Neetel Inside ニートノベル
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「“切九字きりくじ護法ごほう牢格ろうかくっ!!”」
 指先で縦横に切った線が九、実体を伴って大鬼の周囲に展開される。
 それは光の檻、魔を閉じ込め衰弱させる九字の結界。
「クカカカッ!!」
 自身を囲う光の牢獄へ、酒呑童子は文字通り鬼の形相でおぞましい笑みを浮かべながら拳を振るう。
 前と違い、今の大鬼は酒を取り入れた万全状態。つまり前回破壊された時よりも遥かに早く檻は突破される。拳の一発で粉砕される可能性も否めない。
 そう、単発・ ・の結界だけならば。
 ギシィッ!!
 今まさに九字の結界に激突しようとしていた鬼の拳が、直前で静止する。させられる。
 その拳を押さえ付けていたのは、地面から生えた無数の木。それがまるで触手のようにうねりながら太い幹を絡ませながら酒呑童子の腕のみならず肩から胴体まで這い回る。
「気色悪ィな!」
 ギギギと力を込めて引き千切ろうとした鬼の体に、今度は足元から土が上ってくる。セメントで固めるように、鬼の両足を土が覆い鋼の如き硬度となる。現にその土には多量に鉱物が含まれており、鉄鋼の土枷として効力を発揮していた。
 まだ終わらない。
 空気中から集まった水が鎖の形状と化して鬼の首に絡み付き、酒呑童子を中心に五角形の頂点を結び地に楔を打つ。
 その五つの頂点を線引きするように地面を火炎が奔り、水の鎖から伝って鬼の全身を縄のように火が走り回る。
 五大属性をフル活用した拘束。
「“元素改式・五行結界改々かいしあらため”…条件整えるまでしんどかったぞ」
 酒呑童子の周辺には五角形と、それをさらに囲う巨大な五芒星と円陣が刻まれていた。それも、地に刻まれた一つだけでなく、地表から鬼の肩付近までの間に等間隔に四つ、同様の陣が鬼を中心に浮いている。
 計五つの魔法陣と、それぞれに対応した属性。
 基本的に五行思想を総動員させる術式の起動には、発動条件として事前に属性の配置をしておく必要がある。
 木、火、土、金、水。
 戦闘の最初から、効かぬと分かっていても馬鹿の一つ覚えのように放ち続けていた五大属性の術法は全てこの為だけに費やしていた。
 陽向家の奥義にして最大級の束縛大結界。さらにそれに妖精の力を混合させ改造に改良を重ねた渾身の一手。
 酒呑は自身を縛り上げる二重の結界に対しても、慌てたり焦りを見せたりすることもなく、ただ口の端を吊り上げて高笑いを上げる。
「クカッ、クハハハはははは、ハハハハハ!!!やるじゃあねェか『鬼殺し』!!このオレの動きを縛るたァ大した法力だ!次はなんだ?何を繰り出す?早くしねェと苦労して仕掛けた結界も無意味に終わるぜ!!?」
 言葉に偽りなく、大縄が剛力で千切れるような、分厚いガラスに亀裂が走るような奇妙な音が酒呑童子の周辺から響き始める。それが結界の奏でる悲鳴だということに気付き俺はもう引き攣った笑いすら浮かべられなかった。
(…退魔師の持ち得る封印と束縛の集大成、神すら封じれるレベルの大結界だぞ…どうやったら壊せるってんだよ、馬鹿力だけが取り得の鬼がよ…!!)
 いかな能力・特性・性質をもってしても、発動にまで漕ぎ付ければ間違いなく簀巻きにしてやれる性能を持った術式だったはずなのに、この大鬼はあろうことかそれを強引に金剛力とかいう馬鹿げた身体能力フィジカルだけで攻略しようとしている。
 やはり鬼の最上位、史上最強の鬼神は伊達じゃない。
 だからこそ、稼げたこの時間を最大限利用して、使わせてもらう。
(イメージしろ、地中から引き上げる莫大なエネルギーを。……今の俺になら使えるはずだ)
 今の俺になら、この身を構成する最後の一つを理解できる。
 『神門』。

 地の底には、人の歴史と共に積み重ね蓄えられてきた膨大な量の『力』がある。大昔から人々はそう語り継ぎ、そして信じて疑わなかった。
 時として大地を揺らし、時としてそらに昇り雷を落とし、時として火炎の球として地表の水を干上がらせる。
 それらは全て地底に流るる地脈のエネルギー、さらにはそれを操る神なる存在の仕業だと伝えられてきた。
 そうして、その神へ干渉し身を挺して天災を防止する為の人間を選出した。神への信仰を守り、怒りを鎮め、そして祈祷を捧げる。
 原初の巫女は、偶然かそれとも本当にそういった力を宿していたのか、神の下すわざわいことごとくを跳ね除け、防ぎ切ってみせた。
 奇跡を目の当たりにした者達は、彼の者を神に愛された申し子―――神子みことして崇め奉った。
 全ての人間が、彼(あるいは彼女)の神力を認め、永劫にその奇跡が続くことを望み、願った。原初の神子が死んでも、その子や孫が引き継いでくれると信じて。
 人間は、多くが望み願った現象や能力を現実に発現させる力を持つ。
 『群による想像の創造』によって、神の力を自在に振るう『神子の一族』が半ば強制的に全ての人間の望みを満たす為に産み落とされた。
 おそらくは星の歴史にて最も初めに発生した『特異家系』の、その初代だった。
 使いこなせば神と同等の力を振るえるとされ、誤れば自己どころか土地全てを滅ぼしてしまう神力を、いつしかその一族は自ら門を閉じ封ずることによって安泰を保持する方向へシフトさせた。
 一族は家系に継承されていく『神へ至れる力の門を守る者』として、『神門』の姓を名乗ることに決めたのだった―――。

