Neetel Inside ニートノベル
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文章を書き終わり、
ネットサーフィンをしながら、うだうだと時間を潰していると、
「田中」という人物から電話がかかってきた。

彼女は、「もうやだ、また手首切っちゃったわぁ、やだやだやだ!」
と、早口で喋らなければ死んでしまいそうな早さで喋った。

またか、と僕は思った。
これは恒例行事であり、数週間に1回の割合で訪れる出来事だった。
また彼氏に構ってもらえず、凶行に走ったのだろう。

僕は「彼氏はどうしてんの?」と聞いた。
「今仕事に行ってて、寂しくて堪らなくなっちゃって」
「ああわかった。じゃ、僕が行こうか?」
「来てくれる?本当に来てくれる?」
「行くって。けど自宅は勘違いされると困るから、
ファミレスかなんかで会おうよ」
と言って、時間と集合場所を決め、一方的に電話を切った。

近所のファミレスまで、車を走らせる。

会って話す事に、意味がない事はわかっていた。
彼女は境界性人格障害という病気にかかっていた。
その病気は、人との距離がうまく測れないという病気だった。

人間関係において、適切な距離感というものはあると思う。
通常、初対面の人に対して、人はいきなり踏み込んで行かないし、
ある程度の遠慮とか、緊張はあるものだろう。

しかし彼女はその距離感が解らなかった。
各々が持つパーソナリティを飛び越え、
いきなり喉元へ飛び込んだり、かと思えば、遥か遠くまで離れたり、
境界というものが存在しなかった。

逆を言えば、初対面の人とでもすぐに親しくなれるという
事でもあるのだが、
親しくなったが最後、彼女は態度を豹変させてしまう。

「私のことなんかどうでもいいんでしょ?」
「死ねばいいって思ってるんでしょ?」と呟き、
袖を引っ張り始め、無視していたら、
突如、向精神薬を大量に服用し、救急車に運ばれてしまう。

知り合った当初は、
自分も、対話を続けていけば彼女も変わるだろうと思っていた。
根っからの悪人なんていない、愛情によって人は変わるという
性善説を持っていた。

しかしそれは甘い考えだった。
とどのつまり、彼女を救済する方法なんかありはしなかった。
底の抜けたバケツに水を注いでいるようなもので、
彼女に対話なんて何も響いていなかった。

実際の所、彼女は自分が一番正しいと思っており、
いかなる意見も、全て右から左に流れていた。
凶行に走るのも、自分に注目を向けて欲しいだけの一念であり、
衝動的なもので、数日経てば、彼女はケロッとしていた。

だったら今すぐにでも帰って、彼女の話を聞かず、
自宅に居ればいいのだろうが、そういう訳にもいかなかった。

彼女からの着信を無視し続けていれば、彼女は
自分の名前を携帯電話に残したまま、首を切って、死んでしまう
かもしれなかった。
(自分はこの行為をドラゴンクエストになぞらえて
”メガンテ”と呼んでいた。)

数ヶ月前、大学生が、LINEで罵倒する言葉を送り、
メッセージを受けた女の子が本当に死んでしまった、という
ニュースを見ていたので、彼女が死んだら、
自分も、同様に嫌疑をかけられてしまうかもしれないと思って
怖かったのだ。

ファミレスに到着する。

中に入ると、席で顔を伏せている田中が目に入った。
古着屋で買った服装に身を包んでおり、
原色系統が多く、かなり人目を引く格好だった。

近くまで歩いて行き「来たぞ」と言うと、
「あぁ・・・来たんや」と、虚ろげに聞こえる声で言った。
何度もカラーリングを試みた金髪の髪は、荒れに荒れており、
薬の副作用か、頬が不自然に膨れていた。
切れ目は、長い間突っ伏していたせいで、更に小さくなっていて、
狐のような細さになっていた。

       

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