Neetel Inside ニートノベル
表紙

力を持ってる彼の場合は
第五十話 その羽はただ守るためだけに

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 この十六年間にして初めて使う、全力全開。
 だけど自然とそれは体全てに浸透し馴染んだ。
 使い方が全部わかる。
 背中に生える羽が微振動し、目の端に映る生成色の髪の先が揺れる。
 ぐっと腰を落とし、右脚を踏み込む。羽が体を後押しする莫大な推進力を生み出す。
 瞬きの内に俺の蹴り上げた爪先が鬼の片手を弾いていた。
「速ェな」
(これでも防ぐか、怪物が)
 流石に速度くらいは上回ったかと思ったが、そうでもなかったらしい。
 脚撃をガードされてから、俺の移動と攻撃によって発生した突風が遅れて周囲の砂塵を巻き上げた。
「もう手加減はいらねェよな?」
 顔面を狙って突き出された拳を頭を逸らして躱し、そのまま曲げた腕から繰り出される肘撃を両手で受け流す。風圧で身体が数センチ沈んだ。
「ようやく決闘開始だ、『鬼殺し』。随分待ったぜ、テメェの本気を。ようやく互いに全力でやれるってわけだ!」
「……臨、兵!」
 鬼の猛攻を素手で迎撃しながら、俺は九字を唱える。
 既に身体能力は数千倍の領域で“倍加”されている。完全に力を取り戻した俺の肉体はそれを可能にしていた。
 だがそれでも、未だ大鬼酒呑童子の性能には追い付けない。
 やはり肉弾戦で鬼を相手に渡り合うのは不可能だ。徒手でダメージを与えることも叶わない。
 取れる手段は極々極端に限られてくる。
 普通の方法で攻撃が通らないなら、ヤツの性質絡みの特効を狙うしかない。
「まァた斬魔か。飽きたぜ」
 大鬼が目にも留まらぬ速度で拳を打ち出しながら余裕の態度で話し掛けて来る。
 “早九字はやくじ断魔だんま祓浄ふつじょう”。前回の戦闘で俺が唯一鬼へ傷を与えた攻撃。酒呑が斬魔と呼ぶ退魔の術法だ。
「闘、者、皆…!」
 今現在、酒を取り込み万全の状態となった酒呑童子にこの術はもう効かない。それはさっきの攻防でわかった。
「陣、列!……ッ、“木彬こりん改式かいしき障屹袈しょうきっか!”」
 攻撃をいなし切れなくなって、苦し紛れに退魔の五行と妖精の属性掌握をブレンドした力をぶつける。
 地面を引き裂いて逆氷柱のように飛び出した巨大な木刃の壁を、酒呑は片手で粉砕してしまう。
 二つの能力を重ねて放っても、やはり鬼の肉体には傷一つ付かない。紙一重のところで、羽を全力で稼働した速度で鬼の一撃から逃れる。
「速さは格段に上がったな。その他もかなりいいレベルにはなった」
 直後に眼前に鬼の拳が迫り、俺は後方へ飛びながらそれを顔面に喰らう。
(背後に飛んで衝撃は散らしたが、それでもッ…!)
 ぐわんぐわんと揺れる脳が思考を邪魔する。鬼の言葉と姿が眼前と耳元から離れない。どれだけ全力で離れても追いついてくる。
「そこそこ楽しかったぜ『鬼殺し』。それで全開なら、もう終いにしようや」
 背後、側方、正面。
 殴り蹴られて、吹き飛んだ先に待ち構える鬼が俺を上下左右、文字通りの縦横無尽に蹂躙する。まるで一人でボール遊びをしているかのように。
「だから、嫌い、なんだ。…鬼は」
 全身を殴打され血反吐が飛び散る中で、俺は痛みのせいでまとまらない思考を繋ぎ止めながら罵るように呟いた。
 直下に振り抜いた拳が俺を荒れ果てた地面へ押し出す。
 ヴォッ!!と背中の羽が大きく展開しながら落下の速度と衝撃を拡散させ、よろめきながらもどうにか地面に叩きつけられることなく両足を地に着け正面に顔を向ける。
「頑丈さもそこそこか。こりゃ、上手いこと大鬼に成り上がれたら結構な大物になれるぜテメェ」
「…ふ、っざけんな。お前の同類になる、くらいなら…死んだ方がマシだろ」
 心臓が脈動するたびに痛みが全身を巡っていく。視界がボヤけてきた。
 まだだ。
 両手を大きく広げ、地中の鉄を抽出し凝縮する。
 地面から出現したのは鉄で出来た巨大な矢。弓もなく弦もなく、しかしそれは地面からギリギリと引き絞られ威力を蓄えていく。
「“金剛こんごう改式・螺噛弩らごうど”」
 言霊と共に豪快な音を引き連れて、鋼鉄の巨矢が一直線に鬼の胴体へ奔る。
