Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第三十五話 退魔師

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「ねーねーシノ、それにゃに?」
「あ?焼きそばパンだけど、…食ったことねえの?」
「見たこともないっ!」
「マジかよ!んじゃ半分やるから食ってみ、うまいから!」
「わぁ、ありがと~♪」

「…………」
昼休みの屋上、立ち入り禁止のはずのその場所で当たり前のように昼食をとる俺達。まあそれはいい、別に学生立ち入り禁止とか俺も気にしてないし、屋上は色々と便利だし。
ただいつもであれば、この場にいるのは俺か、あとは由音くらいのもののはずだった。
ところが今日は違う。
四人だ。
四人もいる。
「なんだこりゃ…」
納得したはずではあるのだが、俺は誰にともなくそう呟いていた。
それをしっかり聞き取っていた隣の先輩が、可愛らしい小さなお弁当をつつく箸を止めて俺へ顔を向ける。
「どうかした?守羽」
「ああいえ、なんでも…」
不思議そうに小首を傾けつつも、静音さんはそのまま食事に戻る。
優等生の静音さんがこの屋上にいるということも、変と言えば変だ。というか心配だ、こんなところを学年主任にでも見つかったらと思うと。俺や由音はともかくとしてもだ。
さらに言えば、一番ヤバいのはこの四人の中で唯一制服を着ていない少女だ。白いワンピースを屋上の強風ではためかせて、その内側から黒い尻尾を覗かせている。
由音からもらった焼きそばパンなんかを幸せそうに食すその少女の頭部から生えた二つの猫耳が感情に連動してかぴこぴこと揺れる。