 それが、陽向旭が自らの家系から絶縁する為に借りた力であり、
 これが、神門守羽と名付けられた俺に流れる最後の力。
 妖精、退魔……そして神の門。
 荒唐無稽過ぎてもう頭が付いて行かない。ただ自身の力を完全に開放させた瞬間から自然と脳が力の正体と使い方を理解した。
 だから、今は、もう、これでいい。
 深いことは何も考えない。ゆっくりと右手を真上へ上げる。立てた二本指の先から、巨大な光の刃が噴き上がる。
 断魔の太刀。ただし、構築しているのは退魔師の力だけにあらず。
鬼神テメエに勝つには、こっちも相応の力がいるってこと、だよな。だから全力でやる。消し炭になっても文句は言うなよ!!」
「……最ッ高だ、テメェ」
 『陽向』と『神門』を掻き混ぜた巨大な光の太刀を前にして、大鬼は小さく呟くと体を拘束している結界から無理矢理右腕だけを引っ張り出す。その腕の筋肉が肥大化し膨れ上がり、必滅の一撃を用意する。
 我慢しきれなくなったかのように、酒呑童子が叫ぶ。
「生まれて初めて『死』を間近に感じるぜ、来いよ『鬼殺し』ッ!!この鬼神オレを!殺せるモンならッッ」
「オオァあああああああああああ!!!」
「殺して―――みやがれェェあああああああ!!!」
 ドムッッ!!!
 振り下ろした巨大な断魔の斬撃と、大鬼が繰り出した拳の衝撃が中間点でぶつかり合う。
 衝突の瞬間に鬼の拳に押されかけたが、背中の羽を全開で展開することでどうにか踏ん張りを効かせた。太刀を発生させている右手に左手を添え、肉が削がれるかと思うほどの衝撃と暴風に耐えながらさらに出力を引き上げる。
 ベギンと音がして右手の人差し指がヘシ折れた。
 能力に対し肉体が追い付いていない。
 元々この身は半端な出来。退魔師としても神子としても不完全にして未完成。妖精種としての人外の強度を加味してもこの全力には適応し切れない。
 考えている間に中指も第二関節から真逆に折れる。手首も不気味な音を上げ始めた。
(片手片腕ぐらい、くれてやる。ここで倒さなきゃどの道全部終わりだ!!)
 激痛がむしろ頭を澄ませていく。全身の力が全て右手の一点に集束して凄まじい速度で放出されていく感覚。
「クはは、ハハッ!すげェ、コイツはすげェぞ!!」
 狂ったように笑い続ける鬼の姿が斬撃と拳撃の向こうに見える。突き出した右腕から煙が立ち上っていた。
 まだ余裕がある。なんだこの化物は。本当に掛け値なしに怪物なのか。
 徐々に押され始め、両足がジリジリと後ろに下がる。
「かぁっ、はあああああああああああああ!!!」
 息を吐き出し、琥珀色の両目を見開いて力を限界以上に上げていく。手首が折れ、指先から次々と表皮が裂けて血が衝撃に散らされ霧となって吹き荒ぶ。
 寿命を削っている確かな実感。視界が赤く染まり、目の端から血が雫を落とす。全ての傷口が広がり命が全身から体液となって流れ出ていく。
 いくらでも削ってやる。死ななきゃ寿命なんぞ安いもんだ。
 これからを生きる為に、その日々を守る為に。
 今ここで、この瞬間だけは、鬼の神を完全に凌駕し打倒する!
 俺の意志に共鳴してか、羽が引き千切れんばかりに末端まで伸びて広がる。
 背中を押す爆発的な推進力、それを後押しする“倍加”の異能。大鬼の自由を縛る為に展開している妖精の力が五大属性を支える。退魔の刃が鈍らぬ切れ味を放出し続ける。地脈から汲み上げる神力が門をぶち壊す勢いで俺の体を介して流出していく。
「―――!!!」
 酒呑童子が、尖った歯を剥き出しにした破顔の笑みで俺を見る。右腕は既に肘まで崩壊し、押されていた。
「ッおオイ!『鬼殺し』!!」
 俺の返事も待たず、酒呑童子は肘まで消失した右腕でなおも斬撃を受け止めながら、とても残念そうな表情で、

「やっぱテメェ、オレと来い。これっきりで終わらせんのはあまりにも惜しい」
「…お断りだ、誰がテメエなんかと。俺は『鬼殺し』だぞ?」

 ニッと笑った酒呑童子が口を開き、それを真上から叩き潰すようにして巨大な断魔の太刀が地面ごと大鬼の姿を吹き飛ばした。
 最後の瞬間、鬼の口が『残念だ』と言葉を発していたように、俺には見えた。

       

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