Neetel Inside ニートノベル
表紙

滅神時代に生まれました
13.恋と敵のぱんでもにうむ!

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 神様なんてわがままなもので、僕は恋咲がすぐに音を上げると思っていた。働くというのはたーいへんなことなのだ。喫茶店でウェイトレスなんてやっていれば、変なお客にお尻やしっぽを触られるなんてこともあるだろうし、オーダーミスで注いでしまったコーヒーはきっとその場で一気に仰ぎ客の機嫌を取らなきゃならない。場合によっては歌って踊っての大盤振る舞いもしなければ「お客様」というこの新種の神様は許しちゃくれないだろう……そんなことをクラスメイトの森崎さんに言ったら「馬鹿じゃないの?」と一蹴されて終わってしまった。なんでだ。
「森崎さん、実家が林業の君にはわからないかもしれないけど、恋咲にバイトなんて無理だよ」
「林業なめてる? 丸太で串刺しにされたいのかなあ」
「ごめんね、違うんだよ」
 べつにバカにしているわけじゃないんだけど、どうも僕は他人を軽んじているような言動をたまに取ってしまうらしい。困ったもんだ。
 僕は斧を振りかざしている森崎さんに命乞いをしながら、さらに言った。
「森崎さんはなんとも思わないの? 忘れ神がバイトしてるんだよ。天使の目に止まったら……」
「スタッフがケモミミつけてるお店なんでしょ?」森崎さんは体育館横の自販機で買ったミルクティーのパックをちゅうちゅう飲みながら、
「ぷはっ。……じゃあバレないんじゃない?」
「そんな」
「バレても私には関係ないし~♪ ……それに、外に出るのは忘れ神にはいいことだと思うよ。家の中に軟禁してても、たぶんまたすぐ具合悪くなるし。それぐらいなら太陽の光を浴びせて、外の人間と関わり合いにさせることは恋咲様にとってもいいことだと思うけど」
「そうかなあ……」
「心配してるの、葉垣くん? ま、気楽にやってかないとイレコミなんて続かないよん」
 そんな調子で森崎さんは軽いノリだった。
 そしてまた腹が立つことに、僕が心配すればするほど、恋咲の調子は絶好調になっていくらしいのだ。

