は身動きが取れなかったものの、所詮人間の男と妖精の少女。固さで勝負をすれば、どちらが勝つかは火を見るより明らかだった。
 結果、ティティの腸はグロウの槍に屈し、為す術もなく蹂躙されて戦火の中で犯されることになる。
 「……出すぞ」
 グロウからたっぷりと射出されたザーメンは、小さいティティの身体をどんどん駆け上っていく。
 「……! お、おげぇぇぇぇぇぇぇ……!!」
 吐き気がこみ上げてくると思ったら、喉の奥から大量の精子が出てきた。
 突然の事態。苦しさと羞恥心とわけのわからなさが限界へと達したティティは、今度こそ完全に気をやってしまった。
 そんな事に気づかず、グロウはただティティの中を滅ぼすように滅茶苦茶に動き続け、再び精を吐き出した――



 「ティティ、生きてるか?」
 返事は無い。死んだ。
 「悪いことをしたな……後で埋めてやろう。カトレアの花を添えて」
 「……………勝手に殺さないで下さい……」
 と思ったら、ティティの地を這いずるような低い呟きが耳に入った。どうやら、一命は取り留めたようだ。
 「すみません、正直人間を、ってかグロウ様を舐めてました……か弱い妖精相手にここまでできるもんかと。浅はかでした……」
 未だ開いた尻穴と口元からは涎のように精液が出ている。 
 「あーくそ……ザーメンが美味いのがまた負けた気分になる…………」
 ぶつぶつ言いながら、ティティは上半身だけ起こした。
 「……まだやります?」
 「……いや、憑き物は落ちた。今の俺はゼロだ」
 「そうですか。それは良かった。色んな意味で。まあ憑き物の大半は私に移ったような気がしなくもないですが」
 「ありがとう、ティティ。助かった」
 ティティはその言葉を聞いて、嬉しそうに笑った。
 「いえいえ。お役に立ててうれしーです。んで、グロウ様これからどうします?」
 「どう、か」
 全てを捨てることができた。もうどうでもいいと言う、諦めの心そのものが完全に消し去った今。ゼロから生まれたものは。
 「…………復讐、じゃないですか?」
 ティティが嗤う。
 「…………」
 正解だった。
 グロウはここでようやく、自分が理不尽に晒されていた事に気付いた。
 自身は悪くないのに、環境は全て牙を向いた。
 卑劣な方法で勇者の称号を奪い取ったアルベリヒも。
 それを知りながらアルベリヒを勇者と認め自分を追放した国も。
 抵抗せずアルベリヒに抱かれて喘ぎ擁護もせずに自分を捨てたユミルナも。
 全てが、急に憎たらしく思えてきた。
 いや、これは怨嗟だ。
 「やっちゃいましょう、復讐。私も手伝いますよ。ただ――私の復讐も、手伝ってもらいますけど」
 そう言ってティティは立ち上がり、買い物袋の中から、一際目立つ深緑のイブニングドレスを取り出す。
 「流石にはだかんぼじゃアレなので、ちょっと格好付けさせて貰いますよ」
 そう言って身体をティッシュで簡単に拭い、ドレスを纏い始める。
 「復讐、か」
 「ええ、そうです。私達妖精を迫害し、おもちゃにし続けて、絶滅へ向かい始めるほどに衰退させた――人間への、復讐です」
 長い髪を縛り、先ほどの態度とは一変した表情を見せる。
 優雅に笑う瞳の中に、憎しみの炎が灯っていた。
 いや、それはグロウのそれと同じ――怨嗟。
 「私の名は、ティターニア・ヴェルコット・ゼラ・フェアリー……妖精族の第一皇女です」
 言葉の節々から只の妖精では無いと思ってはいたが、まさか姫君とは。
 「グロウ様、もしよろしければ……私の復讐に、手を貸してはいただけませんか」
 「俺も人間だが」
 「なーに言ってるんですか。細かい事は言いっこ無しです。人間も邪魔な魔族もみんな滅ぼして、妖精の世界を作りましょう。
 私が皇后で、グロウ様が皇帝です。贅沢し放題ですよー」
 いつもの人懐っこい笑顔で、ティティは手をヒラヒラと振る。
 「人間を滅亡させた妖精王国の皇帝が人間か……おかしな話だ」
 グロウはふ、と微笑む。
 「うお、グロウ様笑うと超イケメン……!」
 驚くティティに、グロウが質問する。
 「ティティ。人間を滅ぼすのはいいが、多少は残してもいいのか?」
 「まあ、グロウ様がおっしゃるなら検討はしますよ。……まさか、故郷の人だけはとか言いませんよね?」
 「逆だ。故郷の奴らは一人も残さん。ただ、今は人間に虐げられている人間もいる。数は多くないが、俺のような持たざるものだ」
 「お優しいんですねーグロウ様は。まあいいです。グロウ様のように優しい……いや優しくは無いですね。全然優しくないです。鬼畜です。
 グロウさまのように悪い人間じゃない人がいるって事はわかってます。可能な限りは尊重しましょう。が、それ以外は殺しますよ? 女でも、子供でも、赤ん坊でも」
 「俺の知った事ではないな」
 「選んで殺すってのも悪くないですね、支配者っぽくて。決定です!」
 「ああ」
 ティティの差し伸べた悪魔の如き選択肢を。
 グロウは手に取って。
 「よろしくな、ティティ」
 「よろしくお願いします、グロウ様!」



 どこまでも続く血と闇の路を、二人は堕ちる。
 後に妖精戦争と呼ばれる戦乱の、ここが始まりだった。

 
 終


 







 「しかし姫とは知らずとんだ無礼をしてしまったな」
 「えへへーびっくりしました? 私の事敬語で呼んでもいいんですよ! ティターニア皇女殿下って! グロウ馬になれー!」
 「調子に乗るな」
 「ごめんなさい」
 アークザインの街並みを、一人の槍術士と妖精が行く。
 目指す先は、遥か南西の妖精族の集落。
 世界を朱に染めるため、二人の旅が、今――








 「あー……精液風呂に入りたい……」
 「ティティ、お前との旅は……楽しかった。じゃあな」


 終わった。






 「終わらせないで下さい! まだこれからです! やることは山積みですから!」
 鎧も纏わず、質素ながらも清潔感のある服飾に似合わない、巨大な騎乗槍(ランス)を担いだ寡黙な青年と、
 ぴーちくぱーちくとやかましい、人形用の黒いゴシックドレスに身を包んだ妖精。
 グロウとティティは、明らかに周囲の目を引く存在だった。
 そんな視線の中で突然精液風呂がどうのこうの言われたら、旅を終わらせたくなるのも当然だ。
 実際、周りからヒソヒソと声がするのをグロウは敏感に感じる。
 「なら、少し黙れ。お前と違って、俺は公共の門前で恥をかいて興奮する性癖は無い」
 グロウはティティにしか聞こえないような低いトーンで、彼女に半ば脅しのような命令をかける。
 「え? あ、あれ!? 声に出てました!? うっわーはずかしー……」
 どうやら、ティティにもそんな趣味は無かったらしい。慌てて口を塞ぐ妖精。もう遅い。
 既に二人を眺める人々の目は、変態を見るそれになっていた。
 「……………」
 「あ、あははー…………」 
 グロウは溜息を吐き、片手で額を押さえた。
 (……先行きが不安だ)



 『カークス大森林の奥深く、妖精にアルカディアと呼ばれた地……かつて妖精の国ゼラがあった場所。
 ま、今では王族も貴族も平民も、すっかり人間共に乱獲されて、逃げ延びた集落が点在するだけですけど。
 まずそこに向かって、生き残りを集めます。私が生きてる事を、みんなに伝えないと』
 『だが、生き残りを集めてどうする? 数を集めても、人間に太刀打ち出来なかったから国は滅びたんだろう』
 『乱獲が始まる前は、人間と妖精の仲は良好でした。妖精は親愛なる同士に騙されたのです。魔族討伐のために力を貸してほしい、と』
 吐き捨てるように言うティティ。その小さい握り拳は、怒りに震えていた。
 『それで捕まって散り散りになったわけか……だが、何のために妖精を? ……まさか』
 頷く妖精。
 『魔力です』
 『……やはりか』
 『そもそも、魔力は本来人間が持ち得ぬものです。魔力は多彩にして万能。魔族とて、一部の種族以外は扱えません。
 その代わりに、妖精は人間に比べれば全くの非力。大きさの割には強いと言うだけで、体重差は比べるのも可哀想な程です。まともに殴り合ったら子供にすら殺されかねません』
 『故に、人間と妖精のバランスが取れ、補うことにより協力し関係を築いてきた……と』
 『でも、いますよね? 昔から、人間の中にも魔法を使う者が』
 いた。
 勇者。聖職者、魔術師。一部の騎士。それに、王族関係者は魔法の心得があるものがほとんどだった。
 理由は、血筋または洗礼によるものだ……と言う事にはなっている。
 『あれはほとんど、妖精の加護……って程偉くはないですけど。何かしらの協力、または強奪によって得ているものです。
 ま、ほとんど協力でしょうね……昔は。平民にゃそんな事内緒です。力を持つのは、金と権威を持つものだけで十分、なのでしょう。
 でも、魔力の秘密を知るものは気付いてしまったのです。今は魔族と言う共通の敵があるから、人間は一応の団結をしている。
 その魔族が滅びたら、人間同士の戦争が始まるのは明白です。そして、そうなると有利になるのは?』
 『…………《力》を隠し持っている勢力』
 『そう。人間全体と仲の良い妖精が、人間同士の内乱が始まった時に特定の勢力に肩入れするとは考えにくい。そうなりゃ早いもん勝ちってわけです。
 魔力タンク狩りの始まり始まり……ってね。搾りカスはペット妖精ブームでも作れば小金稼ぎくらいにゃなります。
 多少魔力が回復した所で、所詮群れもできない妖精。反乱を企てるよりかは、魔法で仕事の手伝いでもした方がよっぽど賢いでしょう』
 『ここにも馬鹿が一人、か』
 『やだなぁ、二人ですよ。それに、私はこれでも王族の一人。並の妖精なんぞとは、魔力の底は比較にもなりません。
 本調子になれば、妖精のパワーバランスを担う一角……流石に勝算はまだ薄いですが、私が生きてる限りゼロにはなり得ません』
 ティティの含み笑いに、グロウは疑惑の眼差しを向けた。
 『……お前がか?』
 昨日パン屋にボコボコにされていた浮浪妖精。姫である事はこの際疑っても仕方ないが、実力者とはとても信じられなかった。
 『あ、グロウ様疑ってますね!? 私ゃこれでも小さい頃は遊んでたつもりが気が付くと火事になってて山火事ティティちゃんとか自然破壊の申し子とか呼ばれたもんですよ!!』
 『色々な意味で自慢にならないな』
 火を付けるだけなら子供でもできる。
 『ぐむむむむ……言いますねグロウ様、ここは信じておいた方が後々のためですよ。私の誘惑《テンプテーション》はリリィちゃんすら発情させる超威力!!
 グロウ様が食らったら一発でアヘアヘです!!』
 『知るか』
 妖精族の内輪ネタを持ちだされてもグロウにわかるはずもない。
 それに、仮に実力者だったとして、こんな奴が強大な魔力を持っていたらと考えるとそっちの方がよほど危険な気がする。
 (……捕まって魔力を取られたら最悪だ。尤も、もう既に一回捕まってるんだが)
 『あ、リリィちゃんってのは私の友達なんですけど姫の私よりよっぽどお嬢様みたいなしゃべり方する子です。ツンツンです。
 いやーあの時はやばかったですね。カラットちゃんが来なければ貞操が奪われる所でしたよ。
 あ、カラットちゃんってのはいつも本読んでるけど爆発魔法が得意で妖精を内部から破裂させるのが趣味みたいな所があるクールガールであの時は私ごとやりやがってあのアマ』
 『そんな情報はいらん』
 (……まあ、いい)
 グロウの一番の目的は故郷を滅ぼす事。
 ティティには悪いが、妖精の復讐まで絶対に成功させると言う気概は、まだ無い。
 無論、協力自体は惜しまないしティティは守り通すつもりだが、その途中で自分が死んだら、その時はその時だ。
 きっとティティもそうだろう。まだまだ自分達は、業が足りない。
 (……妖精の生き残りに、まともな参謀がいるのを祈るばかりだ)
 



 
 ティティが騎乗槍(ランス)に隠れ、ようやく注目度も低くなった所。
 その中からティティが呼びかける。
 「……まだ怒ってます? ってか、引きました?」
 ひそひそ話で話す、妖精。
 「何の話だ」
 同じく小声で返す、人間。
 「いや、さっきのグロウ様の精液風呂に三日三晩浸かって臭いが取れなくなりてー……って話です。漏れてたみたいですが」
 そこまでは漏れてなかった。
 「…………もういい。それに、今更だ。お前が取り返しの付かないの変態だってことは昨日のでよくわかっている」
 呆れている事に関しては黙っていた。
 わざわざ言う必要もない。
 「そうですか! よかったー……グロウ様に嫌われたらどうしようかと思いましたよ。グロウ様だけが頼りですからね」
 「…………」
 悪い気はしない。
 お互いがお互いに依存する関係。
 こいつとなら、どこまででも堕ちられる。そう思ったのだ。
 恋人とも、主従とも、家族とも、仲間とも違う。
 俺達は、共犯者だ。
 お互いの心臓を握り潰し、感触を楽しみながら笑って歩いている気狂い共だ。
 

 「じゃ、精液風呂お願いしますグロウ様」
 「断る」
 「何で!? いいじゃないですかー。いっぺんグロウ様の臭いで満たされてみたいんですよー。
 グロウ様も想像すると興奮しません? 私の全身余すことなく、自分のザーメンで汚してみませんか?」
 言われて、可憐な妖精の、それも姫様が白濁色に沈められ、浮かび上がってきた時には息も絶え絶え、痙攣しながらもその評定は悦びで満ちている……
 そんな情景を、想像してみた。
 下腹部が熱くなるのを感じる。
 「…………興味が無くもない」
 「でしょ!?」
 ティティの声も弾んだ。
 願わくば、常日頃からもう少し姫様らしくしていて欲しい所だ。
 (そっちの方が、虐めがいがあるんだがな)
 「だが不可能だ。お前を沈められるほどの精液は、俺には出せない」
 ティティの体長は手の平より少し大きいくらい。それを沈めるにはコップ一杯近くの精液が必要だろう
 いくらグロウが絶倫とは言え、そんな量を出すことは物理的に無理があった。
 「甘い。甘々ですよグロウ様。私が何のために出発前に魔力の話をしたかわかってます?」
 「………………何のためだ?」
 グロウには嫌な予感しかしない。
 「言ったはずです。魔力は多彩にして万能……私がちょっと力を取り戻せば! グロウ様のおちんぽからドバドバとおちんぽミルクを出すことなど造作も無いのです!!」
 あーっはっはっはと高笑いするティティ。通行人の目にはさぞかし不気味な槍に映ることだろう。
 (…………人間が妖精を狩った理由とばかり)
 グロウはティティの異常性欲を甘く見ていた。
 目的を見失わない事を祈るばかりだ。
 「………………それをやったとしよう。三日三晩精液に浸かった臭いが取れない妖精の姫様。
 俺はそんな臭い奴と一緒に歩くのは死んでもごめんだ」
 「お、女の子に向かって臭いとは何事ですか!! まだやってないですけど!!」
 ティティの恥じらう基準が全くわからない。
 「だったらおしっこでもいいです! グロウ様のおしっこで溺死させて下さい! さぁ!!」
 「お前は馬鹿か」
 臭いがつくのはどっちでも同じである。
 そして何が『さぁ!!』なのだろうか。
 「消臭の魔法とかは使えないのか?」
 「そんな便利な魔法があってたまりますか!! ありますけど!!! そんなのいちいち覚えていません!!!」
 では何で男の精液を噴出させる魔法など覚えているのだろうか。
 (……妖精の世界はよくわからん)
 「あーっもう我慢できない!!
 ティティちゃん妄想の話してたら発情してきました!!!
 グロウ様! グロウ様のパンツの中に入らせて下さい!!!」
 「いきなり何を言い出すんだ。断る」
 「その答えは想定内です!!」
 そう言って急に槍の中から飛び出してくる妖精。
 常人では目で追うこともできぬ速度で、直線飛行。
 幾度と無く鋭角に急旋回し、グロウの股間を狙う。
 「いざ!! ダイビング&テイスティング!!!」
 パシ。
 グロウの空いた左手が、軽く妖精を捉えた。
 「……」
 「……」
 冷や汗をかきながらも、ティティは笑みを崩さない。
 「そして捕まる事も想定内。ドMの私としてはどう足掻いても性欲が満たされる展開なのです!
 さあ、グロウ様!! たっぷりおしおきをして下さい!! さぁ! さぁ!!」
 手の中で勝ち誇ったように笑うティティ。
 グロウは黙って、それを歩いていた野良犬に差し出した。
 ぱくん。
 もぐもぐ。ごっくん。
 
 「明日からはアークザイン領も出られそうだな。野宿できるように準備しておくか」
 グロウの旅は、まだまだ続く。 
 気候に恵まれ、肥沃な土地を持つアークザイン。
 塀で覆われた城下町の外にも、遊牧民のキャラバンの姿が見える。
 この辺りに魔族が攻めてくることはまず無く、いるのはせいぜいはぐれ魔物……
 それも遊牧民でも簡単に撃退できるような、大鼠(ラージマウス)や小蛇鳥(プチキマイラ)ばかりだ。
 ここから南下すると小さな村、マイエがあるアヤシロの森。
 更に進むと、湿地帯の先に工業大国ユーザワラが存在する。
 真西にあるフィンデル山を迂回しながら進み、大河にかかるアリア大橋を渡ると商人の楽園ムスタルト。
 そして妖精の里、カークス大森林となる。
 徒歩で行くとなると、かなりの長旅だ。
 ちなみにグロウの故郷、ガイスコッド皇国はアークザインの北西、魔族との最前線に位置する。

 簡易テントに非常食、着替え、水。途中途中で補給はできるため、なるべく荷物は絞る。
 食料は最悪、野獣でも魔物でも殺せば事足りる。毒抜きさえすれば、食えないものは少ない。
 火種を買おうとしたが、ティティに止められた。
 「そのくらいは私がやります! 私の魔法で付けますよ! 私の魔法で!」
 と自信満々に言うため、グロウは任せる事にする。
 (……山火事がどうのこうの言っていた気がするが、まあ大丈夫だろう)
 かくして二人はアークザインを出発。
 多数のキャラバンを横切り、マイエへ向かうのだった。

 「それにしてもグロウ様、鎧は買わなくてよかったんですか?」
 「今買っても荷物になるだけだ。それに買うんならユーザワラのものを買った方が質がいい」
 アヤシロの森。
 ここには魔物の巣が多数存在する上、地形も入り組んでいる。戦いに慣れていない旅人には少々危険な場所だ。
 だが、中心部に森林横断の拠点、マイエの村がある事からもわかるように、準備をして向かえば生命を落とす可能性は低い。
 木々を切り開いてできた林道を歩けば魔物に出くわす事は少ない上に、取り立てて好戦的な種族もいない。
 マイエに入ってしまえば深い堀もあり、出入口もしっかりと警備されているために襲われる心配も皆無だ。
 どうしてもと言うなら用心棒の一人でも付ければ、安心して渡れるだろう。
 熟練の戦士にとっては、むしろ手応えが無くて笑ってしまうほどの旅路だ。
 ……と言うのが、世間一般の認識だった。
 だが。
 森を入り林道を数時間歩いても、未だグロウとティティは、誰ともすれ違わなかった。
 「でもグロウ様も聞きましたよね? マイエの村に、アークザインの第三騎士団が向かったって話……何かあったみたいですけど」
 「ああ」
 そう。噂の詳細は知らないが、確かにそんな話を耳に挟んだ。
 マイエに何があったのかは知らないし知ったことでもないが、森を横断する以上通らないわけにもいかない。
 「もしかしたら、荒事が起こってるかもしれません。そんな田舎のニートみたいな服では困るんじゃ……」
 (……田舎のニート……)
 「自分の心配をしろ。お前の魔力の方はどうなんだ?」
 うーん、と唸るティティ。
 「あんまりです。火の粉を振り払うくらいはできますが、グロウ様の手助けをできるかと聞かれれば、正直微妙な所です」
 「なら俺の陰に隠れておけ。何かあったらな」
 そう言って歩き続けるグロウの後ろ姿を見ながら、ティティは考えた。
 「……そう言えばグロウ様ってどれくらい強いんだろう」
 
 明らかな異変の始まりは、林道の隅に、点々と赤の色が歩いてた事だった。
 「グロウ様、これ……」
 「ああ」
 血だ。道を逸れて、木々の中へとそれは続いている。
 「……どうします?」
 「無視だ。マイエに向かうのが先決だろう」
 グロウは一瞥しただけで、足を止めること無く林道を歩き続けた。
 異論はない。ティティもそれを追いかける。
 だが、次の異変にはグロウもその足を止める事になった。
 「うお、死体……魔物か」
 曲がり道を進む、視線の先。道のはずれに元は黒尾猿(ナイトエイプ)らしき肉塊が鎮座していた。仰向けに寝転がったそれは酷く損傷している。
 「…………おかしい」
 グロウはその前にしゃがみこみ、死体を眺める。
 「どうかしたんですか?」
 「騎士団の得物は剣か槍、弓矢。マイエの自警団の武器も似たようなものだろう。だが、こいつは……」
 体の所々が、噛み千切られている。内蔵は漁られて、肉片は飛び散り、骨はむき出しになっていた。
 「黒尾猿はここらじゃ強い固体だ。他の魔物や野獣と争う事になっても、そうそう負ける事はないだろう。それに、こんな大きな歯型を持つ生物は……こんなところにはいない」
 「じゃあ……」
 「そう言う事だな」
 血の匂い。
 眼前の死体では無く、もっと強く、複数のものが入り混じった、咽返るような臭気が、風上……林道の先から、漂ってきた。
 グロウの足は、林道を逸れる。
 道の先を横目で見る。遠くにあったものは――