ーーー大鬼・酒呑童子との戦いから一夜明けた日の昼頃、こんなことがあった。




酒呑童子のせいで学校の正面玄関が大破したので、その日学校は急遽休校となった。事件事故の面から色々と調べが進められているらしいが、あの時間帯は教師も生徒もほとんどいなかった為に有力な情報は集め切れていないようだった。
そんなわけで、俺と由音は自宅待機と回ってきた連絡網をガン無視して例のラーメン屋にて昼食を取っていた。
またしても無茶をしたということで母さんにしこたま怒られたが、逆にそれしかしてこなかった。詳しい事情や経緯を訊こうとはせず、ただ説教だけで終わったのはおそらくそれ以上話を先に進めることを躊躇ったからだろう。母さんも、俺の状況については理解しているらしい。俺からアクションを起こしてくるまで待つつもりだろうか。
とはいえ母さんとだけ話をしてもあまり意味がない。両親揃わなければ。
そんな父さんは明日には戻るということなので、それまで家族会議はお預けという形でひとまずは保留となった。
「話がある」
だというのに、違う方向から俺へアクションを起こしてくる輩もいた。
昼食を終えてラーメン屋から出て来るのを待っていたかのように、そこに一人の青年が立っていて開口一番そう言った。
「レイス…」
「おっ、生きてた」
こちらも初手からド失礼なことを言ってのけた由音だったが、その妖精の青年レイスは一瞥くれるだけで何も返してくることはなかった。
怒っているのだろうか、なにやらやたらと神妙な顔をしている。といっても俺が見るコイツの表情は大体無表情かきつい顔つきしか知らない。
「やっほー!」
そして、その背後にはシェリアもいた。
「おっすー昨日ぶり!」
「そうだねーにゃははー」
なんでかやけに仲良しになっている由音とシェリアが適当な挨拶を交わしているのを横目に、俺は早々にレイスへ本題を訊ねる。
「話ってのは?また俺や両親に手出すつもりか」
詳しい事情を知らないままだが、どうもレイスは俺や父さん……『神門』という名に強い敵意を抱いているらしい。さらに母さんをも連れ去ろうとしている発言も漏らしていた。
油断は出来ない。
「いや、お前はしばらく様子見することにした。お前の両親は…まあ、今はいい」
「今は、ね」
結局、いつかは手を出すつもりってことか。
「今回はそれとは別件だ」
言って、レイスは俺から視線を外すとその先にいた人物に声を掛けた。
「東雲由音。お前にも話がある」
「…っえ、オレも?」
シェリアとじゃれていた由音がぽかんとした顔で振り返った。
どういうことかの詳しい説明もないままに、レイスは再度俺へ向き直り、
「神門。…神門守羽」
「なんだ」
「俺は少しお前のことを誤解していたように思う。お前には我ら妖精の血が半分入っているとはいえ、やはり良くも悪くも人間なのだと認識していた。我ら人外の者には情けも容赦も掛けることがない。ただの混血、ただの人間だとな」
「はあ…」
いきなりよくわからんことを語り出したが、ひとまずは最後まで聞くことにする。
「だがお前はシェリアを護ろうとした。だからお前に一度、問いたかった。神門守羽、人であろうとするお前にとって、片割れの性質、存在の半分を分かつ妖精というのはなんだ。人外はお前にとっては一体なんだ」
この段階で、この状況で、コイツは難しい質問をしてくる。
人外とは、即ち悪。害。敵。災厄を運ぶモノ。
…っていうのが、これまでの認識。いやそう認識しようとしてきたのが、これまでの俺。
だが、今は。
大きく息を吐いて、今現在の段階での俺の意見を答える。
「人間の中にも、良いヤツと悪いヤツってのはいる。人外だってそれは同じだろ。極悪人なら、人間だって人外だって許せないけど、そうでないなら…別にいいんじゃないのか。考えてみりゃ、人外だからって毛嫌いすんのは人種差別と大差ないことだしな」
『あいつ』が言っていたようなことを、口にする。真似をしたわけじゃない。
あれは、あの言葉は。きっと俺自身の言葉でもあるだろうから。
「そうか」
淡白に一言返して、レイスは少しだけふっと笑った。
「なんだよ」
「いや、なにも。少し安心しただけだ」
なにが、と言う間もなくレイスは由音に向き直った。
「東雲由音」
「おう!」
ほとんど面識がないはずなのに大仰な返事をした由音に、レイスが言う。
「お前は、シェリアをどう思う」
「は?」
思わず関係ないはずの俺が素っ頓狂な声を上げてしまった。
「どうって…好きだけど」
それに対する由音の回答も極めてやばかった。
「む…」
今の言葉をどう解釈したらいいものかと、レイスがしばし無言になる。だがあの由音のことだ、たぶんあまり深く考えて言ったことではない。
なので、少し助け船を出してやることにする。
「良いヤツだってことだろ?」
「おう!楽しいし面白いしな!」
いつものフル元気で応じた由音に、レイスも納得いったように軽く頷いた。すいませんね、わかりづらくて。そいつストレートに馬鹿なんですよ。
「お前は、人外を恐ろしく感じたり、憎く思ったりはしないのか?」
レイスのそれは、純粋な疑問だったように俺には思えた。
まあ普通の人間であれば何かしら思うところもあるだろうが……由音は生憎とその『普通』には該当しないしな。
「別に!さっき守羽が言ってたろ!人外だろうが人間だろうが良いヤツは良いヤツだし、悪いのは悪いんだって。シェリアは良いヤツだから好きだ、お前もそうだろ!?」
「俺は…いや、そうだな」
一瞬否定しかけたレイスはゆるゆると首を左右に振って、
「そういうものかもしれん」
そう改めてから、レイスはさらに確認を取るように、
「では、お前はシェリアを憎からず思っているわけだな?」
「だからそうだって言ってるだろ!」
「ふむ…」
何か思案するように顔を斜め上へ向けてから、決断するように瞳を数秒閉じてから開く。
「ならば、お前に一つ頼みたい」



