Neetel Inside 文芸新都
表紙

冗長短編作品企画
タイトル:返信 作者:岩倉キノコ

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 う、う、ウシ……だ。いや、うしだだ。牛田からだ。
 牛田からのメールだ。ウシからのメールじゃなくて、牛田からのメールだ。
 ウシの身体のメールでもない。牛田からきたメールだ。
 今きた。牛田からのメールが、今届いたんだ!
 ……久しぶりだ。牛田。しみじみ。
 牛田、懐かしい。しみじみ。
 
 牛田といえば、あの牛田だ。親父さんは田舎のしがない教会で、しがない田舎の牧師をやっている。お袋さんはシスターの傍ら、広大な敷地を使って先進的自動管理型養鶏場を営んでいるあの牛田だ。ニワトリ飼いシスターの息子のうしだ。シャレじゃねえ、シャレじゃ。牛田だ。
 牛田は人だ。人間だ。食っちゃあいけねえ。
 牛田には確かお姉さんと妹さんがいたはずだ。お姉さんの賞味期限は割とやや危うっ――、ゴホン! 失礼。結婚適齢期にラストスパートがかかっているお年頃だったはず。市松人形ヘアースタイルを止めれば、あさってくらいには結婚できそうだ。妹さんは大学入ってコンパに明け暮れる日々で、男を漁ってい――、ゲッホン!失礼。男性学友とも交流をはかっていると聞く。就職後の婚活はなるべくならやりたくないならしくて、大学卒業後はすぐに結婚して専業主婦になりたいとのことらしい。専業主婦にならないと、コミケ活動ができないといっていた。この前おっぱいがまな板で、ちんちんのあるショートカットの人たちがセックスしている本を貸してくれた。彼女の作った自費出版物らしい。ちょっと抜き辛かった。なんでだろう。ケツがむずむずした。
 お爺さんは確か、4年前から片目が義眼になって以来、政宗を自称し始めていた。酒は菊正宗がお気に入りで、ただの無口なお年寄りだった気がする。柿ピーのピーを最近残すようになったとお袋さんから聞いたことがある。顎と歯ぐきの耐久性が危ぶまれているらしい。近々入れ歯をやめて、インプラント手術を受け、新しい人工の歯を埋め込むといっていた。お婆さんは6年前のある日突然膵臓をわずらい、近隣諸外国にまで惜しまれつつ89歳という微妙に長いその生涯に幕を下ろしている。盛大な葬式と埋葬で、後日墓荒らしが出たと聞いた。おかげで現在、墓の周りは厳重にダンジョン化され、冒険者のメッカとなっているらしい。攻略予約が3年先まで埋まっている。モンスター募集の張り紙も貼られていたっぽい。ウェブの求人欄では、ダンジョン管理技術者も募集していると風の便りで聞いた気もする。養鶏場とダンジョン、どちらで生計を立てているのか分からない牛田家。先祖の土地を大切に守っていく、新しいあり方だと感じさせられた。やはり、先立つものは田舎では土地か。あと次に金か。
 親戚の叔父さんは牛田が生まれて以来、今でもずっとさすらいの釣り人をしていると聞く。御年いくつだったか覚えていないが、記憶が正しければ……、63歳か64歳のはずだ。日本全国津々浦々、あらゆる河川で釣竿一本勝負の暮らしてをしているらしい。鮎をざっぱんざっぱんかっさらっていると聞く。昨日も長野のどこかの川で鮎を釣ってきたらしく、旅の常備食の缶詰を3缶貰った。鮎じゃなくて缶詰を3缶もらった。もらったのは鮎じゃない。缶詰。か、ん、づ、め。缶詰だった! 鮎≠缶詰。誰でも分かる。
 叔父さんは釣りに出る前、確かに鮎をくれるといっていた。でも実際もらったのは缶詰。それを手にしたとき、鮎の新しい概念が頭の中で成立した。缶詰の様相をした鮎は、缶詰じゃない鮎との友釣りによってみごとおじさんに生け捕りに違いないのだと。つまりそういうことだと。叔父さんがそういうのだから間違いはないのだろう。鮮やかすぎるその身体、ブリキの艶はツベツベといつまでも鮮度に衰えを見せない。『やきとり』と書いてある毛筆体の文字は見なかったことにしようと思う。そう、こいつは鮎だから。