 ――『弓に射抜かれて死んでいる』、騎士達の亡骸だった。







 街は地獄絵図の様相を呈していた。
 首を失くした騎士。胴が離れた村人。血溜まりの上に、屍肉を漁ろうと烏がまた一体降り立った。
 そして、離れの納屋では。
 「やめろ! 私に……私に触るなッ!!」
 アークザイン第三騎士団長、ティエラ=バニエット。
 女性の、それも十代にして破竹の勢いで実績を重ね、異例の速さで騎士団長に就任。
 高潔で実直。武勇に優れる騎士の鏡として、人々から尊敬されていた彼女が、今。
 「汚らわしいっ……!! 殺せ! 貴様らに好きにされるくらいなら、私は死を選ぶ!!」
 鎧は剥ぎ取られ。手は縛られて。部下にも見せたことのない柔肌を晒し、迫ろうとする豚鬼(オーク)達から身をよじり、必死の抵抗を試みていた。
 それを見て嘲笑う、一際大きい影があった。
 「はっはっは、大丈夫だ。運が良ければその内に死ねるさ……やれ」
 彼の命令で、豚鬼達は総出でティエラの身体を拘束する。
 「ひっ……やめろ……いや……おねがい……」
 ティエラの懇願を聞く気など、彼等には有るはずもなかった。
 号令を発したのは座り込んで尚、成人男性の背丈より大きい魔物。
 彼は近くに落ちていた、人間の女……散々陵辱されて壊れたそれを掴み、口元に運ぶ。
 「あ、あ……」
 ――がじゅり。
 同時にティエラは。豚の顔を持ち、全身から鼻を曲げるような臭気を発した魔物に、純潔を散らされた。
 「ああああああああああああああああッ!!!!!」

 
 「そいつの肉は、中々美味そうだ」
 魔族中央方面軍先遣隊長、上級人喰鬼(グレーターオウガ)。
 にぃ、と赤く染まった口元を歪めて、下半身だけ残った女を軽く放り投げた。
 
 「恐らく、マイエの村は魔族に占領されている。それも、そこそこ頭の回る奴にだ」
 木々の間を進みながら、グロウは現状を想定する。
 「頭の回る……ですか」
 ……ところで、グロウ様隠密行動すっげー不向きですね。
 巨大な馬上槍(ランス)を担いでいる背中を見ながら、ティティはそう呟いた。
 その割には木の枝や幹に槍が当たって音を立てることは無く、足音も極力抑えているようだった。
 「マイエの警備は所詮、森の中の魔物を想定していた。まさか真西から川を渡り山を越え、魔族の軍勢が攻めてくるなど思いもしなかっただろう。
 魔族はそれを軽く蹴散らして、村を改造し拠点として後続が続くまで確保し続ければいい……食料はそこら中にあるからな。
 アークザインとユーザワラの行き来は途絶え、連携は崩される。狙いは多分、南側だ」
 「騎士団は?」
 「恐らく、壊滅だ。本気でマイエを基地にしたら、落とすのはかなり困難になる。
 堀で囲まれ、出入口は軍隊が通るには細すぎる。当然罠も仕掛けられているだろうし、見せしめに死体の山だ。
 戦意は挫かれ、疲弊した所に待つのは魔族の群れと軍団長……本気でかかれば潰せるが、戦力を小出しにしたら飲み込まれる一方だろうな」
 投入した兵がそのまま魔族の兵糧になる、と言うのが一番厄介な点だろう。
 兵士の士気はガタ落ち、敵は補給無しでも継戦が可能。その上森全体まで魔族が闊歩するとなると村に辿り着く事さえ危うい。
 最悪、森そのものを焼き払う羽目になり得る。
 マイエの高台が、木々の上から頭を出しているのが見えた。
 もうすぐ到着する。そう二人が思った、瞬間。
 「グロウ様、魔物です!」
 前方にいたのは、見回りの豚鬼だった。
 距離はあるが、はっきりとこちらを見据えている。
 手には騎士団から強奪したと思われる、魔物にしては上等な槍を構えていた。
 「見つかってしまいました! しかも何か角生えてますよ、角! あんなの見たことない、きっと強い個体――」

 ――どさり。
 ゆっくりと身体を反らした豚鬼は、そのまま後方に倒れて動かなくなった。
 「へ?」
 「…………」
 グロウは何事も無かったかのように歩を進め、豚鬼の横を通り過ぎようとする。
 ティティは何が起こったのかわからないながらもそれに続き、豚鬼の不審な死を確認しようとした瞬間、グロウがすれ違いざまに……生えていた『角』を、引っこ抜いた。
 「へ?」
 ぴっ、と袈裟に振り、豚鬼の脳症を払う。
 それは、豚鬼に生えていた角などではない。
 グロウの七本槍の六番。
 投擲槍(ジャベリン)の、『アステロペ』。
 「…………へ?」
 ティティには、理解が追いつかなかった。
 「なんで、槍が……刺さって………投げ、た……? いつ……?」
 「行くぞ。マイエはもう目の前だ」
 森を抜ける。
 出た先は、村の入口より東側。幅は十メートル以上に、深さは底が闇になっているほどの堀が、村を外敵――今はグロウ達がそれに当たる――から守っていた。
 その堀に向かって。
 グロウは少しも躊躇すること無く、助走を付けて……跳ぶ。
 「え、ちょ、ええええええええええええええええ!?」
 


 「はぁ……はぁ……お願いします……もう……んぁっ……」
 豚鬼達に代わる代わる犯され続け、既に腹は精液で満たされている。
 口も膣も肛門も、既に二桁を超える数のペニスが出入りを繰り返し、ティエラの精神は限界に達していた。
 破瓜によって腿を伝っていた出血は、既に精液で上書きされている。
 同じく、その痛みも。陵辱の果てに、既に身を焦がす快楽へと変わっていた。
 先ほどまで物など入れたことも無い尻穴も、すっかり開き切って、魔物のそれを歓迎している。
 裂けるような激痛が和らぐ事になり、排泄器官から快感を得る性器の一つとなったのは、彼女にとって幸運だったのか、それとも不幸だったのか。
 興奮が昂ぶるにつれ、臭くて、苦くて、汚らしいだけだった精液すら、口の中に流し込まれる事に嫌悪感を覚えなくなった。
 いや、むしろ。今の彼女は、自分からそれを求めているようにも見える。
 「やめて……ああっ! そ、そこは……!」
 後ろから肛門に突っ込み、奥まで入った所で上の肉壁を削るようにごりごりと動かすと、ティエラの身体はびくんと跳ねる。
 「………あ……」
 そこで、動きを止めてやると。彼女は切なそうな声を上げるのだ。
 口には、出さない。だが、彼女の顔は、それを懇願するかのように後ろをちらりと見るのだった。
 ティエラは震えているフリをして、自らの腰を動かす。
 「……んっ……んっ……」
 豚鬼には、それが面白くて仕方ない。
 ずん、と急に突き上げると。
 「! ぁあ、ああああああああああっ!!!」
 ティエラは何十回目かになる絶頂を迎え、淫靡な悲鳴を上げる。

 「くはっ、見たかお前ら。隊長様は魔物のチンポが欲しくて仕方ないみたいだ」
 人喰鬼の、成人男性の腿程にも太い巨大は陰茎。
 ティエラの親衛隊……全員女性で構成された四人……元、五人の騎士は、今やそれを舐めさせられるだけの奴隷へと成り下がっていた。
 「ああ、ティエラ様……おいたわしや……」
 彼女等に、抵抗することなどできない。
 先程隙を見て人喰鬼に斬りかかろうとした一人は、手足を食い千切られた上に人喰鬼の凶器とも呼べるそれに貫かれ、耳をつんざくような悲鳴を上げていた。
 今は隅に転がって、ぴくりとも動かない。
 残された四人は、魔物の命令に従って奉仕するしかなかった。
 「おい、お前……気合が足りないなあ。言ったはずだぞ、一番下手な奴は喰う、と」
 左端、最年少で気弱な騎士は人喰鬼に睨まれて、さっと青ざめた。
 「ご、ごめんなさい!!」
 必死で陰茎に舌を這わせる、まだ少女とも言える年齢の彼女。
 「仕方ない、許してやるか……全部飲み干せたら、な」
 人喰鬼は彼女の頭を掴んで引き寄せる。口に亀頭を密着させ、尋常ではない量の精を放った。
 「ぐぼっ!?」
 突然大量のザーメンを流し込まれ、彼女の身体は大きく震える。
 ぐるんと白目を向いて、ばたりと倒れこんでしまった。口からは精液が止めどなく流れだす。
 「残念だ。それじゃ」
 「ま、待ってくれ!」
 親衛隊の一人、一番先輩の赤毛の女騎士が人喰鬼の手を止めた。
 「『待ってくれ』?」
 「ま、待って……下さい……どうか、そいつをお許し下さい……お願いします……」
 悔しさに身を震わせながらも、土下座の姿勢で嘆願する。
 「お、お願いします!」
 他の騎士達も、それに習って彼女の命乞いを始めた。
 「なんて仲間思いな騎士達だ。仕方ない、許してやろう……
 その代わり、お前ら全員でザーメンを飲み干すんだ。ほら急げ」
 慌てて彼女等は、あちらこちらに飛び散った白濁液を拾い集めるように舌を這わせた。
 床に、気絶した少女の口に、人喰鬼の亀頭に。
 「ほらほら、まだ出るぞ!」
 そう言って二回目の射精を、今度は四つん這いになって床を舐める騎士の身体にぶち撒けた。
 「ひあっ!!」
 「そら、新鮮な俺様の精液だぞ。早く舐めるんだ」
 白く染まった女騎士の身体を、残る二人が舐めまわしにかかった。
 もはや、躊躇している場合ではない。
 「ああっ、そ、そこは……!!」
 仲間に身体を啜られ、身をよじらせて悶える女騎士。
 そんな光景を眺めて、人喰鬼は心底楽しそうに嗤うのだった。




 槍。


 納屋の壁をぶち抜いて、それは突然侵入……いや、乱入してきた。
 大きく空けられた穴からは光が漏れ、一人のシルエットが浮かび上がる。
 「邪魔をする」
 便所と化していたそこに現れたのは、鎧も着込んでいない、しかし巨大な馬上槍を右に構えた男。
 「む……無茶しますね……!!」
 それと、その脇に小さな妖精。
 「何だ、お前等……どうやってここに……!?」 
 「この村で宿を取るつもりだったが、あまりに臭くてな……魔物のいる所でなぞ、寝られん」
 人喰鬼の質問に、グロウは答えない。
 グロウは堀に槍を突き刺し、器用に腕の力でよじ登ってきたのだ。高い塀も、同じ要領で登る。
 高台の見張りが見るのは、入り口と出口、その付近の林道のみ。
 まさか、横から敵がやってくるなど予想だにしていなかった。
 マイエの住人たちが、そうであったように。
 「かかれぇッ!!」
 人喰鬼の怒声で、ティエラを輪姦していた豚鬼が一斉にグロウに殺到してきた。
 「ティティ。折角だから腕慣らしをしておいたらどうだ」
 「えっ、こ、このタイミングで私にふるんですか!? 自分で喧嘩売っといて!?!?」
 全く動じる様子もなく、グロウはティティの方を向く。まるで、戦闘が始まっている事など知らないかのように。
 迫り来る豚鬼とグロウを交互に見て、ティティは仕方なしに魔力を練り始めた。
 「グロウ様自由すぎやしません!? ええい……『空間振動』《ショックウェイブ》ッ!」
 練る、と言っても即席魔法(インスタント・マジック)のそれは、詠唱も集中も必要としない。
 ただ魔力を不可視の圧力として放出する。それだけの魔法だ。
 全盛ならいざ知らず、大幅に弱体化したティティのそれは豚鬼達に有効打を与えるには至らなかった。ただ、突進を押し返して軽く吹っ飛ばすだけ。
 それで十分だった。
 
 「『控えよ』《エリミネイト》」
 
 豚肉が焼ける匂いが、納屋を満たした。
 「……!」
 人喰鬼の形相が険しくなる。
 「貴様……ただの妖精ではないな」
 ふふん、とティティは得意気に笑う。
 空間振動《ショックウェイブ》は時間稼ぎと同時に、魔力のマーキング……照準の効果も果たす。
 そして、妖精姫の十八番、排除の呪文《エリミネイト》。魔力に耐性を持たないものを一瞬で焼き尽くす、王族のみ使うことができる禁術の一。
 約十秒の詠唱に加えてロックは五体。
 今のティティにはそれが限界。そして、豚鬼にとってそれは十分過ぎる脅威だった。
 「どうです、グロウ様! 今の私すごいカッコ良かったでしょ……うぉい、見てないよこの人!? ……って」
 グロウはティティに背を預け、外を向いていた。
 彼の視線の先には、納屋の中より遥かに多くの豚鬼の姿があった。
 もっともそれらは……既に屍ではあったが。
 「ご苦労、ティティ。さて、そろそろ動いて貰おうか」
 そう言って目線を向ける。人喰鬼が、ようやく重い腰を上げた所だった。
 「全く、使えない奴らだ……しかし面白い。騎士団の連中が手も足も出なかった魔族を、たった二人で壊滅させようってか」
 ここで注釈を入れておくと、騎士団は決して弱かったわけではない。
 ロクな情報も無しに派遣され、村付近の林道には多数のトラップ、細い入り口には弓兵、ようやく村に入れば散々弄ばれた死体の山……。
 騎士として退けないと言うプライドと、大人数である優越感。それらを逆手に取られた事もあっての敗北である。
 平地で戦えば、結果は変わったかもしれない。
 もっとも。
 「お前の肉はまずそうだが、妖精はツマミにゃなりそうだ」
 魔族の軍勢を率いる、大型の人喰鬼を倒すことができたら……の話だが。
 「下半身丸出しの奴が何を言っても格好はつかん」
 「楽しんでいる所を土足で入ってきたのはそっちだぜ、槍使い。折角騎士様達もその気になってたって言うのによ」
 言われてグロウ達は彼女等の方を眺める。
 裸になり魔物の精液に塗れた彼女達は、グロウに助けを求めるような視線を投げていた。
 (……無様だ。騎士の誇りもあったもんではないな)
 「表でやろうか。俺がここで暴れまわったら、この家畜共もただじゃあ済まねぇ。それじゃ困るだろ?」
 (困らないな)
 「困らないですね」
 困らなかった。
 と言うか正直な話、二人にとっては騎士達の事などどうでも良かった。
 二人は人間の味方ではない。ただ、道の先に邪魔者がいただけだ。
 (……まあ、いい)
 グロウは人喰鬼に背を向けて、すたすたと外に歩き出した。
 一応、ティティはそれを守るように視界に捉えながら後退する。
 「……舐められたものだな」
 人喰鬼は立てかけてあった自慢の斧……とても人間には扱えないような大斧を片手に、その後に続いた。
 外。
 村人と、騎士と、魔物の死体がそこらに転がる地獄のような風景。
 その中に約五メートルの距離を以って対峙する、大斧の魔族と大槍の人間。
 敗者が、この地獄の一部となる。
 風が死臭を運ぶ。相対する二人は、ただ黙って敵の姿だけを見ていた。

 先に動いたのは、人喰鬼の方だった。
 明らかなアウトレンジから一歩も動くこと無しに、力任せに大斧を地面に振り下ろす。
 すると。
 強い衝撃を加えられた地面は爆ぜ、土塊が、そばにあった死体が、衝撃そのものが。
 前方のグロウへと襲い来る。
 「グロウ様!」
 遠巻きに見ていたティティが叫ぶ。
 立ち上った土煙が薄れて消えると、その中にグロウはいなかった。
 「!」
 人喰鬼が、斧を左に薙ぐ。
 きぃん、と音がして、投擲槍が弾かれ宙を舞った。
 ティティから見て反対側から槍を投げたのは、傷一つないグロウその人だった。
 「良かった、無事だった……あれ?」
 彼の一番の得物。馬上槍はその手には無く、グロウのそばに立っていた。
 何故かは知らないが、穂先を天に向けて、柄は深々と地面に突き刺さっている。
 彼の左手には三又槍(トライデント)と方天槍(ハルバード)。二対一組のそれは合体し、両刃の薙刀のような形になっていた。
 右手には、投擲槍。先程豚鬼を刺し殺した物とは微妙に違うデザインだ。わかりやすい所で言えば、尻の部分からワイヤーが伸びている。
 「???」
 ティティには状況がよくわからない。
 わからないながらも、今は下手に手出しをするのは返って邪魔だと判断し、見に徹する。
 右手の投擲槍から伸びたワイヤーは、どうやら弾かれた投擲槍へと繋がっているらしい。
 そのワイヤーは今まさに、人喰鬼の斧に絡まった所だった。
 「おい、槍使い……貴様まさか、俺と力比べをするつもりか?」
 「……」
 得物を絡めとられて尚、人喰鬼は余裕を崩すことはなかった。
 当然だ。身長は1,5倍程、体重は恐らく何倍も違う。
 まともに綱引きをやって、普通の人間が勝てる道理はどこにも無かった。
 力の差は歴然だった。
 根を張ったように重心を下げ、ぐい、と力を入れて引っ張るだけで。
 あっけなく、宙を舞う。
 





 「馬鹿……な……!?」
 

 ――人喰鬼、が。

 そして落ちる先にあるのは……聳え立つ、七本槍が一番。
 馬上槍(ランス)の、『マイア』。
 重力に引かれ。
 グロウの膂力に引かれ。
 人喰鬼の腹を、背を。
 馬上槍が、一撃に貫いた。

 「ぐ、ぎゃあああああああああああああああああ!!」
 人喰鬼が、吠える。
 グロウは投擲槍を手放し、三又槍と方天槍を分離して両手に持った。
 淡々とした態度で、未だ手足をバタつかせて苦しみ、動く毎にズブズブと沈む人喰鬼の頭へと歩み寄る。
 「き……貴様、何者……だ……」
 「畜生に名乗る名はない」
 鋏の様に交差した二本の槍が、ゆっくりと首元へと迫る。
 そして。
 しぱん、と言う軽い音と共に、頭が空を飛んだ。
 くるくるとゆるやかに回転し……見事に馬上槍の先に収まった。

 「っ…………………!?」
 目の前の光景が、ティティには信じられなかった。
 圧倒的。
 ここまで完全に、人間が上級の人喰鬼に勝ってしまうものなのか。
 「…………グロウ様って、人間なんですか?」
 「妖精に見えるか?」
 変な事を言う奴だ、とグロウは槍と死骸を片付け始めた。
 

 「…………化け物に見えたんですよ」
 ドン引きですわー、と呟くその言葉とは裏腹に、ティティの表情はどこか嬉しそうだった。  
 
 「……さて」
 「さーてさてさて」
 頭を失った魔族の群れは撤退。マイエの村に残ったのは、死体の山と、僅かな生き残り……
 とは言っても、魔族は食料の『保存』のため、それなりに軍が持つ程度には生かされてあった。
 騎士は2,3割。村人は半数弱程は生かして閉じ込められていたのだ。
 無事と呼べるかは別として、だが。
 死体を放っておけば伝染病も流行るだろう。マイエの住人に、嘆いている暇など無かった。
 「……どうします? せっかく助かった所で気の毒なんですけど、全員ぶっ殺しちゃいましょうか? 中途半端に残っても逆に悲惨だし。
 一応ここ拠点だし、潰しておけば後で楽かもしれませんよ。今ならおまけに騎士団も一つ消せます」
 「いや、いい。今最優先するのは妖精の集落へ向かう事だ。一人でも逃して賞金首にでもなったら面倒な事になる。
 どうせマイエがすぐに復興するのは無理だ。諦めて放置されるより、中途半端に残した方が国力は削がれるだろう。
 それに、あの情けない騎士共にも借りを作っておけば後々役に立ってくれるかもしれない。簡単に王宮に上がり込めるかもな」
 「お、いいですねそれ! じゃ、たかれるだけたかっちゃいましょうか! 英雄ですもんね、私達!」
 魔族が逃げ出すや否や、救出活動など知らぬとばかりに宿に上がり込み勝手に部屋で休みながら外を眺める、グロウとティティ。
 会話の内容はともかく、魔族から村を救ったのは紛れもない事実。無銭宿泊如きで咎められる言われは無いだろう。
 窓の外では、生き残った騎士達が死体を移動し、壊れた家屋を片付けているのが見える。
 「魔族に輪姦されて放心状態の所を助けて、目に光が戻った所を突然殴りつけてセカンドレイプ! 絶望女騎士!
 ……とか、面白そうだったんですけどねー」
 「……趣味が悪いな」
 「やだなぁ、グロウ様にゃ負けますよ」
 「…………」
 からからと笑うティティと、呆れながらもどこか楽しそうなグロウ。
 悪巧みと言うのは、盛り上がる共犯者がいるからこそ面白いのだ。
 と、そこにドアを誰かがノックした。
 「失礼。先程の槍使い殿はこちらにおられますか」
 「ああ。誰だ?」
 「アークザイン第三騎士団長のティエラ=バニエットと申します」
 無言で目配せする、二人。
 「……入れ」
 「失礼します」
 所々に傷のあり、使い込まれながらも輝きを失っていない板金鎧(プレートメイル)。
 露出してるのは、首から上……長い銀髪を結った、凛々しい顔付きの、しかしまだ若い女騎士。
 一見すればカリスマ性溢れる美人騎士だが、グロウとティティは既に彼女の痴態を目撃していたために、そのようには思えなかった。
 魔物の精液で膨らんだ腹はすっかり元通りだな、と言うのが率直な感想である。
 後ろには、彼女の親衛隊が控えているのが見える。似たような鎧を着た、五人の女騎士達だった。
 ……五人? 確か、あの時いたのは……
 ティティは自分の記憶との食い違いに疑問を覚える。
 「先程は危ない所を助けて頂き、真にありがとうございました」
 直角近く頭を下げるティエラ。それに対しティティは皮肉を飛ばした。
 「いやいや、こっちももっとタイミング見て助けるべきでしたね。折角お楽しみの最中だった所を邪魔しちゃって」
 「きさっ……」
 赤毛の親衛隊員が文句を言いかけるが、他の隊員が口を塞いで止める。
 「ティティ」
 「おっと失礼」
 グロウは申し訳程度に諌め、ティティは尚も微笑んだままだった。
 「いえ、いいのです。一重に私の未熟さが招いた失態。どう言われようとも受け止める次第です」
 「村人が人質に取られなければ、人喰鬼などにティエラ様が遅れを取ったりなど……」
 こちらに聞こえるような声で呟く、親衛隊の一人。一番若い騎士だった。
 どうだか、とティティは鼻を鳴らす。
 (……実力云々より、人質を取られておとなしく捕まる方が問題だろう)
 グロウはドライな意見を心の内で呟いた。
 部隊を率いる長として、その判断は最悪だ。自分はおろか、従う部下まで売り渡すような真似など許されるはずもない。
 尤も、彼女に心酔している騎士団員にとっては、そんな優しさと高貴さが魅力……らしいが。
 「アンナ、もしもの話をしても仕方ありません。それより槍使い殿」
 「グロウだ」
 「……本名名乗っちゃっていいんですか?」
 ティティが肘で小突きながら小声で尋ねる。
 「構わん。わざわざ考えるのも面倒だ」
 「失礼しました、グロウ殿。どこかお怪我などはなさってませんでしょうか」
 「いや」
 グロウは先程の戦闘において、全くの無傷だった。
 騎士団達が納屋の中にいる間に戦闘は終わり、その戦いの一部始終は彼女等は遠巻きにしか見ていなかったのだ。
 「……そうですか。素晴らしき辣腕、感服致します。お怪我なさっていたら治療させていただこうと思いましたが、杞憂だったようですね。
 妖精……さんは?」
 一瞬敬称を付けるのに躊躇ったような空白に、ティティは舌打ちしてぶっきらぼうに答える。
 「私も全っ然大丈夫です。身体に傷一つありません。綺麗な身体ですよ、誰かさん達と違って」
 騎士団員達が歯軋りするのを見て、ティティは鼻で嘲笑った。
 「……返す言葉もございません」
 業を煮やしたのか、制止を振りきって赤毛の隊員が部屋に入って来た。
 「おい、貴様! 妖精の分際で無礼だぞ!」
 「お、何です? 助けて貰っておいてその口の聞きようは。喧嘩なら買いますよ?」
 「私達が感謝しているのはグロウ殿に対してだ! 我らはともかく、ティエラ様を侮辱するなら許さぬぞ!」
 「ハッ、魔族に犯されて悦んでた女騎士様が何ですって? 斧にやられる前にチンポにやられてちゃ世話ないっすわ」
 「い、言わせておけば……ティエラ様は王より魔法の力を授かった高貴なる騎士! 一対一なら、敗北は――」
 瞬間、ティティの眼の色が変わる。
 ティティは半ば無意識に、しかししっかりした殺意を秘めた口上を奔らせる。
 グロウにしか聞こえないような小声で。
 妖精姫の最速を以て、詠唱を――
 