「なら死ぬか?くたばる前に択べよ人間」
 ゴム鉄砲を払うように容易く巨大な鉄の矢を破壊した大鬼の姿がブレる。
「おおああああっ!!」
 九字を唱えつつ、目で追えない程の速さで迫る鬼の攻撃を“倍加”で引き上げた五感(特に肌の感度を高める触覚力)を駆使して拳の風圧等から予見し回避する。
 流した鬼の腕を支えに跳び蹴りを放つが、指先で弾かれ脚撃の威力をそのまま利用される。
 ぐるんっと回転した俺の体が地面に背中から落ちて、起き上がる前に鬼の足で押さえ付けられた。払い除けようとしてもビクともしない。
「サービスだ、も一つ選択肢をくれてやる」
 ズガン!!
 顔の真横の地面を穿って何かが突き立つ。横目で見ればそれは細長い鉄の棒。地面に埋まる根元から先端まで見上げれば、それが鞘に収まった日本刀だとわかる。
 童子切安綱。
 目線を刀から鬼へ移すと、酒呑童子は俺を踏ん付けたまま同じように目だけで刀を示し、柄を掴み地に刺さった鞘から刀身を抜き出す。
「使え。これがあればテメェがオレに勝つ可能性が僅かにでも出て来る。このままやったところで、結果は見えてるしな」
「俺が最初になんて言ったか覚えてねえのか、大鬼」
 胴に乗せられた足の圧力が強まり、けはっと肺から空気が漏れ出る。
「かつて人間が、唯一このオレの首を取った業物。コイツには鬼への特効性が秘められた法力が込めてある。オレら鬼にとっては触れるだけでも害だ」
 柄を握る酒呑童子の手がジュウウと焼ける音を立てながら白煙を上げている。それには構わず酒呑は刀を握ったまま切っ先を俺へ垂らす。
「楽しもうぜ『鬼殺し』。テメェの真価とこの刀、総動員すりゃいい勝負になる。オレはよ、やりがいのあるバトルがしてェんだわ」
 自身の手が焼ける臭いに僅か顔を顰めながら、酒呑は見下ろす俺へと語る。
「オレは認めてんだぜ?『鬼殺し』。その力自体は、おそらくオレの首を両断したあの人間より遥かに高い性能だ。だが相性が悪ィ、単純な火力のみじゃオレの肉体には傷一つ付けられんのさ。それを知っていたから、あの人間はオレに毒の酒を飲ませ四肢を強力な法力の鎖で縛り上げ、万全の状態で安綱をオレの首へ見舞った」
「おい、俺の名乗りをもう忘れやがったのか。俺は『鬼殺し』なんて名前じゃあねえぞ」
 酒呑の語る話には応じず、適当な返事をしながら俺は右手と背中に意識を向ける。
 最大出力で背部の羽を展開し、途中だった九字を完成させて一撃を叩き込む。完全に取り戻した退魔の力を以てこの距離、いくらかダメージは通せるかもしれない。
「オレはオレが認めたヤツしか名は呼ばん。名前で呼ばれたきゃオレに勝つんだな。ほれ、さっさと使えっての」
「…ッ!!」
 羽に意識を注ぎ全力解放、接地していた背面の地面に亀裂が走り爆発的な推進力が俺の背を押す。
 背中を押し上げる羽の感覚をそのままに、左手で安綱の切っ先を掴む。単純な切れ味をとっても名業物である安綱の刃が掌に食い込み裂けるが構わない。
 左手で刀を押さえ、人差し指と中指を立てた右手を振り被り叫ぶ。
「在!ぜ」
「チッ」
 トスっと軽い音を立てて、押し返すつもりで鷲掴みにしていた刀が俺の胸に突き立つ。
「ぐ…くっ!」
 斬れた手の内から血が流れる。血液を吐き出しながら言い損ねた最後の一字を放っ
 ガァン!!
「かっ…」
 胸に突き立つ刃が胸を貫き背中から抜け、さらに大鬼の上乗せした衝撃によって地面を捲り上げながら体が深く沈む。
 貫通したのは胸の中央。
 すなわちそれは、
「使えっつったのに、あっけねェ幕切れだ」
 俺の心臓を一突きで正確に破壊した酒呑童子が俺を一瞥し、白煙を上げていた手を柄から離し背を向ける。
「…っは、はぁ!う、ごぶっ!!」
 直上で照らす太陽を見上げながら、安綱を突き刺された仰向けの状態で止め処なく溢れてくる血液を吐いて酸素を求める。
 首を傾けると、遠ざかっていく大鬼の背中が見える。勝敗は決したと、つまらなそうに語る背だった。
 馬鹿が・ ・ ・
「………………ぜ、ん
 掠れた声音で、九字の法は最後の一文字へ達する。

       

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