「大丈夫かよ……」
やはり思わず溜息が漏れる。直接的には俺に関係なくともだ。
「…あの子、由音君が引き取ったんだってね?」
隣の静音さんの言葉に、俺は肩を竦めて見せる。
「引き取るというより、面倒を見ることになりまして。レイスが戻って来るまでの間」
レイスの頼みとは、自分が所属する組織へ報告をしに行っている間、ここに残りたがっていたシェリアの面倒を見てやってほしいということ。
一緒に連れていけばいいじゃねえかという、由音にしては至極真っ当な意見に対しても、レイスはやはり冷静に、
『シェリアには少し外の世界を知っておいてもらいたい。でなければ今後苦労するだろう。人外は外見に囚われない者が多いが、シェリアは見た目通りにまだ幼いのでな』
とのこと。
言ってることはわかるが、何故それを俺達に押し付けるのか。
まあ、それを引き受けた由音はちっとも迷惑そうではなかったから俺もそれ以上何か言うことはしなかったが。
『東雲由音共々、一応預けるからにはそれなりに信用している。間違っても何か害を及ぼすようなことはするなよ、半妖の同胞。では、済まないが任せる』
最後にそう言い残して、レイスは去って行った。
かなり仲間意識が強そうなヤツだったわりに、シェリアをあっさり置いていきやがったのが気になる。そんなに俺や由音が任せるに足る人物だと認識されていたのだろうか…。
俺だって別に危害を加えてこない人外を相手にする気はない。シェリアには大鬼戦で一緒に戦ってもらった借りもある。それは危ないところを救ってもらったレイスにも同じことだ。
人外一人の面倒見るくらいで借りを返せるなら安いものだと思おう。どうせほとんど面倒は由音が見るんだろうし。
そんなことがあっての翌日、一応正面玄関も応急処置的に修繕して登校可能となったことで俺達もいつも通りに学校へやってきた。
まだ色々あるんだろうからもう数日は休校でよかったような気もするが、うちの学校はよほど生徒に授業を受けさせたいらしい。もう少しで夏休みに入ってしまうから、というのも理由の内にはあるんだろう。
というわけで、もう大鬼戦から二日経っている。未だ鬼共が再び攻めてくるということはない。向こうも警戒してるんだろうか。
ともあれこちらとしては好都合だ。俺は人外だけじゃなくて『四門』とかいう人間にまで目を付けられている。
連中がおとなしくしている間に、俺も俺自身の核心へ至る『答え』を拾い集めるとしよう。
勝負は今夜。父さんが帰ってきたらだ。

     

「で、結局昨日はシェリアを部屋に泊めたのバレなかったのか」
「なんとかな!」
 放課後になって、四人で帰る最中に話題となったのはシェリアの下宿先のことだ。
 昨日レイスに頼み込まれたあと、由音が自分の家に連れてったらしいが、本当に部屋で一夜を明かしたらしい。
 あんな小うるさいのが二人同じ部屋で、よく親にバレなかったもんだ…。
「お風呂とか、どうしたの?」
 純粋な静音さんの疑問に、由音はぐっと親指を立てて、
「夜中親が寝てからこっそり入れた!飯もそん時になっ」
 なんかもう、本当に親に隠れて猫を飼ってる子供みたいだ。
「しっかしなあ、替えの下着とか服とか無かったから焦ったぜ!深夜にダッシュでコンビニまで行ってきたからな!」
「いやあ、ご迷惑おかけしまして」
 二人してけたけたと笑うのをどうしたもんかと見やると、横合いから視線を感じた。見れば静音さんも似たような表情を浮かべている。気持ちはわかります。
「由音よ、やっぱ無理があるんじゃねえか?」
「なにがだ?」
 さっぱりわかっていない由音に、溜息を吐いてから説明する。
「お互いが特に意識してなかったとしてもな、同じ部屋でいい男女が一緒に生活するってのはどうなんだってことよ」
 不純異性交遊とか言うつもりじゃないし、由音に限って間違いが起きるとも思えないが、それにしたって同居はちょっといかがなものかと思う。
「?」
 あ駄目だ全然わかってねえ顔してる。
 コイツにとっては男友達が遊びに来たような感覚でしかないのかもしれない。東雲由音は人間が持つ三大欲求の一つを完全に放棄しているようだ。
「あたしもぜんぜん気にしにゃーいよ?」
「お前はマジで気にしろ」
 男はともかく、女の子がそれをまるで意識しないのは本当に良くない。いやシェリアもレイスと一緒にここまで来たらしいし、それと同じ感覚でいるのか。
「うーん」
 だがしかし、それを言ったところでならどうするのかという話だ。由音の家はもちろん却下だとしても、同様に俺の家も駄目だ。由音よりは待遇に気を遣うつもりではあるが、やはりバレずに面倒見るのは無理がある。今夜なんて家族会議するんだし尚更だ。
 一応はレイスから任された以上、外で野宿なんてさせられないし。ってかそんなことしたら仲間想いのレイスがブチ切れそうだ。
 となればやはり同性の、それも家の人間にバレづらい環境の人の家ってのが最適なんだろうが…。
 ふと隣の静音さんと視線が合う。咄嗟に逸らしてしまったが、おそらく俺の考えは読まれていると見ていい。
 その証拠に、静音さんが一歩前に出て、
「シェリア、私の家に来る?」
 なんてことを言ってしまっていた。
「シズのおうち?」
「うん。私の家なら両親もほとんど空けているし、部屋も一人増える程度なら問題ない程度の空間はあると思う」
 そう、静音さんの家は普段両親がいない。大きな家の割に、住んでいるのはほとんど静音さん一人のようなものなのを俺は知っている。両親は仕事が忙しいのか、俺も見たことがない。
「静音さん」
「大丈夫だよ、守羽」
 止めようと声を掛けた俺に、静音さんはそう言って微笑んだ。
「いーの?シズ」
「別にオレん家でも全然いいですよ!オレと守羽が頼まれたことなのにセンパイにまでそんなことさせられないっす!」
 よく言った由音。普段馬鹿でうるさいヤツだけど一応これでも少しは常識というものを持っているのを俺は信じていたぞ。
 だが、それでも静音さんは首を左右に振った。
「私がそうしたいの。いつも家に帰ると誰も居なくて寂しいから。だから、シェリアを私の家で泊めたいと思ったんだ。駄目かな?」
「…」
 あくまで自分の為だと、静音さんは言外にそういう思いを伝えて来る。そう言われてしまえばこっちもあまり強く否定は出来ない。
「そっか、んじゃすいませんお願いしますっ!」
「おねがいします!」
 由音も由音であっさり引き下がり、シェリアと一緒に直角に頭を下げた。
「いいよね、守羽」
「…静音さんが、それでいいなら」
 本人が望んでいることなら、俺としても是非もない提案だ。シェリアなら、きっと静音さんを退屈させることもないだろう。あんまりうるさくし過ぎて迷惑になりやしないかという不安はあるけど。
「すいません。俺からもお願いします」
「うん、お願いされました」
 俺も、二人と同じように深々を感謝の礼をした。



