Neetel Inside 文芸新都
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簡潔短編作品企画
タイトル:平穏世界 作者:滝杉こげお

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 物語の八割は悲劇でできている。
 どんなハッピーエンドの物語であっても読者が求めているのものは約束
された勝利や永遠に幸せを見せつけられる自慢話などではない。人が悲劇に
打ち勝とうと苦しむ姿や打ち勝つまでの過程である。どんな幸福も幸運も
永遠に続くとわかっているのならば、それは途端に色褪せ価値のないもの
になってしまう。

 永遠に続く終わりなき幸福の世界。破壊や略奪、不運や老化、さらには
人の死まで否定したこの世界の端でボクは爆ぜる。焦げ付いた肉のにおいに
飛び散る鮮血。それは確かにボクの生きている証、そのはずなのに……



 目が覚めるとボクは地面に横たわっている。傷一つない肢体。行きかう
人々はそんなボクには目もくれず無垢な笑顔を浮かべている。

 今日も平穏な一日が始まる。

**

―ウィーーーーン

 目の前で唸る機械音。凝り固まった首を回しながら時計を見ると時刻は
すでに23時。日はとうの昔に沈んでおり普段のボクならば愛しき春恵の隣
で温かい布団にくるまっている時刻である。

 だが、今日もまだ眠るわけにはいかない。いや、今日は、か。

 手慣れた手つきで制作する即席爆発装置。すでに大枠はできておりあとは
爆発力を高める等、細かな作業だけ。ドライバーを持つ右手に力が入る。
この分なら今日中に……いや、24時を回る前には完成するはずである。さ
あ、もうひとがんば「憲一さーーーーーん」

「ぎゃむ!!」

―ドタン

 耳元で破裂する声。一瞬爆発でも起こったのかと思い肝を冷やしたがど
うやら音源は背後からであるようでボクが振り向くと、さっきまでボクが
持っていたドライバーを頭から生やした春恵が笑顔で立っていたのだった。

 何事もなかったかのようにドライバーを頭から引き抜く彼女。飛び散る
鮮血は瞬く間に霧散する。


「何だ春恵か。ノックぐらいしろよ!!」
 顔をそむけ机へと向かうボク。笑顔で血を流す春恵の顔がちらつく。こん
な世界でいいわけがない。痛みも、苦痛も等しく大切な感情だ。春恵に向
けた声はどうしようもなくいらだちをはらんでしまう。
「したわよ。憲一さんが気づかなかっただけでしょ」
「ボクの返事があってから入ってこいよ、ノックの意味ないじゃん」
「そんなことしてたら夜が明けちゃうわよ。ってか何時だと思ってるのよー。
隣からトントンカンカン聞こえてきたら眠れやしない。安眠妨害は乙女に
とって死活問題なんだから」
「乙女って年でもないだろう。それに別にいいだろ、死ぬわけじゃないん
だし」

「死……そんなことしてたら夜が明けちゃうわよ。ってか何時だと思って
るのよー。隣からトントンカンカン聞こえてきたら眠れやしない。安眠妨
害は乙女にとって死活問題なんだから」
 春恵の言葉に頭に上ったボクの血は一気に地へと落ちていく。感じる寒
気、ボクは力なく「ごめんよ」とつぶやいた。

「あら、一回で私の言うこと聞くなんて今日はやけに聞き分けがいいじゃ
ない」
「……」
 おそらく歪んでしまっているであろうボクの顔。こんな顔春恵に見せた
いわけじゃないのに。目をこすりながら唇をかみしめる。



 明日はきっと来る。
 ボクは声に出さず春恵に、そして自分にそう言い聞かせるのだった。



**

 終わらない世界、終わらない贖罪。
 だけど、ならば彼女を巻き込まないでくれ。延々と続くその無機質な壁を
前にボクはもたれかかる。

 ぬるぬると箱へと近づいていく火種はあまりにも弱弱しくボクはその火に
自分を重ねる。

 こうして毎日行う儀式に本当はもう希望など残されていないのだ。そん
な思考を繰り返すうちにみるみる短くなる導火線。むなしさだけがボクの
心を蝕んでいく。

 言い訳するかのごとく箱に身を寄せるボク。発せられたはずの爆発音を
感じる耳はすでになく真っ暗闇の中ボクは一人転がっていく。けれどもそ
れも数秒のこと、音も、光も、地面に触れる手の感触も。すべてがボクに
覆いかぶさってくるのだ。

 目をつむる。そんなことしたところでボクは逃げることなどできないのに。


 今日も平穏な一日が始まる。



                     『平穏世界』終わり
  

     

 あとがきと言うか感想

 冗長な作品と言うことで着想したはずなのに簡潔に書いても面白さはあ
まり変わらなかった気がする。
 さすがに何も変化させないのは読者様的にも作者のモチベーション的に
もあれかなと思ったので視点だけは代えさせてもらいましたがいかがだっ
たでしょうか?
 冗長な作品、簡潔な作品等意識したことがなかったので楽しい経験でし
た。

 ありがとうございます。


 おわり 

       

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Neetsha