Neetel Inside ニートノベル
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第四話

 放課後、俺達が『グッドラック』に着くと、店の前には二名の警官の姿が見えた。制服を着ているから『おまわりさん』だろうか。何の作業をしているのだろう。わからない。
「うわ警察いるわー。いないで欲しかったなー」
「前科がなー」
「もはやタローのしつこさは犯罪レベルだわー」
 自転車にまたがったまま遠巻きに見ている俺達に気付いたのか、背の高い方の警官がひょいとこちらを見た。
「……見てるね」
「行きます? 行っちゃいます?」
「カシマ、ムショに入っても、俺達ずっと待ってるからな!」
「そういう事言うと俺行かないよ?」
 言いながら自転車を押して店の方へと歩いて行く。警察と話すなんて俺も始めての事だ。少し緊張してくる。
「どうかしましたか?」
 こちらを見ていた警官が、明らかに警戒した様子で言った。何も悪い事をしていないのに、つい謝ってしまいそうになる。
「えっと……」
「こいつが事件の前の日に、店の前にこれが置いてあるの見たって言うんですよ」
 躊躇しているカシマのかわりに、タローがスマホを見せながら言った。こういう時、タローは本当に度胸がある。
「……これが?」
「はい。これはゲームのキャラなんですけど、実際は何かゲージュツ作品らしくて……。店ん中にはありますか?」
 そういえば、店の前に無いのでてっきり無くなったのだと考えていたが、店の中にあるかどうかまでは考えていなかった。普通そう考えるのが当然だろうが、何故かそうは考えなかった。どこかで俺も、カシマの話を信じてしまっていたのかも知れない。
「中にはありませんね。もう少し詳しく聞かせていただけますか? 今担当の者を呼びますので」
「あ、はい」
 緊張して立ちすくむ俺達三人を背にして、警官はもう一人の警官に何か言うと、店の中へと入っていった。残された少し太めの警官は、人の良さそうな顔で「ちょっと待っててね」と俺達に話しかけた。
「タローかっけえなあ」
 カシマが感心した様子で言った。
「びびってる方が怪しいだろ。俺はお前と違って前科無いし」
「おい、警察の前で前科とか言うなよ。聞かれるだろ」
 そうこうしていると、中からスーツ姿の警官がのっそりと現れた。まさに『デカ』といった見た目の、五十代くらいの小柄な男だ。日に焼けた肌に短く刈った髪。漁師と言っても信じるかも知れない。
「えーっと、どなたが、何を見たって?」
 背の高い警官がタローを指さした。
「あ、俺じゃ無くて、見たのはこいつです」
 慌ててタローが訂正した。その横でカシマは明らかにビビっている。
「何を見たの?」
 タローが再びスマホを見せながら説明をした。刑事は見た目にそぐわず丁寧に相槌を打ちながら話を聞いている。
「これを見たのは、事件の前日?」
 聞かれてカシマが背筋を伸ばした。
「あ、は、はい! 土曜の……あれ? 金曜だったっけ?」
「どっち?」
「あ、金曜です。金曜。学校の帰りだから」
「学校帰りって事は何時くらい?」
「確か……六時くらいだったかな……」
「通学路なの?」
「まあ……」
「まあ、って?」
「いや、こっち通らない事もあるんで……」
「……で、これは漫画か何かのキャラクターなのかな?」
 タローが俺に目配せをした。説明しろ、という事か。
「画像はゲームのなんですけど、元はカトウイズミって彫刻家の作品なんです。だから、あったのはその彫刻なんじゃないかって……」
「どの辺にあったの?」
「刑事さんのいるあたりです」
 カシマは店の前──庇の下に、ゴチャゴチャと雑貨が放り込まれたワゴンが並んでいる辺りを指さした。
「大きさは?」
「こいつくらいです」
 言って今度はタローを指さした。
「でかいな……君たち二人も見たの?」
「いいえ」
「見てないです」
「見たのは君だけ」
「はい」
「もう少し、詳しく聞かせてもらいたいんだけど、良いかな」
「あ、はい」

