Neetel Inside ニートノベル
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縄を解いた静音さんには安全圏と思われる位置の倉庫に隠れてもらい、俺は全速力で東雲が単身闘っているあの場へと戻った。
壊れたシャッターを潜った瞬間、目の前をズザァッと靴底を滑らせた東雲が後退してきていた。すぐ治るとはいえ、全身傷だらけだ。
「おい東雲、待たせたな」
「いやあ、へへっ。いいタイミングだぜ神門」
「?」
目に入った血を手で拭いながら、愉快そうに東雲は笑う。
「…チッ!」
向こう側で大きな舌打ちをしたシモンは対照的に苛立った顔をしている。ってかあいつはずっとあんな顔か。
「穴だ、神門」
「あな?」
突然の言葉に俺は意味がわからず鸚鵡返しで問い返す。
「なんだよそれ」
「いやだから穴!あいつなんもない空間に穴開けてんだよ!そんで違う場所にまた穴開けて繋げてんだ!」
東雲の説明の仕方が下手なのか、俺の理解度が足りないのか。ちょっといまいち言ってる意味がまだわからない。
えー、要するには。
「違う場所と場所に二つの穴を開けて、そこを通過して短刀を突き出したりしてたってことか?」
「そうだ!多分なっ」
つまり、シモンは自分の目の前の空間に一つ穴を開けて、さらにそこから通ずるもう一つの穴を俺達の眉間や急所の位置に開けて刺突を繰り出していた、と。
わりかし単純な力らしい。下手に深読みし過ぎたか?
「じゃあ、二人で仕掛ければどっちかはまともに一撃入れられるってことだな」
攻撃を繰り出すのもこちらの攻撃を流すのも、二人同時に捌くことはできないだろう。俺と東雲で合わせて攻撃すれば対処は一人分遅れる。
「東雲、俺は右側か、出来れば背後を取る。お前は左か前で仕掛けろ」
全身体能力四十倍に設定し、足腰を踏ん張りスタートダッシュに備える。
「了解っ」
既に完治した体で東雲が声高く返事する。
「……」
二人揃ったのを見て、シモンも無言で二刀を構える。
「行くぞ」
「おうよ」
どちらからともなく、最初の一歩を思い切り踏み込み飛び出す。
「ハッ!」
シモンが左の短刀を突き出す。刀身が消え、消えた刃はーーー、
(触力三十五倍!…やっぱり俺かっ!!)
五感の内、触覚だけを強化させた俺の肌は直前で迫る刀身の風圧を感じ取った。全速力のままで顔を僅かに傾けて刺突を回避する。
ヤツはやたら俺に固執している。二人の内どちらかを狙うとなれば間違いなく俺へ来るだろうとは踏んでいた。
ともあれ初撃はやり過ごした。シモンが短刀を引き戻す間に俺と東雲なら充分に懐へ潜れる。
「でりゃぁ!」
(右腕力四十五倍!)
“憑依”で強化された東雲の蹴りが馬鹿正直に真正面から、瞬間的に“倍加”を引き上げた俺の右ストレートが回り込んだシモンの背中から後頭部を狙って放たれる。
そして。
「…な」
「マジかこの女!」
俺の拳打はずっと離れた倉庫の壁を叩き壊し、東雲の回し蹴りは天井に吊り下がる埃を被った照明を蹴り割った。
二人の攻撃が、二人とも決して届かぬ場所へ激突していた。互いに攻撃を繰り出した部位が消失している。
一瞬、あの瞬間に二刀で斬り落とされたのかとぞっとしたが、違う。壁を殴った感覚はちゃんとあるし、今だって驚きで反射的に引っ込めた拳は消失した空間から引き抜かれて戻った。
「…ばーか」
「くっ!?」
驚愕に身を硬直させた俺に、シモンが二刀を振りかざす。正面の由音はすでに首と腹を斬り裂かれて仰け反っていた
「おあぁぁ!」
左から振るわれる、脇から斬り払う斬撃を硬く握った拳で殴り弾く。刃に触れて破けた手の甲の血管から血が噴き出る。
まだ右がある。
先に眼球を巡らせてシモンの右手を確認する。逆手に持ち替えた短刀を顔の高さまで上げたシモンがそれを一気に振り下ろす。
狙いは頸部か心臓部。
切っ先の狙いから察し、振り払うべく逆の拳に力を入れた時、不意に刀身が空間に呑まれて消えた。
(!?、しまっ)
気付いたが遅すぎた。
この近距離でさらに空間を越えた刀身が、首でも胸でもなく、さらにその下の大腿を突き刺していた。
シモンが冷徹な表情で逆手に握る短刀に力を込めながら、口を開く。
「穴だとか、適当なこと言うな。こりゃ門だ」
貫通した刃が深々と太腿に沈み、シモンが傷口を広げるようにぐりぐりと短刀を捻る。
「がっあああああ!!」
痛みに目を見開き、俺は無理な体勢から強引にシモンへ拳を突き出すが、拳は空間の穴に消えシモンに届かない。
「空間を行き来するのに門を二つ使うが、なんであたしがそれしか使えないと思ってたんだてめーは。あたしを誰だと思ってる」
短刀を引き抜き、俺の腹へ膝蹴りを叩き込んだシモンが怒りに身を任せるように雑な大振りで俺へ目掛けて短刀を振りかぶる。
「あたしはシモン。四の門より集う力を束ね担う、『四門シモン』の人間だ。ナメんなよ腐れゴミカスの『神門ミカド』モドキが!」
叫び、四門の一撃が俺の首元へと吸い込まれるように的確な軌道を描いた。

       

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