 「ティティ、いい加減にしろ」
 止められる。
 今度のグロウの口調は、本気だった。
 「ミレーヌ、黙りなさい」
 ほとんど同時に、ティエラも部下を睨みつけた。
 ミレーヌと呼ばれた騎士は、その眼光に一歩後ずさった。
 
 「……ごめんなさい」
 「……失礼致しました」
 「…………やれやれ」
 グロウが溜息を吐く。
 「すまないが、用が無ければ帰ってくれ。今日は虫の居所が悪いらしい」
 「いえ……こちらこそ度々の無礼をお許し下さい。アークザインにお越しの際は是非声をお掛け下さい、改めてお礼をさせて頂きます。それでは」
 一礼して、ティエラは退出していった。
 
 
 部屋に、小さな打撃音が響いた。
 壁を殴った音。それは人間からするとちっぽけなものだった。だが、彼女の手は砕けそうな程に固く握られていて。
 擦り剥けた手の甲からは血が滲み、壁を少しだけ汚した。
 グロウは無言で、ティティの顔を見る。
 彼女の表情は、今までに見たことのないそれだった。
 その泣き顔は、自分に見せたものとは全然違っていた。
 無念の涙。怒りの涙。恨みの涙。
 荒い呼吸と同時に、彼女の頬を熱い雫が滴り落ちる。 


 「そりゃあ、てめぇの力じゃねぇだろうッ……!!!!」

 それは人間の都合で殺された妖精の、嘆きの涙だった。
 「と言うわけでセックスしましょう」
 「……どう言うわけだ」
 ティティは纏っていたチュニックを脱ぎ、生まれたままの姿となって机の上に仁王立ちしている。
 「私の一番の取り柄は切り替えの速さだってミュカレちゃんも言ってました!
 あ、ミュカレちゃんってのはツインテールが特徴的な普通に魔法使えるくせに魔法少女かぶれの女の子で自作したステッキ持って鏡の前でポーズ取ってた所を私に目撃されて記憶を消そうとこのチャーミングな頭部にひたすらステッキを振り下ろし続けて」
 「そんな情報はいらん」
 「兎にも角にも、嫌な事を忘れるにはセックスが一番! さあまぐあいましょう! 体液交換しましょう! さあ!」
 詰め寄るティティだが、グロウの顔は渋い。
 「悪いが、今はそんな気分じゃない」
 人間の死体を見たのは初めてではないが、ここまで多くの死体、それもひどく弄ばれたのを見た経験は無かった。
 見た目に加えて、鼻を摘むような、腐った肉と内蔵、そして強すぎる血の臭い。
 胃液が逆流するとまではいかなかったが、嫌悪感を覚えるには十分すぎる。
 そんな光景を見た直後にティティに欲情できるほど、まだグロウは狂っていない
 加えて、豚鬼や人喰鬼との連戦。結果としては傷一つない圧勝だが、判断を間違えていたら自分も肉塊になっていただろう。
 余裕に見える勝利の裏には、思考能力の酷使がある。
 肉体的にはそれほどでもないが、精神的に疲労が無いと言えば嘘だった。
 「今は少し休みたい。後にしないか」
 「ダメです!」
 きっぱりと拒否を拒否するティティ。
 「私はグロウ様の下僕、いわゆるペット! それも性的なペット! ペットが発情したら鎮めるのは主人の役目です! 義務です!」
 「……下僕の癖に随分自分本位だな」
 「グロウ様の事も考えて言ってるんですよ」
 「嘘をつくな」
 即答するグロウ。
 どう見ても自分の事しか考えてないだろう、と思っていた。
 が、ティティは素の表情でそれに反論した。
 「え、いやマジですよ。これからもグロウ様はこんな風景を見なければなりません。
 何度も、何度も、何度も何度も。ぶち殺して燃やして犯して奪って晒して大笑いして……自分で作るんですよ、地獄を。
 その度に気分が悪いなんてまともな事言ってたら、おかしくなる前におかしくなっちゃいますよ」
 ティティはそれが至って当然であるかのように言った。
 特別に真剣なわけでもなく、ふざけてるわけでもなく、楽しんでるわけでもなかった。
 普通に、そう言ったのだ。
 「……」 
 グロウは自分の認識の甘さに気付かされる。
 まともな感性は捨てなければならない。
 今全部捨てろ、と言う話ではない。いつかその時躊躇しないように、少しづつでも、捨てなければならないのだ。
 まともな精神では、虐殺などできない。精神を、狂気の色で塗り替えなくては成し遂げられない。
 少しづつでも、闇に進むのだ。
 「……そうだな。ティティ、相手をしよう」
 「はーい! やったーセックスだー!」
 笑顔に切り替わり、脳天気に回って踊る小さな妖精。傍から見れば、無邪気で奔放な、ただの妖精だろう。
 だが彼女は、人間の数歩先を進んでいた。
 
 
 「じゃーん! ティティちゃん七変化! 姫様だけど今夜は女王様ティティちゃんです!」
 ちょっと待っててくださいね、いいものがあるんですよ。
 そう言って自分の荷物の中に潜ってったティティが出てきた時には、彼女は全裸では無かった。
 服を着ている……と言っても、大事な所を隠すと言う役割は果たしていないものだったが。
 黒の皮で作られたボンデージ。胸の部分は丸く切り抜かれ、平坦な乳房が露出していた。
 股間の部分にも穴が開いていて、彼女の縦筋があらわになっている。
 「……そんなものも売っていたのか」
 人形に着せるには卑猥すぎるコスチュームだ。間違っても人形で遊ぶ少女には売れないだろう……ティティも少女だが。
 「どうです、エロエロでしょう! 私の色気にノックアウト寸前でしょう!」
 そう言って自らの胸と秘部を手で弄くるティティ。
 (……色気?)
 どちらかと言えば、幼い身体に不釣り合いな衣装による倒錯感、と言った感じだが。
 グロウはその姿で、確かに興奮を覚えた。
 「お、おちんぽは正直ですね! ところでこんなものまで用意してありますよ!」
 取り出したるは、人形サイズの鞭……バラ鞭だった。
 それを手に持ったまま、グロウの下を脱がして露出させる。
 ぶるんと勢いよく飛び出たそれにティティは舌なめずりをした後。
 調子に乗って、鞭を振り下ろした。
 「あーっはっはっはっはっは! 汚らわしく下等な人間が! 這いつくばりなさい!
 そして私の事を女王様とお呼び! この薄汚い豚め! おーっほっほっほっほっほ!!!」












 数秒後、そこには手足を痕がしっかり残るほどにキツく縛られてボンデージをこれ以上ないほどに食い込ませた尻を突き出す姿勢で固定され鞭を振り下ろされる妖精の姿があった。
 「誰が豚だって?」
 「ごめんなさい! 痛い! 豚は私です! 痛い! お許し下さいグロウ様! 痛い! ぶ、ぶひぶひ! 痛い! そして気持ちいい!!」
 陰茎に鞭の一撃を食らった怒りは一瞬で立場を逆転させ、予想通りと言うか案の定と言うかそのような結果を招いた。
 「ううう……人間に対する恨み辛みをグロウ様にぶつけてストレス解消しようと思ってたのに……ああっ! んひっ! も、もっとお願いします!!」
 やっぱり私はマゾヒストだったよ……と呟きながらティティは鞭による痛みを受け止めて快楽へと変える。
 打たれて赤くなった尻を振って、更なる罰を求めた。
 「……やっぱりほとんど自分のためだったか。いいのか? 憎むべき人間に罵られて辱められて……一族の復興を願う妖精姫の誇りはないのか」
 「え、SMプレイ中にシリアス設定持ち出すのは反則です! 興奮しますけど絶対後で私が後悔するんですからっ! ……あ、鞭は続けて下さい。あひぃ!」
 一発鞭を入れる事に、可愛らしい嬌声と共に大きく震える身体。既にティティの歪みからは、妖精の汁が滴っている。
 「断る。鞭は続ける」
 「グロウ様本当にサディストの鏡ですね! あうんっ! い、いいですよ別に! グロウ様に虐げられた屈辱は人間への恨みに上乗せされて結果的に戦闘パートでどんどん強くなる成長システムですから私はぁいたい! だからもっと強くても大丈夫です!」
 「よくわからんが、わかった」
 「ありがとうございまぁすぁぅちっ! あとおしっこでそうですっ!」
 「我慢しろ。漏らしたらまた尻の穴を抉る」
 「え゛」
 提示されたのは割と本気で嫌な罰だった。
 尻を打たれる度に、股の筋肉が一瞬だけ緩む。
 「っ!」
 妖精の未発達な陰裂。
 愛液とはまた別に、違う穴から液体が垂れる。
 どうにか内腿を締めて、尿意を我慢するティティだったが。
 ビシィ、と尻に鋭い痛みが来る度に。
 「~~~っ!」
 ぴゅるっ、と少量だけ、小金色の雫が発射される。
 「どうした、もう限界か」
 ビシィ、ぴゅるっ。
 ビシィ、ぴゅるるっ。
 鞭を振るう度に、小便の出てくる量がどんどん増えてきた。
 股の筋肉が閉まらずに、緩んできているのだ。
 「あっ……もう……」
 限界を悟るティティ。グロウはそれを摘み上げ、例によって下半身を咥える。
 そして、柔らかく弾力のある妖精の尻肉を、齧る。
 「んあああああああああああっ!!!!!!」
 グロウの口内に、勢い良く排泄が始まった。
 ホースの口を摘んだような尿圧が、グロウの舌に攻撃しているかのような強さで突き刺さる。
 「はぁ……はぁ……」
 ティティは泣いていた。
 恥ずかしさと痛さと屈辱と性感と排尿の心地よさが混じった表情は、人間に敗北した妖精のそれだった。
 グロウの喉元を、甘酸っぱい液体が通り抜けていく。
 これでティティの尿を飲むのは六回目。直で飲んだのは二回目だった。
 人間の身体の奥底にある、がんじがらめに鎖で縛られていた装置。その錠前の一つが、腐食してぽろりと落ちる。
 まだ、装置の外面すら見えない。何十にも鍵をかけられたそれは、未だ目覚めの時を待っている。
 そしてそれは、緩やかながらも確実に近づいていた。
 「妖精王女、略してようじょのおしっこを飲んでパワーアップする変態体質のグロウ様、満足ですか?」
 吐き出されたティティは少しだけいじけた様子でグロウを睨む。
 『恥ずかしいので妖精の貴重な排尿シーンは見ないで下さい、お金取りますよ』が毎度の口癖になっているティティは未だ直に飲まれることに慣れていないのだ。
 「……誤解を招くような表現はやめろ」
 「誤解も何も大マジじゃないですか! 私そこらのロリよりちっちゃいですよ!?」
 む、とグロウが唸る。
 言われてみれば確かにそうかもしれない。
 ティティ自体が少女体型である事に加えて、その胸や性器の小ささは比べるのもおかしい大きさだ。
 仮にティティが妖精じゃなくても、ロリコンである事に異議は唱えられないだろう。
 妖精なら言い訳のしようがない変態だ。そして、ティティは妖精だ。
 「ド変態ですよド変態! 妖精いじめてはずかしめてちんちん大きくするペド槍使いですよ!
 八本目の対妖精用の槍は股間についてるってやかましいわ! この異常性癖者! フェアリーファッカー!!」
 「お前には負ける」
 ぐ、とティティが言葉に詰まる。
 それを言われたら何も言い返せない。
 引き返せないレベルのマゾヒストにして、憎むべき天敵である人間の精液や尿を身体に浴びて興奮するような、妖精の、それも姫君だ。
 一応恥じらいと言う感情が存在している、と言うこと以外はもう手遅れ極まりない。
 尚も縛られたままで転がっているティティは、ただ悶えるばかりだった。
 「さて、尻を弄くらせて貰おうか。心配するな、今回はいきなり挿れたりはしない」
 部屋の化粧台、その引き出しを探ると目当ての物はあった。
 「あ……」
 ティティはそれを見て少しだけ、安堵した。
 綿棒。妖精のサイズでも無理なく入りそうで、尚且つ柔らかい素材の道具だった。
 「ティティ、尻を突き出せ」
 自分が言ったことを覚えていてくれたのか、とティティは少しだけ嬉しくなって、ティティは膝を折ってグロウに小さい尻を差し出す。
 「グロウ様……あの、今日は優しくお願いします……」
 「……善処する」
 いつもなら即切り捨てるティティの願いを、珍しくグロウは受け入れた。
 虐められて喜ぶ妖精を優しく扱ったらどんな反応をするだろうか、と気になったからだった。

 縄を解き、服を脱がせる。
 ティティは抵抗することもなく、グロウに身を委ねた。
 グロウはその姿を見ながら、綿棒を口に入れて唾液で湿らせる。
 そしてティティの小さな尻穴にあてがい、ゆっくりと回転させた。
 「ふぁぁ……」
 ぴくんと一回大きく跳ねて、ティティの身体から、力が抜ける。
 閉じられていた肛門が、ほんの少しだけ開いた。
 いつもなら一息に突き刺してるところを、グロウは綿棒を回しながら少しづつねじ込む。
 「はぁぁぁん……」
 柔らかく動くティティの括約筋。
 小刻みに震えるティティの不浄の穴に、綿棒の頭がすっぽりと入った。
 「大丈夫か?」
 「はい……大丈夫れす……」
 ティティは涎を垂らして、幸せそうに笑っている。
 それを確認すると、グロウは綿棒を大きく回す。
 これまで軸回転だったのを、円を描くように、腸内をなぞっていく。
 ティティが言っていたように、コーヒーをかき混ぜるようなイメージで。
 「あー……」
 快感に身を任せるティティ。
 乱暴に扱われている時とはまた別の、甘い快楽。
 幸福な夢でも見ているかのようにリラックスして、身体を動くままに動かせた。
 股から、愛液がとろりと落ちる。
 普段は洪水のように噴出するそれは、今回に限り粘着性を帯びたものになっていた。妖精の、蜜だった。
 「どうだ、ティティ」
 「すっごいきもちーですー……」
 はふん、とだらしない声を上げる。その顔は恋する少女のような、可愛らしいものだった。
 綿棒は奥へ奥へと突き進む。そして、こつんと硬いものに当たった。腸の感覚とは、違う。
 「……何だ?」
 つんつんとつつくと、ティティの表情が少し困ったようなそれになった。
 「あー……すいません、お楽しみの所で失礼なんですけど、それ、アレです……アレ」
 「アレ?」
 惚けた顔のティティは、顔を更に赤くする。
 「……うんこです。いやー申し訳ない」
 「そうか」
 「……えーと、どうします? トイレ行ってきますか?」
 半ば答えは予想していた。だが、ある意味でグロウの答えは全く予想外だった。
 「ここで出してくれないか」
 「ぜってーやーです」
 「そうか」
 そう言って、グロウは綿棒を一旦引き抜く。
 行ってきていいぞ、と彼女の動きを待っていた。
 「……と、いつもなら言ってるところですが」
 だが今日は、ティティも様子が違った。
 「今のグロウ様私のお願い聞いてくれるから、超恥ずかしいけど大サービスです。
 そもそも命令して押さえつければ私はここで強制排便の刑でしたからね。
 ……言っておきますけど、あまり面白いもんでも無いですよ? 汚いですよ?」
 「ああ、ありがとう。見せてくれ」
 あ、ありがとうって……と呟きながら、ティティはどんな顔をすればいいのかわからずにしていた。
 表情が定まらないながらも、ティティは臀部に力を入れかける。
 「……なんか、姿勢のリクエストみたいのあります?」
 「好きなようにしてくれ」
 では、とティティが四つん這いになる。
 妖精としても特異ではあったが、ティティにとってはこれが自然なスタイルだった。
 「ふぅ……んっ」
 腹に力を込める。
 肛門が緩み、僅かにそれらしきものが穴から覗いた。
 「んっ……!」
 それの頭が、尻の穴から顔を出した。が、それ以上進まない。
 「あー……人に見られてると緊張して出にくいもんですねー……」
 ついに引っ込んでしまった。そこにグロウが助け舟を出す。
 「手伝うか?」
 二本目の綿棒を取り出し、ティティの膣にちょんと触る。
 「んー……じゃ、お願いします。変態的ですね、これ。なんか」
 ティティの困ったような笑い顔に、グロウは股間が硬くなるのを感じる。
 妖精の膣にちょうどいい大きさの綿棒を、壊れ物を扱うようにそっとあてがう。
 擦る、と言うには、綿棒の動きは滑らかすぎた。
 表面を撫でるように。妖精よりも更に小さな生物が、舐めるかのような刺激。
 こそばゆさを含んだ悦楽に、ティティの思考が朦朧とする。
 「ああ~……なんか、下のお世話される赤ちゃんになった気分です……んっ」
 緊張と言う感情も、靄がかかって薄れゆく。
 結果的に、ティティの排泄物……大便は、肛門を押し広げてにゅるりと這い出てきた。
 こつん、と。
 粘液に塗れながらも形はしっかり保たれたそれが、机に落ちて、転がって、止まった。
 「……あなたの子です」
 笑いどころのわからないギャグを飛ばして恥ずかしさを和らげるティティ。
 グロウは可愛かったぞ、と適当な返事をして、彼女から生まれたそれを観察した。
 「かわっ……!?」
 大きさは豆粒程度。形状もそれに似た、卵型をしていた。
 色は茶色がかった紫色をしていて、表面には艶がある。
 綺麗、とは言えないにしろ、汚いと言う程のものでもなさそうだ。
 グロウはそれを手に取ってみる。
 質感も滑らかだ。そして、硬い。水っ気はティティの腸液によるものだろう。
 人間の大便のような臭いはしないが、仄かに土の香りがする。
 「……魔力は入ってるのか?」
 「……はい。って言うか、塊みたいなもんです」
 ティティは何故か正座してこちらを上目遣いに見ていた。
 「……ふむ」
 グロウはついにそれを口に運び――

