Neetel Inside ニートノベル
表紙

力を持ってる彼の場合は
第二話 向けられた牙と打ち払う力

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ずっと前、化物とやりあったことがある。
わけあって、俺はその化物を見過ごせなかった。だから真っ向から闘って、倒した。
当然そこに至るまでの間には俺以外の要素や助力もあった。俺一人で勝てるような相手でもなかったし、実際勝てたのだって奇跡のようなものだ。
でも、それで連中は知ってしまった。おかしな方向に誤認してしまった。
『あの強力な人外を倒した人間がいる』と。
人外とまともに闘えるのなら、そいつは間違いなく『異能』持ちであろうという予想はすぐさま立てられ、化物を倒すだけの力を持つ人間の能力者ともなれば、人外にとっては最上の餌だ。
つまり、人喰いの人外の標的にされた、ということ。
連中にとっては、その強力な化物を倒したとされる人間に返り討ちにされるリスクを覚悟した上でも、強大なパワーアップアイテムである人間を喰らうリターンが魅力的だったらしい。
化物を倒して最初の一ヵ月は、本当に大変だった。
数日に一回、下手すれば連日襲われた。酷いと日中に襲われることもあったから学校も休んだ。
戦い続けて、殺し続けた。
そうして、ようやく連中は俺という人間が一筋縄にいかない相手だと理解したらしい。あるいは飽きたのかもしれない。
ぱったりと襲撃は止んだ。
しかしそれでも、現在まででたまに人外が俺の存在を知ってこの街まで来る時がある。
そうして、俺のやるべきことも決まって一つ。
迎撃。あるいは抹殺。
言って聞かせて、それでも駄目なら叩きのめす。まだわからないなら殺す。
そこまでやらないと、馬鹿な連中は一向に理解を示さない。
だから、
「…狙いは俺だろ。あっさり喰われてやるつもりもねえから、さっさと始めるぞ人外」
だから、未だに奴等は俺を狙ってやって来る。
黒い外套を羽織った小柄な人影が、俺の立っていた道の対面からやってくる。
一応家からは少し離れた位置だが、左右には家々が連なっている。深夜だから誰も表にはいないし明かりもほとんど無い。
少しくらいならうるさくしても平気だろう。
「………」
黒い外套の内側は見えない。顔もすっぽりと覆われている。
しかし、明確に俺へ敵意を向けていることはわかる。
指先も見えないほどぶかぶかな外套の両袖の辺りから、ギラリと光る何かが見えた。
(爪…いや鉤爪みたいだな)
先端が内側に曲がった鈍色の爪のようなものが三本ほど確認できる。計六本。六爪流の使い手だろうか。
適当に両手を構え、腰を少し落とす。
無風だったはずの夜空から風が降り、黒い外套が揺らめく。
いや、違う。
(なんだそりゃ…)
浮いていた。
外套はふわふわと風に煽られて浮き上がり、地面から離れていた。外套に隠れていた足のつま先も、やはり地面に着いていない。
瞬間、闇夜に紛れそうな黒の外套が消えた。
「っ!?」
その姿が消えたのではなく高速で移動したのだと気付いたのは、外套に覆われた小柄な体躯が俺の懐にまで距離を埋めてきてからだった。
右の鉤爪が俺の腹目掛けて突き出される。
「ちっ!」
身を捻って強引に回避する。が、それを読んでいたかのようにバランスを崩した俺の足元が払われる。人外特有の、見た目以上の筋力で俺の両足は容易く地面から引き剥がされる。
体勢を戻せない状態で黒い外套が、おそらく肩に当たるであろう部分で体ごとタックルしてくる。
かろうじて防御に回した左腕がミシリと嫌な音を立て、腕ごと胸が圧迫される。
一瞬の静止、次いで発生した衝撃に俺は真後ろに吹き飛ばされた。
「がっはっ!!」
肺から押し出された空気を吐き出しながら、思う。
不味い、コイツは強い部類だ。
これまではほとんど雑魚だった。人外の襲撃自体も久々のもので、少し油断していたか。
胸を押さえて咳き込みながら足で地面を捉え、即座に背中を向けて走り出す。
ここでこれ以上続けるのは駄目だ。
すぐに終わらせるつもりだったが、そうもいかなさそうだ。となればあんな住宅地のど真ん中ではやってられない。
少し先、住宅地が途切れた場所にある空き地まで走る。
「……」
「う、おっと」
背後から黒い外套が鉤爪を構え、槍のように猛烈な速度で突っ込んでくるのを真横に転んでやり過ごす。
転んだ先は、件の空き地。
(十倍)
心の中で念じ、力が循環するのを意識する。
「……」
またしても唐突に風が発生し、それを身に纏った人外が距離を一気に詰める。
だが、今度はしっかり見えた。さっきより全然遅い。
いや、遅いのではなく、俺が速度に対応できるように力を引き上げたのだが。
ともかくこれで、
(反撃が出来るっ!)
さっきと同じように腹部を狙った鉤爪の刺突を膝蹴りで真上に跳ね上げ、外套に覆われた顔を鷲掴みにして空き地の奥側へと投げ飛ばす。
「…!?」
今度は人外の方が驚いたようだ。いきなり動きのキレが変わればそれも無理ないこととは思う。
器用に空中で身を反転させて着地した人外は、再度両の鉤爪を構え腰を落とす。
「一応、今ここで言っとく」
そんな人外の動向を注意深く観察しながら、俺は距離を取ったまま口を開く。
「退け。今ならまだ見逃してやる。これ以上俺に構うなら殺す」
「………」
人外は俺の言葉が聞こえていないかのように微動だにしない。
やはり話し合いの余地は無し、か。
「わかった」
勝手に一人で頷いて、意識を切り替える。
人間が人ならざる者を殺すことは、別に法律に触れることでもなんでもない。
躊躇う必要は皆無。
全身に異能の力を行き渡らせ、俺はこれから殺す相手を強く睨みつけた。

