Neetel Inside ニートノベル
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「街のそこかしこから嫌な感じがする。お前は知らないかもしれないけど、これと同じ感じが前にもあったんだ」
それは『鬼殺し』の人間を喰らわんとしてあちこちから集って来た人外共の気配。一つの街に数多の人外が一度に集う時、嫌悪感が空気に溶け込むようにして肌にべたつく嫌な感覚を俺に感じ取らせる。
「なんでこんなことになってんのか俺にはさっぱりだ。…お前、なんか知ってるだろ」
高所から吹く強風に煽られながら、俺は屋上の縁に立っていた人物に話し掛ける。
「由音、手早く話せ。全部じゃなくていい、現状で知ってることを言え」
何か探っていたのか、両目を閉じて黙っていた由音が俺の言葉に応じて目と口を同時に開く。
「前の三体と同じ気配がそこら中に……。守羽、鬼だ。鬼があっちこっちにいやがる!」
「…!」
鬼。
その単語に、俺は過去の記憶を思い出して自分の顔が苦い表情になったのを自覚した。



「…にゃーんか、息しづらいね、レイス」
街の外周沿いまで来て、猫耳猫尻尾を生やした少女は日暮れの迫る空を見上げながら顔を顰めてそう言った。
隣に立つ青年レイスもまた、その言葉に同調して、
「鬼…鬼性種きしょうしゅは『魔』に分類される存在だからだろう。数が多すぎるせいで大気を連中の瘴気が穢している。具合は悪くないか?シェリア」
「うん、平気だよ。でも……にゃんか、ここやだ」
「そうだな……ああ」
レイスの裾を掴むシェリアを気遣いながら、レイスもまた夕焼け空を鋭く睨め上げる。
「あの少年に会って話をしようというつもりで来たのだが、これでは俺達も彼も不快な思いをしたまま邂逅しかねない。こっちの処理を優先するとしよう」
呟いてから、レイスはシェリアを引き連れて街の外周、使われているのかどうかすら不明な建築物が連なる路地の裏へと進む。
少し進んだところで開けた場所に出た。四方を建物で囲われた土地の余りのような場所の中心にシェリアを立たせる。
「レイス?」
「この不快な空気を取り払う為に少し出て来る。護法の術式を設置していくから、シェリアはここで待っていてくれ。なるべくすぐ済ませる」
「え、やだーあたしも行く」
レイスの提案をすぐさま拒んで、シェリアはふるふると首を振るう。
「駄目だ、何があるかわからん。もし万が一にでも護法を破る者が現れたらすぐに逃げろ、変な気は起こすな。全力で俺を呼べ。いいな?」
「それって悪者でしょ?やっつけちゃってもいい?」
「…ああ、わかった。絶対に勝てる相手だと思えばそれもいい。少しでもわからないと感じたら逃げろ。それでいい」
「うん、わかった!」
今度は素直に頷き、レイスは猫の少女の頭を撫でてその場に特殊な結界を組み上げる。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃーいっ」
尻尾と右手を振るシェリアに見送られて、レイスは街に蔓延る魔の気配を消し去るべくして行動を開始した。



休日に由音が会った、『鬼殺し』に助けを求めようとしていたピクシーという人外のこと。その人外から聞いた話。
鬼がこの街で何かを探しているということ。
今現在でその規模は休日の時より増してそこら中に鬼の気配が散らばっていること。
俺が感じ取っていた異変のことも含めて、由音からはそれらのことを断片的に教えてもらった。
そして理解した。
「連中の狙いはやっぱり俺だ。正しくは『鬼殺し』の人間、か」
「やっぱ守羽が『鬼殺し』だったんだな!で、鬼共はお前を探してんのか?なんで?」
由音の疑問に、俺は一瞬だけ詰まる。
返答に窮したわけじゃない。むしろ答え自体は明々白々はっきりしている。
理由はそのまま、人外からの呼び名の通り、
「俺が、鬼を殺したから、だろうな…」
「敵討ちってことか!でも先に手ぇ出したのも鬼なんだろどうせ!」
確かに、アクションを起こしてきたのは向こう側だ。だからこそ、俺も動かざるを得ない状況になってしまったのだから。
だが、どっちが悪いとか先だとか、そういう話で済む問題じゃない。人外連中だってそんな理屈で納得するようなタチじゃない。
向こうが仕掛け、俺が殺し、それを恨んで仕返しに来た。
実際はただこれだけのシンプルな展開だ。
だからこそ、こっちが取る選択も至極簡単なものになる。
「…とにかく、連中はもう動いた。街に散らばってるゴミ共を駆逐するのが目下最大の目的だ」
降りかかる火の粉は振り払う。殴り掛かってきたのなら殴り返す。
結局、そういう原始的な方法でしか連中を黙らせることは出来ない。
もうこの時点で無意味に考えることはしない。来てしまったのなら、あとはシンプルに迎撃するだけのこと。
「うっしゃ!それじゃあっちはオレが行くぜー守羽!」
俺が何も言わずとも、当然のように由音はこの件に関わるつもりらしい。屋上から見える風景の一方向を指で示して、その方向へと歩き始めた。俺も止める気はない、そういう約束をしたのだから仕方ない。
「言うだけ無駄かもしれないけど、気を付けろよ。あんまりほいほい瀕死になったりするな、あれ心臓に悪いから」
ほぼ死なないとわかってるからこそこんな軽口が叩けるが、これが普通の人間相手だったら何度でも釘を刺し続けていることだろう。
それくらい危険なことだから。
「へへっ、任しとけって!そっちもサボんなよーっ!」
背中を向けて歩きながら、由音が親指を立てた右手を挙げて屋上のフェンスごと地上へと跳び下りていった。
誰かに見られてなきゃいいけど……。
ああいうところで、由音は自分が普通の人間とは違う力があるという認識が足りないんじゃないかと思う。
なんて、俺も呑気に考えている場合ではなかった。
俺ならいいが、無関係な誰かを巻き込んでしまう前に。
ヤツらは一刻も早く皆殺しにしよう。

       

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