 かりっ。

 とそれを噛み締めた。

 「……オーゥ」
 ティティはまるで、初めて親の情事を目撃した子供のようにそれを眺めていた。
 妖精の便は、歯ごたえがあった。
 味は僅かにほろ苦く、土の風味を混ぜた豆、と言う感覚が近い。
 (美味い、とは思わんが……)
 特別不味いわけでもない。味を楽しむというよりは、魔力の供給、妖精の排泄物を食らうと言う行為そのもの、そして……
 「…………」
 うへー、と恥ずかしそうながらもあまり嫌そうにはしていない、光景から目を話せない妖精のリアクションを楽しむものなのだろう。
 「……!」
 そしてそれを飲み込んだ瞬間。凝縮された魔力が、グロウの体内の装置に火を入れたような感覚があった。
 巻き付く鎖の数々も、ほんの少しだけ緩む。グロウは魔力の一端を、その体に宿す事に成功した実感を覚えた。
 「……どうですかグロウ様、ようじょのうんこを食べた気分は」
 「悪くない」
 これ以上ティティの顔が赤くなる事はないだろう。
 火が出ていないのが不思議なくらいだった。
 ぷるぷると震えながら、目元が熱くなるのをどうにか堪えていた。
 「わ、私達もう後戻りできない関係になっちゃいましたね……」
 「元からだ」
 「でも、なんか滅茶苦茶変態的ですけど、私も………その…………あー!! もー!!」
 ティティは喚きながら近くにあった綿棒を手に取り、自らの股間に突き刺して体重をかけた。
 上下に腰を動かすと、ぬぷりぬぷりと言う音とともに、彼女の腹が綿棒の形に小さく膨らんで動くのが見える。
 「グロウ様! せーえきぶっかけて下さい!」
 何か知らないが急にヤケになったティティ。
 グロウは言われるままに、既にはち切れそうに怒張している愚息をティティに向けてしごき始めた。
 ティティは更に落ちていたもう一本の綿棒を掴み、尻の間に差し込む。
 「はっ……すごい、これ、おいし……っ」
 膝をカクカクと動かし、下の両穴で綿棒をしゃぶりあげる。
 更に目の前には、巨大なグロウの逸物。この上なく興奮したティティは、雌の顔になっていた。
 下品で、淫らで、それでいて儚げで可憐な妖精のダンス。
 グロウはその愛くるしい姿を自分の色で染め上げるべく、精液を発射した。
 「ああああああああああああっ!!!」
 同時にティティも、絶頂を迎えて股から潮を吹いて倒れこむ。
 荒く息をしながら、ゆっくりと綿棒を引き抜いた。両方とも、粘っこい糸を引いている。
 ティティは寝転がったまま手で陰部を広げ、妖艶な笑みを浮かべた。
 「グロウ様……今日は優しくされたから、私の脳内はピンク色のらぶらぶモードです……。
 ティティちゃんのおまんこも、きつきつけつまんこも、今はやーらかくてとろとろになっているので、是非お楽しみ下さい……」
 両の穴は、主人の帰りを待ち侘びるかのようにひくひくと歪動していた。
 (……たまには優しくするのも悪くないな)
 グロウはその愛しき肉穴達に褒美を与えるかのように、じっくりと、丹念に、ペニスを出し入れして。
 溺れそうになるほどの精子を、ティティの身体に注ぎこむのだった。
 
 細剣(レイピア)の煌めく白刃が、暴食竜(ニーズヘッグ)の鱗を切り剥がした。
 地響きが起こるほどの、悲鳴とも怒声ともつかない鳴き声が一体を震わせる。
 「チャンスっ……!」
 対峙していた人間達の一人、軽装の女戦士が苦しみのたうち回る暴食竜に飛び乗り、首の根本に。
 ずぶり、と深く両手剣(ツヴァイハンダ)を突き刺し。
 じゅぐり、じゅぐり、とねじ込んで、剣の柄まで貫く。
 そのまま刺さった剣を、力任せに横薙ぎにしていく。
 ぐにゅにゅ、ぶちぶちぶち。
 肉が『切り潰れる』生々しい感触を剣越しに味わう。
 竜の皮膚は、斬られたと言うよりは破かれたような千切れ方で、剣が通った後の毒々しい肉の間から濃紫の血液が奔流する。
 耳を劈くような奇声を上げて抵抗しようと試みる暴食竜だが、既に彼等の度重なる連携によって満身創痍。抗う術は無かった。
 ――べちゅん。
 と言う音と共に、糸を切ったように動かなくなった。
 実際に切ったのは、糸ではなく巨大な首そのもの。
 乱雑に裂かれたそれは、本体から離されてごろんと転がった。
 「ふう……」
 「はぁ、はぁ……やったか……」
 「よくこんなの倒せましたね、私達……」
 暴食竜と戦っていたのは四人の人間達だった。
 その内三人は、身体の節々に傷を負い、座り込んで、あるいは寝転んで息を切らせていた。
 「お疲れ、みんな」
 だが一人だけは、爽やかな笑顔を仲間たちに向けていた。息の一つも切らせていなければ、鎧に汚れの一つすら無かった。
 「なんで、あんたはそんなに余裕なのよ……」
 「いやー、鍛えてるからね」
 明らかに一人だけレベルが違った者がいた。
 美しい装飾の細剣を持った、眉目秀麗の剣士。
 切れ長の涼しい目に、グロウより更に細身の、女のような体付き。
 鍛えていると言ったが、冗談にしか聞こえないほどに痩せていた。
 「嘘つかないでよ、そんな私といい勝負でなよっちい身体のどこにそんな力が…………! 危ない、後ろっ……!!」
 魔術師の少女は声を荒げる。
 彼女の目に映ったのは、死んだように見せかけて、首だけの姿で蛇のように、それも素早く這い回り。
 細剣を持った剣士を丸呑みしようと、背後から大口を開けて迫っている暴食竜の『本体』……切り離された、頭だった。

 「―――――ッ!!」

 仲間達は、ほとんど同時に彼の名を叫んだ。
 彼は微笑んで、ゆっくりと振り返り――
 
 





 「一つ気になっていた事がある」
 「にゃんですかー?」
 マイエの村を出て二日。二人は森を抜け、湿地帯を進んでいた。
 この広い湿原を超えれば、草原の先に工業大国のユーザワラに辿り着く。
 「お前は本当に妖精の姫なのか?」
 ティティの足が止まる。正確に言うなら、羽の動きが止まった。
 なーに言ってるんですか。この私の美しさを見てもまだ疑うんですか? 不敬罪で終身刑! 一生離しませんよ☆ なーんて!
 グロウ様、何度も言ってるじゃないですかー、もう……お、おしとやかな方が興奮するなら、そう言うプレイもしてあげますよ……?
 「今更何言ってんだこのバカ私の話ちゃんと聞いてたのかおめー実は認知症かなんかなんじゃないのか」
 笑顔で答えるティティにグロウは黙ってデコピンを食らわす。
 「ぁぁあいやぁいい!」
 デコピンとは言えグロウの指の力は強靭である。その身の軽さ故地面に派手に叩きつけられるティティ。
 冠水している場所だったのでべちゃ、と水溜りに突っ伏す形になった。
 「……変な選択肢が出てきたので、つい」
 「そうか」
 ティティがよくわからないことを言うのも、もう慣れた。
 起き上がり、再びグロウの肩元まで羽ばたくティティ。
 手荷物からハンドタオルを取り出し、羽織るように全身を拭く。
 「もー、水浸しだ……金髪も煌めいて水も滴るいい女になっちゃったじゃないですか。どうすんですか」
 「どうもお前の話を聞いていると、あまり姫君らしい扱いを受けていないように聞こえるが」
 グロウは完全に無視を決め込み、一方的に疑問をぶつけた。
 「と言うと?」
 「変な仇名を付けられたり、内部から破裂させられたり、頭をひたすら鈍器で殴打されたり、犬に食わされたり……だ」
 (……あと人間に犯されて喘いだり懇願したり、尻穴を穿られて下品極まりない声を上げて失神したりもしたな)
 そう言いかけたが、口にはしないでおいた。やったのは自分だ。尤も、よく考えれば犬に食わせたのも自分だったが。
 「犬に食わせたのはグロウ様じゃないですか! 私が敬われてないわけが……」
 一旦ツッコミを入れた後、改めて考えこむティティ。
 「わけが…………」
 「…………」
 「あ、あれ…………? 私、ひょっとして敬われてない……?」
 ようやく気付いたようだ。
 (……と、言うか今まで気付いてなかったのか)
 衝撃の事実とばかりに愕然とするティティ。
 「姫君に対しての行いじゃない。人間だったら打ち首じゃ済まないぞ」
 「よ、妖精はおおらかなんですよ! 魔力さえあれば普通は死にませんから!」
 「……それにしたって大らかすぎるだろう」
 友達同士の遊びだとしても雑な扱いだ。
 ひょっとして、虐めでも受けてたんじゃあないだろうか。
 「ほ、ほら! 私ってこんなに可憐で美しいじゃないですか! みんな嫉妬してたんですよきっと!
 それか、いじめたくなるオーラでも出てたとか! 美少女にはちょっかい出したくなるもんですからね!!」
 (……ああ)
 誤魔化すように笑うティティを見て、グロウは理由を察する。
 本人は必死で隠していたようだが――
 (バレてたんだな……マゾだと言うことが)

 「た、大変だぁ!!」
 と、そこに一人の男が走ってきた。
 どうやら、どこかの村人のようだ。地獄でも見てきたかのような顔をしていた。身体もがくがくと震えている。
 後ろから来たわけではない。どうやらマイエの惨状は知らない様子だ。
 「……何かあったのか」
 進行方向だ。グロウは男に仔細を尋ねた。
 「で、でっかい竜だ! 赤黒い色をしていて、口からは酸を吐いて……連れの戦士が、食われちまった!!」
 「巨大な、赤黒い竜……まさか暴食竜(ニーズヘッグ)か!?」
 「暴食竜!? な、なんでそんなものがここに!?」
 暴食竜(ニーズヘッグ)。
 魔軍の主力である竜種の中でも、かなり高位の種族である。
 練度の低い軍隊程度なら、一体で文字通り丸呑みできるほどの大物。
 ただ知能が低く、命令を聞かずにただ暴れ回るので扱い辛い。
 軍とは切り離し、敵陣に放り込んでそのまま暴れさせたりするなどして運用される。
 (……狙いはユーザワラか? 奪ったマイエを挟撃されないようにユーザワラ軍を足止めする役目……しかしどうやってあの巨体を運んだ……?) 
 「は、早く助けを呼ばないと! 今も何か、勇者とか名乗る兄ちゃん達が戦ってるが……」
 「うへぇ、面倒極まりないですね。どうしますグロウさ……グロウ様!?」
 『その単語』を聞いた瞬間、グロウの足は全力で野を駆けた。
 「え、ちょ、待ってくださいよ~!!」
 突然走りだしたグロウを、ティティは慌てて追いかける。
 「グロウ様、急にどうしたんだろ……」
 後ろ姿を見ただけでもわかる。鬼気迫る表情をしていると。
 尋常では、なかった。


 走る。走る。
 獣のような速度で、大槍を背負ったグロウは疾駆していく。
 実際に、今のグロウは獣だった。
 理性は置き去られ、漆黒の感情だけで突き進む、一匹の猛獣が走っていた。
 
 見えた。
 今まさに、首だけになった巨竜の顎が、彼を捉えようとしたその瞬間だった。
 口の中に深淵を携えて突進する暴食竜。それに向き直った彼は、下ろしていた細剣を向ける。



 消えた。



 彼の姿が竜の口内に消えた、のではない。
 彼が目にも止まらぬ速度で竜の前から消えた、のでもない。



 彼の剣に触れるかどうか、と言うところまで近づいた……
 『暴食竜そのもの』が綺麗に消失したのだ。

 
 しゃりんとレイピアをしまい、長い髪をかき分ける、剣士。
 彼はグロウの姿に気づくと、爽やかな笑みを浮かべた。
 仲間に見せるそれより、悪意が込められた笑顔だった。










 「よう。久しぶりじゃあないか、負け犬」


 「アルベリヒ…………ッ!!!!!」



 彼の名はアルベリヒ・フロット・サダルファス。
 ガイスコッド皇国サダルファス伯爵の長男にして、皇国が生み出した対魔族の切り札――
 
 ――『勇者』である。
 「俺はてっきりすぐにでも魔王の首取ってこいとか言われるのかと思ったらさ、各国への挨拶回りが先だとよ。笑えるよな。
 まあ、それぞれの戦に参加したり軍隊に指南して、実力を見せつけて牽制するって意図らしいんだけどさ。
 それほど俺の事を切り札として見てるんだろうな、皇国は。おかげでこちとら歩きづめで大変だぜ。馬車くらい用意しろって話だよな。
 ……で、お前は何やってるんだ、こんなとこで」
 「……ただの修行だ。お前を殺すためのな」
 「おお、怖い怖い」
 三又槍と方天槍による刺突。
 薙ぎ払い。石突。袈裟斬り。時間差の逆袈裟。
 合体させて間合いを取り、敵の射程外からの五連突。頭上からの唐竹割り。
 踏み込むと同時に再分離、左右からの挟撃。をフェイントにしての、騎乗槍から落とした投擲槍を蹴りあげての不意打ち。
 有無を言わさぬ……はずのグロウの猛撃。だが、アルベリヒは喋りながら全て細剣一本でいなす。
 
「『エレクトラ』に『タユゲテー』か。何本目だっけ? 二十本くらいか?」
 「……エレクトラは二十三本目、タユゲテーは二十八本だ」
 「あ、そうだっけ? 悪い悪い」
 二人の表情は対照的だった。余裕の笑みを浮かべるアルベリヒと、静かながらも殺意を秘めた睨みを飛ばすグロウ。
 「久しぶりに会ったんだぜ。もっと楽しくお話しようや。笑顔笑顔」
 「お前の腹を貫いたらそうさせてもらおう」
 「全く、相変わらず暗い奴だな」
 渾身の力で騎乗槍を打ち込むと同時にワイヤーを引き、前後から攻撃を仕掛ける。
 「おっと」
 も、すんでの所で宙返りして回避。間合いを取って着地する、アルベリヒ。
 「『マイア』に……えっと、ワイヤーは『アルキュオネ』か『ケライノー』のどっちかだな。覚えちまったよ、ぶっ壊してくうちにな」
 「マイアとアルキュオネだ。マイアはこいつで十四本目、アルキュオネは三十一本目……」
 「ハッ……ったく、いちいち数えんなってんな事。忘れろよ」

 遠巻きに眺めていたアルベリヒの仲間達は、そこでようやく我に帰り、彼等に駆け寄ろうとした。
 「何だお前、いきなり……」
 「大丈夫、アルベリヒ!?」
 こちらに来ようとする女戦士と女魔術師。アルベリヒは片手で制する。
 「あー、大丈夫大丈夫。こいつ知り合いだから。会ったらこうやって遊ぶのが決まりなんだよ」
 そう言ってあははと笑うアルベリヒ。相手の表情はそう言ってはいないが、本人に言われたら仕方がない。
 渋々その様子を見守る事に決める、二人。
 最後の一人は、ずっとそこから動かずに固唾を飲んで、よく知っている二人の剣戟を見つめていた。
 「グロウ……!」
 「……」
 気付いていた。が、グロウは彼女に視線を投げたりはしなかった。
 かつての恋人、ユミルナ。彼女は仲間達の傷を癒やす聖職者として、アルベリヒの度に同行していた。
 「呼んでるぜ?」
 「……お前を殺したら、次は奴だ」
 その発言に、アルベリヒは顔をしかめる。
 「おいおい冗談だろ。流石にちょっとこじらせすぎだぜお前。怒るのはまあわかるが、んな熱くなんなって」
 「お前等が死んだら、熱も冷める」
 グロウは言うやいなや頭上に次々と投擲槍を放る。
 《アルキュオネ》と《ケライノー》、二本のワイヤーは既に外されていた。
 「……来たな」
 アルベリヒはにぃと口端を吊り上げた。
 彼の武器は細剣が一本。
 頼りなく見える武装だが、彼にとってそれが一番使いやすく、速く、強いスタイルだった。
 グロウの騎乗槍、巨大な『マイア』を相手にしても、それは揺るがない。
 質量が段違いの『マイア』。重さだけではなく速さも一線を画するグロウの連突を、アルベリヒは細剣の狭い面で受ける。
 一瞬の内に、十数合の剣戟。
 幾度と無く得物がぶつかり合い、火花を散らす。
 『マイア』の陰にできた死角から迫る、方天槍『エレクトラ』。
 アルベリヒは踊るように二本の槍を躱す。右へ。
 「危な――」
 女戦士が叫ぶより速く、アルベリヒは頭上を払っていた。
 きぃん、と音がして投擲槍が再び宙を舞う。
 すかさずグロウは『マイア』を横に向け、ラリアットの形でアルベリヒを襲う。
 しゃがんで避ける。そして迫り来る投擲槍の落下を、転がって回避した。
 一本、二本、三本。
 アルベリヒが立ち上がると同時に、先程弾いた四本目が地面に突き立つ。
 「やれやれ……鎧が汚れちまったじゃねぇか」
 余裕を持って土を払うアルベリヒに、グロウは歯軋りした。
   

 「な、なんだよ、あの槍野郎は……!!」
 「アルベリヒって、あんなに強かったの……!?」
 既に人間の動きからかけ離れていた二人の『遊び』を、勇者の仲間達は呆然と眺めるしかなかった。
 アルベリヒは、彼女達と旅する間は格段に手を抜いていた。
 理由は主に二つ。
 彼女等と自分の力量の差が激しすぎるので、少しでも彼女等を育てようと思ったのが一つ。
 もう一つは単純に、力を抜いても勝てる相手としか出会わなかったからだ。
 彼等の攻防は、かつて何度か立ち合いを見ていたユミルナにすら動揺をさせた。
 彼女にはわかった。
 少なくとも、グロウは……アルベリヒを、本気で殺すつもりだと。


 「グロウ様ー……いた! って、あれは……!?」
 そこでようやく、置いてけぼりを食らったティティが追いついた。
 いつもと雰囲気が違う。今まで見たことのない憤怒の表情をしているのを見て、ティティが察しをつける。
 「あいつが……?」
 目が合う。美青年だ。道を歩くだけで、女はおろか男すら振り向くような麗しい戦士だ。
 が、奴は敵。
 主人の、恋人の、共犯者の、憎むべき相手にして、人類の希望でもある勇者。
 ティティは魔法の詠唱を始める。
 詠唱時間は実に三十秒。
 今現在ティティが行使できる、最速にして最鋭の弓矢……狙撃用の、暗殺魔法だった。
 
 目の前で戦う二人にとって、三十秒は長い時間である。
 グロウとアルベリヒは三十秒あれば大抵の相手とは決着がつく。
 数秒とかからずに伏せられる相手の方が、世界には多いくらいだ。
 だが二人は拮抗していた。
 これまで幾度と無く模擬戦を繰り返した二人の、初めての殺し合いだった。
 二人の会話内容は、絶えず続く金属音で他人には聞こえない。
 「……お前はさ、頭はいいけど馬鹿なんだよな。模擬戦……はまあいいにしても、試練の時だって、あの夜ユミルナを抱いた時だって。お前は俺に譲ろうとはしなかった。
 普通、明らかに期待を寄せられてる貴族の嫡男に渡すもんだろ。名誉とか、戦果とか、そう言うのはさ。
 お前が俺を立ててさえいれば、孤児の身でも出世できた。少なくとも、俺が推薦してやったよ。英雄として尊敬を受ける未来だってあったんだ。
 それを、お前はフイにした」
 「……」
 アルベリヒとは、競い合う仲間だと思っていた。親友だと信じていた。
 だからグロウは譲らなかった。共に高め合い、二人で英雄となる未来を夢見ていた。
 二人の認識は、見事にずれていたのだ。
 「いっつもそうだった。お前は身分をわきまえずに強くなり、ユミルナの心を奪い、成績すら俺を上回った。
 何をやっても、俺より少しだけ上を行っていたんだ。模擬戦の成績、覚えてるか?」
 アルベリヒが、少しづつ攻勢に転じる。
 速度は、グロウより上だ。間合いと質量で勝る『マイア』で、どうにか瞬撃の波を受け流す。
 「……さあな。百二十回ほどやって……俺の、七十勝くらいだったか」
 「百二十五戦だよ! てめぇの七十一勝! 俺の五十四勝だッ!!」
 少しだけ余裕を崩した叫びと共に、アルベリヒの一閃が『マイア』の先端を僅かに斬り落とした。その直後。
 



 「――『珠玉の魔弾』《ショットブレイク》」

 一筋の閃光。
 音速を遥かに超えた濃橙色の矢が、最短距離を最速で疾走り、アルベリヒの脳天を貫く――はずだった。
 完全に、直感だった。
 アルベリヒは背筋のざわつきを信じ、身を反らしてそれを間一髪で回避した。
 「嘘っ!?」
 魔力の上乗せに上乗せを重ねた、全盛期と肉薄する速度の一撃。
 照準さえ正確なら、人間どころか魔族にだって避けられる者など一握りの一握りだ。
 「ティティッ!!!」
 グロウの怒号が飛ぶ。
 「は、はい……!」
 
 「邪魔を、するな」
 次は殺す。
 そう、目が言っていた。
 仲間に向ける、表情ではなかった。 
 
 「…………っぶ、ねー……! なんだあの妖精? お前の連れか?」
 「……そんなところだ」
 「そんじょそこらの魔物よりよっぽど恐ろしいぜ……しかしアレだな、落ちこぼれの人間と下等生物のコンビか。お似合いじゃねぇか」
 ……確かにお似合いだ。
 そう思ったが、グロウは口にはしなかった。アルベリヒに同意したくなかったからだ。
 「ま、魔法なら俺にだって使えるぜ。なんせ俺は、勇者だからな」
 そう言ってアルベリヒはゆっくりグロウから距離を取る。
 近くに突き刺さっていた投擲槍……『ケライノー』に、細剣を向けて呟いた。
 
 「『消えろ』《デリート》」

 命令された投擲槍が、一瞬の内に雲散霧消した。
 「…………!?」
 ティティはそれに違和感を覚えた。
 (そんな魔法は知らない。自分で作った……? あり得る。が、今のは……魔力が出てなかったように見えたけど……)
 「……何が魔法だ」
 グロウは吐き捨てるように言う。
 「ま、お前以外はみんな魔法と信じてるよ。見えないもんな」
 「無尽剣、か……」
 「昔はそうだったが、今は違うね。無塵剣、だ。塵一つ残さない」
 そう、それは技術(わざ)だった。
 細剣で何回も斬りつけて削り消すと言う、至って単純な魔技(わざ)。
 訓練生時代から、アルベリヒが魔法を使えると言う話は有名だった。
 それが嘘であると知っているのは……
 「俺とお前と、マークスの先公と、……ワダツミくらいか」
 それが見えたのは、極少数の者のみ。
 だが、その技は昔のアルベリヒとは段違いだった。
 以前なら削るように先端から徐々に消えていったそれは、音もなく、正に魔法で消失したかのように失せた。
 「思い出すなぁグロウ。戦う度に武器ぶっ壊して二人して叱られたっけ。何度も何度も注意されて、ようやくお前は聖合金(ミスリル)製の『マイア』を支給されたんだよな。一人だけずりーぜ」
 「……壊したのはお前だ」
 「ま、今は俺もいいもん貰ったからな。見ろよこいつ、聖白銀(オリハルコン)だぜ」
 そう言ってこれ見よがしに見せつける、細剣。
 柄には赤の宝石が埋め込まれ、芸術品のような彫刻が施された美しいレイピアだった。
 「馬鹿みたいに頑丈で、阿呆みたいに斬れる。しなれと念じたら竹のようにしなるし、逆にお前の槍を受け止める事も容易い。
 なにせ聖剣だからな。勇者に送られた聖剣『カーラ・ネミ』……俺にピッタリの最高の武器だ。やっぱり勇者は俺がなるべきだったってことだな。
 そして、魔法も普通に使える。なんせ俺は――勇者だからな」
 そう言って、アルベリヒは左手をそっちへ向ける。
 「『来いよ』《マグネティックフォース》」
 向けられたのは、ティティ。引っ張られるように、アルベリヒの方へ向かってゆく。
 「えっ、ちょ……マジで……!?」
 万全ではない事に加え、渾身の一撃を回避されて魔力の抵抗力も落ちていた。 
 「俺は追いかけるのが嫌いでね。向こうから来てもらうためにこうやって引き寄せるんだ」
 「……ッ!!」
 右手一本でグロウの槍をいなすアルベリヒ。
 そうする内にも、ティティはどんどんアルベリヒに引き寄せられていく。
 「嘘、いや、離して……ッ」
 「お前のものは俺のもの、ってんで、妖精ちゃんにも俺の名前を刻んでやるか」
 「貴……………様ァ!!」
 ティティに向けられる細剣。それと、悪意。
 射程内に入った、瞬間。
 