 ○

「おーい、ハルちゃん、おじさんにコーヒーおくれ」
「自分でやりなさいよ!」
 人狼カフェ『月のしずく』で日夜繰り広げられる職務怠慢に、僕はカウンター席で涙した。
「ひどいよ。吉村んとこの親父さん、仕事辞めてまでここのコーヒー飲みに来てるのに」
「自営業だっつってんだろクソ坊主」
 吉村んとこの親父さんは白髪のまじった眉毛の奥から僕を睨んできた。こぇぇ。そしてパッとだらしない笑顔を浮かべると恋咲の側へ寄っていっていそいそと自分でコーヒーを淹れ出した。
「ちゃんとお金は払いなさいよね!」
「はぁ~い♪」
 四十のおっさんから繰り出される猫なで声に僕は恐怖する。カウンターの奥で最近調子が悪いラジオをドライバー一本で直そうと奮闘しているりんごちゃんさんの揺れるしっぽに僕は言った。
「あれでいいんですか、りんごちゃんさん」
「ん? いいんじゃない、吉村さんドMだし。私が淹れても『余計なことすんじゃねぇ、ババァ!』みたいな顔されるし」
「あの人、まだ反抗期なの?」
「男はいつまでもガキなのよ」
 などというりんごちゃんさん。どうでもいいがとうとうブチキレて「ぐあーっ! どうなってんのよもう知らないっ!」と開店当初から『月のしずく』の無聊を慰めてきたラジオに回し蹴りを叩きこんでぶち壊しにすることは果たして大人のやることなのだろうか。
 僕は吹っ飛んできたビスやバネを首を振ってかわしながら、暮れなずむ喫茶店の雰囲気に「もふぅ」と深いため息をついた。落ち着くことは落ち着く。
 恋咲がバイトし始めてから、心配だということもあり、まかないを出してもらったりもするので、僕までこの喫茶店に居つくようになってしまった。元々やることなんて全然ないバリバリの帰宅部で、学校側から「さすがにこのままでは君の青春が心配なので日記をつけてみたらどうだろう」と本気で心配されてたりするのだが(これは生徒がどんなふうに過ごしているのか、上沢さんがやたらと気にするかららしい)、とうとう『お外でやること見つけた部』という名目で無理やり部活扱いにされてしまった。部長一人、その名も僕。活動内容はあやしげな喫茶店で客をやったり、時々混んで来たら店を手伝ったり。まあ、バイト代を貰える部活動というのもありがたいので、構わないんだけれども。
 ……んだけれども。
「こらぁーっ! あなたたち、ボックス席でモンハンやるなって言ってんでしょ!」
「うっせぇブス! 悔しかったら俺たちのために公園でも作ってくれや! ……いたいいたいごめんよハル姉ちゃん、俺悔い改める」
 ゲーム機を持ち寄ってピコピコやっている中学生の集団が恋咲に普通に箒でぶたれていた。どうでもいいがホコリが舞い上がって僕のコーヒーが真っ白になっているのはスルーなのだろうか。
「まったくもう! ゲームやるのはいいけどね、たまには外で遊ぶことも大事じゃない!」
 恋咲は箒を槍のように突き立てながら叫んだ。しっぽは怒ったように突っ張っている。
「どこもかしこもマンションと駐車場とコンビニばっかり! これじゃ子供たちはどこへ行けばいいのよ! そう思わない、燈七郎!」
「りんごちゃんさーん、コーヒーおかわりタダでいい?」
「死ねば?」
「ひでぇや」
 僕はコーヒーメーカーからガリガリ豆削りながら恋咲を見た。
「どうでもいいけど仕事してくんないかな」
「いま私が大切なこと喋ってるでしょ!」
 バンバン、とお客のテーブルを叩く恋咲。受験を控えた一個上の先輩(♀)のルーズリーフがパラパラと床に滑り落ち、先輩は「あうあう」とそれを拾っている。かわいそう。
「小さなものへの思いやりが、豊かな国を作るのよ!」
「恋咲、先輩のルーズリーフ踏んでるよ」
「それがなによ! 勉強なんてくそくらえだわ!」
 まあ確かに、恋咲からしたら神学専攻の先輩(♀)の勉強している内容というのは、簡単に言うと「絶対神がヤオヨロズとかいうクソ迷惑な土着神どもをいかにして追放し、この世界を統治奉ったか」ということなわけで、むかつく気持ちもわからないでもない。
「ひーん」
 先輩(♀)が涙ながらにここでは勉強が出来ないことを察し、ルーズリーフを胸に抱いて『月のしずく』を飛び出していった。からんからん、と寂しく鳴るドアベル。あの人、サンドイッチしこたま喰って金払ってないんだけど……りんごちゃんさんを見るとバラバラになったラジオのパーツを一つ一つ集めながら「ごめんね、ごめんね」と残骸に向かって話しかけている。この店、ヤバイ。
「恋咲、ちょっと落ち着きなよ」
「なによ」
「……あんまり暴れると、忘れ神だってことがお客さんにバレちゃうかもしれないし……」
「いいじゃない、べつに。私、そんなに隠すことじゃないと思ってるもの」
 意味もなく窓から下がったブラインドをチカチカさせながら言う恋咲。
「その絶対神とかいう奴にだけ黙っておいてってみんなにお願いすればいいじゃない。そのうち力を完全に取り戻せたら、私がそんな奴、やっつけてやるんだから!」
