Neetel Inside ニートノベル
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第十八話

「なるほど……、それで?」
 俺は自分があの街で、あの地下室で見た事を、なるべく詳しくトニーに話した。
『グッドラック』事件の事。学校に『イチナナサン』が現れた時の事。気が付くと家にいて、その後に起こった事……。そして気が付くとあの施設にいた事──。
「そこで博士はあなたに、あの街で起こった事件の経緯を語ったのですね?」
「はい」
 記憶を必死に辿りながら、自分が見聞きしたものを話す。
「博士は君に『我々の記憶処理が効かない』と言ったんですね?」
「そう……、そうです」
「ここでいう我々というのが誰を指すのかが気になりますが……。確かに君に財団の記憶処理は効かないようです」
「やっぱり。ここに運ばれる時に車で見た光は──」
「済みません」
「いえ、良いんです。それで忘れられたら……、いっそ、良かったんですけどね」
「……。それで、その後博士は何と?」
 俺は博士が言った事を出来るだけ正確に伝えた。
「『173』の、攻撃対象にならない、と?」
「はい。そして、実際に俺は……。『イチナナサン』に背を向けても殺されませんでした」
「信じられない……。君が見た『173』が偽物だったという事はないだろうか?」
「……俺を、救助した後、あの地下施設を調べたりはしてないんですか?」
「……残念ながら、もぬけの殻でした」
「じゃあ──」
「はい。『173』やその他のSCPの行方も、未だ不明のままです」
「そんな……」
「……地下室に『173』は三体いたのですね?」
「はい」
「なるほど……。続けて下さい」
「博士は、俺が『イチナナサン』の攻撃対象にならないのは、俺の頭の中にある『テレキル合金』のせいだと言いました」
「……『テレキル合金』、と言ったんだね?」
「はい」
「……確かに、君の頭の中には、未知の金属片が散在している事がわかっています」
「未知? テレキル合金じゃないんですか?」
「少なくとも、我々財団が知っている『テレキル合金』とは違う物質です」
「じゃあ、博士は嘘を?」
「いえ。もしかしたら『テレキル合金』を材料に、この未知の物質を作ったのかも知れません。あの合金には心理影響特性を妨げる効果や隠す効果がありますから、それが変質して我々の記憶処理等を防いでいる、という可能性は低くありません」
「……」
「それで、その後『173』の部屋に連れて行かれたわけですね?」
「あ、はい。その時に部屋のネームプレートを見たんです」
「そこに『ギデオン』と名前があったんですね」
「はい」
 俺はそれから始まった『イチナナサン』との追いかけっこの事、逃げ込んだ部屋で『ゼロキュウロク』と遭遇した事を話した。
「『シャイガイ』は、一体だけでしたか?」
「シャイ……、ああ、はい。そうです。俺が見たのは一体だけです」
「モニター越しに奴を見たと言っていましたが、そのモニターというのはどういったものでしたか?」
「どういった、と言われても……」
「『シャイガイ』の姿は一般的なビデオカメラで見るように映っていましたか?」
「はい」
「……」
 トニーの顎を撫でるスピードが加速する。
「どうかしましたか?」
「いえ……。『シャイガイ』はモニター越しに見たとしても、ご存じの通り発狂し、襲いかかって来ます。なので収容する際には、モニターを設置するとしても圧力感知のもの等を設置するのですが……」
 ということは、つまり……。
「博士が意図的に危険なタイプのモニターを設置した、と?」
「可能性は高いですね。それにしても……、どうやって奴から逃げ延びたのですか? あ、いや、済みません。それをこれから話すところですよね。失礼しました。続けて下さい」
 トニーは顎をさするのとは反対の手で「どうぞ」と話を促した。
「……奴が閉じ込められていた部屋の壁は厚い鉄板で出来ていて、奴もすぐには破れませんでした。だから、俺、走って逃げたんです」
 頭の中に、あの狭く曲がりくねった廊下の光景が浮かんだ。
「途中で、何回か『イチナナサン』にぶつかりました」
「ぶつかった?」
「はい。そのままの意味です。ぶつかったので、押し倒して、乗り越えて……」