     

最初、これがなんなのかわからなかった。
初めに自覚したのは、おそらく小学校の頃だったと思う。
体育の時間に、五十メートル走をやっていた。その時に足が遅かった俺は、もっと早く走りたいと思った。
その想いを強く持って走った時、俺は小学生ではありえない速度で五十メートルを走り抜けた。
異能の感覚を掴んだ瞬間でもあった。
それからは練習して、ほとんど自由に使えるようになっていた。
早く走りたい時はもちろん、高くジャンプしたい時、些細なことで友達と喧嘩になって勝ちたいと思った時、それは当たり前のように俺の感情と思考に連動して発動した。
筋力の強化。
そういう能力だと、その頃は完全に思い込んでいた。
違うと気付いたのは、中学に上がる頃だったか。
下校途中に買い物帰りの母さんらしき人を見つけ、遠くから目を凝らした時、不意に能力は発動した。
視力が飛躍的に跳ね上がり、まるで双眼鏡を覗いているかのように母さんが目の前に見えた。
眼球の筋力を強化した?いや違う。
単純に、力を上げたのだ。あの場合は、視『力』を。
しかも、これは微調整が効かないらしいこともその辺りで知った。
どうも、強化したいと思った時には通常時の二倍、さらに強化したいと思うと三倍四倍になっているらしかった。
そしてようやく、俺は俺の身に宿る異能の正体を理解した。
(身体能力、とりあえず十五倍で固定!)
全身に力が漲り、筋肉が軋む。
力を倍にして強化する、“倍加”。
これが俺の能力だ。
身体機能に加え、動体視力も強化された俺の両目はさっきまでは追い切れなかった人外の動きを完全に見切る。
「……っ!」
「シッ!」
風を渦巻かせて振り下ろされる鉤爪を右足の脚で打ち落とし、その反動で身を捻じり反対の足を人外の胴体に叩き込む。
「…かっ!」
空き地を区切るアスファルトの壁に激突した人外が漏らした苦悶の吐息に、ダメージが確かに通っていることを実感する。
もう忠告は済ませてある、二度は言わない。
立て続けに殺すつもりで追撃を仕掛けるべく駆け出す。
「…………」
壁に手をついてよろりと体を揺らす外套に覆われた人外は、数秒後に肉迫してくることが容易に理解できる速度で迫る俺を正面に見据え、おもむろに壁にかけたのとは違うもう片方の手の平を俺へ向けた。
(…、…!?)
不意に感じた寒気。
強化されたのは身体が、洗練された五感が警告を伝えて来る。
何かはわからないが、あれは、
(不味いっ!)
踏み出した速度は殺し切れない。無理矢理人外の手の平の先から逃れるように斜め前方へ身を低くして跳ぶ。
その瞬間、耳のすぐそばでザンッとおかしな音が聞こえ、髪の毛が数本宙を舞う。
(な、んだっ?)
斬撃のような何か、だが人外の鉤爪は到底届くはずがないし、それ以外に何か刃物を投擲したわけでもない。
不可視の斬撃。