 「――!」

 一閃。
 傍から見れば、それは一撃にしか見えなかった。
 しかし、彼女の肌にはアルベリヒの名前が……深々と刻まれていた。










 「グロウ、様……」
 「無事か、ティティ」

 『マイア』の表面に、流麗な文字。
 すんでの所で、グロウがティティを庇ったのだ。
 
 「冗談冗談、仲間達が見てる前でそんな事するわけないだろ」
 笑って手を振る、アルベリヒ。
 「おっと、自分の名前間違えちゃったぜ。恥ずかしいから消ーそうっと」

 ――ぶわっ。

 聖合金(ミスリル)製の『マイア』が。
 霧となって、風にさらわれた。

 「……!」
 「――そんな……!」

 
 アルベリヒは細剣を納刀する。
 愕然とするグロウに背を向け、肩越しに笑って言い放った。

 「もうお前は俺に勝てない。何故なら俺は勇者だからだ。
 今度会ったら書き直してやるから、いいの買っておけよ」

 彼は仲間達と合流し、旅を再開した。
 ユミルナは憐れみと罪悪感の混じった視線を向けるが、やがてアルベリヒに連れられていく。
 槍を失った槍使いと魔力を失った妖精が。
 その場に、残された。
 「…………」
 夜。
 ユーザワラまではまだ少し距離がある。
 簡易テントを設置し、二人分(ティティは人間一人分の飯を食らう。その上作る料理は残飯未満である)の夕食を作り、食べ終え、床に就こうとしているグロウは、あの出来事から今に至るまで一言も喋らなかった。
 「……」
 無言で毛布を被る。
 心の内は、仇敵に遊ばれた上に、決して砕かれまいと思っていた愛槍をいとも簡単に破壊され、命を奪われること無く見逃され、挙句の果てにかつての恋人にはそれを同情の目で見られた屈辱。
 ……よりも。それを遥かに上回る自分の無力感で満たされていた。
 甘かった。
 甘すぎた。
 万全な状態で、怒りに身を焦がせ、純然たる殺意を持って立てば、二つに一つは勝ち目があると愚かにも信じ込んでいた。
 勇者の力を手にしたアルベリヒに、狂人の心で立ち向かえると。冷静になって考えれば、そんな馬鹿な話があるわけがなかった。
 勇者云々ではない。そもそもグロウは、アルベリヒより自分の方が強いなどと思ったことはなかった。
 七本槍と言う奇抜な戦闘スタイルも、元はと言えばアルベリヒに勝つために考案した策の一つである。
 武器を破壊することにおいては追随を許さないアルベリヒ。槍一本で敗北したグロウが考えた、彼に勝つためだけの武装。
 結果それが功を奏し、グロウはアルベリヒに勝ち越すことができたのだ。
 アルベリヒはそうは思ってはいなかったが、彼はグロウに劣っていたわけではない。少なくとも、直接戦闘においては。
 グロウと同じかそれ以上。それがアルベリヒの本当の力だった。
 (……勝てるわけが、ないだろう)
 少なくとも、今の自分では。
 怒りで劇的に強くなるなら、魔物に滅ぼされた村の生き残りは全員屈強な戦士になっている。
 怒りは力ではない。真っ当な心を捨てるための道具にして、真っ当ではない力を手にするための手段だ。
 奴に勝つためには――



 それにしても、誤算だった。
 まさか、勇者があそこまで強いとは。彼もまた自分と同じく、人間勢力の何割かに相当する存在だったのだ。
 全盛期の自分なら問題無く倒せるだろう……遠距離戦、なら。
 流石にあの化物を相手に中距離で勝てると断言できるほど、身の程知らずではない。ましてや近距離など、勝機があるのかどうか。
 人間の唯一のミスは、グロウ様を手放した事だ。勇者に加えてあの人まで加わったら、妖精側の敗色は濃厚も濃厚だ。
 って言うか……
 (……は、話しかけづれぇ……)
 何でも口に入れる犬や人間の赤ん坊の次に気まずい沈黙が嫌いなティティは、いつもより五割増しで暗い顔をするグロウにどう言ったものかとずっと悩んでいた。
 とても、何か言える雰囲気ではなかった。あれから今まで、ずっと。
 しかし、言わなくてはならない事がある。
 敗北を喫したグロウに対する慰めの言葉。
 復讐に横槍を入れてしまった事と、何もかも失くしても決して手放さなかった相棒とも言える槍を自分のせいで失ってしまった事に対する詫び。
 そして何よりも言わなくてはいけないのは……
 ティティは唾を飲み込んで、反対側を向いて寝ているグロウに口を開いた。
 「……グロウ様」
 「……」
 グロウは喋らない。
 寝ているわけではないが、返事はしなかった。
 黙れ、とは言われてない。ティティは構わずに続ける。
 「先程は助けて頂いて、本当にありがとうございました」
 彼に見られていないまま、深々と頭を垂れる。
 「…………」
 グロウはしばしの沈黙の後、心境を伺わせない声で呟いた。
 「……お前が無事で、良かった」
 「! でも、『マイア』が……」
 「……槍などまた買えばいい」
 ティティの身体に傷が付いても、魔力によってその内に回復されるだろう。
 対して、聖合金製の巨大な騎乗槍など、そう簡単に手に入れられるものではない。少なくとも、『マイア』は一品物だ。
 それでもグロウは、ティティを守った。
 「………ッ」
 ティティは自分の不甲斐なさに涙が出そうになった。
 何が妖精の姫だ。何が膨大な魔力量だ。
 散々偉そうな事を言っておきながら、仕える相手の足手まといにしかなっていなかったのだ。
 「……それと、余計な横槍を入れてしまい申し訳ありませんでした。軽率極まりない行為だったと思います」
 「……いや。一対一なんて余計なプライドにしがみついておいて、結果は惨敗……悪いのは俺だ。お前は間違ってなかった」
 「違……!」
 「違わん」
 グロウの敗北が決定的になったのは、『マイア』を失ったからだ。
 そして『マイア』を失ったのは、ティティを庇ったからだった。
 グロウはアルベリヒに対する復讐より、ティティを守る事を優先した。
 その事実に、グロウは気づいていなかった。
 「……」
 とても慰めの言葉など、言える状況ではなかった。
 何を言っても、今のグロウが立ち直る事はないだろう。
 代わりに言えることと言ったら、一つしか無かった。
 「……グロウ様。力が欲しいですか?」
 グロウの肩が、僅かに反応した。
 「……ああ。欲しい」
 正直に答える、グロウ。
 アルベリヒを倒すためには、こんなものでは全然足りはしなかった。
 「魔力を身体に取り入れるのに手っ取り早い方法が一つ、あります。短期間でパワーアップするなら、これ以上にない方法が」
 「なんだ」
 「妖精を食べる事です」
 グロウがゆっくりと起き上がり、彼女の方へと向き直る。
 寝間着を着た妖精の表情は、冗談を言っているものではなかった。
 「何回も言った通り、妖精は魔力さえあれば殺しても死にません。例え全身の骨を砕かれようと、脳を撒き散らそうと、
 頭から尻まで串刺しにして丸焼きにして噛み砕いて飲み込んで胃液で溶かされて原型を留めなくなったとしても、
 魔力源……私の場合、カトレアの花があれば、そこからまた生まれます。私の事ならご心配なさらず」
 「……知っている」
 「無論、限度はあります。何度喰らおうと、せいぜいその妖精が持つ総魔力の半分が精一杯でしょう。
 ……私の、総魔力の半分。例え相手が勇者でも、妖精姫の半分の魔力は持ち得ないはずです」
 「……それで?」
 「私を、お食べ下さい」
 「断る」
 溜息を吐き、頭を掻くティティ。
 「まあ、そう言うとは思っていました」
 「俺にそんな趣味はない」
 「趣味の問題ですかっ!」
 ティティが声を荒げる。
 「あのハーレムイケメン糞勇者を腹ぶち抜いてぶっ殺すんでしょ! 加害者の癖に悲劇のヒロイン面してた糞ビッチ僧侶を奴の見てる前でレイプした後魔物の巣に放り込むんでしょ!!
 手段を選ばないでどーすんですか!!」
 口答えできる立場でもないし、口答えできる状況ではもっとない。
 それでもティティはグロウに吠えた。
 「お前が……」
 「なーに下らない事心配してるんですかグロウ様の癖に! あんたは超がつく程のサディストで私は超絶がつく程のマゾヒストなんですよ!!
 だいたいアークザインにいた時普通に犬に食わせてたじゃないですか!! ギャグパートとは言えあれガチで食われましたからね!!!」
 今の雰囲気で言う事ではない。
 それでもティティは、言わなければならなかった。
 「ティティ」
 「グロウ様っ!!」
 ティティが強気の台詞を発しながら、地面に膝を付いた。
 
 「お願いします……! 今回は、私を助けると思って!
 共に戦う仲間として……背中を預かるパートナーとして……!
 グロウ様を、支えていかなければならなかったのに……!
 自分が無力すぎて…………!
 泣きそう、なんですよ…………ッ!!」
 
 (……もう、泣いている)
 背中も声も震えているし、言葉の所々に嗚咽音が混じっている。
 無力に打ちひしがれていたのは、自分だけでは無かったのだ。
 グロウは彼女の心情を察し、答えた。
 「断る」
 「この流れで断るんですかッ!!?」
 マジ泣きだったのに! と言いながら跳ね起きるティティ。
 「お前がどう思おうと、今はそんな気分ではない。俺は寝たいんだ、お前の断末魔が耳にこびり付いたままで寝れるか」
 「じゃあ喘ぎますよ!
 『あっ、グロウ様、ひぃぃぃぃん!! そんな所齧ったら……あ、ああああ! ひぎぃぃぃぃ!! かはっ……だ、駄目……死んじゃう、リアルに死にます……でも……おまんこ、すっげー、どろどろ……です……あはは……おかしく……なったかも……』
 って!!」
 「静かにしろと言っている」
 「はい」
 涙目で黙りこくるティティ。
 (折角、少しでも助けになるかもと思ったのに……グロウ様のバーカ!
 ……て言うか私の方がよっぽどバカだよ! このキチガイマゾ!!)
 もはや何に対していじけているのかわからない彼女に、グロウは呼びかける。
 「……何かしたいのなら、俺を慰めろ」
 「え? ……それは、セックスさせろと言う意味で……?」
 「違う。単純に、こっちの毛布に入れと言っている」
 「!?」
 グロウに似つかわしくない台詞に、ティティは驚愕した。
 が、口に出したらきっとグロウはそれっきり黙って寝てしまうだろう。
 「……お、お邪魔しまーす」
 いつもより緊張しながら、グロウの懐に潜り込むティティ。
 鼓動の音すら聞こえそうな。そして聞かれそうな。そんな距離だった。
 「ティティ」
 「な、何でしょう」
 「食われたいなら、その内にでも食ってやる。その代わり、消えたり、いなくなったりするな。何があっても、俺から離れてくれるな」
 真剣な顔でそう言われると、ティティは身体が温まるのを感じた。
 「大丈夫です。私達は一蓮托生。死ぬ時はお互いの足を引っ張り合って、二人仲良く惨めに死にましょう」
 「……ああ」
 そうして、二人の会話は終わった。
 夜咏虫が雌雄で囁き合う鳴き声だけが、静寂の中にかすかに響いていた。
 工業大国ユーザワラ。
 西の山脈にはアウグナ鉱山を始めとする鉱脈が聳え立ち、豊富な資源を擁する。
 聖合金(ミスリル)や聖白銀(オリハルコン)などの供給は、ほとんどがここを占めている。
 そのため軍隊の質も総じて高く、軍事国家としての一面も持つ。
 一方で作物は育ちにくく、アークザインとの貿易で相互に利益を得ている状況である。
 マイエの村を含むアヤシロの森も、どちらかの領土と言うよりは半ば共有の土地、双国の架け橋と言った場所であった。
 山脈の中で一際高いフィンデル火山の付近には温泉もあり、冒険者の出入りが最も活発な国の一つである。
 

 「もぐはぐはぐもぐ」
 「……」
 「がふがふがふがふがふがふがふ」
 「…………」
 東門通りで一番客が入ってる、広いカフェバー。昼はランチメニューで定食まである、若中年層に人気の店だ。
 二人はそこのカウンター席で食事をしていた。
 (それにしても……)
 「もっしゅもっしゅもっしゅもっしゅもっしゅもっしゅ」
 「……よく食うな、お前は」
 「もがご?」
 グロウが注文したのは、魚の味噌煮定食。
 白米に漬物と味噌汁が付く、栄養バランスが取れたものだった。
 和食が好きなのは、同級生の作った料理が絶品だった影響だろう。
 ここのも中々に美味い。
 一方ティティが注文したのは、大盛りバジルパスタとサラダ・スープバーセット。
 注文を取りや否や即座に山盛り野菜を盛ってきて、パスタが来てから席を立って更にサラダを追加していた。
 食べ盛りの年齢だったら、まあそのくらいは食べるかもしれない。人間なら。
 「……どこに入ってるんだ、その量が」
 ごくり、と飲み込んでティティは堂々と言い張る。
 「乙女の秘密ボックスです!」
 (……胃袋ではないのか)
 成人男性の手の平大程しかないティティの体内に、凄まじい速度で消えていくパスタ。
 周りの客の視線はほとんど彼女に集中していた。
 気にしていないのは特盛りの白米と牛すき定食デラックスに目を輝かせているティティの右隣の客くらいである。
 「なんせ私は底無し魔力のチート妖精です。そりゃ食べる量も半端じゃないわけですよ。燃費的に」
 「ふむ、魔力が不足してる分大食いになっていると言うわけか」
 そう言えば前に、妖精は摂取した食物を体内で魔力に変換している……と言う話をしていた。
 大食いになっても仕方ないか、と納得するグロウ。に対し、ティティは否定する。
 「いえ、いつもこんなんですよ?」
 「……なるほど。それならお前の一族は皆大食らいと言うわけか……」
 王族と言う表現は一応控えておいた。信じる者などそういないだろうが、面倒事に巻き込まれるのは御免だ。
 料理人も大変だろうな、と言う感想が浮かんだグロウ。に対し、ティティは手を振って否定する。
 「いえ、私だけですよ?」
 「…………すると、お前は優秀な一族の中でも群を抜いて凄いわけか…………」
 第一皇女と言う肩書きも魔力の膨大さから決められたのかもしれない。
 そうなるとティティは相当に規格外の魔力の持ち主と言うわけか、と思うグロウ。に対し、ティティは首を振って否定する。
 「いえ、大差無いですよ?」
 「………………………………」
 「どうかしました?」
 訝しむ目で見つめ続けるグロウに、ティティは平然とした態度だった。
 「いや……何でもない」
 「なんですかーもー美味しそうにご飯食べる女の子にキュンときちゃったり? いやあ私ってば罪な女ですわー……」
 (……こいつと喋ってると馬鹿が移りそうになる)
 喋りながらも尚食べ続ける事を止めない、とても王族とは思えない育ちの悪さを見せるティティに心中で毒づき、グロウは黙々と食事を再開した。

 「ところでグロウ様、やっぱりどこかで槍を調達するんですか?」
 「……そのつもりだ」
 騎乗槍『マイア』に投擲槍『ケライノー』。
 七本槍の内、二本をアルベリヒに削り壊されてしまった。
 特に『マイア』は、戦闘においては言わずもがな、他の槍を纏めるのにも重宝していた。
 できるだけ早急に代わりが欲しい所である。が。
 「聖合金(ミスリル)製を買うには、手持ちが心もとないがな」
 そこらの店で売っているような代物ではない。買うとしたら受注生産だろう。当然値段は高く付く。
 聖白銀(オリハルコン)製に至っては一桁違う。確実に手が届かないだろう。
 ちなみに、聖合金と聖白銀の強度は値段ほどには違わない。
 聖合金は聖白銀に他の金属を混ぜ合わせてある程度の強度を保った、言わば兼価版聖白銀と言った立ち位置である。
 聖白銀の高価である所以は、主に希少さと美しさ……貴金属としての価値が強い。
 アルベリヒが聖合金の『マイア』を壊せたのも、武器の強弱もあるが、彼の技量の高さによるものが大きいだろう。
 「ふつー聖白銀の武器持ってても聖合金の騎乗槍なんて消せるもんじゃありませんよ。非常識な奴です」
 「……奴にとって、相対する者の武器は最優先の破壊対象だ。相手の驚愕する顔、そして恐怖し絶望する顔が好きな趣味の悪い男だからな。
 『マイア』を壊す事自体は想定内だったが……いくらなんでも、十数秒はかかると踏んでいた」
 アルベリヒと聖剣『カーラ・ネミ』の組み合わせはまさしく鬼に金棒、悪魔に欲望。
 本人が言うとおり、示し合わせたとしか思えない最高にして最強の武装だった。
 「グロウ様……まさかとは思いますけど、グロウ様の故郷ってあんなのやグロウ様みたいのは何人もいませんよね……?」
 (……奴と並べるな)
 恐々と尋ねるティティ。
 グロウやアルベリヒを排出したガイスコッド皇国の特殊訓練施設(アカデミー)。
 二人の強さを目の当たりにしたティティにはそこが化物の巣窟、人外魔境にしか感じられないのも当然だった。
 「……俺達以外は、はっきりいってほぼ全員取るに足らないだろう。教師とて奴より強かったのは一人しかいない」
 「あ、一人いるんですね!? 私の見知らぬバケモンがいるんですね!?」
 「訓練生時代の話だ。俺も奴も、マークス先生には手も足も出なかった」
 (……ついでに頭も上がらなかったな)
 やべーよ! おかしーよ! と絶叫するティティをよそにグロウは彼の事を思い出す。
 マスター・マークス。グロウの恩師にして、育ての親でもある。
 グロウが皇国から追放された時、槍と鎧、それに僅かながらの金が見える所に捨ててあったのは彼のせめてもの情けだったのだろう。
 (……恩はある。だが、俺を見捨てたことには変わりない)
 それに、彼はきっと復讐のため戻ってきた自分を止めるだろう。
 あの人は、自分の手で殺す。それがグロウの『せめてもの情け』だった。
 「……それと、俺とアルベリヒに数回のみだが勝った奴が一人いる。ワダツミと言う女剣士……剣士と言うか、剣客……武士だ」
 「まだいるんですか!? 化物パラダイスですね!?」
 「とは言っても、俺はともかくアルベリヒは半ば脅されて全力を出せなかったのがあるが」
 脅したの!? あれを!? 逆にすげーよ!! と頭を抱えるティティを放置しグロウは彼女の事を思い出す。 
 ワダツミ。遥か東の国から派遣された才女である。同じ教室で学んだ仲だが、歳は一つ上だ。
 その生まれ持った剣才に加え、マークス先生の編み出した武術を唯一会得できた事でメキメキと頭角を表し、勇者候補に名を連ねた。
 その強さと戦闘スタイルによってほとんどの者に模擬戦を避けられ、常に相手に困っていたアルベリヒが唯一模擬戦を自分から避けた相手でもある。
 「あいつやだ」「あいつ苦手」「お前やれよ俺やだよ」「ぜってーやだかんなやんねーからな」と何度言われたかも覚えていない。
 戦闘能力そのもので言えばグロウ達には一歩か二歩遅れるが、それ以外の生徒や教師とは比較にもならない。
 「……逆に言えば、国全体で見てもそれだけだろう。先生は元軍人だが、退役後も幾度と無く戻ってくるように要請……と言うか懇願されたらしいし、
 あまりにしつこいからワダツミを指南役として差し向けた所、見くびった兵達を見事に全員のしてしまって呆れてたな」
 「そりゃ軍が弱いっつかあんたらがおかしいんじゃないっすかね」
 今全員とか言わんかったこの人、とティティは苦虫を噛み潰したような顔でツッコミを入れる。
 「先生はもういい歳だ。弱くなることはあっても強くなることはないだろう」
 「あ、そう言えば話逸れますけど、グロウ様って何歳なんですか?」
 素朴な疑問にグロウは答えた。
 「17だ」
 「17…………じゅうななぁ!?」
 平然と突拍子もない事を言うグロウに、ティティは奇声染みた驚声を上げた。
 (……煩い)
 「……おかしかったか?」
 「27じゃなくて!?」
 「ああ。少し前までは学生だ」
 「いや、まあ、そう、ですけど……17ぁ?」
 17と言えば、まだ少年とも呼べる年齢だ。
 歴戦の猛者と言った風格のグロウは、落ち着きっぷりを見ても17には見えなかった。
 せいぜい20代前半だろう。
 「……アルベリヒも同年齢だ」
 「いやまあ、そっちはまだわかりますけど……私の半分も無かったとは……」
 「……何?」
 今度はティティがおかしな事を言い始める。
 「あ、私35です」
 「さ、35!?」
 グロウが思わず目を見開いて立ち上がる。
 『マイア』を壊された時を遥かに上回る驚きの表情だった。
 「うわぁグロウ様が驚いた!?」
 グロウが驚愕する事にティティが驚愕する。
 両者共に大声を出し椅子から立ってのけ反る光景は、周りの客から注目の的である。
 ティティの右隣の客は全く気にせずに白米をかっくらっていたが。
 「……35は有り得ないだろう……! 3歳5ヶ月の間違い……じゃないのか?」
 「私ゃ幼稚園児ですか!」
 (……似たようなものだ)
 35と言えば、立派な中年だ。
 控えめに言って中々のアホ……もとい知的年齢と精神年齢が低いティティ。
 妖精だから身体の成長が人間と違う……と言うのはわかる。
 だがしかし、精神的には少しは落ち着く頃だろう。35年も生きてこうなるものかと思うのも当然だ。
 (歳相応なのはせいぜい性欲くらい……いや、それもどうなのだろうか)
 「しっつれいしちゃうなー。妖精は長生きなんですよ!」
 ぷんぷん! と口で言うこの生き物が自分の倍生きてると思うと、何とも言葉にしにくい感情が生まれる。
 (……あまり気にしない事にしよう)
 「……話を戻すか。ワダツミは俺の一つ上。刀の達人であり注意するに越したことは無いが、戦闘スタイルの関係で妖精相手は比較的苦手だろうな」
 「そうなんですか……」
 (妖精が苦手……となると、大物相手に猛威を振るうのかな)
 グロウより一つ上で、兵士達を軽々と叩きのめし、巨大な魔物を一刀両断する、女武士。
 ティティはワダツミの姿を思い浮かべる。
 きっと顔は凛々しく、背筋はぴんと伸び、男顔負けの力を持ちながらもその戦う姿は優雅で、気品に満ちた女丈夫なのだろう。
 なにせ、グロウやアルベリヒと共に戦力に数えられるようなもののふだ。並大抵の肝っ玉ではあるまい。
 ……と、上を向いて思案していると、柱に小さな張り紙があることに気付く。
 『一日二十個限定! 特製あんみつ 売り切れ御免』
 じゅるり。
 「すいませーん、この一日二十個限定あんみつってまだありますー?」
 「お前……まだ食う気か……!?」
 デザートは別腹。それこそ魔法のように次々と腹に食べ物を入れておいて、ティティは尚も注文を叫ぶ。
 しかし店員は、あちゃーと残念そうに顔をしかめた。
 「あーごめんね妖精の嬢ちゃん。今しがたそっちのお嬢ちゃんが頼んだ分でちょうど終わりだよ」
 そっち、の方に顔を向けるティティ。自分の右隣に座っていた紺色の着物を纏った見た目12,3歳程の小柄な少女が、美味しそうにあんみつを頬張っていた。
 「き……貴様ァ!! 我をゼラの第一皇女ティターニア・ヴェルコット・ゼラ・フェアリーと知っての狼藉かッ!!! そこに直れェへぷち」
 怒鳴りながら魔力を練り始めるティティをべちんと叩き潰し、グロウが少女と相対する。
 
 「……知るわけがないだろう。すまんな、うちの馬鹿が。気にしないでくれ…………


  …………?
 

