Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

俺は由音のように人外を正確に感じ取る“憑依”のような力は無いが、それでも大体の位置を気配から探知することは出来る。
一番近くに感じ取った気配から優先して殺す。
路地裏をうろうろとしていた、不気味な人型を見つける。
由音の言っていた外見とほぼ同じ、人間のような見た目でしかし生気の無い全裸の姿。
俺に気付いたのか、振り返った人外が落ち窪んだ両眼で俺を視界に入れる。
視界に入った瞬間、人外の首は俺の手によって引き千切られた。
(…、次)
思ったよりもあっさり殺せた人外がきっちり絶命するのを確認して(死ぬと同時に体が灰のようになって崩れた)、次を探す。
だが、どうやらその必要は無くなったらしい。
(三の四の……六か)
一匹目の鬼を殺したせいか、俺の存在に気付いた連中の方から来てくれた。建物の壁面に爪を立てて、あるいはその屋根に乗って。路地の向こう側から堂々と来るのもあれば、バッタのように飛び跳ねながら来たのもいる。
いずれも姿形は同じく、死に掛けの人間のような見た目。中には全身から火を噴き上げているモノもいた。これも由音の言っていた個体と特徴が一致する。
「…………」
無言で構えて“倍加”の力を循環させる。
これくらいわかりやすいと、助かる。
目に見える敵意、殺意。殺しても罪悪感の薄い、嫌悪感を押し付けてくる不気味な外見。
何も深いことを考えず、ただ闘って殺すだけでいい。だからこういう連中はやりやすくていい。
「来い」
言葉が通じるかは不明だが、俺を囲う鬼共に俺は言う。すると、連中はくぐもった不快な声を放ちながら襲い掛かってきた。
六体の鬼は小賢しいことに一斉に飛び掛かることをせず、タイミングをずらして突撃してくる。
だが、正直遅い。
(三十倍で充分か)
五分と掛からず、俺は襲撃してきた六体を皆殺しにした。



僅かな外見や特徴の違いこそあれど、街中に捜索網を拡大している鬼達の脅威は総じて低かった。
ピクシーから聞かされていたが、今街にいるのは鬼というジャンルの中でも一番弱い部類なのだという。それはわかっていたのだが、それにしたって弱い。正直なところ拍子抜けとすら言えた。
人気の無い場所で何かを探してうろうろとしていた鬼を走りながら撃滅していく由音が、不意に足を止めて周囲を素早く見回した。と言っても、基本人気の無い場所ということで四周は建物が立ち並び襲われることがあるとすれば通路か上空くらいのものだった。
「てぃりゃ!」
だから由音は迷わず真上に腕を突き出した。
ゴジュッ!!
「あぢっ!?」
アッパー気味に突き上げた拳が何かと衝突した瞬間、鉄を殴ったような金属音と共に肉が焼ける音が重なり由音の拳に熱い痛みが走る。
すぐに拳を引いて二歩背後に跳び、頭上から攻撃してきた相手を捉える。
「鬼か!今度のは強そうだなっ」
「……」
口を固く引き結んだ大柄の人外が、その太い右手で握った棍棒のような形の鉄塊を正面に構える。鉄塊は高熱で真っ赤に染められていた。
額には横に太い角。髪は生えておらず、ゴツゴツとした岩みたいな頭部がゆっくりと由音を見下ろした。
がぱりと口を開けて、ゴーレムみたいな大男が地響きに似た声を出す。
「我が名、殺身せっしん。意思無き低俗な餓鬼と同じと思うな……」
「みたいだな!話せる時点で結構強いってわかったし!」
自我のある人外と無い人外とでは、どう考えても前者の方が強い。たまに例外もいるが、目の前の鬼については少なくともこれまで倒してきた餓鬼達より弱いということは絶対にない。
(深度を上げた方がよさそうだ!コイツはワンパンで勝てるヤツじゃねえ)
ズズと身体を蝕む黒い力を“再生”で制御し調整しながら、由音は火傷の治った拳を握って巨体の鬼に突っ込んだ。



