Neetel Inside ニートノベル
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住宅街から東に離れた位置には、倉庫街と呼ばれる無人の一帯がある。
誰が持ち主なのかも不明な古びた三角屋根の倉庫が大小無数に数を連ねて固まっている。廃ビル群といい、この街にはこういった無駄な土地や廃屋が多く存在している。
そんな倉庫の一つに、二人はいた。
倉庫内にあった、埃を被った椅子に座らされ、両手足を縛られた久遠静音が無言で目の前の相手を見上げる。
少し前に目は覚めていた。僅かな時間で自分が何をされ、ここがどこなのかを考えていた。
何をされたのかは、なんとなくわかる。
守羽と別れてから登校路を歩き始めた時、背後から何者かに襲われ、あっという間に気絶させられた。今自分が縛られているのはその相手がやったことだろう。場所がどこかまではわからないが、きっと人気のない場所であるのは間違いない。
「お前さー」
目覚めたのに気付いた目の前の相手が、栗色の髪をいじりながら口を開いた。
「なんで自分がこうなってっか、わかる?」
「…いえ」
静音は正直に答えた。
答えつつ、相手の顔をまじまじと見ていた。
覚えのある顔だ。
といっても、せいぜいが、ラーメンを食べた帰りに守羽がぶつかった女の人、という程度の認識しかなかったが。
栗色の髪を三つ編みに束ねた、見た目二十代前半の女性。
目鼻立ちは整っているというのに、服装といえばジーパンに無地のTシャツ姿。何故か初夏だというのにスプリングコートをシャツの上から羽織っている。
鋭い目つきで静音を見下ろす女が口の端を吊り上げて笑う。
「ハッ、だろうな。まー待てや、答えはその内来る。きっと必死な形相で来るんだろうなあ、楽しみ楽しみー♪」
心底から楽しそうに言って、女は鼻歌混じりに正面の閉まったシャッターを見る。
倉庫内はわりと広いが、手入れもされず放置されていたせいか鉄錆臭く陰気な感じがする。
それらを確認しながら、静音は答えを自力で導き出す。
必死な形相で来る、答え。
ここへ来る目的。自分がここに捕らわれている意味。
久遠静音がこの場所で捕まっているのを、必死に助けようとしてやって来る誰か。
自惚れのようで嫌になるが、そうであってほしいという多少以上の願望も含めてその名を呟く。
「……守羽…」
「あん?…んだよ、わかってたのか」
呟きを逃さず聞いて、女は答えに行き着いた静音につまらなそうな表情を作る。
「そうだよ、そいつ。神門守羽。その内来るとは思うが、お前はその為の餌だ」
「…何故、守羽を?あなたは一体、誰…?」
「さーな」
答える気がない女は、静音の質問を切って捨てる。
「どの道野郎が来たらお前は用済みだ。すぐ殺してやる…ってか、そっか」
何かを思いついたのか、女が不敵な笑みを浮かべる。
「あいつが来るまでお前を生かしておく必要もねーんだな、そういや。それよりも先に死体にしといた方が、あのカスが来た時に面白い反応してくれっかもしれねー」
そう言って、女は右手を腰の後ろに持っていく。ジーパンに挟んであったらしき短刀を取り出すと、鞘から抜いて静音の前で切っ先を肩へ向ける。
「いや、どーするかな。手足バラして、ギリギリ生かしたままの方がショックはでかいか?うーん、とりあえず無傷にしとくのはつまらねーからなー」
この女性が何者で、何を狙いとしているのかはわからないままだが、とにかく守羽に対して深い恨みを持っている様子なのは窺い知れた。その為に自分を使おうとしている。
相手の言う通り、無傷では済まないだろう。“復元”があるとはいえ、痛みは痛みだ。それに傷を戻せても痛覚は消せない。
これから来るであろう激痛に、冷や汗を垂らしながら静かに覚悟を決める。
ガシャン!
「あ?」
「…?」
何かが勢いよくぶつかる音が、向こう側のシャッターから聞こえた。
ガンッ、ガッシャ!!
それは二度、三度と続き、そのたびにシャッターが大きく揺れる。
「んだ、はえーな。もう来たのか」
静音に向けていた短刀をどけて、女はシャッターに向き直る。
(守羽…)
待ち人が来たとあって、静音は不安の表情で、女は威圧的な笑みでそれを出迎える。
だが、二人はシャッターの向こう側から聞こえた声でそれが違ったと理解する。
「んっだクソ、かってえなこれ!全然開かんぞ!?」
「…な」
その覚えのある馬鹿っぽい大声に、女は昨晩殺した相手を思い出して目を見開く。
「ああもう、これでいけんだろ!」
バキャァ!!という破壊音を立ててシャッターが抉れ、吹き飛んで女の眼前まで迫る。女はそれを左手で軽々と払いのけた。
「見つけたぞセンパイ!と、テメエこの野郎!昨日はよくもやってくれたなコラぁ!」
破壊されたシャッターの向こうで、蹴破った片足を上げたままの状態でこっちを見ている人影があった。
「由音君」
「うっす!」
東雲由音が朝の挨拶にように軽い調子で片手をあげた。それから倉庫内をざっと見て、
「やっぱ守羽はまだか。距離的にこっちが先に着くとは思ってたけど。すんません静音センパイ!あいつもう少しかかります!」
「おいおい待て待て!なんだお前、なんで生きてんだ!?」
静音が返事するより先に、女が戸惑った様子で割り込んだ。
「なんでってなんだ!死んでねえから生きてるに決まってんだろ馬鹿か!」
「そういうこと言ってんじゃねーんだよ馬鹿がっ!」
女が短刀を構えて苛立ちに声を大にする。
「確実に死ぬはずの致命傷だったはずなんだがなあ!仕方ねー、あのカスが来るまでのお遊びだ、死んでねーなら今度こそ首まで撥ねてしっかり殺してやる」
「やれるもんならやってみろ。真正面からやってオレを殺せると思うなよ!」
由音も適当に中腰で構えらしきものを取って、女の攻撃に備える。
待ち人は来ず、代理のようにやって来た由音と女とが衝突する。
昨晩のあれが『闘い』と呼べるものなのかは甚だ怪しいが、それをカウントするのなら由音にとっては二戦目のリベンジマッチが始まる。

       

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