Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第五十一話 離別と、決別と

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 写し身の街が崩壊し、彼らは最初に相対した場所に戻っていた。
 たった二人しかいない公園。そこには荒い息を吐く音と、プスプスと焼け焦げた何かが立てる音だけが静寂を満たしている。
「ぁあ、はあっ……か、ふっ。……あ、きら…貴様……」
 仰向けに倒れたまま、苦悶の表情と声音で陽向日昏が途切れ途切れに声を発す。その全身は酷い火傷を負い、今なお炭と化した表皮から赤々と熱が色を保っていた。
「ああ、良かった。生きてた。……よか、った」
 倒れる日昏の眼前に、血溜まりを足元に広げていく神門旭の姿があった。こちらも体中に刻まれた裂傷が明らかな致命傷となって、どんどんと旭を失血死へ追い込んでいく。
 どちらも今すぐに処置をしなければ命が危うい状況。にも関わらず二人は痛みと吐血で途切れる言葉を掠れた声で紡いでいく。
「要らぬ手心を、加え、たな」
「心外、だね…あれでも…全力だった、さ。ただ、思ったより力が落ちてた。『陽向』からの絶縁、『神門』への、鞍替え……想像以上に、僕の体は負荷を受け、て…っ」
 言い終える前に、自重すらすら支えられなくなった両足が膝から崩れ落ちる。頭を垂れたまま、血の雫を落とす口に精一杯の笑みを見せる。
「決着は、ついたよ。君の負けで、僕の勝ちだ。だから君に頼みたい」
「なに、を…?」
 大火傷を負った体を起こそうとしてうまくいかない自分の肉体に苛立ちを覚えながら、なんとか顔だけを持ち上げて日昏は旭を視界に入れる。再度両足に力を入れてよろりと立ち上がった旭が、血色の悪い顔でやはり弱々しい笑みを湛えている。
 血反吐が喉に絡むのか、喋り辛そうにしながらも旭は倒れる日昏へと自らの願いを口にする。
 それを聞いて日昏は僅かに目を見開いた。怒りが痛みと疲労を凌駕して叫びを生み出す。
「ふっ…ざけるな!ゴホッ…そんな、もの!お前が…勝ったお前がやらなければ…!」
「いや…勝てたからこそ、君に頼むしかないんだ。もう僕に、自由は利かない」
 諦念しきった、何か覚悟を決めた様子の旭はゆっくりと頭を振るい、直後。
 傷だらけの旭の体を、背後から水の鞭が容赦なく拘束し縛り上げた。
「旭…ッ!?」
「ここが、僕の、年貢の納め時ってやつさ。……そうだろう?レイス」
「…………ああ、そうだな」
 背後の妖精が、冷酷な表情で冷水のように冷えた声音を返す。
 手加減なく圧迫する水の鞭が全身を束縛し、裂傷から血が噴き出る。
 激痛と疲労、多量の出血でもう意識の維持すら困難な旭は、諦めて潔く、思考ごと踏ん張って保っていた意識をあっさり手放す。
 最後の瞬間、彼の脳裏に浮かび上がったのは、
(……ああ。やっぱり。もう一緒にご飯は食べられなかったね。ごめん、二人共)



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「…ここまでだ。皆の衆、退くぞ」
 両勢力の攻防ですっかり荒れ果てた二つのオフィスビルの屋上。その片方で杖を突いて白髪の老妖精ファルスフィスが顔を上げて宣言する。
「あんにゃろ、逃がすかっての!」
「待った音々!」
 黒翼をはためかせて仕掛けようとした音々の腕を掴んたレンが全力で後方へ飛ぶ。次の瞬間、二人のいたビルの真上に屋上の面積を越える巨大な氷塊が出現した。
「爺様っ、こんなの避けられないって…!」
「あのクソジジイぃ!!」
 太陽を隠し一面影に包まれた屋上で逃げ場を探すが、当然そんなものは無く。せめてもの抵抗にとそれぞれが両手を構えて迎撃の体勢を取る。
 巨大な氷塊が屋上に着弾する、その間際。
 空から降ってきた数本の刀剣や槍が氷塊に豪速で突き刺さる。衝撃が内部へ潜り込み、内側から破砕する。
 ガガガッと氷塊を貫通して屋上に突き立った武器が一瞬間後に砂塵と化して崩壊していくのを見届け、レンと音々は即座に同盟仲間の援護を察しすぐさま敵の姿を探す。
 氷塊に気を取られている間に、『イルダーナ』の面々は対面のビル屋上から消え、もうそこには影も形も無い。
「チッ逃げられたわよレン!」
「わかってる」
 追撃の動きを見せる音々を片手で押さえ、レンは短い時間で考える。
(『イルダーナ』は旦那さんを狙ってここまで来た、その情報を得る為に俺達に接触してきた。そう思っていたが、だとするとこの撤退はあまりにも不自然だ。ならこれは…)
 思考が纏まったのと同じタイミングでポケットの携帯電話が震え、レンは相手も確認せずに通話状態にして耳に当てる。
 この状況で電話をしてくる相手なんて一人しかいない。
『足止めしてるつもりが、足止めされてる側だったってな』
「やっぱそういうことか」
 電話の向こうで風音の混じる音声にレンは眉を寄せながら返す。どうやらアルは移動しながら電話しているらしい。こちらへの援護射撃を終えてからすぐに動き出したのだろうか。
『連中の狙いは最初ハナっから旦那だけだ。その連中が退いたってことは目的を達したってことに他ならねえ』
「旦那さん、負けたのか?」
『さあな、勝っても負けても同じ結果には結び付きそうだが…ともかくある程度は旦那の予想通りになったってわけだ。お前らもさっさとそこから離れろ、野次馬が寄ってくんぞ』
 屋上での戦闘で崩れた瓦礫や氷塊は地上へ降り注ぎ、少し前から随分と大きな騒ぎになっていた。怪我人や死者も出たかもしれない。じきここへも人間の機関から派遣された人員が押し寄せてくるはずだ。確かに撤退は早々に終えなければならない。
「わかった。マンションに戻ってればいいか?」
『音々はマンションの俺らの部屋に戻らせろ、白埜が一人っきりで留守番してっから合流して面倒見といてくれ。お前は自前の能力使って姐さんに連絡取れ』
「なんで?」
『旦那のこと、たぶん一番敏感に感じ取ってるのは姐さんだ。結界で覆われた家から出られると厄介なんだよ。自分の嫁が妖精連中に狙われるのは旦那が最大に嫌がる展開だ』
「なるほど、了解」
 通話中もビュウビュウと聞こえる強風で、アルがかなりの速度で移動しているのが窺える。思わずあの重傷者が何をしているのか気になったレンが問う。
「で、お前さんはそんな体を引き摺ってどこへ向かってんだ?」
『決まってんだろ』
 僅かに切れた息遣いで、アルは自身の状態など鑑みることなく、至極当然のように、
『旦那がもっとも大事にしてんのは自分の家族だ。姐さんの安全は結界で確保出来るとして、なら次にヤバいのはもう一人の家族の方だろ』

       

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