 あ……、牛田――。
 懐かしいな……。どうしているんだろう。牛田本人の近況は何も知らないと自覚した。
 今頃どこでどうしているんだろう。
 大学卒業以来、あいつとは一度もあっていない。小まめに連絡を取り合ったこともなかった。
 あいつは顔が牛みたいにでかくて肌は色黒、体格もよかったから、道端を歩いていたら黒毛和牛と間違えられて、肉になったりしているんじゃないだろうか。真剣にそんなことを思う。就職先、浅草の『今半』あたりで「肉になってます! 今日もお客様の胃袋に出張!」 とかなんとか、おでんくんみたいによろしくやっていそうだ。なんちゃって。……悪い。牛田、ちょっと……、考え過ぎたかもしれない。そんなつもりじゃなかった。
 実際のところ牛田の身体、肉付きは良いが食用にはあまり向いてないと思う。
 あの隆々とした筋肉のつき具合は、どちらかといえば柔らかい霜降り肉ではなく、噛めばしわい赤身肉。ステーキなんかの需要はそれほどなさそうではないかと思う。そうすると煮込み用になるか。別に食わないけど。
 あと、あいつは毛深かったから、そっちの処理も手間取りそうだ。ならばいっそのこと、牛田の皮を剥いだら、そのままファーシートにしてしまえばいいのではと思う。高級感のあるリビングには見栄えがするかもしれない。よく海外住宅のリビング写真とかで暖炉の前に虎や熊のファーシートが敷かれている図。あんな感じにならないか? 暖炉の前に牛田を敷いてみる……。よく考えなくてもこりゃかなり……、キモいな。目が合ったらどうしよう。嫌だな。
 そんな毛深いマッチョの牛田、あれでも案外大学時代はモテていた。複数人の異性を股にかけることはなかったけれど、何人もの異性と交遊があったらしいのは事実のはずだ。その女たちは牛田が学生時代、順に交際していった「彼女」と呼んでいいだろう。あんまり可愛くなかったけど。
 何人いたっけ? 今となってはあまり憶えていないが、彼女のいない俺のような屑にとっては羨ましいかぎりだった。思い起こせば牛田には、とても鼻が大きい彼女がいた。とてもまつ毛が長い彼女がいた。とても左耳が大きい彼女がいて、とても口が大きい彼女がいた。とても声が大きい彼女がいて、とても顎が大きい彼女もいたし、とても薬指の爪が大きい彼女がいて、とても黒子の大きい彼女もいた。とてもリアクションが大きい彼女もいた。とても荷物が大きい彼女もいた……。もっと色々いた気がする。
 一番印象に残っている彼女は、へその穴が大きい彼女だ。その彼女は女というものが何たるかをその身を持って俺に教えてくれた。無暗に優しかった。その時の手の中にある柔らかい感触と、甘ったるい恍惚とした感覚にはとても感動を覚えた。あとスゲー気持ち良かった。
 とにかく牛田の彼女になる女は一様に皆、どこか一部が大きいのが特徴だった。もしかして目に見える部分だけでなく、日ごろ見えないところ、本能的に興味をそそられる乳輪や秘部が大きい彼女もいたかもしれない。しかしそこはいわずもがな、牛田のみ知る事実なのだろう。俺の知るところではない。
 今でも牛田には彼女がいるのだろうか。いるとして、その彼女はやっぱりどこか一部がとても大きいのだろうか。15秒ほど興味が湧く。想像する。考えを巡らせる。あるいは既にどこか一部が大きい彼女と結婚をしているかもしれない……と、考えたりもする。もし結婚していて、子供がいたとしたら、きっとその子もどこか一部がとても大きい子なのだろうか。きっとそうに違いない。