「あんまうるさくするなよ、おとなしくな」
「はいはーい!」
「ちゃんと家のお手伝いとかもしろよ!」
「りょーかーい!」
「それじゃ、ようこそ我が家へ」
「おじゃましまーす!」
 俺と由音の言葉に頷き、シェリアは静音さんと共に家の中へと入って行った。
「大丈夫かなあ…」
「平気平気!」
「お前のその適当な自信はどっから来るんだよ」
 玄関が閉まるまで見届けて、俺達も歩き始める。
「なあ守羽!どっか遊びに行かね!?」
 左右に連なる家々をなんとなしに眺めて歩きながら、馬鹿でかい声で誘う由音へと挙げた片手を振る。
「悪いが今日は無理だ。家でちょっと大事な話があるから」
「そか!んじゃ明日な!」
 潔く引き下がり、由音は駆け足ですぐそこの曲がり角を曲がった。
 いつの間にかもう分かれ道だったか。
「お前もおとなしく帰れよ」
「おう!ゲーセン寄ってから帰るわ!」
「うぉい」
 まだ帰る気ゼロらしい由音が楽しそうに笑い手を振りながら駆けて行く。
「元気だねー彼」
「こっちが参るくらいになーーーって」
 思わず返事してしまってから気付き、背後を振り返る。
「やあ、ただいま」
 くたびれた淡い紺色のスーツの前ボタンを外して、ネクタイを緩めたうちの父さんが手団扇で顔を扇ぎながら立っていた。
「…『出張』、お疲れさま。おかえり父さん」
 四角い眼鏡に短髪、無精髭。
 スーツのせいもあって見た目サラリーマンにしか見えない父親が、にこりと人好きのする笑みを浮かべた。
「うん、帰ろうか。守羽」
「ああ」
 父さんと並んで家に帰るなんて、一体いつぶりくらいになるんだろうか。かなり久しい気がする。
「仕事はどうだった?」
「順調だったよ。ただ、今後は少し忙しくなるかもしれないけどね」
 お互い、普段通りの会話を展開していく。俺自身不自然に思えるほど、いつもと変わらない、父さんとの会話だった。
「いやあ今日も暑かったねえ。汗だくだよ」
「夏真っ盛りだからね、早く風呂入った方がいい」
「ようし、じゃあ久しぶりに一緒に入ろうか!守羽!」
「いや父さん、高校生にもなって父親と一緒の風呂とか普通ありえないと思うぞ…」
「えっそうかな!?駄目かい?」
「別にいいけどさ」
 そうやって、家に帰るまでなんてことない話をしながら父さんと並んで歩いた。

