Neetel Inside ニートノベル
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     ■

 男が消えた、夜。
 今日のところはこのガレージに泊まろうと、二人はシャッターを閉めてガレージの中に居た。少しでも体力を温存しておきたい二人の頭の中に、外でキャンプファイアー紛いのことをしたり星を眺めている暇はない。武藤は使えそうな材木を集めて、火おこしの準備をしていた。
「明穂、いつまでそうやって漁るつもりだい」
 シャッターを閉めたガレージの中で、ライター片手の武藤が問いかける。
 かくいう明穂は聞く耳を持たないといった様子でガレージにある収納という収納をひっくり返し、何か使えそうなものがないかと選別していた。
 男がいなくなってしまったのをいいことに、男の日用品を次から次へと漁っているのだ。体調が悪くなっていたというのにこの豹変ぶりは何なんだと、武藤は呆れ混じりの溜め息を吐く。
「だって、明日にはここを立つんでしょ。今のうちに戦利品を確保しておかないと」
「戦利品って……」
 さすがに、それは彼に悪いだろう。
 武藤はそう言い募ろうとしたが、言論で勝った試しがないことを思い、口をつぐんだ。それに、これ以上追及しようものならお得意のハイキックは免れないだろう。諦めて火をおこす作業を再開する。
 ガレージの電灯があるとはいえ、焚き火がなければ夜は冷える。昼間はいつものように灼熱の暑さに満たされているのだが、それでも最近夜は冷え込むようになった。これも繭化の影響なのかと、武藤は考える。
 そして、男はいつもどうしていたのだろうとも考える。
 繭化が起きると暑さ寒さを感じなくなるのだろうか。武藤には分からない。
 己の見聞を広めるために旅に出ると、武藤は明穂に言った。
 それは間違いではない。街を出たことない自分は外の世界について知らないことが多すぎる。だから終わりに歩み寄る世界を生きる上で、最後に世界一周旅行をするのも悪くないと思って旅に出たのも、一理ある。
 だが、目的は他にもあった。
 それは男にも名乗った通り、“葬儀師としての救済活動”だ。
 繭化が始まってから長らくその最期を見取ってきた武藤は、並大抵の学者よりは繭化に詳しい自信があった。だから繭化というものの原因や予防法を知らない人々にそれを伝える義務があると、武藤は深く感じていた。
 だから旅に出て己の見聞を広めつつ、自分の知識も授け、救済を行っていく。
 それによって、未だ解明されていない部分の多い繭化の謎も判ると考えたからだ。
 そのためには、ほとんど誰も居ない町に留まるわけにはいかなかった。
「明穂、君はどうだい」
 振り返らない少女の背中に、語りかける。
「君には僕とともに、世界の果てまで旅を続けていく覚悟は」
「あるから今、ここにいるんでしょ」
 目を向けずに、手を動かしながら、さも当たり前のように明穂は言う。
「どうせならもう少し腕の立つ人が良かったけど」
「はは……。生きている内に理想の人になれるよう、努力するよ」
 武藤は小さく笑い、また沈黙が訪れる。問いかけというよりは、日課の確認作業と言った会話なので、そこからは何も派生しない。
 それもそうだ。
 明穂の命は、武藤が拾い上げてしまったのだから。

「ねえ、明穂」
「なに、ムノー」
「僕と旅に出たことを、君は後悔している?」
「していると言ったら、君はどうするの?」
「どうもしないさ。君の意思は僕の手では変えられないからね。逆に聞くと、明穂と旅をして後悔していると僕が言ったら、明穂はどうする?」
「そんな仮定的な状況、陥ってみないと分からないわ。そんなくだらないことを考えている暇があるなら、明日の宿を考える方が有意義よ」
「だろうね。君ならそう言うと思ってたよ……お、ピンクのフリフリ」
「どさくさに紛れて人のパンツ見るなぁ!」

 空気を薙ぐ蹴りの音。
 明かりが灯るガレージに少年の叫び声が響く。
 終わる世界の果てしない旅は、まだ始まったばかりだ。


     △△

 大雨の中で、その少年は立ち尽くしていた。
 滝のような雨の中でも分かるほど、大粒の涙を流しながら立ち尽くしていた。
 飼い猫が死んでしまった。母に贈る花束を落としてしまった。祖母から貰ったお守りをなくしてしまった。道行く人はそんな想像を巡らせながら、それでも少年に声をかけることなく通り過ぎていった。
 そうではなかった。少年は抱えている悲しみはその比ではなかった。
 少年の手には、小さなリボンがしっかりと握りしめられている。
 泥だらけになった赤いリボンが、ぐしゃぐしゃになったまま握られている。
 少年は嗚咽混じりに、雨に声を掻き消されながら、泣き続けた。
 雨はしばらく降り止もうとしなかった。
 雨はしばらく降り止もうとしなかった。

     ▽▽


       

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