Neetel Inside ニートノベル
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第三話

「おはよ」
 翌日、寝不足の目を擦りながら教室へ入ると、すでに登校していたカシマとタローが俺を出迎えた。タローは自分の席、カシマはその後ろである俺の席に座り、何やら話していた。
「おせえよ」
「遅刻ぎりぎりだな」
「うるさいな、カシマは早く自分の教室帰れよ。遅刻になるぞ」
 タローと俺は同じ2年3組だが、カシマは隣の2組だ。
「そういや『グッドラック』の事件さ」
 椅子から立ち上がりながらカシマが言った。
「今タローと話してたんだけど、進展無いみたいだな」
「ああ、朝のニュースでやってたね」
 朝のニュースでは、昨日ネットで調べた以上の情報はほとんど得られなかった。わかったのは店主の名前と年齢くらいである。
「何の話し?」
 俺達の話を聞いて、クラスメイトのリナが声をかけてきた。
 リナはクラスのアイドル的存在──というわけでは無いが、個人的にはめちゃくちゃ俺好みの容姿をしており、密かに狙っている子である。名前も見た目も俺が好きなアイドルに似ている。違うところといえば髪の長さくらいだろうか。リナは小柄でショートカットの似合う、スポーツマンタイプの女の子だ。部活には入っておらず帰宅部だが、帰り道の方向は俺と真逆である。残念。
「ニュースで見なかった? 昨日さ……」
 俺が説明しようとしたその時、校内に予鈴のチャイムが鳴り響いた。
 カシマが慌てて教室を出て行く。
 リナは「後でね」といった感じで手を振ると、自分の席へと戻っていった。
「『イチナナサン』の目撃情報は、いくら調べても全然出てこないな」
 俺が席に座るのを待って、タローが言った。
「そうだね。ニュースでもツイッターでも、全然ひっかからないね」
「やっぱカシマの見間違いなんじゃね?」
「でも、あんな特徴的なもの、見間違えるかな」
「確かになあ……。いや、カシマもさ、絶対に見間違いじゃないって言うんだよ」
「目、良いしね。あいつ」
「頭は悪いけどな」
 そんな話しをしていると、担任が教室へと入ってきた。
「えー、ホームルームの前に、みんなにちょっと話がある」
 担任のアガワが、教壇に出席簿をバンと置いて言った。教室が一瞬、シンとなる。
「知ってるやつもいるかも知れないが、昨日近くで殺人事件が起きた」
 そう前置きして『グッドラック事件』の簡単な説明をした。
「犯人はまだ捕まって無いとの事で、もしかしたらこの辺を逃げ回ってるかも知れないから、みんな気を付けるように」
 女子から「こわーい」という声があがった。男子もざわざわとしている。リナの方を見ると「これの話し?」と口を動かしたので、俺は頷いて見せた。
「せんせー、気を付けろってどう気を付ければ良いんですか?」
 サカシタが声をあげた。いわゆる三枚目で、クラスのムードメーカーだ。
「そうだな……、ちょっとでも怪しい人を見たらすぐ逃げろ」
「ちょっとってどれくらいですか?」
「……それくらい自分で判断しろ」
「先生くらいの怪しさの人の時は逃げるべきですか?」
 笑いが起こる。アガワはめんどくさそうに顔をしかめると「出席を取るぞ」と出席簿を手に取った。

「ねえねえ、殺人犯とか超こわいね」
 一限と二限の間の休み時間、俺とタローのところへリナがやって来た。
「しかも犯人は化け物なんだぜ」
「化け物?」
 タローが笑いながら言った。そして俺の方を向いてウインクをして見せた。リナは首を傾げ、俺の方を見ている。おそらく『イチナナサン』の話しをする流れなのだろうが……伝わるだろうか。
「カシマがさ……一昨日『グッドラック』の前に、ゲームに出てくるモンスターの人形が置いてあるのを見たって言うんだよ」
「俺の身長くらいあるでかいヤツな」
「すごい、おっきいね。でも人形なんでしょ?」
「そうなんだけどさ……」
「ユキオは説明が下手だなー」
 タローが笑う。うるさい。自覚はある。
「あのな、最初から説明するとな──」
 俺では無理と判断したのか、タローが改めて説明した。
 意外な事に、リナは『イチナナサン』の画像をネットで見た事があるそうだ。そんなに有名なのだろうか。
「あれのおっきい人形とか超怖いね。ホラーだよホラー」
「で、カシマはそれは絶対本物の『イチナナサン』だって言うんだよ」
「そんなわけ無いじゃんね」
「……無いとも、言えないかも知れないよ」
 俺が言うと、二人の視線が同時にこちらへと向けられた。
 その時、タイミングを見計らったかのように授業開始のチャイムが鳴った。いつの間にか来ていた数学教師が「早く席に着け」と手を叩く。
「後でね」
 席に戻るリナの後ろ姿を見ていたら、タローが俺の頭を小突いた。
「痛っ」
「何見とれてんだよ」
「っ……早く前向けよな」
 俺がリナに抱いている気持ちは、どうやらタローにはバレているようだった。