     

 本当に久々に父さんと一緒に風呂に入り、上がって少ししてから母さんの作った晩御飯を三人で食べる。
「それで、守羽」
 母さん手作りのハンバーグを白米と一緒に食しながら、父さんがおもむろに口を開き、
「君は何から訊きたい?」
 雑談をするような雰囲気で、そう言った。
「……え?」
「僕のこと、母さんのこと、君自身のこと。知りたいことはたくさんあるでしょ?だから君が知りたいことから話そうかなって」
 当たり前のように、父さんは食事の合間にテレビなんか見ながらそれこそ世間話のように。
「今、このタイミングで?」
 食事中にするような軽い話じゃなかったと思うんだけど…。
「あまり重々しくするのも話しづらいし、訊きづらくない?まあ君の望む形でやるのが一番だと思うから、そこは任せるよ」
「えー」
 ちょっと雑じゃない?
 でも確かに、あんまりにも重苦しく話をされても困るっちゃ困る。これくらいの空気で話すのがちょうどいいか。
「守羽も、いい加減何も知らないのは嫌でしょ?何も知らず何かに巻き込まれ何も得られず何かを終える。後手に回ってばかりの君はもうそろそろうんざりしてるはずだ」
「…よくご存じで」
「君の父親だからね」
 話している内に、少し父さんの様子が変化してきたような気がする。気配が鋭くなったというか、いつもより落ち着き払っているというか…。
 これが本来の父さんなのだろうか。ともあれ、言ってることは合ってる。うんざりだ。
 これまでは人外に絡まれるのが嫌で、あえて知らないようにしていた。知れる機会はいくらかあっても、実行はしてこなかった。
 だが結果として事態は変わらなかった。どころか悪化してるとさえ言える。俺が何も知らなかったばかりに、状況を無駄に深刻化させてきた。
 もう知らなければならない。これまでの平穏な日々は無くなってしまうかもしれないけど、それでも俺はもう知らん顔はしていられない。
 ここでいつまでも足踏みしていては、今度こそ全て終わる。守れず、救えず、なにもかもを手の中から零れ落としてしまう。
 だから、
「父さんは、一体何者だ?」
 だから、俺は核心に触れていく。
「…そうだね、うん。まずは僕の素性を一から明かすところから、かもね」
「…、」
 母さんはずっと黙ったままだ、父さんに全て任せているのか。
 さっき風呂で剃ればよかったのにしなかった無精髭を撫でさすり、父さんは少し考えてから、纏まったのか再び口を開く。
「まず僕の本当の名を。僕は陽向旭、代々から陰陽道における陽の力を継承してきた退魔師の一族だ。いや、一族だった」
 陽向ひなた
 人面犬・カナを不可思議な術によって人外としての力の半分を削ぎ落とした者。そして今その家系の一人はあの四門とかいう女と行動を共にしている。
「今は陽向の姓を捨て、ある人から譲り受けた『神門』の姓を名乗っている。そして…」
 父さんは一拍おいて、それから僅かに母さんと視線を交わしてから打ち明けるように、
「その当時、妖精世界において女王筆頭候補に挙がっていた母さんと添い遂げる為に妖精界へ殴り込み、盛大に暴れた末に母さんを奪い去った。だから僕は妖精種からは大罪人として目の敵にされている。そして、『神門』の役目も放棄したが為に四門からも狙われている有様だ」
「……」
 どういうことだかさっぱりわからない。
 ある程度は予想していた。父さんは只者じゃないとか、母さんは妖精種らしいとか。
 ただあまりにも予想を超えた話が過ぎる。父さんは元々陽向だった?その姓を捨てて神門になった?役目を放棄?
 わけがわからないことだらけだ。
「うーん…そうだね。えっと、何から……」
 またも父さんは三度ほど唸ってから、よしと頷いてからカラになったご飯茶碗を母さんへ差し出す。
「まずは陽向のことから話そうか。母さん、おかわり」
「はい」
 母さんはやはり何も口出しせず、受け取った茶碗にご飯をよそう。
「まず、守羽。異能や人外はどうやって生まれるかわかるかい?」
 陽向の話じゃねえのかよと言いたくなったが、物事には順序がある。これも必要な話なんだろう。
 俺も詳しくは知らないが…。
「確か、人が強く望んだものが形を成したり、一つの能力になったりするんだっけ」
「そうだね。正しくは、多くの人間が強く望んだものが、かな。人には無から有を創れる能力が備わっているから」
「それは、異能ってこと?」
「近いけど、たぶん違う。この辺は諸説あるけど、確か星の意思とかいうのが有力だったね。この星で一番栄えている種に、奇跡の力が備わるとかなんとか」
 …今度は星ときたか、随分とスケールがでかくなってきた。
「ただしそれも個ではあまり意味を成さない。これは集団においてようやく効力を発揮する代物だ。曰く、『群による空想の具現化』らしい」
「へえ…?」
 いまいちよくわからない。
 俺の表情で察したのか、父さんも少しだけ笑って説明してくれる。
「人は、理解の及ばない現象とかを前にした時、つい人間ではない何かを思い描く。そしてそれは人々に伝播していく。多くの人が、信じられない現象を人の枠を超えた『何か』のせいにする。それが溜まり溜まって集積していくと、やがて具現化する」
「頭の中のイメージが、実際に現れる?」
「そういうことだね。人々の間で共通した認識が基盤となり、最適化されたそれは目的を持ってこの世に現れる」
