Neetel Inside 文芸新都
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金魚は吠えない
手紙のなりそこない

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 家のポストのなかは空っぽだったけど、わたしがペタペタ触っているうちに白くてむぎゅっとしたものをつかんだ。
 そのまま引っぱりだすとそれは手紙のなりそこないで、たぶんまだ書いている途中のものだった。書いている人にバイバイもいわず、ひとりでやって来てしまったらしい。せっかちなやつだなあと思ったけど、もしかしたらなにもかも通りぬけてわたしが取ってしまったのかもしれないね。
 手紙のなりそこないは弱っていて、いまにも消えてなくなりそうだった。ほんとうだったらまだ存在していないものだから、このままだとパンって消えちゃうかもしれなくて。
 やばい。
 わたしは急いでおうちに持ってかえり、机の上にほうってあげた。ひゅるんと舞いおりた手紙のなりそこないは、少しだけ元気になったみたいで、ぐわんぐわんになっていた文字をシャキシャキッとしたものに変える。
 でもそれはぜんぜん言葉とか文章になっていない、ただの模様みたいで、がんばって発音しようと思っても舌をどういうふうに動かしていいかわからない。
 だからわたしは、ちゃんとした手紙になるまで育ててあげることにした。わたしの家のポストにやってきたということは、わたしあてのメッセージにちがいないわけで、わたしが責任をもって享受する義務がある。場合によってはお返事も書く予定です。
「でも、すごく不安だ」
 手紙のなりそこないを育てるのははじめてだった。何を食べるのかもわかんないし、どういうふうに飼育すればいいのかもわかんない。
 なついたりするんだろうか。なついてくれるなら、ちょっとうれしい。
 いきなりバタンという音がした。びっくりしてふり返った。開けっぱなしだったはずのドアが閉まっている。
 家になかにはだれもいないはずだった。お母さんも、お父さんも、お姉ちゃんもまだ帰ってきていない。
 階段はしんと静まりかえり、海のなかみたいで、色とりどりのクツが並んでいる玄関も、DVDがおきっぱなしのリビングも、なにもない和室も、ぜんぶ静寂であふれている。歩くと和室の畳が足にこすれてこそばゆく、わたしは大きな窓に手をついて外を眺める。
 夕陽のせいか庭は少しだけ赤っぽい。つやのある草の葉のところに白いものが浮かんでいる。
 それが手紙のなりそこないであることに気づいたときには、ドアを閉めた犯人が風だってわかっていた。
 飛ばされてしまったんだ。もしかしたら、わたしから逃げたのかもしれない。
 窓ガラスを大きく開けると、短く切ったばかりの髪に風が吹きつけてきた。わたしの家の近くには公園があって、そこにある砂場の砂の匂いがする。だからこのときもかわいた砂の匂いがして、それは遠くへ行ったあなたの笑い声といっしょにやってきた。
「そんな匂いしないよ。犬かよ」
 思い出のなかのあなたは縁側にすわってアイスを食べていた。まなざしは遠くへ向けられていて、その視線とかちあうように、風によって浮力をもった手紙のなりそこないが、いま浮かんでいる。
 元気? こっちは広いよ 喫茶店の駐車場で猫を 貰った本はまだ読んでま いい子とわるい子がいて そうそう今日から ブロッコリーが高い バスが一時間に一 いいかげん 書くのだる オムライスが 躍動感
 模様だった文字が意味をもって、白いもやのなかで乱反射されている。紙片をくい破り、四方へと文章を伸ばしていく。その姿はちいさな樹木みたいだった。咲いたばかりの言葉たちは枯れはじめ、地面に黒いインクの水たまりを作っている。
 じゃあね
 もうわたしはこれがあなたの手紙だということを知っていたから足に力をこめて手を伸ばした。指先がかすったときに温もりが怒涛のように流れこんできてわたしの足をほつれさせ、地面に顔から落ちた。
 めちゃくちゃ痛い。五〇〇ダメージ食らったから残りHPは二〇だなとか考えていたら、さっきまであった感傷的な気分は消えていた。お腹も空いた。身体がずきずきする。もうないことがわかっているのに顔をあげられなかったのは、ちょっとだけ期待していたからで、でもやっぱり手紙のなりそこないは消えていた。
 洗面所の鏡で見てみたら、ひたいに三角形みたいなアザができていた。帰ってきたお姉ちゃんはわたしを見て「バカだね」と笑った。それでもばんそうこうを投げてくれたからすこしやさしい。
 お医者さんによれば、治るまで一ヶ月ぐらいかかるという。
 それまでには、あなたからの手紙が来てくれているといいなと思っている。だから今日もわたしはポストのなかをペシペシと叩く。

       

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