第2話 孤独死

 会社のコピー機にエロ同人の原稿を詰まらせた男、高橋。そして彼の目の前に現れた清楚にして可憐な乙女。
 とにかくもう夜も更けてしまったし終電も近いということで、高橋と謎の少女はJRから西武池袋線に乗り換え高橋の孤城ことアパートメントへ向かったのであった。
「君はコピー機から出てきたわけで、泊まるところもないんだろう? 俺の家でよければ泊まるか? 一人暮らしだから狭いけどな」
 ガチャガチャと音を立ててドアを開けると、乙女には耐え難い悪臭が漂ってきた。これが三十を過ぎた一人暮らしの男の部屋のにおいである。
「あっとすまない、ファブッてリセッシュ、と。これで少しはマシかい?」
 あわてて消臭剤を振りまく高橋。
「大丈夫です、マスター。臭いだなんて思っていませんから」
 少女はおかしそうに、くすくすと笑った。
「やっと笑ってくれたな」
「?」
「ずっと緊張していただろう、俺もだけどな」
 玄関で高橋は照れくさそうに頭をかいた。
「私のことを気遣ってくれていたんですね、ありがとうございます、マスター」
 少女はうれしそうに高橋の部屋へと歩を進めた。
 高橋が上着をハンガーにかけ、かばんを机に置き、手を洗ってコーヒーを沸かす間に少女は小さな部屋をぐるりと見渡していた。
「男性の部屋とはこういうものなのでしょうか」
 うっすらと埃をかぶった薄型テレビ、周囲に散乱しているアニメのDVD。棚にはガンダムとゾイドと美少女フィギュアが入り乱れている。
「こういうものさ。そして俺のような人間の終末に待つものは、孤独死だ」
 孤独死。会社以外付き合いもなく独身で一人暮らしの高橋にとって、孤独死ほど恐ろしいものはなかった。孤独死に比べれば会社のコピー機にエロ同人の原稿が詰まることなど屁でもない。
「孤独死? 何ですそれは」
 乙女は今はやりの孤独死を知らないらしかった。
「孤独死というのは、一人誰にも知られずに孤独に死ぬことさ。大抵においや謎の汁でようやくご近所さんに死体を見つけてもらえるんだ」
 自嘲気味に高橋は答えた。どこかのまとめサイトで読んだ情報だ。
「マスター、あなたを独りで死なせはしません」
 少女は真剣に答えた。
「あなたが死ぬときは私も一緒です」
 果たしてこれが自分よりも一回り以上年下に見える少女の瞳なのだろうか、高橋が戸惑うほどに少女は言葉と瞳で語っていた。
「君は若いからさ。若いからそういうことが簡単に言えるんだ」
 そんな少女と真剣に向き合うことが辛くて、高橋は思わず目をそらしてしまった。
「俺だって若いころは孤独死なんて考えたこともなかった。でも三十過ぎた辺りから、自分が選べる道、自分が行くことのできる道なんてのはどんどん狭くなっていってさ。それに気づくのが怖くて目を背けているうちに、道はまたどんどん狭くなっていくんだ」
 高橋は右手に握り締めた携帯に視線を落としたまま静かに話した。それは少女に向けてではなく、高橋自身に向けての言葉だったのかもしれない。
「マスター……申し訳ありません、私が出すぎたことを言ってしまったのですね、マスターのお気持ちもわからずに。まだ出会ったばかりだというのに」
 少女も気まずさを覚えたのか、テーブルに視線を落としていた。瞳からは先刻のような力強い輝きが失われているようにも見えた。
「いや、悪いのは俺のほうさ、卑屈になってしまって。今の俺には君はまぶしすぎるんだ」
 高橋は大人気ない自分が嫌になった。そうだ、孤独死スレなど転載したまとめサイトがすべて悪いのだ。
「そういえばまだ君の名前を聞いていなかったな」
 あまりの急展開に、高橋は少女の名前すら聞くのを忘れていた。このタイミングは話題をそらすのにもちょうどいい。
「アンリエッタです」
 少女は顔を上げて、まっすぐ高橋を見つめて答えた。
「そうか、アンリエッタ……いい名前だな。俺は高橋よしのぶ。よろしくな」
「よろしくお願いします、マスター」
 銀色の髪を揺らしながら、アンリエッタは丁寧に頭を下げた。
「高橋でいいよ」
「そんなわけには参りません、マスターはマスターです」
 とんでもない、とばかりにアンリエッタは首を横に振った
「そうか、じゃあ、まあいいか。同じようなアニメもあったしな」
 高橋はそのアニメを見たことはなかったが、まあどうでもよかった。
 この後お決まりのベッドの譲り合いなどがあったが、エロゲ的フラグが立つこともなかったので割愛させていただく。