「おいおい……」
 そんなことしたら世界のバランスが崩れるって小学校で教わった身としては、手放しで賛成はできない。恋咲も危険だし、それになにより、上沢さんの笑顔が瞼の裏にチラつく。
 二人に争って欲しくはない。
 じゃあ、どうしたいのかと言えば、よくわからないけど。
 ずっとこのままの生活が続けばいい、と思うのは、間違ってるのかなあ。
「こらぁーっ! たかし、無意味に閃光弾を投げるのはやめなさい!」
「うるせぇーこのクソドブス! ……ぎゃああああああああああっ!」
 たかしの悲鳴を聞いていると、神対神の未来なんて起こりそうにない気がしてくる。つーか、叱る内容が店内態度からゲームのプレイングに切り替わってるぞケモミミウェイトレスよ。……この店、よく潰れないなあ。
「ふっふっふ」と恋咲が得意げな顔になった。
「私が来てから、お店の売り上げは三倍増! ……これが神の力よ、燈七郎……」
「なんでそんな街一個ぶっ壊したみたいなドヤ顔なの?」
 それから店内掃除も備品の管理もりんごちゃんさん滅茶苦茶だったので、それを十日かけて全部キチンと整えたのは僕であり、そのあたりのことも評価されたいところだ。
「燈七郎も私を見習って、頑張りなさい」
「うぜぇーちょっとチョロくバイト見つけたからってよぉー調子に乗りやがってよぉー」
「坊主、地が出てるぞ地が」
 おっと。吉村んとこの親父さんに言われて僕はお口チャックをした。うちの親父が言葉遣いにはうるさいので、雑なこと言ってるとまたイギリスから出戻りされてぶん殴られる。
「……それでも、僕の秘められた努力は認めてほしいなあ。そして心労も」
「~♪」
「ま、恋咲にはわかんないか……」
 ゴキゲンでテーブルを拭いている恋咲を見ていると、優しい感じのため息しか出て来ない。そしてボヤボヤとなんとなく店内を眺めている時に、奴が来ていることに気づいた。
 またか……
「恋咲、ちょっと出て来る」
「あ、ついでにジャンプ買って来て」
「たかしに頼んで」
「たかし、ジャンプおごって」
「なんで俺が!!」
 そんなおこちゃま漫才を後にして、僕は『月のしずく』の外へ出た。真向いの生垣にキラリと光るものがある。僕はそれを摘まみ上げた。
「もう来るなって言ったろ天条」
 僕に眼鏡を取り上げられた天条は、それを僕から奪い返してスチャッとかけ直した。
「ふざけるな葉垣、なぜ俺が貴様などの意向に従わねばならん」
「意向じゃなくてお願いだ。物凄く不審者すぎてお店に迷惑がかかる」
「冗談も休み休み言え、固定の客で回してるだけの貧乏喫茶店に新規客など来るか!」
「お前それ絶対りんごちゃんさんに言うなよ!!」
 泣かれるか殺されるか、そのどちらかがお前のゴールになる。
「……で、天条。まだ諦めてないのか」
「ふっ、当たり前だ」と天条は不敵に笑った。
「やっと出会えたマイ・エンジェル。射止めなきゃ、あの子のハート」
「いったい何があったんだよ天条」
 そもそもエンジェルはお前だ。
「……どれぐらい人生に疲労を感じたら恋咲に一目ぼれなんてするんだ?」
「おいっ! 恋咲さんを侮辱するのはやめてもらおうか……!」
「痛い痛い、首に爪が刺さってる」
 胸倉を掴まれた僕は「ぎゅーっ」と締め上げられ、困窮する。
 そう。
 この間、上沢さんとデートした日。僕たち二人から少し遅れて『月のしずく』に来店した天条は、恋咲を一目見て『ビビッ』と来てしまったのだそうだ。
 それを学校のお昼休みに聞かされた僕の衝撃といったらなかった。くわえていたアジフライが床に落ち、またもやそれを森崎さんに奪われ喰われても三時間後腹が減るまで思い出さなかったほどだ。それほどまでに、天条の恋は僕にとってスーパーインパクトな出来事だった。
 だって、天条は天使候補生だから。
 絶対神の手足となり、断罪の目となり、ヤオヨロズを滅ぼす宿命をランドセルと一緒に背負ってきた天条。そんな彼がまさか、燈髪燈眼の忘れ神に恋をしてしまうなんて……なんて数奇な運命なんだ。アジフライどころの話じゃなかった。あとで弁償させた。
 僕は天条に言った。
「えーと、天条……前にも言ったと思うけど、お前と恋咲は合わないと思うよ」
「葉垣……貴様、先日からそのようなことばかり言って俺が彼女と接触することに否定的なようだが……」
 じとっ……と僕を見て来る天条。ま、まずい、何か気づかれ……
「さては貴様も彼女のことを……!」
「あっはっは、それはない」
 この間、脱いだくつしたを嗅げと無理やり顔に押し当てられた時から、あの子のことは女の子としては見ていない。においの良し悪しはともかく女子のすることじゃないもんな。
「天条、君はあのケモミミの衣装に騙されているんだ。メイドだって全裸になればただの小娘、ケモミミだってカチューシャ取ればただの生娘」
「メイドのどこが悪いんだ!」
「なんか地雷踏んだ!」
 また宙吊りにされながら僕はジタバタする。