 その後、俺達はあれこれ質問され、最後に連絡先を教えて解放された。
「他にも何かあったらご連絡下さい」
 渡された名刺にはシバサキ・カオルと名前が書かれていた。
「カオルって顔じゃ無かったよな」
 帰り道、カシマが笑って言った。さっきまで緊張でガチガチになっていたくせに、今はすっかりいつも通りだ。
「この後どうする?」
 時間を見るともう六時を過ぎている。刑事とは一時間以上話していたようだ。
「俺は疲れたから帰るわ」
「そうだな、カシマは早く牢屋の中に帰った方が良いな」
「タローマジうぜえわあ」
「じゃあ、また明日」
「おう、明日」
「お疲れー」
 二人と別れた俺は、一人家路についた。
 日が延びてきたとはいえ、この時間になると薄暗い。
 この辺りはあまり人通りが多くない。ふと『イチナナサン』の事を思い出し、背筋がすっと寒くなる。

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ……

 ふいに、背後から石臼を碾くような大きな音が聞こえた。俺は驚いて、自転車にまたがったまま凍り付いた。音の大きさから察するに、発生源は俺のすぐ後ろのようだ。少なくとも、遠くは無い。近くだ。
 振り返ろうとしたところではっと思い出した。
 この音には、聞き覚えがある。
 そう、昨日家で聞いた。家で、ゲームを──『SCP』をプレイしている時に。ゲームを見ている時は知らなかったが、後から調べてこの音の正体を知った。この音は……『イチナナサン』が発する音だ。
(……気のせいだ。気のせい。気のせい……)
 自分に言い聞かせながらペダルに乗せた足に体重をかける。もちろん、まばたきは、出来ない。
(いるはずがない。気のせいだ。聞き間違いだ)
 心臓が早鐘を打つ。耳を澄ます。音はもう聞こえていない。
 聞き間違いだ、と心の中で繰り返しながら、俺は一気にペダルをこいだ。向かい風が眼球を打つ。目が乾いて涙が出て来た。まばたきをしたら、死ぬかも知れない。しかし、もう……限界だ。まばたきを、する。

 ────。

 ペダルの回転を緩め、ゆっくりと停車する。そして辺りを見渡す。サラリーマンや学生など、家路を急ぐ姿がちらほら見えるだけで、おかしなものは見当たらない。
(いるわけ、ないじゃないか)
 苦笑して、ゆっくりとペダルをこぎ出す。胸はまだ、痛いくらいに高鳴ったままだ。
 それにしても、イヤにはっきりとした幻聴だった。聞き間違いとは、思えないくらいに……。疲れているのだろうか。昨日遅くまで『SCP』や『イチナナサン』について調べていたから、そのせいかも知れない。いや、そうに違いない。
(とにかく、良かった、気のせいで)
 丁字路を左に曲がると、見慣れた我が家が見えて来た。今夜の夕食はなんだろうか。
 自転車を置き、鍵をかける。
 つい、まばたきをひかえてしまう。目が痛い。
「ただいまー」
 帰宅し、後ろ手に玄関のドアを閉じると、ようやく安心する事が出来た。ここまで平気だったのだ、家の中にまでは入ってこないだろう。
 キッチンの方からは空腹を刺激する香りが漂って来ている。安心ついでに腹が鳴った。
 靴を脱いで、足早に二階の自室へと向かった。ユタカはもう帰っているようだ。靴があった。
 ノックして部屋に入ると、ユタカが寝転がって漫画を読んでいた。
「ただいま」
「おか」
「網戸くらい閉めろよ」
 見ると窓が全開に開け放たれている。カーテンすら引いていない。
「だって暑いし。エアコンつけるほどじゃ無いし」
「だからって網戸まで全開にする事ないだろ。入って来たらどうするんだよ」
「入って来たらって、何が?」
「それは……」
 何だろうか。
「……虫とか、入ってくるだろ」
「兄貴、虫怖いの?」
「お前だって嫌いだろ」
 言いながら網戸を閉め、カーテン引く。何となく、窓の外が視界に入らないよう気を付けてしまう。さっきのは、気のせいのはずなのに。
「そろそろ夕飯だから下いこうぜ」
「これ読み終わったら」
「すぐ来いよ。腹減ったから」
「わかってる」
 弟を残し、階下へと向かう。そしてリビングに入り、テーブルにつく。
 その間ずっと、聞こえないはずの音が鼓膜に張り付いて、消えなかった。

       

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