Neetel Inside ニートノベル
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夜の確率
1-4. 調査

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「ネット繋いでターゲットの身辺を探るのはいい。今回手持ちの情報は少ないからな。で、どうやって調べるつもりなんだ。」
「どうって、いや、だからネットで」
 質問の意図がよく分からず、ココはしどろもどろに答えた。スギダイが体を揺らし、わさわさと剛毛が震える。
「アホンダラが。どうせターゲットの名前そのまま入力して手当たりしだいにデータを覗く気だったんだろう。」
 概ね当たっていたので黙って頷いた。
「あのなあ、こんなへんぴな場所から繋いだらパケットは大体盗聴されんだ。セントラルの個人情報漁ったりしたら局のガサ入れくらっちまう。周辺だけ探って後は実地に調べるしかねえだろ。」
 今までターゲットの情報だとか殺しの段取りだとかはスギダイがあらかじめ決めていたので、その手のセオリーをココは知らなかった。今回も自分で調べようと考えていたものの、スギダイがほとんどを用意してくれていると踏んでいたのだ。だが今回スギダイは段取りを含めた丸々全部をココに投げるつもりらしい。ため息をつくのをこらえながらココは聞いた。
「分かったよ、何も考えてなかった。で、どの辺りから探ればいいのかな。」
 生体情報だけでターゲットの社会生活を探るのは難しいだろう。スギダイにどんな算段があるのかココにはよく分からなかった。
「ふん、カルテ・データに病院の名前が入ってただろうが。その病院が建ってるエリア、そのエリアに近い大企業、その企業の人間が出てきそうなイベント、シラミつぶしに調べていけばいい。いいか、ターゲットのババアは出会いを求めてる。間違いねえ。この歳で肥満治療に大金つぎ込める女は今まで男に縁がなかったキャリアに違いねえんだ。」
 想像以上に地道な作業になりそうな気がして頭がズキズキしてきた。
「じゃあ、明日、調べることを整理してアクセスするよ。今日はエボルバーの整備を。」
「何言ってんだ!今すぐアクセスして関係ありそうな企業とイベントをリストアップしてこい。ったくすぐ後回しにしようとしやがる。エボルバー?ブラスターをくれてやったろうが、この間抜け!」
 ドヤされて、ココは仏頂面で隣のアクセス・ルームに入った。こうなったらさっさとリストを仕上げてスギダイから逃げてやる。

 青白く光るディスプレイ見つめ続けて5時間は経ったか。こめかみがズキズキする。窓のないアクセス・ルームでココはため息をついた。
「こんなもんでいいだろ。」
 リストをプリントして部屋から出た。
 部屋を出るとカウンターでスギダイがソリッド・ライスをかじっていた。茹でてないソリッド・ライスに何やら不気味な色合いのソースを付けて食っている。
「お前も食うか?」
「い、いや。いいよ。リストできたから、見てくれないか。」
 スギダイはとソリッド・ライスを頬張ったままリストを受け取りチェックを始めた。
 しばらく沈黙が続く。ココは緑っぽいソースがリストに垂れるのではないかとハラハラしながらスギダイを見守った。
「何だこりゃ、ほとんど要らねえな。」
 ボソリとつぶやき、カウンターのペンを取ってチェックを付けた。
「当たりが出そうなのはここら辺か。よし、明日から行って調べてこいや。毎日報告しろよ。」
 返してもらったリストを見ると、チェックを付けられた企業、イベントが5つほどあった。20個はリストアップしたのにほとんどが空振りだったらしい。
「いいか、のこのこビル入ってこの人知りませんか、なんて聞くんじゃあねえぞ。食堂とかバーで張れ。分かったな。」
「…分かったよ。」
 慣れない作業で疲れたので早く帰りたかった。適当に返事をしてココは家路に着いた。

 ターゲットの名前は知ってる、遺伝子も知ってる。彼女がどんな容姿をしているかも身体データと幾つかの点変異遺伝子を付き合わせれば復元可能だ。なのに彼女が一体”何者”なのか、全く分かってない。もやもやした気分を持て余しながら部屋に着き、ソファに倒れこんだ。明日から地道な作業が続きそうだ。げんなりして目をつむリ、ココはそのまま眠りについた。

     

 調査先をリストアップしてから2週間が経った。ココはその間、朝は通勤電車に揺られ、帰りは仕事に疲れた人々に混じってサラリーマンよろしく酒場に入った。情報収集、実地調査。複合企業ビルの水色の食堂で、ビジネス・スタートアップミーティングの緑色のホールで、あるいはくすんだ桃色のストリップクラブで、ココは耳を澄まして酒を飲み、ちょこっと会話した。
 ビジネス系のイベントは全て空振りだった。ココはビジネスのネタを探す投資家として会場に潜り込んだ。ホログラムに投影される曖昧な成功のイメージ、酔った自称エリート達の自分語り。相手に興味があるふりをする、完全に形骸化し、怪しげな術となった会話というジェスチャア。そのどれもがココを萎縮させ、消耗させた。
企業ビルの食堂や薄ら暗いストリップクラブでは、直接当人を見つけることはできなかったもの、いくつかの情報を手に入れることができた。
 企業ビルの食堂では隅に座って一番安いソリッドライスとコーヒーをすすりつつ、社員達のため息やムダ話に耳を澄ました。耳に入る情報のうち、役に立ちそうだったのは未婚の人間達の出会いのパーティーについてだった。先の紛争で持ち上がった民族思想や過度な貧困による人口減少は、少なくとも上流階級では影を潜めているようだ。人種問わず裕福な人間が集まってある種のコミュニティーを作っているらしい。中でも未婚の人間達のお見合い的な集まりがここ最近は多いらしい。どいつもこいつもお盛んなことだ。
 ストリップクラブでは踊り子達とボソボソ話して、ドラックデザインによる体質改善が裕福層でブームになっていることを知った。ターゲットの女、アンだけが例外ではなかったということだ。なんたる技術の無駄遣い。踊り子の胸にチップを突っ込んで、ココは肩を落としながら店を後にするのだった。
「だったらその出会いのパーティーとやらに参加してこいや。酒場やら食堂やらで聞き込んでてもしょうがあるめえ。その女と接触するにはもってこいだな。」
 報告を聞いたスギダイが切り出し、ココは力無くうなずいた。調査にはうんざりしていたが行きたくないとごねる気力もなくしていた。
「身分証が必要だな。用意してやるから、それまでは一旦待機しとけ。3日後に来い。それまでにその出会いのパーティーとやらで浮かないような準備でもしとけ。」

 3日間、ココはパーティーで浮かない準備などするわけもなくダラダラ休んだ。ああ、床屋に行って散髪はした。それくらいだ。いつものくたびれたジャケットで事務所に現れたココを見てスギダイは舌打ちをした。
「ふん、だせえ。」
ぶん投げられた身分証を受け取り、あんたに言われたくねえと頭の中で毒づきながら事務所を出た。
 いざ、パーティーへ。

       

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