Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

第二話

 俺達三人は『グッドラック』の前に到着した。家から自転車で十数分。駅で言えば隣駅になる。
 初夏の日差しが肌に痛い。全くの文系である俺にはキツイ。
「警察、まだいるのな」
 時間は午後二時。今朝遺体が発見されたのなら、まだ警察がいても何もおかしくは無いだろう。野次馬もまだかなりの人数がいる。俺達は遠巻きに『グッドラック』の様子をうかがった。
「……無いね『イチナナサン』」
「うーん、見当たらないな」
「これさ、もしもカシマが見たヤツが本物だったとして、そこにいないのってかなりヤバくない? 野放しって事っしょ?」
 タローの言葉に三人が凍り付いた。
『とても信じられない』という思いと『もしかしたら』という思いが半々くらいだ。ゲームの世界に迷い込んでしまった様な、そんな気味の悪さがある。
「……帰る?」
「帰るか」
「そうだね。『イチナナサン』がいないとしても、店主を殺した犯人はどっかにいるわけだし」
「だよな。危ないよな」
「よし、コンビニ寄って帰るか」
「遊びに行く金も無いしな」
 俺達は誰もバイトをしていない。学校で厳しく禁止されているのだ。内緒でやっているヤツもいるが、俺達は(かっこ悪いが)親からの小遣いでやりくりしている。そのため、遊ぶとなると大抵は誰かの家でゲームか、ガキみたく表を駆け回るしかない。漫画やアニメ、ドラマで見るようなチャラい高校生ライフには憧れるが、現状叶わぬ夢である。

「じゃあな」
「あー、明日学校だりー」
 夕食前に二人は帰った。
 リビングに入ると、ユタカが父と並んでソファに座り、やたら真剣にサザエさんを見ていた。弟のユタカは中学二年生ながら、兄である俺に身体的に劣っている部分はひとつも無いほど、恵まれた体格の持ち主だ。しかし本人はいたって文系なため、兄同様、スポーツとは無縁の学生生活を送っている。趣味はゲーム。得意なジャンルはシューティングだ。
「ユタカ」
「あに?」
 俺が声をかけると振り向きもせずに答えた。どれだけ真剣にサザエさんを見ているのか。
「『エスシーピー』って知ってる?」
「ゲームっしょ? やったことあるよ」
 どうやら知らないのは俺だけらしい。少し、悔しい。
「やったって、何処で?」
「え? 部屋で」
「いつだよ」
「ちょっと今サザエさん見てっから後で良い?」
 ……兄に対して何という態度だ。後でビシッと言ってやらねば。
 それにしても、気付かなかった。兄弟の部屋は同じ。PCも共有。大抵は家にいる二人だから、ユタカがゲームをプレイしていれば気付いても良いものだが……。どちらかの友達が家に来た時は、先に来た方が部屋を使い、友達が来る予定が無いか後から友達が来る方はリビングへ行くのが我ら兄弟のルールだ。もしかしたら、友達が来た時にプレイしたのかも知れない。いや、きっとそうに違いない。