 母さんから茶碗を受け取り、話はまだ続く。
「まあよくある話さ。人の発想から伝説は生まれ、誤解により幻となる。畏れは悪魔となり、信仰は天使になる。憧憬はやがて神を生み出し、そして恐怖は魔となる」
 そこでご飯を口に入れて咀嚼しながら、箸の先で俺の皿を指し示す。冷めちゃうから食べながら聞いてとかって意味だろう。でもこれやっぱり食事しながらしていい話じゃないよな…。
「そうして生まれる、そうして産み出される。全て人間の想像や空想から。人の噂が妖怪を生み、人のはなしが妖精を創り、人の畏怖が怪物を産み、人の畏敬が英雄を成し、人の憎悪が呪いを呼び、人の好意が救いを放ち、人の欲望がわざわいを誘い、人の希望が軌跡を描く。そうやって出来上がる。人は人の下に虐げる何かを吐き出し、人の上に永遠に届かない何かを奉る」
「それが、人外…」
 人の妄想や空想、想像から産み落とされた存在が人外。
 なら、ということは、母さんも。
「人の身に宿る異能も同様だよ。手から火を出したい、空を自由に飛びたい、行きたい場所に瞬間移動したい。多くの人間が望んだ異質の力は、現実に発現する。…ただし、異質の力は付与する相手を選ばない。完全なランダムで、多くに望まれた力が少しも望んでいない人間に付与されることも珍しくはない」
 もっと腕力があれば、もっと脚力があれば、もっと視力が良ければ、もっと力があれば。
 俺の“倍加”による身体強化の異能も、おそらくはそういった多くの人間に望まれた願望によって生み出された力なんだろう。そして、たまたまその発現者が俺だったと。
 同じ理由で、壊れたもの、直せないものをどうにかしたいと願って生まれた“復元”。欠損や大怪我を治したい癒したい、そうして生まれた“再生”。
 それらの『群による空想の具現化』によって創造された無差別な力の選別に選ばれたのが、静音さんや由音。
「これが人外と異能の大まかなシステムだね。だから今現在でも進行形で新たな人智を越えた存在、人の手が届かない領域へ至る能力などは望まれ生まれ続けている」
「迷惑な話だなあ…」
 少なくとも、俺や俺の周囲の能力者は誰も自分の異能の発現なんて望んでいない。
「しょうがないよ、群による想像の創造はそこに大きな都合のいい欠点が生じる。どうしても多くが望んだものをその多くへ割り振ることは出来ないからね、具現化にだって許容量ってものがある。じゃなきゃとっくにこの星は力に溺れて滅びている」
 それも構造システム上での仕組みってわけか。本当に星の意思なんだとしたら良く出来てるとは思う。
 その説明はわかった。ということは、だ。
「陽向やら四門っていうのも、そういう風に付与された家ってことなのか」
「…陽向家はね、おそらく一番最初は世に巣食う悪い人外を滅するべく動いた能力者だったんだ。ただの善人だったんだね。それだけだったら良かった、その人はきっと望むべくして力を手に入れた幸運な人ってだけだったんだろうから」
 陽向の話になり、父さんは箸が進まなくなって次第に動くのは口のみになっていった。母さんなんてそもそも最初から箸がほとんど動いていない。
「そうして強い力で悪い人外を倒していったらね、周りの人は言い始めるんだ。『あの人があれだけ強いんだから、きっと子供が産まれたらその子も強い力を宿すのだろう』ってね。もちろんそんなことはありえない、異能は突発的に付与し発現するものであって、遺伝するものでは決してないんだから。でも周囲の人達はそんなこと知らない、だから信じ切った。周囲全員が信じて疑わなかったんだ、多くの人間が」
 信じた。多くの人が。そうすることで起こるのは…。
「群による、想像…具現化…」
「そう、あまりに多くから信じられてきたせいで、それは現実に発生した。これが後々に子々孫々と代を重ねても継承されていく異能持ちの一族『陽向』の起源になった。彼が初代だね」
 多くにそうと信じ望まれて来た、確実に異能を宿していく家系。
「だから怖いんだ、人間の信心ってのは。数で押せば大罪人だって英雄として祭り上げられる。おかげで僕達は退魔師として育て上げられてきた。個人の異能だけでなく、代重ねするごとに魔を討つ技能は付与され磨かれ続けてきた。…純血じゃなければ継承も終了すると思ってたんだけど、そうもいかなかったみたいだね」
 そう言って父さんは申し訳なさそうに俺を見る。
 それで合点がいった。
 俺の体を使って『あいつ』がやったこと。大鬼に唯一有効な攻撃を放った、あの術。破魔の法、断魔の太刀。
 あれはそうか、俺の中に半分流れる退魔師ひなたの血があったからこそ出来たことだったんだ。
 しかし、まさか父さんが陽向の人間だったとは。どうもカナが言っていた感じだと陽向って退魔師は人外を全て害悪と割り切って狩ってる連中みたいな言い方だったが…。
「ん、そういえば他の陽向は今あの四門って女ともつるんでるみたいだけど、そっちとも知り合いってこと?」
「ああ、そうだよ。陽向日昏ひぐれ。僕の同輩のような感じかな。ただ、あいつは…」
 そこで言い淀んだ父さんが、取り繕うように言葉を繋ぐ。
「ううん。あいつは陽向の中でもかなり優秀な退魔師だよ。なんせ、陽を司る陽向の中でもあいつだけは実験的に陰すら取り入れた、かなり特異な存在だったから」