  ………………………!!!!」


 「な、何でござるか? 拙者はただ、あんみつを食べていただけ故、無礼は……………
 
 
  …………?
 

  ………………………………!!!!!!」

 顔を見合わせた二人は、少しお互いの顔をジロジロと観察した後、思いっきり目を見開いて硬直した。
 潰れながらも、え、まさか、嘘でしょ?と思うティティとは裏腹に、二人はそれぞれ呟く。
 
 「グロウ……殿?」
 
 「…………ワダツミ……か?」

 ポニーテールのように髪を結い、くりっとした小動物のような瞳をしていて。
 腰に打刀(イーストブレイド)を差し、背中に火筒(マッチロックガン)を背負った、年端もいかないように見える少女。
 彼女こそ、若干18にして『天地剣』が一つ『地の極意』大目録を会得した天才剣士。
 『震なる剣』のワダツミである。
   
 「てっきり、こないだの女騎士みたいなのを予想してたのに……見るからにアナルが弱そうなのを……」
 ペラペラになった妖精のか細い呟きは二人の耳には届かない。
 ワダツミは身を乗り出してグロウに迫る。
 「ようやく見つけた……探しておりました、グロウ殿!」
 「探してた……俺を、か?」
 急に近づかれて警戒しながらも、グロウの頭に疑問符が浮かぶ。
 (……何故だ?)
 今や自分は追放された身。
 わざわざ追手を差し向けて殺しにかかるなら、あの時処刑しておけば良かったのだ。
 ……いや、アルベリヒは処刑する程でもないと思っていても、他の有力者はそうは思わなかったかもしれない。
 なにせ、アルベリヒと競うような傑物……いや、彼等からすれば怪物だ。冤罪を着せられた事を恨み、国に仇なすかもしれない……と。実際、そうするつもりである。
 恨むことが無いとしても、他の国に実力を見出され徴用でもされたら後々の戦争において厄介な事になりかねない。
 そうなる前に殺してしまえ。皇国の考えそうな事である。
 「騎乗槍が無いので、すぐにはわかりませんでしたが」
 ワダツミの呟きに、グロウが内心で舌打ちをする。
 そう、今この場には、『マイア』が無い。
 『エレクトラ』『タユゲテー』の二番三番があるだけマシではあるが、刺客――ワダツミほどの手練を相手取るには、流石に手痛いハンデだ。
 実力差はある。が、一番の穴は大きい。
 グロウはワダツミの抜刀に神経を尖らせ、手の動きを凝視しながらも、今しがた自らの手で潰した妖精に命令する。
 「……ティティ、下がってろ。援護は任せる。もう邪魔するななどとは言わん」
 「…………!!」
 妖精が跳ね起きる。
 ソースやらドレッシングやらで汚れた紙エプロン(自作、量産済)を投げ捨てて、空色の着物ドレスがはためく。
 それを纏うは澄み切ったエメラルドの瞳に怨敵を映す、一匹の妖精。
 「……了解致しました」
 私の名はティティ。
 復讐者グロウの下僕にして、妖精国ゼラの第一皇女――

 ――『黄昏の燈姫』。
 ティターニア・ヴェルコット・ゼラ・フェアリーである。
 



 「さあ、無実を証明するために共に国へ帰りましょうぞ!」

 
 「…………ん?」
 「…………はい?」
 臨戦態勢に入った二人に対し、全く敵意を向けずに笑ってガッツポーズする幼い武士。
 「ですから、グロウ殿が着せられた濡れ衣を晴らしに皇国へと戻りましょう。私が見事に弁護してみせます!」
 キラキラと光る眼差しで私にお任せあれ、と無い胸を叩く。
 何言ってんだこいつ、と言うのが正直な二人の感想だった。
 「……とりあえず、敵対するつもりは無いようだな」
 「……折角カッコいい異名まで考えたのに、私の活躍シーンはまたもお預けですか」
 一応の警戒を解く、二人。
 だがしかし、このまま連れられて帰る選択肢など存在しない。
 「……残念だが、俺は国に戻るつもりはない」
 「どうしてですか!? 話は聞きましたが、グロウ殿がそのようなことをなさるはずがありませぬ!
 どうせあの軟弱男が余計な事を仕出かしたのでしょう! とっ捕まえて吐かせてご覧に入れます!!」
 (……当たってる)
 (軟弱男……)
 グロウを信じ、真実を見抜いたワダツミ。
 だが彼女は、賢いわけではない。むしろ、愚かですらあった。
 賢い判断をしたのは……アルベリヒの嘘に見事に騙された、国の連中だ。
 「あの軟弱男とはついこの間この国でバッタリ出会ったのですが、私の顔を見るたび回れ右をして全速力で逃げてしまいました……申し訳御座いませぬ」
 「どんだけ避けられてるんだこの人……」
 ぐぬぬと口惜しそうに報告するワダツミに、ティティは全力で引く。
 あの魔王すら笑って対峙しかねないアルベリヒが顔を見ただけで尻尾を巻いて逃げだすような事とは、どんなことをしたのだろうか。
 (……俺達と遭遇する前に会ってたのか)
 あの後アルベリヒが向かった方向は東だった。しばらくは相見える機会は無いだろう。
 それを幸運と捉えてしまう自分を、グロウは歯がゆく思った。
 「ところでグロウ殿、そちらのかわいらしいお方は……」
 かわいらしい、と言われてティティの顔が少しだけ(と本人は思ってる)綻ぶ。
 少女として可愛いと言うよりは人形みたいで可愛い、と言うニュアンスだったが、それには気づかなかった。
 「ああ、こいつは……」
 「ごきげんよう、グロウ様のフィアンセのティティと申します」
 両手でスカートの裾を持ち上げ、優雅に礼をするティティ。
 確かにこの大きさでドレスを着ていると、精巧な操り人形のようにも見える。
 「ふぃ……!?」
 その言葉にショックを受けるワダツミ。しかしティティはグロウに突っ込まれ、それに気付かなかった。
 「……誤解を招く表現はやめろ」
 「え!? ここでその台詞言っちゃいます!? 私とグロウ様は既にただならぬ関係じゃないですか!」
 「ただならぬ……関係……!?」
 多大なショックを受けるワダツミ。その顔はどんどん青白く、生気の抜けたものへと変わりゆく。
 「こんな飯屋で言おうもんなら出禁どころか通報されかねないプレイをしまくった間柄じゃないですか! 私達は!!」
 「ティティ、俺を社会的に抹殺したいんで無ければ今すぐに冗談だと言う事にしろ」
 小声で囁くグロウにティティは叫ぶ。
 「冗談じゃ――」
 「冗談、だよな?」
 グロウが方天槍を手にする。
 その顔は優しく微笑んでいたが、目は少しも笑っていなかった。
 奥の席に座る豚鬼の親戚みたいな男が啜っているスープの出汁になりたくなければ――
 そう、暗に言っていた。
 「てへっ、なーんちゃって☆ 冗談でーすっ」
 周りの席から、「なんだ……」「冗談か……」と言う呟きが漏れる。
 厨房の方からもニ、三名の声が聞こえてきた。
 (……危ない所だった)
 笑顔は引き攣ってはいたものの、ティティの演技は完璧だった。
 そばで話を聞いてさえいなければの話、だが。
 「……グロウ殿は……ティティ殿と付き合っておられる、のでしょうか……」
 下を向いてポツリと呟くワダツミ。その表情には陰が差している。
 「……まあ、一応嘘では無い、な。健全な付き合いだが」
 嘘である。
 スカプレイまでした仲なのに! お互いの体液の味を知り尽くしてるのに!!
 ティティは必死で口をつぐみ、叫び出したいのを我慢する。
 と。
 「……ぐすっ」
 「ワダツミ……」
 「えっ」
 泣いていた。裾を皺になるほどに握りしめながら、静かに彼女は涙を零していた。
 「懇意にしていたユミルナ殿とお別れになって……ようやく……ようやくグロウ殿の心に、私が入れると思ったのに……」
 つい、グロウは彼女の頭を撫でようと手を伸ばして……思いとどまった。
 今の彼女に、慰めや憐れみは逆効果だ。
 いや、それ以前に、彼女は自分らの敵だ。彼女はそう思っていなくとも、いずれ敵対する未来が待ち受けている。
 公共の場でさえ無ければ。無防備を晒している隙に、槍で刺し殺していたかもしれない。
 彼女が死に気付くことなく、一瞬で。
 それが一番、情のある別れ方にも思えた。
 「……」
 (俺は……)
 唯一自分を信じてくれた。唯一自分を支えると言ってくれた友に情を捨てきれる程、狂ってはいなかった。
 そしてきっと、これからどんなに狂っても……全部捨てることは、できないだろう。
 それが自己満足であると知りながら、彼女の傷を広げるだけだと理解しながら。
 「……すまん。信じてくれて、感謝する」
 グロウはワダツミの頭に、手を置く。
 「グロウ、殿……」
 それでも、ワダツミは。
 その手の温もりに、ほんの少しだけ……報われた気がした。


 

 
 (超やべぇ)
 一方で顔を青くしているのはティティだった。
 まさかS級危険人物の一人がグロウに惚れてるとは思いもしなかった。
 ワダツミにとってティティは、グロウを横取りした恋仇とも呼べる存在である。
 あのアルベリヒに恐れられるような輩に恨まれたら、妖精とは言え五体満足で過ごせるとはとても思えない。
 グロウに知られないように、事故と偽って秘密裏に処理される可能性すらあり得る。
 「ぐ!!」
 ティティが叫ぶ。
 二人の注目が集まると同時に、言葉を続ける。
 「グロウ様には、手伝って貰いたい事があるんですよ! だから、その、一時的に同行して貰ってるー、みたいな!!」
 (……これ以上、こいつの傷口に塩を塗るつもりか?)
 (しゃーないじゃないですか!! 私だって命は惜しいんですよ!!)
 グロウとティティのアイコンタクト。
 ティティはあくまで、まだ介入の余地がある関係だと言う事をアピールする。
 「私は実は、妖精の皇女なのです。妖精は人間にこき使われて絶滅寸前の一族。その血を絶やすまいと、再建国と同胞集めに協力して頂いているのです」
 「そうだったのですか……」
 ワダツミが顔を上げ、ティティの方を見る。
 その表情に憎しみの色は微塵も無かった。
 「……」
 グロウの好感度がガタ落ちしたのを感じるが、背に腹は変えられない。
 「無論、人間と妖精では子は成せません(ここ重要です)。ですが、グロウ様の実力の程はご存知の通り。このひ弱な妖精が世界を渡り歩くのには、どうしても彼の力が必要なのです!」
 「なるほど……」
 ワダツミの顔に生気が増す。
 実のところワダツミはティティの事をほとんど恨んではいなかったのだが、ティティにそれを知る由は無かった。
 そしてもう一つ、人間と妖精の間に子を成せないと言うのは……正確ではない。
 「わかりました!」
 勢い良く立ち上がる、ワダツミ。
 その顔には決意の色が見える。

 「このワダツミ……一振りの刀と成りて、お二人の力となるべく力をお貸し致しましょうぞ!!」

 胸中は揺れていた。
 (上手くだまくらかして危機を回避したつもりがとんだ厄介を巻き込んでしまったでござるの巻)
 グロウの恋人であるティティがしまった、と零すと同時に。人間を鏖殺すべく奔走する妖精の皇女が、しめた、と呟いた。
 (こいつはひょっとして……とんでもない拾い物をしたんじゃないのかなぁ……?)
 
 ティターニアは、笑う。
 取り戻しつつある、魔法の力。その中に、これ以上無く楽しい事になりそうなものが、愉快な事をできそうなものが、一つあるのだ。

 誘惑《テンプテーション》。
 術者の瞳に心が吸い込まれたものは、その傀儡となる。
 望むのなら、発情させて性による隷属を科することも容易い。
 グロウの突き刺さるような視線を後頭部に浴びながら。ティターニアは、笑う。

 「陵辱要員、ゲットだぜ」
 「と言うわけで陵辱しましょう」
 (どう言うわけでござるか!?)
 旋錠された宿屋の一室、シングルのベッドに転がされた着衣の女剣士の眼前に、全裸妖精が立っていた。
 グロウは隣の部屋で寝ている。
 「ワダツミちゃんおもちゃにしますよ」
 ティティが言うと、
 「……加減という物を考えろよ」
 と、機嫌が悪そうに部屋にこもってしまった。
 (やっぱりグロウ様は甘さを捨てられてないなぁ)
 うーん、とティティは頭を悩ませる。
 所詮ワダツミは使い捨ての駒。あまり感情移入されると、後々の行動に影響が出る。
 (爆弾括りつけて特攻させるわけじゃないにしろ、いつでも切り捨てられるようにはしておかないと)
 正直な所、恋路も反乱も邪魔するのでなければ別に生かしておいても構わない。
 が、グロウがあまり執着するようなら最悪の場合、謀殺も考慮に入れねばなるまい。 
 (ま、とにかく調教だな……)
 
 「って裏事情は正直あまり関係なくてですね、ぶっちゃけいい感じのカモがやってきたから早速味見しようと思って。最近エロシーンもなかったし」
 (言ってる意味がわかりませぬ! 何で身体が動かないのですか!?)
 全身に痺れが回ってまともな発音もできず、指先を震わせることくらいしかできないワダツミに対し、ティティはえへへと可愛らしく笑う。
 「えっとね、おくすり盛った」
 (何故!?)
 「いやー、手っ取り早くワダツミちゃんと仲良くなりたくてさぁ」
 わきわきと指先を動かす小さな妖精は、脂ぎった中年男性の顔をしていた。
 (ご、ご冗談はお止め下さいティティ殿!)
 「大丈夫大丈夫、記憶は飛ばすし処女膜も再生しとくから。妖精に犯されたと思って」
 (思っても何もそのまんまではないですか……んむっ)
 涎を拭うこともできない口内に、異物が侵入してきた。
 妖精特有の甘い香りが口に広がると同時に、ワダツミの舌の上を柔肉が滑ってゆく。
 「お、やっぱり女の子は口の中もいい匂いなんだー」
 嬉しそうにそう言うティティ。舌触りのいい尻と股を唾液の乗った舌に擦りつけ、腰を前後に振って愉しむ。
 頭を上げればすぐ届く天井、上顎の内側をれろんと舐めた。すると。
 「んんっ!!」
 こそばゆさに身体が反応し、大きくビクンと飛び跳ねた。中にいるティティにも、その振動は当然伝わってくる。
 「あ、ここ弱いんだ。えっへっへ、食らえ人間めー」
 「ん~!!!!」
 舌先でツンツンと突っつく度に、ワダツミの身体は水揚げされた魚のように勢い良く跳ねまわる。
 口の中のティティが乗っている舌も当然大きく動くことになり、股間を舌で愛撫されたティティの性感もどんどん高まりゆく。
 「あはっ……これ、本当にセックスみたい……!」
 ティティの花弁から、酸味を含んだ愛液が漏れてきた。
 痙攣するワダツミ。標的を上顎から舌へと変え、ティティは身体を伏せて口淫を再開する。
 「ぇろ……んちゅ……」
 相手の口の中で舌を絡ませてキスをすると言う倒錯的な行為に、ティティは興奮して身体全体を滑らせた。
 どちらがどちらを舐めているのかも曖昧なまま、二人は恋人のように唾液の交換を続ける。
 (すご……美味しい……)
 妖精のふんわりと柔らかい肢体と、甘美な雫。
 まるで極上の料理が舌の上で踊っているような感覚に、ワダツミの感覚も麻痺し、脳をとろけさせられた。
 もっと味わっていたい。そんな思いとは裏腹に、ティティは口の中からよいせっと這い出てくる。
 (あ……)
 頬を紅潮させ名残惜しそうに唇を震わせるワダツミに、ティティは淫猥ながらも気品を漂わせる表情で呟く。
 「そんな目で見ないの。もっとすごいことしてあげるから」

 少しだけはだけた着物をずらし、さらしを魔法で切断する。
 すると薄桜色の突起と、なだらかながらもシミ一つ無い白い山が姿を現した。
 「……しゅ、縮尺上では私の方が勝ってるし……」
 自分の胸の見比べて虚勢を張りながら、妖精は大きな乳首をぺろりと舐め上げた。
 汗のしょっぱさの中にほんのり含まれる甘さに、ティティは舌鼓を打ってしゃぶり尽くしてゆく。
 「んっ……」
 既に感度が増しているワダツミは案の定、甘い声と吐息を同時に漏らす。
 唾液に塗れてぬめった身体で胸のあたりを這い回る妖精に、股間が切なくなるのを感じる。
 (しっかし、こうやって犯すと女の子の身体ってすげー柔らかいな……)
 人間の少女と身体を重ねるのは初めてのティティ。ワダツミの小さな身体も、ティティにとっては巨大な柔肉の寝具だ。
 グロウのオナホールとして硬い肉で滅茶苦茶にされるのとはまた別の、背徳的な官能を味わっていた。
 (支配が完了したら人間の女の子を家具にしよっと。グヘヘ楽しみじゃわい)
 発想が完全に趣味の悪い成金男になっているが、果実を丹念に舌で舐めるその姿は、ワダツミの目に美麗な天使として映った。
 (駄目、なのに……私は、グロウ殿に……)
 胸の鼓動がどんどん早くなるのを、ティティは密着した身体で感じ取った。
 (そろそろ頃合いかな)
 意地悪く笑いながら、ティティは尖ったそれに歯を立てた。
 かり。
 「~~~~~~~!!!!!!」
 痺れているにも関わらず、ワダツミの身体が大きく仰け反る。
 乳首を弄られただけで、達してしまったのだ。
 自慰の経験すらない彼女は、初めての絶頂に恐怖にも近い驚きで頭が一杯になった。
 そんな事を無視して、ティティはやったやったと嗜虐的に笑いつつ濡れそぼっているであろう彼女の陰部へと歩を進める。
 和服だから下着を履いていない、などと言うことはなかった。
 が、そこはもう布越しに彼女の形が見えるほどにぐちゃぐちゃになっている。
 舌なめずりをしながら、妖精はその布を剥ぎとってしまった。
 中には。
 うっすらと産毛の生えた、未開通の孔がひくりと物欲しそうに蠢いていた。
 