「メイドとは慈愛の心にあり! 服装にあるのではない!」
「わかった! 僕が全面的に悪かったから下ろしてくれ!」
「まったく……」
「げほっ……」
 くそっ、なんて馬鹿力だ。天条め。
「まァ、貴様は閣下の彼氏であるからな。ゆめゆめ、恋咲さんに気移りなどしないように」
「えっ? あ、そうだったね」
「……そうだった?」
 ギロリ、と睨まれる。ヤバイ。
「あっはっは……」
「貴様、閣下を悲しませたら許さんぞ。わかっているな?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、へーきへーき」
「……本当か?」
「ああ」
「……信じてやるか」
 僕と天条の付き合いは長い。
 天条は言った。
「で、俺は貴様と閣下の恋を応援する姿勢を見せた。次は貴様の番だ」
「うっ、そう来るか」
「俺の恋を全力で応援する義務が貴様にはある。せめてあの子がどういう子なのか、どこで貴様と知り合ったのか、どんなものが好きなのか、どこに住んでいるのか、好きな男性のタイプは、下着はどんなものを着けているのか、克明に描写してもらおう」
「少なくともパンツの色を気にする男は趣味ではないと思うよ」
 まァ実際には僕が買ってやったレースのパンツを履いているのを僕は知っているわけだが。ふふふ。役得だぜぃ。
「ま、ちょっとした知り合いってところさ。そしてちょっと複雑な家庭の子っていうか……今はあのお店で御厄介になっているらしい」
 テキトーに誤魔化しておく。
「ほう……」
「まさかとは思うけど天条、天使候補生の立場を利用して恋咲の素性を調べたりするなよ。男として、それは卑劣なことだぞ」
 と僕は正論を差してみた。言ってることは綺麗だが、その内実は恋咲のことを深く調べられたくないがゆえのこと。ちょっと戸籍でも「タタン」と調べられたらそれまで。桜恋咲(いちおう人間としての彼女の名前)なんていう少女はどこの籍にも存在してはいないのだから。
 天条はふんっ、と鼻を鳴らした。
「見くびるな、そんなことするものか」
「だといいんだけどね」
「俺は真剣に彼女とのお付き合いを望んでいるんだ。一人の男子、一人の女子として、誠実に、俺は彼女にコスチュームプレイを強要したい」
「どんなのがいいんだ」
「ナースさん」
「この欲望に塗れた堕天使が」
 性欲全開じゃないか。
「だから、頼む! 葉垣っ!」
 パンッ、と天条に合掌されて拝まれた。
「少しでいい、彼女との馴れ初めを教えてくれないか!」
「うーん……運命的な出会いだったかな?」
 テキトーに誤魔化す。
「どういう出会い方だった? 困っている彼女を貴様が助けたとか、そういうものだったのか?」
「ん、そんなところかな」
「くそ……羨ましい……なぜそれが俺ではなかったのだ……!」
 拳を握り締め悔し涙を滲ませる天条。
「それで貴様たちの間には切っても切れぬ情が芽生えたのだな……」
「そういうことだ、諦めろ天条。君に彼女は荷が重い」
「黙れっ、この破廉恥漢が!」
「うわっ、バカっ、剣を振り回すな!!」
 天使候補生は天使そのものと同じく、常に帯剣許可を受けているのでいつも刃物を携帯しているのだが、理由もなくそれを抜いても怒られないほど天条は優秀な候補生だったりする。誰が決めたルールか知らないが、判断ミスもいいとこだ。くそっ、前髪がちょっと斬られたぞ!
「ちっ……仕留め損なったか」
 不穏なことを言いながら剣を納める天条。キッと僕を睨み、
「まァいい、いずれ彼女は俺が仕留める! 貴様はそれを黙ってみているんだな!」
「早くいけよ、もう公務の時間だろ?」
「……俺のスケジュールを熟知するなあ!」
 なぜかぷんすか怒りながら、天条は走り去っていった。忙しい奴だ。僕はカットされた前髪をいじりながら『月のしずく』に戻った。
「……恋咲?」
 床に恋咲が倒れていた。そばにみんながしゃがみこんでいる。
「おい、ハルちゃん、おい!」
「葉垣の兄ちゃん、ハル姉ちゃんがぶっ倒れた!」
「ちょっとどいて」
 僕は顔を赤くして目を閉じている恋咲を軽く抱き寄せた。熱い。またか。信心不足による顕現限界だ。僕はりんごちゃんさんに目くばせした。りんごちゃんさんはジーコジーコと黒電話を回し始めた。いい加減にちゃんとした電話買え。
「みんな、ちょっと今日は恋咲、風邪みたいだからもう休ませるね。お店もおしまい。ごめんね」
「そうか……」
「お大事に……」
 お客さんたちはそれぞれ恋咲に労りの言葉をかけてから、ドアベルを鳴らして外へ出て行った。最後に残っていたたかしが、どうやら律儀にパシってきたらしいジャンプをカウンターに置いてから、チラッと恋咲を見た。
「恋咲……急に倒れたんだよ、兄ちゃん」
「そうか……」
「ナルトが終わったからかな……」
「それはたぶん違う」

       

表紙

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Neetsha