「…君が、四門の言っていた悪霊憑きか」
「あ?」
 一通り遊んでからの帰り道、人気の無い道路を歩いていた由音の先に、闇に溶け込みそうなダークスーツを夏場にも関わらずきっちり着込んでネクタイまで締めた男が、火の点いていない煙草を咥えて立っていた。
「シモン?って確かあのクソ女じゃねえか!ってことはお前ぇ!」
「いかにも、退魔師の陽向日昏という者だ」
「やっぱヒナタとかいうヤツか!」
 数歩下がって拳を構える。同時に内側から込み上げてくるドス黒い汚泥のような存在を強引に引き摺り出し力を肉体に浸透させていく。侵され壊されていく自身の身体を、持ち前の“再生”で修復しながら深度を上げる準備を整えていく。
「なるほど、確かに悪霊…概念種の“憑依”を無理矢理に扱いこなしているな。『ツクモ』の家系以外でこんな真似ができるとは、少し驚きだが」
「なに言ってんだお前!?ってかなんの用?殺しにきたか?絶対お前敵だもんな!」
「自我も確立できているようだな。これでは四門が手こずるのも多少は頷ける話か」
 由音の様子を興味深げに眺め、ダークスーツ姿の陽向は軽く頷く。
「魔を滅すは我らが家の使命だ。かなり深いところまで浸食されているようだからしっかり診てみたいところだが、君はそれを許さないのだろう」
「ハッ、んなモン十年も前に間に合ってんだよバーカ!オレを助けてくれたのはお前らみてえな胡散臭ぇヤツじゃねえからなっ!」

       

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