 ――ピッピロリン

 あれこれ考えながら携帯電話のメール受信箱を開く。
 大学を卒業したのはかれこれ2年ほど前。さすがに2年も経つと仕事に就いた仲間からの連絡は減った。分かっている。未だに塾の講師バイトを掛け持ちし、定職に就かない人間に特に用なんかないのだろう。牛田の場合、あいつが就職したかは定かではないからよく分からない。しかしこれだけ長い間連絡をよこさなかったという事は、何かしら仕事に就いていたのだろう。会ったら何かたかってやろうと考えてしまう。肉か? 魚か? 酒か? この際スイーツでもいいか。とりあえず何でもいいからたかりたい。こんなふうにある日突然メールなんかよこしてどういうつもりだ。苦労話の読み聞かせか? 恋話か? 愚痴か? 武勇伝か? 陰口か? 金の無心か? 保証人になってくれか? ああ? 何だよ。
 メールをよこしたからには、何かしら魂胆があるに違いない。まあいいさ。牛田の牧師の親父さんと、先進的自動管理型養鶏場を営むシスターのお袋さんと、4年前から片目が義眼のお爺さんに免じて相手をしてやろうじゃないか。今日はたまたま気分がいい。
 それにしても、大学時代のときにあれほど連絡があったのに、ここ2年ほどぷっつり途絶えていたが、本当にどうしていたのだろう。やっと友達として思い出してくれたみたい? それってどういう風の吹き回し? どこから風が吹いているの? 北か? 南か? 東か? 西か? 東京都練馬区、西南西の風、最大瞬間風速午後1時30分現在、3.5m/sっていうのはラジオの放送で、そういうことが知りたいのではない。
 牛田がメールで連絡をとってきたのがどういう事かということだ。やはりあれか、また大学時代のときのように……。金銭的な援助を求めるあれか? 牛田って、ちょっと田舎のしつけが緩いお坊ちゃんだからなのか、そんな一面もあって金銭感覚がおかしかった。なーなーでだらしないともいうべきか。義眼のお爺さんのくたびれた肌着の襟周りよりももっとだらしない。
 牛田の奇妙な嗜好晒すようでなんだけど、あいつのせいで買わされたものがいくつかある。それは謎の筋肉増強エーテルに始まり、ワインブドウ抽出イソフラボン配合ココア風味エナジードリンク(筋トレ後になぜか他人にまで飲ませたかったらしい)、霜降り黒毛和牛サーロイン塊肉(鶏肉は産直で実家から毎日送られてくるらしいので)、長野県産産地直送無農薬高原野菜とハーブセット(肉で太った反省らしい)、高級無農薬コルシカ島産無農薬コットン製の靴下(2回の洗濯で穴が開いたらしい)、伝説の勇者の紋章付きティースプーン(娯楽も大事って)、小動物と育成サンフラワーシードセット(癒しも大事って)などなどある。全部アマゾンでポチりやがっていた。もちろんカードナンバーは牛田のではない。俺のだ。はっきり言ってもうたくさんだった。一体いくら金を貢がされたと思っているんだろう。恋人でもないのに。
 今度こそ、金の無心でないことを祈ろう。
 とはいうものの……。
 牛田の金づかいの荒さで、少しだけならいい思いもさせてもらったこともある。よく飲みにつれて行ってもらった。飲みに行くとき、牛田はいつも女の子と一緒だった。
 卒業前のある夜、飲みに行ったときのことだ。
 とても耳の大きい彼女だったかな? いや、とても顎が大きい彼女だったかな? それともとても薬指の爪が大きいかのじょだったか? とてもへその穴の大きい彼女だったか……? あまりよく覚えていない。けれどポーチがとても大きかたのだは覚えているから、あの女の子は間違いなく牛田の彼女だろう。やることはしっかり終えているはずの関係だ。
 その彼女はピンクのだるんだるんとした、とても大きくて長いシャツの下に白いレギンスをはいていた。一緒にいるとき、よく目が合って会話に困った。そんな彼女と牛田に連れられて、何やら高そうな飲み屋の立ち並ぶところへ行った。なぜかタクシーで行った。その内の一軒で創作系の料理が出されるという洒落た店に三人は入った。創作系で鶏肉専門の料理だった。
 牛田、牛だのに鶏。牛田、うしだから鶏を勧める――? 牛田、うしだから肉食わない――? 牛田、しかし肉は食う。鶏の肉食う。黒毛和牛? なんのことだろう。そんなかんじで俺はあのとき、少し頭が混乱したのを覚えている。
 牛田の彼女、うまそうに鶏肉を食っていた。牛田が鶏料理を食い、彼女も鶏料理を食っていた。肉汁は皿へと滴る。漬物とごはん食ってたのは……みまでいうまい。あの時俺たちは、三人飲んで食ってたらふくになった。楽しかった。多分。確かあのとき、牛田は酒も食い物も奢ってくれるといっていた。しめて合計24000円。一人あたま8000円くらいだった。飲みに行く3日前、牛田に20000円貸していた。一週間前には5000円。1か月前には1300円貸していたけど、牛田はそのとき奢ってくれるといっていた。だからあれは奢りだったのだろうと思う。貸した金は今でも返ってきてないけど。それとあれは別なんだろう。懐かしい話だ。手のひらに自分の爪が食い込んで拳がプルプルしている。どうしてだろう……。