 「妖精♀と人間♀。普通に考えたらどうやってもセックスとかできないだろ!
 ……と思うじゃん?」
 ティティはワダツミに話しかける。正確には、ワダツミの女性器に向かって。
 「できます」
 (!?)
 堂々と言い切るティティに、ワダツミは困惑する。
 「それも、二通りの方法でできます」
 (!?!?)
 衝撃的な事を言い放つティティに、ワダツミは驚愕する。
 「今から両方やります」
 (!?!?!?)
 狂気の沙汰である。ワダツミは混乱する。
 「大丈夫だって。ちょっとレベルの高い辱めを受けるだけだから。天井のシミでも数えている間に気持よくなるよ」
 (すぐには終わらないんですね!?)
 抗う術など無かった。
 ティティが最初に触れ始めたのは……皮を被ったままの、小さな……妖精にとっては大きな、肉の豆。
 「ッ!!」
 一番敏感な部分をつつと撫でただけで、ワダツミは意識が飛びそうになるのを感じる。
 「いい反応するじゃねぇか……こーれーをー……」
 腰の上で羽ばたきながら、すっかりチンピラになったティティは同じくぐしょぐしょに濡れた自分の股ぐらを、よく見えるように、手で開く。
 「こーこーにー……」
 ティティはゆっくりと、焦らすように降下する。
 そして。
 「合体……っ!」
 ティティの膣口が、ワダツミの陰核を食らう。
 「――」
 飛んだ。
 ワダツミの意識が、快感によって途絶えた。
 だが、ティティは容赦しない。
 「よっこいしょー!」
 沈めた腰を上げて、再びクリトリスを飲み込んだ。
 「――ッッ!?!?」
 と、ワダツミの意識が戻った。
 体中に鳥肌が立ち、涎と涙が止めどなく溢れてくる。
 この尋常ならざる感覚の正体は何かと見たら、妖精が騎乗位で腰を振っていた。
 「おおおおおっ! 人間クリチンポ、すっごい……!」
 だらしない表情で、妖精が自分を犯していた。
 女の性器同士を結合させて、激しく陵辱で快楽を得ていた。
 「っ!! っ!!! っ!!!!」
 擦れる度に、ワダツミの身体は心臓そのものになったように脈動を繰り返す。
 ぷしゃぁ、と尿道から塩っ気のある液体が勢いよく飛び出て、ベッドと床を少女の臭いで汚した。
 「おいおい出すんなら出すって言ってくれないと……ぁ……ぃい……」
 気持ちいいのかどうかすらもわからない大きな波を、ワダツミは何度も味わう。
 体中の穴から、液体が噴き出る。ベッドも着物も、すっかりワダツミの汁で湿ってしまっていた。
 永遠にも近い三分間。ワダツミは気が狂わないのが幸運なほどの絶頂の末、ようやく解放された。
 ティティが達したのは、一回だった。

 「…………」
 「生きてる?」
 頬をぺちぺちと叩くティティに、ワダツミは目線だけ向ける。
 (…………もう……無理……死んじゃい、ます……)
 「よし生きてるな! じゃあ最後の仕上げと行こうか!」
 半死半生の少女をよそに、ティティは次の準備を始めた。
 (どうか……お慈悲を…………)
 心の声が届いているのかいないのか、ティティは口笛を吹きながらワダツミの膣口の前に歩いて行った。
 頑張れば妖精一人くらいなら入りそうな、粘液塗れのトンネルへ。
 (まさか……そこは駄目です……!)
 「処女膜のことなら大丈夫だって。後でしっかり魔法で塞いでおくからノーカンノーカン。
 いやあ魔法って本当に都合のいい設定ですね」
 それも大事だがそう言う問題ではない、と言いたかったが、口からはあうあうと曖昧な言葉が垂れるだけだった。
 陰唇をかき分けて、屈んだティティがその穴へと身を投じていく。
 「ああ……」
 「一回入ってみたかったんだー、人間のおまんこ。いっただっきまーっす」
 ぬぷり。
 (駄目、いやっ……)
 妖精の小さな身体が、人間の小さな膣穴に沈んだ。
 男性器を受け入れる器官であるそこを、丸々一つの生物が掻き分けて進んでいく。
 中は無数の凹凸で囲まれた、入り組んだ肉壁。
 一つ一つを体全体で味わうように擦り合わせながら、奥へ奥へと這い寄る。
 その全ては、ワダツミの性感帯である。
 「ぁ……はぁっ……」
 膣内をゆっくりと掻き回され、荒々しく息を吐いて性感に包まれるワダツミ。クリトリスを膣でしゃぶられるよりも緩く、しかし長く味わい深く愛でられる。
 全ての刺激が快楽に変わっている今、破瓜の痛みはもはや問題ではなかった。
 ティティは股を、胸を、壁に擦りつけて歪な形の肉を楽しみ、手と口で内部からワダツミの女性器を弄くり回した。
 「これは、なかなか……狭いけど、そこがなんとも……」
 臭い、とは思わなかった。むしろ未熟な少女の匂いは中々、味気がある。
 芋虫のように身を捩らせて、ついにティティはこつんと奥に到達した。
 「ひぅっ……」
 子宮口である。
 「おお、女体の神秘」
 僅かにヒクヒクと動く小さな穴に、口付けを交わす。
 「んー、ちゅっ」
 「ッ!!」
 きゅっと、膣道全体が締まる。ただでさえ狭いそこにピッタリ収まったティティの身体も、同時に締められた。
 「あぁん、きもちいー」
 それに気を良くしたティティは子宮に舌を這わせ、ちょうどいいサイズのそこに直にクンニリングスを行った。
 (ど、どこを舐めているんですっ……!?)
 内蔵を優しく撫でられるような異常な感覚。
 中で何が起こっているのかわからないワダツミは、足をぴんと伸ばしてそれに耐えるしか無かった。
 だが。
 (……でも、これ……すごい……気持ちいい……!)
 自分の膣内に可憐な妖精が入っていると言う事実も相まって、ワダツミは甘いその感覚を受け入れ始めた。
 そして。
 「あ…………」
 溶けた。
 ワダツミの下腹部に、暖かくて心地の良い波がじわっと広がる。
 排泄にも似た、ほっとする感覚。先程の激しいそれとは違うそれを、彼女は身震いして『愉しんだ』。
 (お、イッたか)
 ティティもそれを受けて、一旦愛撫を中断した。
 「はぁ……はぁ……」
 甘い快楽の余韻を味わうワダツミ。
 幼い体型をしていた彼女は未熟な身体のまま、妖精の手で大人に作り替えられてしまった。


 『ワダツミちゃーん、聞こえる?』
 中からティティが話しかける。
 返事はできない。構わずティティは一方的にしゃべり続けた。
 『ちょっと中借りるね。痛くしないから心配せんといてー』
 そう言って、ティティはその場で魔力を練り始めた。
 (何を……?)
 ずむり。
 (へっ……!?)
 妙な感覚が、彼女がいるその奥から脳に響いた。
 『よいしょっと』
 (えっえっえっえっ!?)
 確かに痛くはない。痛くも苦しくもない。が、圧迫される感じ――
 更に、中に入ってくる感覚。内蔵の外から、中に。
 『とうちゃーく!』
 押し込まれた。
 女性の中に。
 子宮口の内部に。
 子供の部屋に。
 『お邪魔してまーす』
 (えええええええええええええええ!?)
 ティティは至近距離からの魔法で筋肉を緩めさせ、自らその中へと入っていったのだ。
 羊水ではないが、体液でぬめっている胎内で丸まって母体の温もりに文字通り身を包んでいた。
 『おお、やっぱりこれは中々心地いいわー。後で勝手に出産しとくから、それまでお休み、マーマ。ってね』
 (ああ、もう、何がなんだか………………)
 ティティの胎内からの魔法によって、ワダツミの意識はどんどん遠のいていった。
 『私も寝よっと。いやーいいねここ。ずっと入ってたら栄養とか来るのかな』
 散々人間の身体で遊び、疲れたティティも欠伸をしてうとうとと睡魔に身を任せる。
 そうして、自らもまた眠りの世界に落ちていった。



 「……何だこれは」
 様子を見に来たグロウが目にしたのは衣類を盛大にはだけさせてベッドや床にシミを作り、まるで輪姦されたかのように滅茶苦茶になりながらも安らかに眠っているワダツミの姿だった。
 グロウは彼女のあられもない姿に眉を顰め、着物で裸体を隠してやった。
 「こいつに限って、暴漢に襲われる事は無いだろう……あの馬鹿の仕業か」
 そう言えば、おもちゃにすると言っていた。戦力にするため、まさか廃人にしたりはしないだろうと思っていたが……
 とりあえず、後遺症などが残っている顔には見えない。授業中に昼寝をしている時と全く同じ表情だった。
 こんな元気そうな顔をした廃人はいるまい。
 「……当の馬鹿はどこに行った」
 部屋を探すも、どこにも見当たらない。
 身体が小さいからどこにでも隠れられそうだが……。
 「まあ、いいか」
 殺しても死なない奴だ。どうせプレイの途中に間違って飲み込まれたか何かだろう。
 真相を知る由も無く、グロウは自分の部屋へと戻っていく。
 ひとつになった彼女達は、安らかな寝息を立てて眠り続けていた。
 「いやー、ナイス目覚めです。生まれ変わった気分!」
 「おはようございますグロウ殿……うう……なんかお腹が変に軽い……」
 「そうか」
 肌がつやつやになっているティティと、顔色が優れないワダツミ。
 対照的な目覚めを見せる二人を大して気に留めることなく、グロウはそっけない返事を返した。
 「それでワダツミ、槍の話だが……」
 「はい……拙者の行きつけの鍛冶屋が、知る限り一番腕の良い所でございまする。値段も良心的かと」
 「ふむ」
 彼女の打刀『満月』の切れ味はグロウも良く知っている。あの業物を修繕できる所など、この地方にはそうそう無いだろう。
 それに、他にあてもない。
 「とりあえず、そこだな」
 「じゃあとっとと行きましょう! れっつごー!」
 「ごー……」
 右手を挙げる二人のテンションは、真逆のものだった。
 「……ワダツミ、休んでてもいいぞ」

 
 火と鉄の国、と形容されるのも納得の様相だった。
 なにせ、王宮に続く大通りを歩いているだけであちらこちらから槌を打つ音が響いてくる。
 街の至る所からは煙が立ち上り、飼い犬だって立派な鎧を着込んでいる始末だ。
 「ひえー、軍事国家と言うだけありますね。どこもかしこもカンカンカンカンと……」
 キョロキョロと見回す、甲冑を着込んだ自称戦女神(ヴァルキリー)のティティ。に、結局付いてきたワダツミが解説を始めた。
 「魔族との戦争で生産が追いつかないのでござる。この国だけではなく、他国へ輸出する分もあります故。
 ほとんどの鍛冶屋は今、武具防具の部品の一つだけ製造しているはずです」
 「部品の一つ? 全部作ればいいんじゃないの?」
 ワダツミはふるふると首を振る。
 「ブランド、と言うものがございまする。ひとくちに鎧と言っても、軽量化を目的とした鎧、装甲を重視した鎧、装飾を施した儀礼用の鎧、など……。
 ユーザワラはそれらを大量生産して売るために、国の方針で効率化を重要しました。工匠を一つの歯車として、完全分業させて作るのです。
 技術力については他国の及ばぬ所、組み合わせて接合が取れなくなる事もそうございませぬ」
 「ほへー」
 興味があるようなないような返事を返すが、話はしっかり聞いているようだ。
 「元々、一つの物を作るのに長けた人達にござる。剣なら剣、槍なら槍、斧なら斧。鎧なら鎧。適性を見れば、政策としては間違ってはいないのでしょうな」
 「ふーん……ん? そうなると、グロウ様の槍を頼むなら、槍専門の所に行った方がいいんじゃないの?」
 今の話を聞いて、グロウも同じ事を思った。
 普通の槍ならともかく、聖合金の騎乗槍だ。刀匠に作れそうな代物ではない。
 「いえ、拙者の行きつけの所はちょっと特殊なのです。国の認定を受けていない、小さな工房でござる」
 「認定が必要なんだ? じゃ、モグリってこと?」
 「違法と言うわけではございませんが、国からの支援は一切ありませぬ。どんな小さな工房でも一応の認定を受けているのが普通ですが、そこは頑なに申請を拒んでいる模様で……」
 「わけあり、ってやつか。いかにも腕利きって感じだねー」
 (……)
 グロウは二人の会話を聞き理解しながらも、別のことを考えていた。
 (……この二人、いつの間に仲良くなったんだ)
 「どうでもいいけどグロウ様三人になると途端に喋らなくなりますね」
 「あ、申し訳ございませぬグロウ殿。私一人でべらべらと喋ってしまって」
 「いや……」
 別に構わない。元々あまり、喋る方ではないのだから。
 王宮まで真っ直ぐ進み、塀に添って半周して裏側へ。そして西門通りをしばらく歩いた所で道を外れ、雑居街の方へと赴く。
 (……同じか、どこも)
 華々しい王宮やそこの付近と比べるのも酷なほど、そこの生活水準は劣悪だった。
 それも、乱雑に積まれた廃材に溝を走る排水など、工業の煽りを受けている分アークザインより質が悪く見える。
 それらを動きにくいであろう和服でひょいひょいと華麗に避け、奥へ奥へと進むワダツミ。
 「こちらです」
 見れば確かに、そこには小規模ながらもそれなりに立派な工房があった。
 煙突からは細い煙が立ち上り、開きっぱなしの戸の奥からは刃物を研磨しているような摩擦音が漏れている。
 中は薄暗く、奥行きがあって外から見た印象以上に広い。工場に、一人無骨な大剣(クレイモア)を研いでいる老人が座っていた。
 「オーランド殿! 槍の製作を依頼に参りました!」
 「誰かと思えば、侍っ子か……」
 オーランドと呼ばれた老人を見て、グロウとティティは同時に別の事を感じ取った。
 (この人……多分、貴族だ)
 と、ティティ。
 (この老人……恐らく、武人だ)
 と、グロウ。
 ほとんど総白髪の、齢六十は過ぎているであろう熟練の職人。
 誰が見ても、それ以上でもそれ以下でもない平民の、一般人だ。
 だが二人は彼に、自分と同じ雰囲気を見出した。只者ではない、と。
 「シルフィ殿はいらっしゃらないのですか?」
 「あいつなら買い出し行ってるよ。そっちは?」
 「ご紹介致します、こちらがグロウ殿、拙者の同級生でございます。こちらの妖精さんがティティ殿、妖精族の復興に奔走しておられます」
 「……どうも」
 「お初にお目にかかります、ティターニアと申します。よろしくお願いします、オーランド様」
 兜までわざわざ外して一礼するティティにグロウが驚く。彼女が自分以外に(真面目に)礼節を尽くすなど、初めての事であった。
 もっとも、人間を本気で敬っているわけではない。儀礼に従ってるだけである。
 「あ? ティターニア……? どっかで聞いたような……そこな妖精っ子、この国のもんじゃないみたいだが……俺の事を知っているのか?」
 相手方も、ティティに対し何かを感じ取ったらしい。
 「いえ。ただ、玉座に座り私腹を肥やすしか能のない愚昧より、よほど気品が漂っていらっしゃったので」
 ぶっ、と吹き出す老人。
 「この姿を見て、か。面白い嬢ちゃんだな。まあ……昔の話だ。今は一介の鍛冶屋よ。要件は何だって? 槍?」
 「聖合金の、騎乗槍を作って貰いたい」
 ずいと前に出るグロウをしばし眺める。
 「面白い二人組だ」
 ぼそりと言った後、
 「そいつはまた大層な注文だな。出来ないことは無いが、高く付くぜ」
 パチパチと片手で算盤を弾く。提示された額は確かに良心的だった。他に比べれば、の話だが。
 「うーん……」
 「……」
 「それでもやはり、相当でござるな……」
 顔を見合わせて考え込む三者。
 そこに後ろから、別の足音が近づいてきた。
 「失礼致します、オーランド様。剣を受け取りに参りました」
 筋骨隆々で髭面の貫禄ある男が、丁寧な口調で工房に足を踏み入れる。
 これまた、平の騎士と言った風貌ではなかった。
 「おう、ガイウスか。できてるぞ」
 無造作に放り投げる剣を、片手で受け取る騎士。その刃を様々な角度から眺め、感服したように言う。
 「流石オーランド殿、素晴らしい出来栄えです。お代です、お受け取り下さい」
 彼は明らかに研磨代と釣り合っていない、多額の金貨が入った袋を台に置いた。
 「まーたお前は……生活なら問題無いと言ってるだろうが。同情も大概にしろ」
 「同情ではありません! 私にできる、せめてもの……む」
 ガイウスはグロウ達を見て、咳払いを一回決める。
 「いらっしゃってたのですか、ワダツミ殿……と、こちらの方々は?」
 「客だ。なんでも、聖合金の騎乗槍が欲しいんだとよ」
 「ほう……中々の手練とお見受けする。自己紹介が遅れました。ユーザワラ騎士団中隊長、ガイウスと申します」
 「グロウだ」
 「ティティでーす」
 それを聞いていたオーランドが、炉の火で煙草を付けて笑う。
 「な~にが中隊長だ馬鹿。ちゃんと名乗れ、騎士団総長にして大将軍様だ控えろ控えろって」
 「お止め下さい。今の私はそのような地位にありません」
 「……なーんか、わけありにも程があるって感じですね、グロウ様」
 耳元で囁くティティに、グロウが無言の肯定をする。
 「ま、そんで金が足りなくて困ってるらしい。何かねぇのか、適当な仕事は」
 「適当な仕事、ですか……」
 ガイウスはしばし考え込んだ後、あることはありますが、と切り出した。
 「西の山脈にある山の一つに、盗賊がアジトを作っているのですよ」
 「……それを旅人に退治して欲しい、と?」
 それなら軍事国家の騎士団の方がよっぽど適任だろう、とグロウが暗に言う。
 「本来なら我々の仕事なのですが、奴等は山一つを丸々要塞のようにしてしまい、多数の罠を仕掛けています。
 被害が出て困っているのですが、王は騎士団を温存しておきたいご様子で出動の許可も出ません」
 ため息混じりに答えるガイウス。
 今の王朝に不満があるのは明白だった。
 「……なるほど。大体わかった」
 「危険な仕事ですが、報酬は弾みます。いかがでしょうか」
 「どうします?」
 と、一応ティティが尋ねた。
 (……実の所、全く危険ではないが)
 ワダツミを一瞥して、グロウは答える。
 「その話、受けよう」


 三人が出発し、鍛冶屋にはオーランドとガイウスが残される。
 「いいのかよ、勝手に潰しちまって。国と癒着してるんだろ?」
 紫煙を吐き出してオーランドが尋ねる。
 「本来は許される話ではありません。王と盗賊が、繋がっているなどと……」
 それに対し、苦々しい表情でガイウスが吐き捨てた。
 彼等にできるだろうか、と言う問答は無かった。腐敗した騎士団より、よほど活躍するだろう。
 「あの様な者に一国の主は務まりません。やはり……!」
 「その話はやめろ」
 最後まで言わせずに、オーランドは煙草を灰皿に押し付けて消した。
 「民衆が選んだ王だ。これも民意ってやつだろうよ」
 「…………」
 何も言えなかった。
 自分とて、前王を裏切った者達の一人。
 今になって、やれ悪政だのとのたまうのは、卑怯を通り越して滑稽だ。
 「……ただいま帰りました、オーランド様」
 沈黙を破って、女性の声が工房に響いた。
 「遅かったな、シルフィ」
 「シルフィ殿、ご機嫌麗しゅう」
 「こんにちは、ガイウス。いえ、変な妖精を見かけたと言う話を聞いていたので」
 ふよふよと近づき作業台に腰掛ける、緑がかった髪をしている薄着の女性。
 彼女もまた、ティティと同じ妖精族であった。
 「ああ、それならここに来たぜ。妖精の癖に鎧なんか着込んだ、金髪のちっこいのが」
 「へぇ、珍しいですね。金髪と言うとゼラの出身でしょうか」
 「さあ、そこら辺はわからん。確か名前は、ティターニアって……」
 ばさり、と彼女の買い物袋が地面に落ちた。
 
 
 「ティターニア…………!?」

 シルフィのこんな表情を、オーランドは初めて見た。
 長年付き合っているつもりだが、数年前に王が変わって、それまで許されていた妖精の権利が剥奪された時だって、こんな顔は見せなかった。
 「おい……どうした?」
 「シルフィ殿……?」
 目を見開き、歯の根は合わず、冷や汗が滝のように流れている。
 いつだって冷静なパートナーが、自らの身体を抱きしめて慄いていた。
 たった一人の、妖精(どうぞく)に対して。
 ――愚昧しかいない。
 随分と広がってしまった額を撫でて、マークスは溜息を吐いた。
 眼前では貴族の息子やら娘やら、家柄に胡座をかく輩共がぺちゃくちゃと喚いている。
 この連中は生まれと財産が全てだと思っている凡愚の群れ。
 今の特殊訓練施設(アカデミー)には、見込みのある人間などただの一人もいない。
 当然だ。大した才能も無ければ己の練磨もしない屑を何百人集めても、勇者など生まれるはずはない。
 マークスは講義を聞かない生徒達に叱責することは無かった。そんな事をしても時間と労力の無駄である。
 時間通りに教室に訪れ、時間通りに出て行く。
 彼は人気のある教師ではなかったが、別段嫌われているわけでもなかった。
 怒鳴り散らすことは無いが、愛想を振りまく事も無い。
 彼が生徒の顔と名前しか記憶していないように、生徒も彼の事を深く知らない。
 いや、生徒は……誰一人として、彼の事を知らなかった。
 
 教員室。
 マークスの机の引き出しには、もうここにはいない三名の名簿がしっかりとファイルしてある。
 彼は時折それを眺めては、あの教え子達は今頃どうしているかと思案に耽るのだった。
 (アルベリヒは自信家だった。傲慢で自尊心が高いが、それに見合う才を持っていた。
 人当たりが良かったので、性格に反して周りには人が集まる。あれは英傑の器だ。心配する事も無いだろう)
 二枚目を見て、マークスは目を細めた。
 (あの子は……不器用な子だったな。頑固で、友達もほとんどいなかった。だが、本当は仲間想いの強い子だった。
 ……強い子と思った私の判断は、本当に正しかったのだろうか。あの子は一人でも生きていける。そう信じていた。が……)
 しばし沈んだ顔でそれを眺め、ようやく三枚目へ目を移した。
 (ワダツミ、か……まさしく天賦の才女だった。私の元で修行を続ければ、あるいは二人より強くなったかもしれん。
 彼女もまた、人に好かれる子だった。もっとも、アルベリヒとは反りが合わなかったようだが。
 ……グロウには会えただろうか。もしも会えたなら、どんな形でもいい。あの子を支えてやってくれ)
 引き出しを閉じても、あの日々の記憶は消えることは無かった。
 彼等三人は、実の子供のように思っていた。
 悪戯好きのやんちゃ坊主と、勤勉で寡黙な少年と、泣き虫で引っ込み思案な女の子。
 三人揃えば敵はいない。三人で、勇者なのだ。
 マークスは、そう思っていた。信じていた。
 裏切ったのは、誰なのか。
 アルベリヒか、グロウか、ワダツミか、それとも……
 (グロウ……もしも私を恨み、復讐するつもりなら……力を蓄えてから来い。手加減はできんぞ)
 俯き気味に虚空を睨む彼に声をかけられる教師など、一人もいなかった。
 