「…そうか、君も動いていたか」
「……」
「なるほど、考えてみればその可能性は大いにあった。まさかこんなところで会うつもりはなかったんだが」
「…誰だお前。人外に馴れ馴れしく話し掛けられる筋合いはねえぞ」
六体もの鬼を全て殺し、次に向かおうとしていた時に現れた男を前に、俺は警戒心を剥き出しにしながらそう返す。
いきなり出て来たこの男、見た目はただの青年だが…人間じゃない。
ただ、鬼ではない。鬼であれば必ず頭部のどこかしらに角が生えているはずだし、そもそも纏っている気配そのものが鬼のようなドス黒いそれとは大きく異なる。
少し年上に見える青年は、俺の突き放すような言葉にも動じることなく、むしろ首を傾げて疑問符を浮かべていた。
「ん?おかしな言い方をするな。確かに俺は人ではないが、同胞同士でそんな人間じゃないことを指摘し合うのは奇妙じゃないか?」
「うるせえ!」
咄嗟に俺は相手の言葉を遮るように叫んでいた。
違うはずだ。この場面で、そんな意味のない言葉を吐く余裕は無いはずだ。
もっとあるだろう。
何者か、とか。鬼の仲間か、とか。何がおかしいのか、とか。あとは。
どうほう、どうし、だ、とか……。
「…っ」
頭が痛い。耳が遠くなる。聞きたくない、話したくない。この青年とは接してはいけない。
「…そうだな。この状況で呑気に話し掛けてしまったのは配慮が足りなかった。先にこの街に蔓延る鬼共を蹴散らしてしまうか。その方が、互いに落ち着いて話もできるだろう」
このままだと……俺は、『俺』じゃなくなりそうになる。
コイツは、この人外は…!
「なん、だ。お前…なんなんだよ、お前は!」
関わってはいけないと脳が散々警鐘を鳴らしていたのに、俺は苛立ちをぶつけるように対面の人外へと問い掛けていた。
不味い。
答えが返る。
望んでもいない答えが。
俺を同胞と呼ぶ人外の口から。
知りたくもない事実が、明かされる。

「何と言われてもな。妖精だよ、お前と同じでな。まあ、お前は半分だけだが、それでも充分に我らの同胞足り得ている」

「……………………ッッ!!」
頭が割れるかと思うほどの頭痛に襲われた。
きっと、これは、拒絶反応。
人外を憎み続けてきた俺が、自身を守る為に否定を重ね続けてきた防衛反応。
「また改めて話はするが、君も今後の身の振り方は考えておけ。そのままここで暮らすというなら止めないが、君が望むのであれば俺達妖精の世界で暮らすことも選択できる。その為に俺は来たのだからな」
目の前の男が何か言っていたが、聞こえない。
何も聞こえない、何も知らない。
知らず両膝が地面に着いていた。震えが止まらない。
俺は…、
(いや、いい加減に自覚しろって『俺』。もう…潮時だ)
「……!」
何か、『俺』でない誰かが喋っている。俺の心の中で。
(聞こえてるくせに、知ってるくせにその負担を『僕』に押し付けるな。もう限界、これ以上続けると『俺』だの『僕』だのの前に、『神門守羽』が壊れるぞ?)
「うる、せぇ…!黙れ…違う…!!」
俺でない誰かへ向けて、精一杯の否定を叩きつける。頭痛は止まず、噴き出た汗が地面にぽたぽたと落ちていく。
(はあ…。ま、もうしばらくは『僕』が頑張るとするか。どの道、もう『俺』は自覚を始めたんだからな。無駄な虚勢も無意味の否定も、その場凌ぎにしかならねえよ)
痛みと一緒に響く声が、最後に大きく反響して消えていった。

       

表紙
Tweet

Neetsha