Neetel Inside ニートノベル
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井草いぐさ千香ちかは悩んでいた。
彼女は久遠静音と仲の良い同級生だ。静音が悩みや不安を相談したりする数少ない同性の一人であったりする程度には仲が深く、友人が想う後輩との恋愛成就を願って映画のチケットを譲る程度には千香も静音のことを気にかけている。
だからこそ、こうして物陰から二人の様子を見に来ていた。
昨夜の内から、静音には電話で守羽を誘うことに成功したこと、何時にどこに集まるかといった情報は得ていた。
こんなストーカー紛いの行為は流石に彼女も良心の呵責に僅かに苛まれたが、考えてみれば映画の前売り券を渡したのも自分だ。これくらいの権利はあってもいいのではないか。
そう自分寄りな意見を通して千香は陰ながら静音を応援していた。
そもそも、あの二人はいつまでああやって現状を維持しているつもりなのか。
静音は千香と知り合った頃から、既に神門守羽に想いを寄せていた。それから進展らしき進展は特に見受けられない。どう見ても両想いなのに。
静音が遠慮しているのか、守羽が尻込みしているのか。理由はわからないがこのままではいつまで経っても何も進まない。
(…それに…)
千香は神門守羽という人間がどういった者なのかをよく知らない。静音は悪い男に騙されるような浅い女ではないことは千香もよく知っている。だから悪い奴ではないのだろう。
だがそれだけだ。それしかわからない以上、守羽が静音に足る人物かどうかまではわからない。
余計なお世話であることは重々承知。だが友人として、ある程度は見極めておきたい。
そう思ってここまで来たが…。
(前売り券は渡しちゃったし、あたしは映画館の中には入れない。かといって終わるまで外で待ってるってのもねえ……)
とはいえ今のままでは何もわからない。ここまで来た以上は、やはり最後まで二人の様子を見届けてみたい。
(うーん…仕方ない。少しこの辺りで時間を潰すとしますか)
今の時点で、二人はいい感じだ。守羽が一歩ほど前に出て静音の道を作っている。おかげで休日の人混みにぶつかることもなく順調に進んでいた。これで手でも繋げていれば完璧といえたのだが、まだカップルでもない二人には無理な話か。
(映画は大体二時間。適当に喫茶店でも入って調整しよう)
キャップを目深に被っているせいでじっとりと汗が滲んだ額をハンカチで拭い、千香はひとまずの休憩所を探して歩き始めた。



「…うーん」
どうしたものか。
東雲由音もまた、悩んでいた。
出来れば昨日の内に片付けたかったが、由音としてはどうにも判断に困る相手であった。
昨日から守羽の様子を観察している人外の者。守羽や静音に手を出そうものならすぐさま捕まえて痛い目に遭わせてやろうと考えていた由音だが、予想に反して相手はなんのアクションも起こすことはなかった。
しかも、手を出すどころか敵意の欠片も感じられない。
(単純に守羽に興味があるとか、か?)
守羽は、人間の異能力者は人喰い人外にとっての最高の餌だと前に言っていた。そうでなくとも、人外の興味を惹く的にはなりうると。
もしかしてその類だろうか。家にも帰らず守羽の家を見張っていたというのに何もなくて拍子抜けしていたところだったが。
(まあ、無害だったとしても一応注意くらいはしとくか。あ、でも人外に言葉とか通じんのか!?)
件の相手はとても小さい。しかも普通の人間の目には映らないのか、その小柄を利用してこの人混みの中を行き交う人々の頭を跳び移って移動している。
少しでも目を離せば逃がしてしまう。“憑依”状態の由音であれば人外の性質を宿した五感で追うことは出来るが、視界に捉えておくに越したことはない。
(ぴょんぴょんとアイツっ…やべえ早い!)
身軽に跳ねて行ってしまう小さな人外を追って人混みを掻き分け進む。
ずっと前を行くそればかりを目で追っていたせいで、間近の距離感を誤ってしまっていた。
どんっ、と軽い衝撃と共に前方を歩いていた誰かとぶつかった。
「っ!」
早足で進んでいたせいか、相手の体重が軽かったせいか、ぶつかったこちらよりも相手の方が弾かれて仰け反った。それをどうにか倒れる前に腕を引き寄せて戻す。
「悪い!すいません!前見てたんだけど見てませんでしたっ!」
急いでいた為に言い訳も雑になってしまったが、相手はそんな由音の言葉を聞いているのかいないのか、ぶつかった女性は掛けていたサングラス越しに由音を見て、
「…東雲由音」
「えっ」
フルネームで由音の名前を呟いた。すぐにはっとして目深に被っていたキャップのつばをつまんで俯く。
「?……あぁっ!!」
「っ!?」
よくわからないままとりあえずもう一回謝っておこうと思った由音は、視界からあの人外がいなくなっていることに気付いた。大声を上げる由音に驚いた眼前の女性も思わず俯けた顔から上目遣いで由音を見る。
「くっそ逃がした!すんませんでしたマジで、んじゃこれでっ!」
慌ててさっきまでの進行方向を見据えて滑り込むように由音は人混みの中を縫って進む。呆気に取られたままそれを見送る女性のことなどまるで気にしないままで。

       

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