 生徒は知らなかった。
 『天地拳』の創始者(マスター)にして『赤手六刃』と謳われた拳聖(マスター)の事を。





 
 「私天才的な事考えたんですよグロウ様。まず私にグロウ様のおちんぽがインするじゃないですか。
 そしてその状態で私もろとも女騎士のおまんこにインするんですよ。するとあら不思議、一本のおちんぽで二人を同時に犯す事ができます。
 これぞ必殺ダブルレイプ! どうです、新しいでしょう!! 画期的でしょう!!」
 「お前の頭も新しいのと取り替えたらどうだ」
 「ひどっ!? 私は死んだらマナから再構成されるから、脳だけにとどまらずいつでも新品、グロウ様オンリーのピチピチ妖精ですよ!!
 それに腹案はまだあるんですよ、おまんこに私をあらかじめ詰めておいておちんぽを何度も叩きつけるダブルリョナに子宮内で精子を横取りするザーメンスティールも可能です。
 いくら中出ししても私が生体避妊具になってガードするから妊娠を抑える事ができますよ! まあ女騎士って言ったら無理矢理にでも孕ませるのが道理だからこの技の有用性はむしろ……」
 「グロウ殿、お待たせしましたでござる」
 「準備できたか。行くぞ」
 「ティティ殿が向こうで何か言っておられますが……」
 「見えない妖精とでも話しているのだろう。放っておけ」
 「はあ……」 

 三人が向かうのは、ユーザワラの西にある山脈の一角である。
 山一つを根城とした盗賊団の巣。危険勧告の立て札は来るまでにいくつも立っているので、旅人も近寄らないだろう。
 「随分とまあ、やりたい放題やっているようですねー。アジトって普通、ばれないように構える物でしょ」
 ティティにとっては、人間の誰が襲われようと知ったことではなかった。金の為の仕事だ。
 それはグロウにとっても同じだったが、それに反してただ一人正義感に燃える人物がいた。
 「なんたる悪逆、許すことなどできませぬ!」
 (……真面目だ)
 (真面目っ子ちゃんだなぁ)
 未だ洗脳が済んでいないワダツミ。彼女は憤りを隠そうともせず、特注の下駄をからからと鳴らして先頭を歩いている。
 「しっかし、罠があるとなると面倒ですね。私は多少死んでも大丈夫な身ですが、お二人は一発でも矢が頭に食らったらお陀仏ですよ」
 「ああ、それに関しては問題ない。罠にかかる事などあり得ないからな」
 「へー、流石グロウ様。ちゃちなトラップに引っかかるような事は無いと」
 「……お前は少し勘違いをしているな。今回は俺の出番はない。お前の出番もな」
 「え?」
 「到着に御座います!」
 ワダツミが声を立てる。
 聳え立つ緑山の前に、一際大きい立ち入り厳禁の看板が刺さっていた。どうやら、ここで間違いなさそうだ。
 確かに雰囲気が違う。野生動物すら立ち入らないであろう危険な感触が来客を拒んでいた。
 ティティは、二人が先導して罠を探知していくのを待つ。が。
 「……行かないんですか?」
 前に立って山を見上げるワダツミと、それを腕組みして眺めるグロウ。
 二人の足は、山に踏み込もうとはしていなかった。
 「ティティ。何故俺が二つ返事で依頼を請け負ったのかわかるか?」
 「へ? 楽な仕事だからじゃないんですか?」
 「ああ、そうだ。ワダツミがいればこんなに楽な仕事は無い」
 その言葉と同時に、ワダツミが足を前後に開く。紺の着物のスリットから、白い生足が露出した。
 そして打刀を逆手に持ち、緩やかに抜き放って、後手に構える。
 「……?」
 ワダツミの眼光が、揺れた。 




 

 (そもそもの話――三人を同じ枠内で競わせる事自体、間違っていたのだ)
 上の命令だから仕方ないとは言え、自分の指導があの悲劇の原因になったであろうことを考えると、マークスは歯痒い思いに囚われた。
 三人の強みはそれぞれ違う。誰が一番と順位を付けるのはナンセンスであった。
 (アルベリヒは、一対一の圧倒的な優位性。前方の全てを剣一本で削り取る、大将戦の切り札にして最強の駒だ。
 それに対しグロウの真価は、対複数戦での戦闘である。後ろに目が付いているような五感の鋭さと判断力……自分と同格の者五人を一度に相手にできるのは、世界広しと言えどもあの子一人しかいないだろう。
 そして、ワダツミの実力が最も発揮されるのは対軍、または攻城戦。彼女の剣は――)







 「『地走』(ちばしり)」
 地に刺した剣の切っ先を、押し出すように走らせる。
 前へ。
 その斬撃は勢いを失うこと無く、走狗のように野山を駆け巡る。
 端から端まで直線上に裂いたと思えば、旋回し、反転し、交差する。
 一筆書きをするが如く乱雑に山肌をなぞりゆくのは、尚も土を喰らわんと疾駆する一筋の剣閃だった。
 
 「『震なる剣』のワダツミ。あいつの剣は――見る者を震わせる」
 ずん、と。
 地が震えた。
 「今の……魔法じゃ、ないですよね……?」
 「剣技(わざ)だ。ワダツミの」
 青ざめた顔でガクガクと震えて一分前まで山だったものを指差すティティに、グロウが平然と答える。
 「……発達しすぎた力技は魔法と見分けが付かないんですね」
 アルベリヒの強引極まりない『魔法』を思い出しつつ、ティティがふへへなにこれふへへへと力無く笑う。
 盗賊団は罠ごと、そして塒ごと一刀で壊滅させられた。
 彼の師であるマークスには、このような真似はできない。
 そもそも『地走』は彼女の出身地で習得した剣技の一つであり、アカデミーで覚えた『地の極意』とは全くの無関係、別物だ。
 『天地拳』及び『天地剣』の真髄はあくまでも『空間の支配』である。
 グロウとアルベリヒが二人がかりでも敵わなかった力の一端を、ワダツミはその足に秘めていた。
 「それでは帰りましょうか、お二方」
 城を単独で『落とせる』少女は、振り向いて屈託ない笑顔を見せた。

 「小一時間で済むような仕事じゃ無かったけどな。まあ、お疲れだ」
 ガイウスは既に城に戻っていたので、代わりにオーランドに依頼完了の旨を告げると彼は笑いながらメモを出した。槍の設計を打ち合わせるためだ。
 証拠も何も持ってこずに口頭で終わったと告げるだけで簡単に事が運んだのは、ワダツミの実力と嘘をつけない性格を知っているからである。
 流石に、山ごと斬ってきたとは知る由もなかったが。
 「騎乗槍の大きさに形は? 装飾やら付けるなら発注せにゃならんが」
 「いや、その前に依頼の金額と手持ちで足りるかどうか……」
 「いーんだよそんなの、好きなだけふんだくってやれ。あの石頭は重すぎて俺に頭が上がらん」
 「ふむ、では柄の部分をこんな風に……」
 「へぇ、中に槍ねぇ。じゃあサイズは大型だな……」
 「強度が欲しい。多少重くなっても厚みを持たせたいんだが……」
 「なるほど。そうだ、どうせならそもそも聖合金じゃなくて……」
 「いや、流石に聖白銀は……」
 「いーや聖白銀じゃねぇ。妖精のお供がいるなら……なんてどうだ? ……」
 「……考えたことも無かった。しかし、ティティがいるなら確かに……」

 向い合って相談するグロウとオーランドを、ティティ達は遠目に眺めていた。
 「蚊帳の外すなぁ」
 妖精は武器など使わないので槍と戟の区別も付かない。纏っている鎧もファッション感覚である。
 「見て下さいグロウ様姫騎士ですよ姫騎士! こんな可憐な私をひん剥いて犯すなんてグロウ様って本当に最低の屑ですね!!」
 とか言いたいがために着ているのであって、機能性には全く期待していない。
 そもそも、妖精がいくら上等な鎧を着ようと思いっきり剣で叩けば中身が潰れるのだ。意味など無い。
 「拙者も、槍の造形に関しては専門外でござる」
 嗜む程度には使えるが、あくまでワダツミの得物は打刀と火筒。
 騎乗槍など、馬無しで好んで使う者などそうはいない。
 「オーランド殿、シルフィ殿はいらっしゃるでしょうか」
 「ああ中だ。勝手に上がっていいぞ」
 「では失礼致す」
 やることもないので、工房から居間に上がるワダツミに付いていくティティ。
 ワダツミの方も、ティティを連れて行くつもりだった。
 「ひょっとして、妖精?」
 「はい。オーランド殿の昔馴染みの女性です。妖精の方同士、ティティ殿と話が合うかと思いまして」
 「へー、そうなんだ」
 名前からして妖精っぽいなー、とは思ったが、まさかこんな所に同属がいるとは。
 (シルフィ、シルフィ……聞いたことがあるような無いような……)
 台所に向かい、茶を挿れている緑髪の小さな後ろ姿にワダツミは声をかける。
 「シルフィ殿ー!」
 「あら、ワダツ……ミ……」
 振り返った柔らかい微笑みが、一瞬で凍りついた。
 知り合いの女の子の隣に、見つけてしまったのだ。
 恐怖を。
 「ッ……!!!!!」
 シルフィードの反応は速かった。
 自由落下の十倍のスピードで着地し、片膝を付き、両手を祈るように握り、頭を深く下げる。
 妖精流の、臣下の礼だ。
 「ご無事で何よりです、ティターニア・ヴェルコット・ゼラ・フェアリー皇女殿下!!」
 「うぇい!?」
 「し、シルフィ殿!?」
 この反応はティティ(とワダツミも)にとって全くの想定外だった。
 臣下の礼など、生まれてから数回程度しか取られた記憶が無い。
 平民の妖精とそこら辺で会っても、会釈か適当な挨拶、酷い時には尻を叩かれる(流石に親しい間柄以外はしないが)程だ。
 例え生死不明だったとしても、考えうる一番まともなリアクションが泣きながら抱きつかれる事だった。
 慕われてるかどうかは別として、親しまれているのは確かだった。
 こんな反応をする妖精など、今までに見たことがない。
 いや、確か前にいたような――
 「ず、頭が低いよ!? 私に向かってその頭の低さはちょっと問題だよ!?」
 「……はい。では、失礼致します……」
 恐る恐ると言った感情をどうにか隠しながら、シルフィはゆっくりと顔を上げてテンパる皇女の顔を見た。
 整ってはいるがどこか間の抜けた顔が、29年前の姿とそのまま重なった。
 そして、そのくりんとした眼も……変わらずそこにあった。
 「ッ…………」
 (何で怯えてんのこの人!? え、誰……!?)
 目が合った瞬間に瞳孔が開いたのを確認し、ティティはシルフィの姿をよく眺める。
 綺麗な人だ。妖精と言うよりは精霊と言ったほうが似合う、落ち着いた雰囲気を(普段は)持つ(であろう)大人の美女だった。
 人間で言うと30を越えるかどうかくらいの歳。妖精の年齢だとだいたい7~80くらいか。
 オーランドとそう差が無いと考えると、妖精の長寿の度合いがよくわかる。
 「あ、あの……シルフィ、さん? 私達、どこかで会ったっけ……?」
 記憶を総動員しながらティティは彼女に声をかけた。
 「あ」
 そしてシルフィが口を開くより早く、頭の奥底に居た彼女を思い出す。
 「翠の髪、シルフィ……えっと、もしかして……アウロスの、シルフィードさん?」
 「覚えておられましたか。光栄の至りです」
 本心は全くそう思っていなさそうだったが、これ以上彼女を虐めるのは可哀想なので指摘はやめておいた。
 (っても、今のところ私何もしてないけどね……)
 「知り合いでござるか?」
 ギクシャクした二人のやりとりをしばし黙って見ていたワダツミが尋ねた。
 「えーっとね……何て言うか……ずーっと昔敵対してた国の人? だから私は、シルフィさんにとって祖国の仇って事になるんだけど……」
 気まずそうに答えるティティ。それに対し、シルフィはあくまでも忠誠の意を示した。
 「私の祖国が滅んだのは確かに事実です。が、恨んでなどおりません。私共は既にゼラの民です」
 この言葉に偽りは無かった。
 ティティとシルフィは、国を滅ぼされたと言う立場は同じでも、その相手に向ける感情は全く異なっていた。
 ティティが人間に向けるのは、憤怒。
 シルフィがゼラに……とりわけティティに向けるのは、恐怖である。
 「ご、ごめんねシルフィさん、私急用ができたのでちょっと行ってきまーす。じゃっ!」
 あまりにも重い空気に耐えられなくなったティティがその場から逃げる。
 「あ、ティティ殿! 申し訳御座いませぬシルフィ殿、今日は失礼致しますっ」
 ワダツミもそれを追うように出て行ってしまった。
 ティティは工房を出て、離れた瓦礫の山に身を隠す。
 まさか、こんな所でアウロスの生き残り……それも自分の力を知ってる者に出会うとは思わなかった。
 (私よく覚えてないんだけどなぁ……小さい時だったから……)
 
 バタバタとせわしなく退場する二人を見送って、シルフィは緊張が解けるや否やぶわりと冷や汗を流した。
 呼吸も荒い。心臓も破裂しそうだった。
 彼女の視界に入る事以上の恐怖を、シルフィは知らない。
 (彼女に、悪気は、無いの、ですから)
 そう言い聞かせても、震えが止まることは無かった。
 30年近く経った今も、鮮明に覚えている。
 あの日全てを奪った、『盲目』の翠色を。
 太陽は西に傾いていた。
 東から押し寄せる雨雲から逃げながらも、二つの小さな人型を照らしていた。
 茶髪の男性と、金髪の幼児。
 今こんな所にいるはずが無い親子が、手を繋いで仲良く城を眺めていた。
 「見てご覧、ティティ。あれが今、私達と戦争をしている敵国だよ」
 ピクニックでもしているかのような穏やかな笑顔で、アヴァロンは遠くに見えるアウロス城を指差す。
 人間の城と大差無い規模の宮殿。かつて魔物の大侵攻を受けた人類にアウロスが力を貸した時、人間から有効の証として建てられたものだ。
 その妖精にとっては巨大すぎる城を基点に造られた大都市が、地平線の上に鎮座していた。
 「てきー?」
 まだ乳児から抜けきっていない年齢の少女には、親の言ってる意味を十分に理解できない。
 「ティティやお父さんやお母さん、ティンクやお友達を、さらって食べちゃうんだよ」
 「ぇ……ほんと、おとーさま……?」
 「本当だとも、あそこには化け物がいっぱいいるんだ。いつ出てくるかわからない。今日出てくるかも!」
 大袈裟に両手を挙げて怖さを強調する父親に、幼児は怯えて泣き出してしまった。
 「う……うぇ……やぁー! こあいよぉー!!」
 「そうだよね、怖いよね」
 泣き叫ぶ我が子をよしよしと宥める。
 お伽話の教訓のように締めるなら、「じゃあ、お家から出ないようにしようね」と諭す所だった。
 アヴァロンの教育は、違った。
 「じゃあ、あれを見ながら考えるんだ。強くお願いするんだ。叫んでもいい」
 「なんてふーに……?」
 涙でぐずぐずになった顔の王女は、親に答えを乞う。
 王はにっこりと笑って、愛しい我が子に救いの言葉を差し出した。
 
 「『いなくなっちゃえ』って」



 
 「冗談、でしょう……ッ」
 シルフィード率いる精鋭妖精達は、その光景に目を疑った。
 見間違えではなかった。あそこに居るのは、確かにゼラの国王アヴァロンその人だった。
 確かにアヴァロンの魔力は並の妖精とは桁が違う。
 一人でも軍隊と渡り合えるほどの力を秘めているし、隠蔽呪文を駆使すれば敵国の奥深くまで入る事は不可能ではない。
 だがしかし、いかに《太陽王》アヴァロンとは言え、アウロス城を一人で落とす事は絶対に不可能だ。
 まず城下町を覆う魔法障壁。これは研鑽を積んだ一流の妖精達が常に張っている。
 術者の総数は実に三桁にも上る不可侵の結界。こればかりは質より数が物を言う。兵を集めないと突破は不可能だ。
 更に、人間から魔法技術と交換に貰った兵器は妖精でも使えるように工夫を凝らされており、魔力を消費せずに砲撃を仕掛けることが可能だ。
 ただ魔法を撃つだけの妖精とは継戦時間の差が著しい。
 そして何より、アウロス宮殿には《首狩り王》のデュラハを始めとした王族が住んでいるのだ。
 魔法量において優れた一族である。シルフィードも王子の愛人の子の一人ではあったが、王の血は継いでいた。
 継承権を持たない者を含めていいなら、その数は相当数に及ぶ。
 アヴァロンは強い。彼に並ぶ者はアウロスにはいないかもしれない。だが、それでも一人で戦争に勝つことなどできるわけが無いのだ。
 そもそもそんな事ができていたら最初から戦争などしていない。一方的な隷属、はい終わり。
 そうなるだろう。
 そうなるはずだった。
 「随分と、舐めた真似を……!!」
 身を隠しながら歯軋りするシルフィード。
 彼を見つけたのは全くの偶然だった。
 砦への査定に向かっていた一行の中で一番の探査《サーチ》範囲を持つシャラムが急に魔力反応が現れたと言うので調べてみたら、とんだ大物が引っかかってしまった。
 まだ隠蔽魔法を使っているこちらには気付いていないようだが、一国の王がこんな所で何をしているのか。
 「殺し、ますか? 撃てますけど……」
 「……できるんならとっくにそうしています」
 シルフィは鋭い眼差しで部下の発言を下した。
 奇襲した所でアヴァロンを倒せる確率は限りなくゼロに近い。
 雑兵の繰る狙撃魔法なら、目視どころか肌に触れてからでも障壁を張りかねないのが太陽王だ。
 隠蔽魔法まで解いて気楽なものだが、それは『戦争』ならともかく、『戦闘』なら軽くあしらえる彼の自信である。
 逆に言ってしまえば、それは。
 「城と砦から兵を出せば、あるいは……」
 『戦争』になってしまえば、殺害または捕縛のチャンスだ。
 囲ってしまいさえすれば勝機は見える。
 砦の兵の魔法を集中すれば、足止めくらいはできるだろう。
 その隙に王族が到着しさえすれば、妖精族の統一が成される。
 「ゴーです、ウェンディは城へ、ノーマは砦へ。私とシャラムはここで見張りをします」
 「しかしこれは、あまりにも大胆すぎでは……罠の可能性も」
 「誰を騙すんですか、こんな所で! 私が全責任を取ります! 早く!!」
 その声で、二人の妖精が迂回しつつ左右に別れた。
 隠蔽魔法は魔力は隠せるが、姿までは隠せない。
 が、城の前には森がある。姿を隠す魔法よりは、魔力を消した方が隠密向きだろう。
 ウェンディはすぐに見えなくなり、探査《サーチ》からも消える。
 そこで残ったシャラムが、ポツリと口にした。
 「隊長。あの幼子は、誰なのでしょうか……」
 見れば、アヴァロンの横、こちら側とは反対側に金髪の子供が立っていた。
 強大な親の魔力と重なって、今まで気が付かなかったのだ。
 とて、とその娘は一歩前に出る。
 なんてことはない、顔が整っているだけのただの少女だ。
 だが、その少女の無表情を目にした瞬間、シルフィードは背筋を舐められたような感覚にとらわれた。
 「あれは……確か、王女ティターニア………………」
 何故だかはわからない。心臓の鼓動が速くなる。息が止まる。本能がささくれ立つ。
 ティターニアの顔は泣いていたのか赤かったが、目は赤くなかった。
 その可愛らしい翠の双眼が光るのを、シルフィードは見てしまった。
 その瞬間、隣で探査《サーチ》をしていたシャラムが発狂した事に気付いたのはかなり後になってからだった。





 アヴァロンは彼女に秘められた膨大な魔力量に気付いた時、こう思った。
 「この子なら、あの魔法障壁すら破壊できるかもしれない」と。
 実子を兵器のように使い、戦争に巻き込むのは心苦しい。
 だが、それさえ成せば平和になるのだ。
 魔法障壁さえ割れれば、降伏を迫る事ができる。
 これ以上自国の民が死んでいく様を見たくはない。
 敵兵とて同じだ。同じ妖精同士、何故争わなくてはいけないのだろうか。
 支配などするつもりはない。共存すればいいのだ。手を取り合って。
 (みんなが安心に暮らすため。力を貸してくれ、ティティ)
 結論から言えば、ティティの力は平和を呼ぶこととなる。

 泣き止んだティティは、親に言われたとおりに深呼吸をして落ち着いた。
 そして思考を尖らせる。感情を一本化する。視界をクリアにする。
 その時の彼女の表情を見たアヴァロンは一瞬、息が詰まってしまった。
 それさえ無ければ、アウロス城は現存していたかもしれない。
 何も見えていないような顔をした彼女が、一歩を踏み出す。
 「ティティ、待て――――」















 
              『いなくなっちゃえ』











 
 

 眩い煌めきが東の空を奔った。
 照らされたのは、雨雲と、アウロス城と、城下町と、森林と、大地。
 それら全てはあたかも幻であったかのように、どこかへ行ってしまった。
 二度と戻ってくることは無い。
 『いなくなってしまった』。
 足元は崖になっていた。目の前の空間さえ、『それ』からワンテンポ置いて発現したのだ。
 その場に居る誰も、ティティ何の攻撃魔法を使ったのかすらわからなかった。
 何を使っても、きっと結果は同じだっただろう。
 シルフィードは後に考える。
 (きっと、彼らが午前中に『あれ』を行っていたら…………太陽すら――)
 
 忘れることなどできない。
 あの瞬間、ティティの視界に映っていたものは何もなかった。
 故に彼女は、アウロスの生き残りから畏怖を込めてこう呼ばれる。


 『盲目』のティターニア、と。
sage