Neetel Inside 文芸新都
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金魚は吠えない
第一七次さささちゃん事件

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 鼻歌でマツケンサンバをオレオレさせてたら、廊下に羊の足跡がついているのに気づいた。
「ありゃりゃ」
 視線の向こうの西階段から、わたしのクラスの二年三組まで、ロールスタンプでぐりぐりさせたみたいな羊の足跡が続いている。
 それも数匹いるようで、ぐるぐる周りながら横切ったのか、ほどけた毛糸みたいに足跡がぐるんぐるんしている。
 行き交う登校生たちは、ひょいと避けたり無視したり、写メ撮ったり踊ったり、革命したり「好きだ!」と叫んだり。てんやわんやで大騒ぎ。まぁ後半は嘘も嘘だし、みんな特に気にしてないみたい。
「あ、むむむちゃん」
 教室のドアから、むむむちゃんがモップを担ぎながら出てきた。わたしの声に気づくと、眼鏡の奥にある鋭い眼光を向けてくる。
「おはよう。懐メロ娘」
「わたしはそのような名前ではないです」
「いいから教室入って着席しとけ」
「へい旦那」
 むむむちゃんはモップをかけて廊下をきれいにしていく。どいたどいた、と生徒を掃除しながら追い払う。これも学級委員の成せる技なんだろうか。
 小さな女の子が、大きな棒をもって地面をなぎ払っていく姿は、絵を描いているようでも踊っているようでもある。
 そして、わたしのマツケンもオレオレ踊りだす。マツケンはステージの端まで行くと軽やかに反転する。右手と左手を交互に突き出しながら移動する様は、幼稚園児だったわたしに旋風を巻きこんだ。こうしていまでも脳裏に刻まれているというわけである。
 しかし、マツケンの顔が優れない。泥ネギみたいな色をしてやがる。
 教室からメーメーメーメー聞こえてくるせいだ。おかげでマツケンサンバは押されに押されまくっている。
「あーそっか」
 わたしはようやく、なんで学校に羊がいるのか気づいた。気づいたでサンバ。
「さささちゃんか」
 たぶん、さささちゃんは昨日眠れなかったのだろう。彼女はときどき不眠症を発動させる。いつも目がとろんとしているくせに睡眠恐怖症なのだ。
 はたしてさささちゃんは真ん中の席に座っていた。その周りでは羊がぴょんとこ、ぴょんとこ、走り回っている。
 かわいそうなことに金子くんの机がハードル代わりにされていた。というよりも、さささちゃんの周りの席は、弾き飛ばされたりぶっ倒れたりして全滅である。
「二万四四六……二万四四七……」
 さささちゃんは羊を数えるのに必死みたいだ。わたしが面白い顔マネをしているのに全くこっちに気づいていない。二一世紀の概念を揺るがすくらいの面白さなのに。
「これじゃあスベったみたいじゃないか」
 わたしがいうと、近くにいた何人かが頷いた。どうやら本当にスベったらしい。でも、わたしはぜんぜん泣かなかったからマジ偉大。
 教室のふんいきは、いやふいんき? どっちでもいいけど、みんな普通極まりっていう感じで、ドラマとかアニメの話とか、3限の数学の話とか……やべ宿題やってない……とにかく、さささちゃん及び羊たちには興味なさそうだ。
 たぶん、どうせそのうち寝るだろって思ってるんだろう。毎度のことだから。
 しかし、わたしはさささちゃんの親友だしベスフレだし、ライバルだし自己と他者だし、下人と老婆だし、羊地獄から救ってやりたい、そう思っている。
 でも一人じゃ無理だ。仲間がいる。
「誰かおらんのか」
 教室の隅っこで金子くんがぶるぶる震えているのが見えた。恐怖でおののいている様子だ。
 わたしはさっそく金子くんのもとへ走った。
「大丈夫か」
「羊が、羊が、羊が」
 金子くんは涙目だった。涙目で訴えている。「羊が」と。
 大の男がそこまで言うんだ。おもんぱかってやらなきゃあかんでしょ。
「よし、戦え」
 わたしは金子くんの背中を叩いた。
「む、無理。無理です。無理です」
 どうやら羊に対してトラウマを抱えているようだ。そういえば、このまえ羊が出てきたとき思いっきり腹部に突進されていた男の子がいた。
 あれは金子くんだったのか。
 そうとなれば話は別だ。わたしは金子くんに優しい言葉をかけてあげることにした。
「よし、斧で戦え」
「だから無理ですって」
 金子くんの手をひっぱってもその場から離れようとしない。おかげで金子くんを囮にして、さささちゃんをしめ落とす作戦は無駄になってしまった。
 走る羊に取り囲まれながら、さささちゃんはまだ羊を数えている。はやく救ってあげなくては。ちょっと羊臭がやばいし。
 ここでわたしは、はたと気づいた。
 眠れないなら起きればいいのだ。羊がいるのも、さささちゃんが眠ろうとしているからで起きようと思えば消えるはず。
 つまり、みんなでマツケンサンバを踊るのだ。それしかない。
 わたしは教壇に立った。
「みんな聞いてくれ」
 わたしはみんなでマツケンサンバを踊ることを提案した。なんだかんだいって、みんな彼女のことが好きなんだろう。最初は難色を示していた彼らも、最後まで難色を突き通し、わたしが震えながらアミーゴのやり方(観客を指さす)を示しているとき、麻酔銃を持ったむむむちゃんがさささちゃんを撃った。
 さささちゃんがグースカいうと同時に羊は消滅し、あっけなく第一七次さささちゃん事件は幕を閉じた。
 平和な朝に戻ったのだ
 だけど、わたしにはまだやることが残っていた。
「むむむちゃん、麻酔銃貸してくれ」
「いいけど、何に使うんだ?」
「宿題忘れたから数学の先生を眠らせるんだよ」
 めっちゃ怒られた。

       

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