 昼休み、学食の窓際にあるいつもの席ついた俺達四人──いつもはタローとカシマとの三人だが、今日はリナも一緒だ──は、銘々育ち盛りの食欲を満たしながら『グッドラック事件』について話していた。
「いや、ホントに『イチナナサン』はいたんだよ」
 俺の右斜め前で、カツ丼と親子丼というめちゃくちゃな組み合わせを頬張りながら、カシマは力説した。
「でもネットで調べても『見た』ってツイートひとつも出てこないぜ?」
「あんな不気味なのがホントに置いてあったなら、誰か一人くらいツイートしててもおかしく無いよね。あたしだったら絶対するもん」
 向かい合って座っているタローとリナは、持参した弁当を食べている。タローの弁当はリナの物の倍くらいのサイズだ。リナの弁当は……自分で作ったのだろうか。カラフルで、バランスも良さそうだ。
「だから、俺が見る前は店内にいて、俺が通り過ぎた後はどっか行っちゃったんだよ。たぶん」
「つかさ、本物前提で話してるけど、まずあり得ないからね」
「いやいや、あれは本物だろ。実物大フィギュアとか、ネットで調べても売って無いからな」
「なにマジに調べてるんだよ」
「そりゃ調べるだろ」
「あ、ねえねえそういえばさ、ユキオ君さっき本物かもよーみたいな事言ってなかったっけ?」
 みんなの視線が俺に集中する。
「ああ、いや、本物っていうか、何というか……」
「本物だろ?」
「カシマ黙れよ」
「ユキオ君はどうして本物だと思うの?」
 隣に座ったリナの顔がぐっと近付く。……良い匂いがする。
「いや、カシマが言う『本物』とはちょっと意味が違うんだけどさ」
「どういう意味だよ」
「黙れって」
「昨日調べてて知ったんだけどさ、あの『イチナナサン』って元ネタがあるらしいのね」
「元ネタ?」
「うん。あの人形は元々、日本人彫刻家の……ええっと、カトウ……イズミって読むのかな? その人が作った『無題2004』って彫刻らしいよ。あんまり見た目が不気味だったから、みんなが面白がって色んな設定をつけていったのが始まりみたい」
「そうなんだ。タロー知ってた?」
「いんや」
「あ、じゃあもしかしたら、そのカトウさんの作ったやつだったのかも、って事?」
「そういう事」
「あんな店にそんなゲージュツ品があるか?」
「でもカシマの話しよりは信憑性があるよな」
「俺信用ねー」
「あると思ってた方が驚きだわ」
「ねえ、もし本当にそれが無題なんとかって彫刻だったならさ、言った方が良いんじゃない?」
 食べ終わった弁当箱を閉じながらリナが言った。
「言った方が、って?」
「警察に。だって、泥棒じゃない?」
「あ、なるほど。カシマ、お前自首して来いよ」
「いや、盗んで無いから」
「だけどリナ……ちゃんの言う通りじゃないかな。何か捜査の手掛かりになるかも知れないし」
「だよね」
 俺が賛同すると、リナは嬉しそうに声をあげた。……可愛い。
「でも俺……怖いわあ」
「前科がなー」
「無いから。でもさ、殺人事件の証言になるんだろ、これ。警察に色々聞かれるのかと思うと、やっぱちょっとびびるわー」
「前科がなー」
「タローうるさい」
「じゃあさ、みんなで行く? タローと俺と、さ」
「うんうん行って来た方が良いよ」
「うーん……でもなあ、警察署とかマジ行かなくない?」
「前科があるやつはなー」
「はいはい、もういいから」
「取りあえず『グッドラック』に行ってみて、警察がいたら言ってみる?」
「それだ! ユキオ天才!」
 カシマがパチンと指を鳴らした。そして「これプレゼントな」と俺にお新香の皿を寄越して来た。……いらない。
「じゃあ放課後行ってみるか」
「明日どうだったか教えてね」
 こうして、俺達三人は放課後『グッドラック』へと向かう事となった。

       

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