無理な体勢からの跳躍で体の節々を痛ませながらも人外の真横へ靴を擦らせ着地する。横目で見てみれば、俺が寒気を感じて跳んだ位置の地面には獣の爪痕のようなものが三つ、深く抉れて刻まれていた。
放たれていたのは数発、危うく防御なんかしようものならバラバラにされていたかもしれない。
(…雑魚じゃないとは思っていたが、まさかコイツも異能持ちか)
人外にも、その出自や特性から不可思議な現象や能力を発揮する者がいるのは知っていた。連中がそれをどう呼ぶのかは知らないが、俺はそれらを俺の持つ力のように、そのまま異能と呼んでいる。
斬撃を放つ能力。
そんなアバウトな力はおそらく存在しない。もっと厳密な性質や属性があるはず。
だがそんなことはどうでもいい。
ともかく、ヤツは射程距離のある攻撃方法を持っているということ。しかも防御不能なレベルの凶悪な攻撃だ。
もちろん受けるのは論外、回避しかない。
「めんどくせえ…」
心底からの言葉を吐き出すと同時に、念じる。
(足りない。二十…五倍)
回避に足りるよう設定し直し、身体強化を高める。
「おら、来いよ。先手くれてやる」
正しくは、先手を出すのが危ないだけだ。攻撃を読んで後手に繋げる方がやりやすい。
さっきの、手を向けた行為。おそらくあの挙動が前兆。能力の照準を合わせているのだろう。
人外を覆う黒い外套が風に揺れ、その身が僅かに浮き上がる。
ーーー来るっ!
バッと手を上げたのを見て、即座に体を丸ごと横へずらす。空気を切り裂いて何かが通過するのと一緒に人外の影が接近する。
下から振り上げられた右の鉤爪を顔を逸らして躱す、切っ先が顎先を掠るが問題ない。
次いでの左の鉤爪の突きを右手で掴む。
よく研がれた鉤爪の刃が手の内に食い込むが、構うものか。
掴んだ鉤爪を強引に引き寄せ、足をつんのめらせた目の前の人外へ渾身の頭突きをかます。
ごしゃっと嫌な音と感覚が額から伝わる。上体を仰け反らせた人外のがら空きの胴体へ膝蹴り、余った左手で掌底を鳩尾狙いで突き入れる。足を踏ん張り突き飛ばすように腕を振り抜く。
肋骨をへし折ったのを左の掌で理解する。内臓へは衝撃は伝わらなかったと思うが、骨を折れれば上等だ。
人外の中には鉄みたいに硬いヤツもいるからな。
くの字に折れ曲がった人外の体が地面を数度跳ねて転がる。
終わりか。
そう思ったが、相手の敵意はまだ失せていなかった。すぐさま起き上がり両手を構える。
これで素直に倒れてくれるようなら、まだそこら辺に捨てる程度で済ませてやろうと思っていたのに。
仕方なく再度手の動きに注視しながら腰を落とした、その時だった。
背後から別の、人間じゃない独特の気配を感じ取った。
(新手…ふざけやがって)
これ以上は付き合ってらんねえぞ。
うんざりしながら、正面の黒い外套に注意を払いつつ、俺は静かに背後に視線を向けた。

     

深夜の住宅地端の空き地。
振り返った先には女がいた。
肩に届くかどうかといった程度の長さで揃えられた髪の色は黄土色とでもいうべきなのか、若干茶色がかっていた。
丸っこい目がこちらを見据え、その口を開く。
「いい加減にして、夜刀(やち)」
その視線と声は、俺を越えて黒い外套の人外へ向けられていた。
「……黙ってろ紗薬(さや)。てめえの出て来る場面じゃねえ」
夜刀と呼ばれた人外は敵意を剥き出しにしたまま吐き捨てるようにそう返す。
「もういい、充分だよ。これ以上続けるなら、わたしはそっちの人間さんに付く」
「…チッ」
苛立ちを示すように舌打ちを一つして、外套に覆われた人外は両手を下げた。
「三十倍だ」
二体の人外に聞こえるように声を発して、俺は強く地面を踏み締める。ズンッと両足が地面に沈み、僅かに震える。
なんだか知らんが、
「仲間割れなら余所でやれ、続ける気が無いなら失せろ、まだ続ける気なら…いっぺんに来い、さっさと片付けて寝たいんだ」
勝手に襲ってきておいて、俺を間に挟んでわけのわからないことをぐちぐちと。いい加減イラついてきた。
はっきりしてほしい。殺してもいいのか、それとも無様に逃げてくれるのか。
「あ?」
俺の発言に夜刀という人外は再度構え直す。
「やめて夜刀。わたしがちゃんと話すから」
対面の女が咎めるように動きを止めさせ、黄土色の髪を持つ人外がこちらへ歩み寄ってくる。
「こんばんは、人間さん」
「近寄るな人外」
拒絶の言葉を受けて人外が足を止めると、俺と相手との距離は数メートル程度になっていた。
不味いな、少し近い。
攻撃を仕掛けられたらどうする。背後には外套の人外もいる。
状況は挟撃、非常に不味い。
全身に異能を巡らせ体勢を常に整えると、目の前の女は両手を上に挙げて首を微かに傾ける。柔らかく弧を描く唇の合間からは丸い犬歯が見えた。
「わたしに交戦の意思はありません。話を聞いてはもらえませんか?」
「残念ながら既に襲われ済みなんだがな、説得力の欠片もねえ」
皮肉たっぷりに返すと、背後の人外がまたも舌打ちする。文句あんのかよ。
紗薬というらしい人外の女が困ったように眉尻を下げる。
「えっと、それについてはわたしから謝罪します。すみませんでした。…どうしたら、話を聞いてもらえるでしょうか」
どうしたら、か。
人外の話なんて正直聞きたくもないんだが、ひとまずこの状況を脱する為には仕方ないか。
「後ろのアイツ、どうにかしろ。さっきから敵意が背中に痛い」
「夜刀、爪をしまって。力も解除しなさい!」
すぐさま女が外套へ向けて命令口調で声を張り上げると、それ以上の声量が背中越しで、
「うるっせえ!!大体オレは反対だっつってんだろ!なんだってこんなクソ人間の力なんぞ頼りにしなきゃならねえんだっ!」
なんなんだコイツら。
反対?頼り?
よくわからないが、嫌な予感がしてきた。
「転止(てんと)がどうなってもいいの?なんの為にここまで追ってきたと思ってるの?夜刀の自分勝手なワガママでどんどん状況が悪化していくんだよ!」
「………」
「…ね、お願いだから言うこと聞いて。夜刀」
女の説得に、夜刀という人外は返事の代わりとばかりに舌打ちして、外套の袖から伸びていた鉤爪を内側に引っ込めた。奇妙な風の動きも止み、敵意もどんどん収束していく。
「ふん」
それを確認して、俺は真横に跳んで距離を置く。正面前方両斜め方向に二体の人外を視認できる位置に来て、一息つく。
「これで、いいですか?」
「…俺に、なんの用だ」
律儀に話を聞いてやる必要もないが、二体を同時に相手するよりかは無難な流れに思えた。だからひとまず聞くだけ聞いてやる。
これまで闘って来た人外連中よりかはまともそうだしな、少なくとも女の方は。
「まず確認を。あなたは、かつてこの地に現れた強大な力を持つ鬼を単身退治した人間…で合ってますか」
「違う」
やっぱり俺のことをある程度知ってはいるようだ。が、少し話が盛られている。
「俺一人で倒したわけじゃない」
「それでも、あなたが鬼を倒す主軸となっていたのは確かなのですね?」
「だったらどうした」
俺以外にいなかったからそうしただけだ。そうじゃなければあんな化物、誰が率先して退治しに行こうなんて思うものか。
今思い出しても身が震える。あんな思いは二度としたくない。
「よかった」
ほっと表情を和らげる人外を前に、おそらく俺の顔は対照的に険しくなっていただろう。
「何がよかったんだ」
「力を貸してほしいんです」
「なんだと?」
そんな風に疑問符付きの言葉を発しておきながら、俺は胸の内でやはりそういう話かと思っていた。
さっきからの二体の会話を聞いていれば、そんな予想は嫌でも浮上してくる。
だが、人外が人間に助力を乞うとは。珍しいこともあるものだ。
「お前ら、何が目的だ」
しかし俺は基本的に人外を嫌厭している。連中は人を騙し、化かし、喰らう。俺が散々苦労してきたのもコイツら人外のせいだ。
力を貸す理由はもちろん無いが、それでも狙いは気になる。
もしロクでもないことだったら、この場で殺してしまった方がいいかもしれない。
俺の問いに、女は黄土色の髪の合間から俺を真っ直ぐ見据える。
これはただの俺の直感でしかないが。この人外の瞳に篭る感情に、悪意や害意といったものは感じられなかった。
人外のクセに。
人ならざる者の瞳が、とても真摯で真剣な、邪心のない純粋なものに、俺には見えた。
そして人外の女は目を逸らさず、はっきりとこう答えた。
「わたしたちは鎌鼬(かまいたち)の姉弟です。もう一人いる、わたしたちの兄、転止を助けたい。その為に力を貸してほしいんです」

       

表紙

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Neetsha