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 牛田:『今 どこ?』


 今――どこ――だと? 今どこ……だと? 
 牛田が今どこだと聞いている。俺に。この俺に、どこにいるのか教えろと? フッ。(荒い目の鼻息)
 飛んで火にいる夏の牛とはきさまのことか。血祭りにあげ――、いや、焼肉牛田祭りにしてやろう。こんがりと丸焼けでさぞかしうまいことになるだろうな。BBQの本場のアメリカ人もビックリに違いない。牛だと称して焼いたのが牛田という人間だったなんて事実を知らされた日には。チキンもシープもポークもベジーもあったものではないだろう。びっくり仰天大騒ぎだろう。彼らには飛んで火にいる夏の牛が、牛ではなく本当は虫だというところから順を追って説明していかないといけない。まずはそこからだ。道のりは長い。
 俺を探している牛田。そうかそうか探しているのか。仕方ない奴だ。少し微笑ましい気もしてくる牛だノンヨーグルト。今のはシャレだ。面白くなくてもお付き合いで笑うところだ。さあ笑え。笑うのだ。――誰にいっているのだろうこんな心の声で……。
 実際のところ飛んで火にいる夏の虫とは牛田ではなく俺のことなのかもしれない。およそ2年ぶりにメールをよこした胡散臭い学生の頃の友達相手に、連絡を無視することなくことなく、何かしら返事をしようと考えているのだから。そこらへん牛田をただの虫にすることのない優しさがあいつを甘やかすんだろう。まあいい。人なんて所詮そういうときもあるのだから。ああこいつ駄目な奴だなーと思いながらも付き合ってしまう。あるんだよ、そういう付き合いも。大人って面倒くせえ。
 何はともあれ、大切かどうかと聞かれたら微妙だが、昔のよしみで返事はしてやらないといけない。友達というのか、知り合いくらいに格下げしたい気もするが、牛田の家族構成まで詳しく熟知し、記憶してしまっている身としては仕方がない。友達として誠意ある返事を求められるところだろう。牛田の叔母さんが務めるクラブではいつもお世話になっているところもあるからな。新しい身内登場させてみた。ニヤリ

 しかし――……。
 何て返事をしよう。悩む。
 ――。

 悩んでいてはいけないのは分かる。気軽なメールには軽快でユーモラスな対応が求められる。旧知の中であってもおそらくだと思われる。気軽なSNSの多くの発展がそのよい例ではないだろうか。昨今はおかげでメールの方はややかしこまってしまった雰囲気があるようだけど。しかし互いに久しぶりの友達なら砕けた物言いで返信しても差し支えはないだろう。

 ――……。
『今どこか? お前の実家! そういや昨日、親父さんが懺悔室でバイトのシスターと逢引してたデイ!』
 違うな……。余計なことは言わないほうが賢明だ。
『おう、今? 今ちょうどヒマラヤでI’m love it! コーク飲んでるとこ』
 違うな……。嘘がバレバレだ。
 どうしよう、なかなかいいのが思いつかない。
 仕方ないこうしよう……。