 夕食後、部屋に戻った俺は、早速ユタカに『エスシーピー』を見せてもらう事にした。
「兄貴、自分でプレイしろよ」
「やだよ。俺こういうの苦手だもん」
「俺だって苦手だって……」
 アイコンをクリックし、ゲームを起動させる。兄弟の部屋に机は二つ。PCは俺の机の方に置いてあるが、完全に共有の物として使っているため、見られてまずいものは中に保存しないようにしている。しかし、もしも見覚えの無いファイル等があった場合は、見て見ぬふりをするのが二人の暗黙の了解である。たぶん、このアイコンも癖で見過ごしていたのだろう。
 ロードの後に、スタート画面が表示される。英語ばかりで何が書いてあるのか良くわからない。なるほど、海外のゲームなのか。
 ユタカは大きな溜め息を一つ吐いて、プレイボタンをクリックした。
「マジで苦手だからね。俺、すぐ死ぬからね」
「うん、構わないってば。ちょっと『イチナナサン』ってヤツを見てみたいだけだから」
 ゲームが始まる。
 特にオープニング等は無いようだ。
 ネットで調べた『イチナナサン』の画像がリアルだったので、ゲームもかなりリアルなCGなのかと思ったが、意外と大した事が無い。あの画像は、プレイ画面のキャプチャでは無かったようだ。
 ユタカはキーボードを操作して、自分視点のプレイヤーを動かす。何処へ行ったら良いのか等の指示は無いようだ。所々に武装した人間が立っているものの、話しかけられはしないらしい。進める方へ進んで行く、といった感じだ。
 少し進むと、地下格納庫の様な場所に出た。角を曲がった先に、開いたシャッターが見える。
「あれ」
 ユタカが操作の手を一旦止めて言った。
「何が?」
「『イチナナサン』」
 言われて見ると、確かに格納庫の左隅の方に『イチナナサン』の姿が見えた。ずいぶんとしょぼいCGだが、かえってそれが不気味に感じさせる。
「行くよ」
「あ、ちょっと待って」
 俺が言うと、ユタカはゲームの一時停止ボタンを押した──ようだ。
「なに?」
「このゲームの目的って? あれと戦うの?」
「戦えない。攻撃とか無いから。逃げるんだよ、この施設から。脱出が目的」
「攻撃出来ないんだ」
「出来ない。出来るのは移動とまばたきだけ」
 まばたき……。そうか『イチナナサン』は視線を外してはいけないのだったか。
「やるよ、続き」
 ユタカが勝手にプレイを再開した。
 シャッターの向こうには、そこそこ広い空間が広がっていた。左の隅に『イチナナサン』。他に二人の人間がいた。おそらく、主人公の同僚的な存在なのだろう。
「あいつらと自分とで『イチナナサン』の監視をしながら、この部屋を掃除するってのが本来の目的ね」
「本来の……?」
 その時、突然画面が真っ暗になり、警報の様なものが鳴った。
「停電。こっからゲームスタート」
 プレイヤーを操作し、移動する。すぐに画面は明るくなった。目の前には、同僚二人の死体。『イチナナサン』は……、
「いない……」
「上、見てみ」
 言われた通り、画面上部を見てみる。すると吹き抜けになった空間の二階部分、周囲をコの字に巡る廊下の端で『イチナナサン』に銃を撃つ兵士の姿が見えた。
「逃げまーす」
 そう言ってユタカは走り出した。一瞬画面が暗くなる。これが、まばたきか。
 ボタンを押してドアを開け、隣の部屋へと逃げ込む。すかすず振り向いて、ドアを閉めた。
「ねえ」
 ユタカが振り向いて言った。
「もう止めて良い?」
「何でだよ」
「疲れんだよ、これ。後は兄貴がやれよ」
「……じゃあ良いよ。今度やるわ」
 制止した画面が、時折瞬く。BGMなのだろうか。石臼を碾くような、妙な音が耳障りだった。

 その後、スマホで色々と調べてみた。
 先ずは事件の事。ネットで調べる限り、特別な進展は無いようだ。ツイッターにも大した情報は見つからなかった。今日にしても昨日にしても、『イチナナサン』を見たという記事は何処にも見当たらない。やはり、カシマの見間違いだったのだろうか。
『エスシーピー』についても色々と調べてみた。ネットで検索すると、やたらと充実したファンサイトがあったため、そこをじっくり覗いてみた。それでようやく『エスシーピー』の世界観が理解出来た。『SCP財団』という機関は、『SCP』と呼ばれる人智の及ばない様な力を持った物や人物、場所等を『確保、収容、保護』する事を目的とした秘密機関らしい。サイトには数千に及ぶ『SCP』の紹介が掲載されており、俺が見た『イチナナサン』のページも、その中の一ページだったようだ。紹介文を読んでいると、ついつい夢中になってしまう。不思議で奇妙で、ものによっては不気味な『SCP』達は、もともとオカルトに興味がある俺の心を強烈に刺激した。
 結局、その日は夜遅くまでサイトを覗いていた。

       

表紙
Tweet

Neetsha