Neetel Inside ニートノベル
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概念種がいねんしゅ
幽霊、生霊、死霊、怨霊、悪霊、その他肉体を持たない存在等のことを指す言葉。
これらの存在には総じて“憑依”という能力が備わっている。それは肉体を持つ者へ干渉し、代価と引き換えに力を貸し与える。
大抵は寿命だが、モノによっては供物、生贄。何らかの条件を呑むことなどで代価が成立する場合もある。
高位の概念種には意思あるものが多く、貸し与える力も特殊なものが多い。
逆にろくな意思も無い低位の概念種は、基本的にたいした力を持たない。
悪意しか持たない低位の概念種は、人間に取り憑き寿命を奪うことしか知らない。貸し与える力というのも、せいぜいが人間離れした身体能力や肉体耐久力など。寿命と引き換えに得る力としてはあまりにも割りに合わない。
だが連中は強引にでも力を貸し与え、そして強引に寿命を喰らっていく。
故に低位の概念種は性質たちが悪く、妖怪退治や霊障処理を生業なりわいとしている者達からは疎まれている。
東雲由音も、そんな低位の悪霊に憑かれた哀れな一人である。
しかも由音の場合は胎児期から“憑依”され、出産時には既に寄生の段階が魂との癒着にまで至っているどうしようもない状態だった。
五年生きられれば妥当、十年生きられれば奇跡と呼べるその状態で産まれ育ってきた由音は、しかし今現在こうして出生から十六年目を迎えている。
答えは言わずもがな、“再生”の異能が発現したことによる、奪われた代価ダメージに対する再生リカバリー
どれだけ奪われても、奪われた分だけ回復する。
それはつまり、悪霊が望みもせずに提供してくる人外の力を、望む分だけ好き勝手に使えるということに他ならない。
失うものはなく、ただ得ることだけが出来る。
…まあ、それすらも“再生”との拮抗バランスを保たなければその限りではないが。
(見える、…追える!)
“憑依”の深度を上げたことで肉体の全パラメーターが飛躍的に上昇した身で、東雲はシモンの二刀を見切り躱す。
(まだ上がる、いけるとこまで上げる!)
自分の内側に巣食うモノへ代価を注ぎ込む。
由音の調整次第でまださらに上げることは可能だが、今の段階ではまだそれも済んでいない。それに深度を上げること自体にもリスクはある。
だが今の状態でも充分だと思えた由音は、上げられるところまで上げてからそれを固定する。
(守羽が戻ってくるまでの数分!あの変な攻撃についても見切ってやるっ!)
多少の余裕ができた状態で、由音は攻める。
「調子に乗んなっつの!」
シモンが短刀を突き出すのを紙一重で躱す。が、回避した短刀が胸に突き刺さる。
(そういう使い方かっ)
空振った攻撃を再度当てるのにも、あの空間を跳ぶ攻撃は有用だ。これを防ぐには鎧でも着込んでいなければ不可能だろう。
もちろんそんなものがあるわけもない。由音は短刀を突き刺されたまま思い切りシモンの顔へ拳を振るう。
シモンの眼前で由音の拳が手首まで消えた。
「っ…!」
「散々見てたんだからさーこういう使い方もできるって思わなかったか?」
シモンの肩越しに見える倉庫の向こう側に、自分の拳が浮いているのが見えた。
自分の拳や武器だけじゃない。
相手の攻撃ですら、同じように跳ばせるのか。
急いで引き抜いたが、振り抜かれた斬撃で手首が撥ねられる。
(ここまで深度を上げても一撃で斬り落とされるか!)
今や由音の体は常人の数倍は硬くなっているはずだ。それでも女の一振りで切断できてしまうということ自体もうおかしい。
あの空間を跳ばすおかしな力以外にも何かあると見た方がいい。
すぐさま手首を拾い、シモンの斬撃をわざと受けて後方へ下がる。
「くっそぅ、人の手足をバンバン斬りやがって…」
「どーせ治るんだろー?おら、待っててやっからすぐやれよ。あたしは寛大だからなー」
言いつつ、シモンも本当に手心を加えて切断が治るのを待っていてやっているわけではもちろんなかった。
(裂傷、打撲、骨折、切断………どれも遅くなってやがんなー)
手首をくっつけて切断面が跡形もなく治癒するのを見届けながら、シモンは数えた秒数を照らし合わせて思考する。
由音が“憑依”の深度を上げたと思しきタイミングから、傷の治りが少し遅くなっている。ざっと、十秒から二十秒の間。
それでも驚異的な再生能力であることに変わりはないし、いくらやっても際限なく再生するのはとても厄介だ。
しかし、治る時間が長ければ長いほど、こと戦闘においてはシモンが有利になろうことは明白だ。
この短時間できちんとした正解は出せないが、大体の予想はついた。
(“憑依”を深めると、浸食に抵抗する為にそれだけ“再生”の力を使う必要がある。つまり肉体浸食に異能を回すと肉体損傷に回す余力が減るってわけだ)
悪霊の“憑依”を二十引き上げれば、それに応じて“再生”も二十上げなければ拮抗せず、バランスが崩れてしまう。そちらに意識を向けるがあまり、怪我に対する“再生”が遅れる、あるいは再生力そのものが低下する。
シモンはそう結論付けた。
(だからどーしたって話だがな。再生能力が落ちたとしても、その分動きが鋭くなっていきやがる)
現に、深度を上げてからの由音に攻撃を当てる回数は減ってきている。防御か回避でシモンの攻撃を掻い潜ってきているからだ。
「ったく、だりーなぁ…」
最優先に殺すべき相手より先にこんな悪霊憑きに手間を取らされていることがたまらなく腹立たしい。さっさと息の根を止めて、あの男を殺したいのに。
(あのよくわからん現象、自分以外にも通用するんだな…)
手首の結合が完了し、由音がシモンの出方を見ながらまた考える。今さっき受けた貴重な体験を思い返しながら。
(まるで感覚はなかった。拳突っ込んだらそのままスルッて違うとこから拳が出た。空間に穴が開いたみてえな……)
あれは考えたところで理解できるものではないと、直感的に感じた。ただ、せめてその仕組みくらいは把握しておきたい。
(そもそも異能じゃないってわりにはそれに近い感じなんだよなあ)
五感すら人外のそれに変質されている今の状態では、シモンの使っているそれがどういったものなのかの大体の感じすら掴める。
極めて異能に近い何か。
(それが、あの女以外に二つ・・
倉庫の壁際、違う位置に一つずつ。
何かがある。仕掛けか、罠か。
よくはわからないが、普通ではない気配を由音の五感は捉えていた。
その方向へ視線を向けようとした時、シモンが由音の眼球の動きを読み取って右手を突き出した。
「っ!」
喉のすぐ近くから突き出た刀身をギリギリで避ける。五感に集中していると、あれのタイミングも僅かに読めるようになる。
「余所見すんなよー霊媒者。現実逃避か?」
視線を固定させるように、シモンが連続して空間を越える刺突を繰り返す。
確かめている余裕は無い。
(ひとまずはそっちか!ちょっとわかってきたしなっ!)
刺突を避けながら、由音は例の攻撃がどういうものか掴み掛けてきたままさらに確信に近づける為に再度飛び掛かる。

       

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