「信じられない……」
「……。しばらく進むと、廊下は行き止まりになりました。奴──『シャイガイ』も壁を破ったようでした」
「それで?」
 俺は壁のボタンを押してシャッターを下ろした事、換気がされず呼吸が苦しくなった事、奴が壁を一枚ずつ破っていった事などを話した。
「……『173』と『シャイガイ』は、互いに殺し合うような事はしなかったんだね?」
「はい」
「それで、そこからどうやって……?」
「何度も気絶を繰り返して……。『シャイガイ』も、もう目の前まで迫って来ていました。それで、もうダメだと思った、その時……」
「その時?」
「声が、聞こえたんです」
「博士ですか?」
「いいえ……。その声の主は、俺に何か円盤状のものを渡しました」
「円盤? それはどんなものでしたか?」
「感触で円盤状のものとはわかったのですが……。その時、見るだけの余力はなくて……。済みません」
「ああ、いえ。こちらこそ済みません。どうぞ、続けて下さい」
「……気が付くと。また知らない世界にいました。そこに、俺を助けた男がいました。男は、そこが『093』の世界の中だと言いました」
「『093』ですって? それは間違いありませんか?」
「はい」
 俺が首を縦に振るのを見ると、トニーは「ちょっと失礼」と立ち上がり、廊下へと出て行った。どうやらそこで、誰かに何か指示をしているようだ。声は微かに聞こえるが、残念ながら英語のため理解が出来ない。
「中断してしまい済みません。続けて下さい」
 再び椅子に腰を下ろしてトニーが言う。
「……男は、自分の名はウィリアムだと言いました」
「ウィリアム?」
「はい。ウィリアム・ウッドワースと」
「ウィリアム・ウッドワースですって? 何て事だ!」
 そう叫んでトニーは再び立ち上がった。そして先程と同じ様に廊下に出ると、また誰かへ何か指示をし出した。ずいぶん大きな声だ。何度も『ウィリアム・ウッドワース』と繰り返すのが聞こえる。
「……済みません、お待たせしました。続けて下さい」
 戻って来たトニーは顎をさする事も忘れて言った。
 俺は──この時の記憶は若干朧気ではあったが──、ゆっくりと思い出しながら『教授』の話した事を伝えた。
「……」
「それで、次に気が付いたら医務室のような部屋にいました」
「ちょっと待って下さい。教授は君に『ゲイリーから連絡が来たら』と言ったんですね?」
「はい。間違いない、と思います」
「その名前に思い当たりは?」
「え、俺がですか? いや、思い当たらないです。まったく」
「他の場面でも、その名前を聞くことはありましたか?」
「いえ……」
「そうですか……」
「誰、なんですか?」
「『ゲイリー』『電話』と聞いて、思い出した事がひとつあるのですが……。いや、良いです。済みません、話の続きをお願いします」
「……それで、今度は博士の声が聞こえてきました。スピーカーからです。博士は財団が俺を見つけたから、実験は終わりだと言いました」
「実験……。何の実験か、博士は言いましたか?」
「いいえ……。ただ……」
「ただ?」
「俺は、『合格』だと」
「……。それで、部屋から出て終わりですか?」
「部屋を出たところで、SCPに会いました。博士はそいつを『ゼロヨンキュウ』と呼んでいました」
「ゼロ……『049』? Plague Doctor!? 襲われなかったのですか?」
「はい。医務室で目覚めてからは体の痛みも無かったので、走って逃げました。何か話し掛けてきた気もするんですが……。すいません、英語苦手なんで、何て言ったか覚えてないです……」
「そうですか。いえ、気になさらないで下さい」
「済みません……。それで、地上に出る階段を見つけて、逃げ出したんです」
「そうでしたか。以上ですか?」
「はい」
 トニーは大きく呼吸をすると、ゆっくりと顎を撫で始めた。

《また、連絡するよ》

 頭の中に博士の声が響いた。

《次は、仕事を依頼させてもらうよ》

 この事だけは、トニーに話さない方が良いような気がして、話さなかった。
 トニーは今、何を考えているのだろうか。
 そして、俺はこれから、いったいどうなってしまうのだろうか。

       

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