街の半分を瓦礫に変えて、二人の退魔師は荒い息を吐いていた。
「
スーツの内側に隠し持っていたいくつものナイフも残り両手に握る二本のみ。塵と泥で汚れた破けたダークスーツの男、陽向日昏が油断すれば取り落してしまいそうになる武器をしっかと握り直す。
「負けられない、んだよ。何も無い者と、違って…こっちは大事なもんが、ある」
深く裂けた脇腹を片手で押さえ、全身に裂傷を負った旭もまた負けじと日昏に応じる。周囲で旭の決意に反応して五つの陽玉が揺れる。
四周を四つの陽玉に囲まれたまま、強力な陽光に照らされる両名は示し合わせたかのように無言で跳び出す。
「………なあ、日昏」
“倍加”の強化と共に五つの玉をコントロールしながら、旭は息を整えつつナイフの刃を素手で打ち返し呟きを漏らす。
「言い残すこととか、あるか?もし死んだらこうしてほしい、とか」
「無い」
飛んできた陽玉を三つ躱し、二つを肩と膝に受けて焼ける。皮膚の焼ける感覚を無視して強引に右手の刃で旭の胸を斬り裂く。が、浅い。
「お前が言った通り、俺にはもう何も無い。故に、遺す言葉もまた無い」
「悲しいことだ。……だが僕にはある。もし死んでしまった時、お前に頼みたいことが」
周りを囲った五つの陽玉が日昏を仕留めるべく一斉に襲い掛かる。
「ふざけたことをっ…抜かすな!」
日昏のずっと背後から、突如として土の壁が地中から競り出してくる。旭はそれが退魔師の術だとすぐさま気付いたが、もう遅かった。
攻撃であれば対処は容易だが、これは使い道が違う。
出現した土壁によって、四方を囲っていた陽玉の一つが放っていた陽光が遮られる。
長く伸びた影が日昏とその正面に立つ旭のすぐ後ろまで引かれ、
瞬間、日昏の姿が消え五つの陽玉は対象を穿つことなく中空をただ通過する。
「!」
陽向日昏は影を操り、自由に移動する能力を持つ。
背後の影から再度姿を現した日昏へ振り向き様に蹴りを放つと、爪先から太腿までを鋭い動きで二振りの刃が走る。直後その足から大量の血飛沫が噴き上がった。
そして攻勢はまだ終わらない。
「はァあああああ!!」
流れるように足を斬り刻んだ動きでそのまま旭の懐へ潜り込み、両手のナイフを振り上げる。大振りの蹴りを空振った旭の体勢は未だ戻らず、
「……ッッ」
鮮血が空高く舞い上がり、使い込まれてよれよれになっていた旭のスーツが一瞬でワインレッドに染まる。
「…お前を殺したところで何が変わるわけでもない。だが、殺さねば俺は終われない。死んだ陽向家の皆々の為にも、お前はここで滅べ」
二つの凶刃が刻んだ傷から血を噴く旭の上体がぐらりと前に傾く。裏切者の陽向が一人、偽物の街で静かに倒れ―――
ダンッ!!!
「…意味の無い行為、意味を成さない言葉。もう、うんざり、だ」
倒れかけた体を、半歩踏み出した右脚が強く強く支える。
「な、ん…だと」
驚愕に目を見開く日昏の胸倉を、押し倒す勢いで右手が掴む。
「陽向の家は、皆そうだった。罪のない人外を殺し、殺し、殺し尽くした。違ったはずだ、本来の陽向家は……害成す悪を、人を傷つける悪い人外を、退治するのが、…
胸倉を掴む右手が軋み、満身創痍の旭が片腕のみで日昏の体を持ち上げる。
「だから僕は離れた、陽向家を見限った。…何故こうも歪んだ…?あの家は、何故ああも狂った?……たとえ、たとえ僕達の代で既にどうしようもないほど手遅れの家だったとしても、」
「あき、らあああああ!!」
持ち上げられたまま斬撃を放つが、旭はもう回避はおろか防御すらしようとはしなかった。肩口を、頬を、首筋を斬られながらも旭は右手を離さない。ただ、ゆっくりとボロボロの左手を後方に引き、絞る。
泣きそうな声音で、旭は困ったような表情で最後に日昏の顔を真っ直ぐ見据えた。
「僕は、
ゴシャア!!と、左手から繰り出されたアッパーカットが見事に日昏の顎を打ち貫き、真上の太陽へ高々と浮かせる。
「“九つの日、集い集いて魔を照らせ。陰を払いて邪気を退け、真なる我が名を解放せん”」
空に浮く日昏を、散らばっていた九つの陽玉が高速で囲い廻る。
退魔の直系者が持つ生まれながらの力。
それは誕生と共に与えらえる存在の力。
すなわちは退魔の真名。
九つの玉がより一層の輝きを放ち、中央に囲う日昏の姿を陽光の中に閉じ込める。
莫大な熱量が空と風景をぐにゃりと歪ませて、極大のエネルギーがその一点に集約される。
「―――…ああ。所詮、
眩く輝き、巨大な太陽そのものと化した内側から聞こえた声。
それに対し、旭は努めて聞こえない振りに徹した。意志が揺らぐより先に、崩れ落ちそうになる両脚を踏ん張って最後の一言を唱える。
「“
カッ、と。
破壊された街々を真っ白い光が覆って。
灼熱の太陽は影の差し込む余地を許さず、内に閉じ込めた対象ごと轟音と共に爆ぜた。
そして写し身の世界は崩壊を迎える。
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「っ…なんだ!?」
廃ビル屋上で、決闘の終わりを予感して今にも飛び出そうとしていた由音が身を硬直させてその方向を見る。
「んっ」
ぴくっと頭頂部の猫耳を立てて、シェリアが顔を上げる。
「……決したか」
その隣で、レイスは待っていたとばかりに閉じた瞳を開いて歩き始める。
「さて、どう転んだかね、旦那は」
マンションの屋上で錫杖のようなそれを松葉杖代わりにしていたアルが、ふらつく体を支えてくれている幼い少女の白銀の髪をゆっくりと梳いて、
「ちょっとだけ出るわ、
「……アル」
何か言いたげに見上げる白埜に苦笑を向けた。
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「なんかやってんなァ」
強大な反応を感じ取り、大鬼酒呑童子はその方向に視線を向けていた。
勝敗の決した相手は死に、同胞の仇討(という名目の退屈凌ぎ)は済んだ。であれば、次はあの方向へ動いてみるのも面白いかもしれない。
次の興味へ早速向かって行こうとした酒呑の背後で、僅かに身じろぎする一つの気配があった。
「…オイオイ、心臓ぶっ刺したんだぜ?テメェはよォ」
ぞわりと酒呑が身震いする。
恐怖でも戦慄でもなく、常識を覆した事実への疑念と興奮によって。
「まだか!まだ立つか『鬼殺し』!!クカカカッ!クッカカカハハハハハッ!!!」
実に愉しそうに大笑して鬼は体ごと振り返る。
見惚れてしまいそうなほどに綺麗な色彩を放つ薄羽を広げて、人と妖精のハーフは心臓に突き刺さった刀を抜いて放り捨てる。
全てを守るために展開された羽が闘いに狂う鬼神へ敵意の烈風を吹き付ける。
人と鬼との決着が、すぐそこまで迫っていた。