 幸いなことに、今着ているジャケットのぽっけには、少し分厚い目だけれど一枚のポストカードが入っている。しかもこのポストカード、そん所そこらにあるカードじゃない。なんと紙漉きをやっている巧が自ら漉いて作った凄いポストカードということらしい。俺が住んでいるアパートの、斜め向かいにある文房具屋のおばちゃんがそう言っていた。因みに巧っていうのはただの名前。おばちゃんの孫(5歳)の名前。孫への愛があるんだかないんだか、このポストカード一枚300円で買わされた。200円は孫に渡すらしい。あと100円どうする気なのだろう。おばちゃんの生き抜く浅ましさを垣間見た気がした。加えてこのポストカード、世界中探してもどこにもない、一点しかこの世に存在しないいわゆる一品ものだとかもいっていたが、そんな孫へのクソ愛、はっきりいってどうでもよろしいと思ってしまった。だって俺、普通にガキが嫌いな若者だし。文房具屋のおばちゃんも苦手だし。もっと言えばカード買わされるつもりなんかも全然なかったし。
 カードの成り立ちはどうあれ、それ自体のスペックは滑らかで紙艶はよい。まるで赤ちゃんの肌みたいだ。赤ちゃんさわったこと何年もないから、正直分からないけど、とりあえずこんな世間的には尊いものをメモに使っていいものかとも思った。よく分からないけど、牛田への返事はこれに書き書きしながら考えようか。
 あと、耳の上に刺しているペンも活用する。こいつもあって少し助かった。文房具屋のおばちゃん、たまたま魔が差したのか普通に一本粗品でくれたのだ。ただ、ずっとそこにいると店から出させてもらえなくなりそうで怖かった。飲みたくもないお茶を出されて、そのお茶のうんちくを聞かされたり、話し相手にならないといけなくなりそうだった。無意味に店内に陳列されている、売り物としてやる気のない野菜類まで売りつけられそうな勢いもあった。きゅうりはしよれて艶がなく、トマトにはぶつけた痣があり、キャベツは枯れてハエがたかっているかと思えば大根は大根だった何かにグロテスクなものになっている。恐ろしい。無農薬野菜って誇らしげに色紙の値札に書いてあったけど、有害無農薬野菜は売れるのか疑問だ。あそこの文房具屋何なんだろう。全く路線が分からない。牛田の家より方向性が分からない。ポーラ化粧品とかも並んでいたようだ。マジ怖い。10000円札のお釣り貰うときなぜかいつもぶつくさと小声で文句いってディスられる。商売やる気あるのかな。
 まあいいや、とりあえず返事を考えよう。
 ペンを持つ手に力が入る。その手をよく見ていると、甲に浮き出ている青っぽい血管が面白い。こいつを掴もうとすると滑ってなかなか反応が面白い。
 返事、何書くか……。今いる場所。
 俺は挽きたて淹れたてのコーヒーを啜った。今日のおすすめのコーヒーらしい。

 ――。

 数分の後、結局メモというほどなにか色々書くことはなかった。だからポストカードにそのまま返事を書いた。分かり易いたった一単語。今いる場所だけをそのまま書いた。それからちゃんと送ってきた。再び目の前のコーヒーを口に含む。
 苦い。
 メールをもう一回確認して返信の文字を打ち込んだとき、後頭部に衝撃を受けた。痛い。
「レス、おせー」
 牛田だった。
「悪い。ちょっとそこまで行ってきたから」
 俺。
「アパートが同じ町内なんだから、気軽に遊びに来いよ」
 牛田はイラついている。ちょっと面白い。
「これからはそうする」

 別に、避けていたわけじゃない。ただ、面倒くさかっただけだ。多分牛田も、俺も。長すぎる大学卒業までの付き合いが――。

「久しぶり」

 牛田のもとに俺の居場所が届くのはもう少し先になる。俺は携帯電話の居場所を伝えるレスを消した。
 俺と牛田は喫茶を後にした。

       

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Neetsha