Neetel Inside 文芸新都
表紙

簡潔短編作品企画
タイトル:返信 作者:岩倉キノコ

見開き   最大化      

 
 う、ウシ……だ。
 ウシからのメールだ。
 牛、懐かしい。しみじみ。

 牛といえば、あの牛だ。親父さんは田舎のしがない畜産協会のしがない牧場にいる。お袋さんはニワトリの息子のうしだ。
 牛には確か姉と妹がいたはずだ。姉の賞味期限はやや危うっ――、ゴホン! 失礼。
 妹はモンスター。
 お爺さんは確か、顎と歯ぐきの耐久性が危ぶまれている鮎。
 親戚の叔父さんは牛が生まれて以来缶詰だった!

 ああ……、牛。
 懐かしいな……。どうしているんだろう。
 今頃どこで何をしているんだろう。
 大学卒業以来、あいつとは一度もあっていない。小まめに連絡を取り合ったこともなかった。
 あいつは牛の中でも体格がよかったから、知らない道端を歩いていたら肉にされたりしているんじゃないだろうか。就職先、浅草の『今半』あたりで「肉になってます! 今日もお客様の胃袋に出張!」とかなんとか。
 つい考え過ぎた。そんなつもりじゃなかった。けど食いたい。
 実際のところ、あの肉のつき具合はステーキのしてしまえばいいのではと思う。皮を剥いだら、そのままファーシートに。高級感のあるリビングには見栄えがするかもしれない。

 あんまり可愛くはなかったけど。色々な牛と付き合った気がする。
 思い起こせば、とても鼻が大きい牛がいた。とてもまつ毛が長い牛がいた。とても左耳が大きい牛がいて、とても口が大きい牛がいた。とても声が大きい牛がいて、とても顎が大きい牛もいたし、とても爪が大きい牛がいて、とても黒子の大きい牛もいた。とてもリアクションが大きい牛もいた。とても荷物が大きい牛もいた……。
 一番印象に残っている牛は、へその穴が大きい牛だ。その牛は牛が何たるかをその身を持って俺に教えてくれた。牛が恍惚としていたとき、俺は手の中で柔らかい感触を覚えたことがある。スゲー辛かった。なんでだろう。
 とにかく牛は皆、どこか一部が大きいのが特徴的だった。もしかして目に見える部分だけでなく、日ごろ見えないところ、本能的が大きい牛もいたかもしれない。しかしそこはいわずもがな、牛のみぞ知る事実なのだろう。俺の知るところではない。

 ――ピッピロリン

 あれこれ考えながら携帯電話のメール受信箱を開く。
 大学を卒業したのはかれこれ2年ほど前。 
 さすがに2年も経つと仕事に就いた仲間からの連絡は減った。分かっている。未だに塾の講師バイトを掛け持ちし、定職に就かない人間に特に用なんかないのだろう。
 牛の場合、あいつが肉になったかは定かではないからよく分からない。これだけ長い間連絡をよこさなかったという事は……。子供の牛からだろうか。
 こんなふうにある日突然メールなんかよこしてどういうつもりだ。ああ? 何だよ。恋人でもないのに。霜降りにでもなったのか?
 
 卒業前のある夜、牛と一緒に飲みに行ったときのことだ。
 とても耳の大きい牛だったかな? いや、とても顎が大きい牛だったかな? それともとても爪が大きい牛か? とてもへその穴の大きい牛だったか……? あまりよく覚えていない。創作系で鶏肉専門料理の店だった。牛、ウシだから肉食わない――? 牛、ウシだから鶏を勧める――? 牛が鶏料理を食い、俺は漬物とごはん食ってた。あの時俺たちは、たらふくになった。楽しかった。多分。確かあのとき、牛は酒も食い物も奢ってくれるといっていた。もちろんカードナンバーは牛のではない。俺のだ。懐かしい話だ。手のひらに自分の爪が食い込んで拳がプルプルしている。どうしてだろう……。



 ピッ(メッセージ表示)
 牛:『    』


 今――どこ――だと? 今どこ……だと? 
 牛が今どこだと聞いている。この俺に、どこにいるのか教えろと? フッ。(荒い鼻息)少し微笑ましい気もしてくる。
 何て返事をしよう。 
 悩む。なかなかいいのが思いつかない。
 仕方ないこうしよう……。
 幸いなことに、今着ているジャケットのぽっけには、少し分厚い目だけれど一枚のポストカードが入っている。耳の上にペンも刺している。牛への返事はこれに書き書きしながら考えようか。
 ペンを持つ手に力が入る。その手をよく見ていると、甲に浮き出ている青っぽい血管が面白い。こいつを掴もうとすると滑ってなかなか反応が面白い。
 返事、何書くか……。
 今いる場所。
 俺は挽きたて淹れたてのコーヒーを啜った。今日のおすすめのコーヒーらしい。

 ――。

 数分の後、今いる場所だけをそのまま書いた。それからちゃんと送ってきた。再び目の前のコーヒーを口に含む。
 
 苦い。

 メールをもう一回確認して返信の文字を打ち込んだとき、後頭部に衝撃を受けた。痛い。
「 mu  」
 牛だった。
「……」
 俺。
 
 別に、避けていたわけじゃない。ただ、面倒くさかっただけだ。都会で牛は飼えない。
「久しぶり」

 牛のもとに俺の居場所が届いたところで牛は字が読めない。俺は携帯電話の居場所を伝えるレスを消した。
 俺と牛は喫茶を追い出された。

     


あとがき


テーマで「自由な発想で簡潔に推敲」としていたのでいくつか案を考えていた。
そのうちの一個で書きあがったのが友達を牛にしてしまうという案。
この企画、早い段階で二作品も投稿がきていました。とても嬉しいです。
この後も引き続き色んな作家さんに参加していただけることを楽しみにしたいです。
個人的には、面白かった。コメントでもあったけど、やりようはいくらでもあるんだと思った。
自分の文章に縛りを作らず、決った枠の中でどれだけ足掻けるか。小ざかしくも映るかもしれないけど、どんな発想が生まれてくるかを見れるのは楽しいと思う。


本作、読んでくださりありがとうございます!


念のため。
感想希望作品は5月30日更新分までとします。31日へ日付が変わるまでに投稿してください。
よろしくお願いします。

       

表紙

みんな [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha