Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第二十五話 悩める者らが過ごす休日(中編)

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「守羽だいじょうぶ?財布は持った?学生証は?あっ、寝癖が跳ねてるよーもう!」
「自分を信じるんだ守羽!君なら出来る!!しっかり彼女をエスコートしてあげなよ!?」
「無理矢理引っ張って疲れさせちゃだめだよ?女の子なんだからその辺りちゃんと気を遣ってあげてね!えーっとえっとぉ……あとはあとは」
「平気さ母さん!僕と君の息子なんだから出来る!出来るよ絶対できる!信じろ!君は出来る子だ!僕は知ってるからね!!」
「朝からうっせぇぇええええええええ!!!」

日曜日。
静音さんと遊びに行くことを何気なく昨夜の夕飯で溢したのが悪かった。それから今日の朝までずっとこの調子。
俺の両親はしきりに俺の服装や俺の行動についてあれやこれやと口を出してくる。しかも止まらない。いつまで続くんだと思ったが玄関を出るその瞬間までそれは続いた。
さすがにキレた。
「ガキじゃねえんだから心配し過ぎだろ!ちょっと先輩と遊んでくるだけだってのに」
「いやだって女の子だよ?静音ちゃんだよ?」
「だからなにさ」
「将来のお嫁さんじゃない!!」
「おいやめろォ!!」
なんて恐れ多いことを言うんだ、いくら母さんでもそれは駄目だ。
「いい加減にしなよ母さんに父さん。そういうんじゃないから。静音さんだってそんなつもりじゃないだろうし、勝手なこと言うのは失礼だろ。俺の敬愛する先輩に」
「…ねぇ、どう思う父さん?あれ本心かな?」
「いや半分以上は強がりだと思うよ母さん。僕らの息子はあれで結構恥ずかしがりやだしね」
夫婦で仲良く普通に聞こえてくる内緒話をして、細めた両目でこちらを見て来る。
「……もういいや、遅れちゃうし。行ってきます」
溜息一つ。靴を履いて、玄関のドアを開ける。
「気を付けてねー」
「行ってらっしゃーい、頑張るんだぞー!」
映画を見に行くのに一体何を頑張ればいいんだ……。
いつも通りの二人に見送られ、俺は静音さんとの待ち合わせ場所まで向かう。



でもまあ、確かに静音さんと休日に一緒ってのは嬉しい。しかも向こうから誘ってくれたとあらば狂喜乱舞して空の彼方へ吹き飛んでいきかねないくらいの感動だ。電話で誘われた時は思わず由音との約束のことを完全に忘れて反射的に返事してしまったほどだ。
しかし、そうなるとうちの両親が言っていたこともあながち間違ってはいない。
男子と女子が揃って映画を見に行く。
デート。
これをそう呼ばずしてなんと言うのか。
思いっきり浮かれたい気分だが、俺だけそんな浮ついているのもどうなんだろうか。そもそも俺を誘ったのだって何か理由があるんじゃないか?
本来一緒に行くはずだった友達が急遽用事が入って行けなくなったから仕方なく俺と、とか。
そう考えるとちょっとへこむな……。
ともかく理由はどうあれ、あの人と同じ時間を過ごせる。重要なのはその一点だ。
下手に考え込むのはやめて、素直に楽しもう。たまには由音みたいにお気楽能天気になることも大事だ。うん。



待ち合わせは午前九時、お互いが知っている街の一角。
学校から少し離れた、街の中心部。休日だからかわりと活気づいているように思える。
現在時刻は八時半。
待ち合わせにはまだまだある。
先輩を待たせるわけにはいかないからな。先に来て少し待つくらいが気楽だ。
とか思っていた十分後。つまりは八時四十分頃。
静音さんがやってきた。
「……あ」
たまたま俺が眺めていた風景の向こう側からやってきた静音さんと視線が交わり、少し焦った様子でこちらへ駆け寄って来る先輩を俺はじっと見ていた。
全身白を基調とした服装。純白のロングスカートに、シャツの上から少しゆったりとしたカーディガンを羽織っている。
白いフリルのリボンが巻かれた麦わら帽子を被り、長い黒髪が夏の微風に煽られてゆるやかに流れていった。
「ごめんね、守羽。待った?」
「…………」
「…守羽?」
「ぇ……あっ」
麦わら帽子で生まれた日陰からこちらを見上げる静音さんが不安げに瞳を揺らすのを間近に見て、ようやく俺は我に返った。
「あ、いえっ!全然待ってないですよ」
「本当に?ごめんね、暑いのに…」
咄嗟に取り繕ったが、静音さんは申し訳なさそうに俯いてしまう。俺が何も言わなかったから怒ってると思われたのだろうか。
不味い、誤解は早々に解かねばなるまい。
「いえ、全然大丈夫ですよ。すいません、静音さんの姿に見惚れてたら言葉が出てこなくて…」
誤解なんてのは、本当のことを伝えてしまえばあっさり解けるものだ。何もやましいことはないのだから、焦らず正確に言えばいい。聡明な静音さんであれば即座に俺の心境を理解して納得してくれるはずだ。
「…え、と……あの。………ありがとう。うん、よかった。嬉しい」
最初視線を左右に動かしていたが、やがて天使のように可愛らしい控えめな笑顔をふわりと浮かべてくれた。
この笑顔には弱いんだ。心臓が跳ね上がる。
「ん、じゃあ、行きましょうか」
「うん」
我ながらぎこちない口調だったが、静音さんは俺の隣に並んで一つ返事をしてくれた。
映画館の場所は把握している。ってか俺も何度か行ったことのあるところだ。この辺りの人は映画を見ようと思えばまずそこへ行くだろう。
一歩分先に出て、不恰好に静音さんの行く先の安全を確保しつつ進む。
エスコートとも呼べない真似事をしつつ、風に揺れる純白のスカートと黒髪に目を奪われつつ、俺は静音さんと共に映画館を目指した。

       

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