Neetel Inside 文芸新都
表紙

チーム・エレクテオ
第4話 「10分間で奪え」

見開き   最大化      

第4話 「10分間で奪え」

 面倒くさがりな鹿野タクローも週末を利用して実家に帰ることはある。タクローは東海道新幹線に乗り込むと、切符片手に自分の収まるべき席を探した。日曜も昼過ぎの今ぐらいならギリギリでも余裕で指定席は取れた。ちょうど発車するくらいの頃、窓側の席に腰を下ろした。
 帰省は年に数えるくらいだが、大学で東京に出てから繰り返してきたことなので、今更心躍るものでもない。地元に残った者たちのお互いの安否確認であり、お互いの時間の溝を埋める作業である。とは言っても、結局は学生時代から行っている大手居酒屋で飲んで、その後カラオケやショットバーを「巡礼」するだけのことであるが。自分の生まれ育った街だろうが、東京だろうが、どこで生活しようがやる事自体は大して変わらないものだと思った。
 昨日はだいぶ飲んだが、さすがに会社に入り営業で何年かやっていると昼過ぎにはケロリとしているものだ。そうなるとタクローも調子に乗ってくる。駅で買ってきたビールを空けながら静岡からのわずか1時間の旅を楽しんでいた。普段は絶対買わないであろう粋な鯛めしも旅気分を盛り上げるアイテムとして健闘している。思えば、帰省で最も心躍るのはこの移動中なのかもしれない。そう考えると、必ずしも心躍るものがないわけではない。
 ふと、スウェットパーカーのポケットの中で携帯電話が震えるのを感じた。見ると、「非通知設定」となっている。このように新幹線で鳴る携帯電話の空気の読めなさと言ったら。タクローは監視でもされてるんじゃないかしらと思う。当然電話はデッキに出てすべきだが、周りもぽつぽつとしか乗客がいないため、また横着な性格ゆえ、タクローはそのまま応答した。
「もしもし?」
「やあ、突然すまない」
聞き覚えのある声。あまりいい印象のカテゴリーには入っていない声。コウタに「力」を与えてくれた中年男性の声だった。
「おっさん。なんで俺の番号知ってんのよ?」
「まあ、色々あるんだ。今回、田宮コウタではなく君、鹿野タクローにかけたのは、君にしかできない依頼があるからだ」
「へえ?意外と俺を買ってくれているんだな」
「いや、そういうわけではないが」
電話切ってやろうか。中年男性は続ける。
「今日、名古屋のトミダ自動車の開発部直轄の研究所に不審な数名が忍び込み、新技術の開発関連のデータが盗まれたんだ。」
「へえ、知らなかった」
「実際、メディアのニュースにはなっていない。まだ時間が経っていないから、というのもあるが、日本を代表する自動車メーカーのマイナスな報道は経済界の『お上』もできるだけ発表したくないんだ」
「あー、トミダの社長もその『お上』そのものだしな」
「まあ、いつかバレるがな。で、その犯人グループの主犯格が、とんでもない力で人を次々と殴り飛ばしていったそうだ」
タクローはピンときた。
「それってもしかして……」
「そう、『選ばれた者』の仕業だ」
その一言が印象的に、ハッキリ鮮明とタクローの耳に響く。まるですぐ傍で話しかけられているかのような……。タクローは半ば呆れ顔のまま振り返った。両腕をタクローのイスの背もたれに乗せて、あの中年男性が鎮座していた。茶目っ気たっぷりの言動だが無表情は崩さず、相変わらず不思議な人だとしか言いようがない。いや、そんなことは今は優先事項ではない。この中年男性がこの新幹線に乗っている意味は。そしてタクローにしかできない依頼という意味……。
「もしやだけどさぁ、その犯人ってこの新幹線に」
「そう、乗っているんだ。メンバーとは解散し一人で堂々とだ。彼の名前は上村タツミ。彼は結構強いんだが、君に何とかしてほしいというわけだ」
やはりそういうことだった。
「彼、犯人は次の新横浜で降りてそのまま姿をくらます算段のようだ」
「おい、新横浜ってあと10分ほどで着くぜ」
中年男性は首を縦に振って続ける。
「彼のスピードだと降りてから捕まえる事を試みても難しい。つまり今が最後のチャンスというわけだ」
タクローここまで聞いて、
「無理!俺に勝てるわけねーよ。おっさん自分でやりなよ」
と完全にさじを投げ、正面に向き直し腕組みをしてふんぞり返った。
「私は戦えないんだ。勝たなくてもいい。データを取り返すだけで」
「そこに至るまでの青写真が描けないの!犯人が寝てるとかならともかく、勝たなきゃ奪えないだろ」
 乱暴な言い方をしながらも、タクローは方法がなにかないか考えていた。この中年男性の言っていることをそのまま信用していいのかという問題はあるが、それが真実とすると……重大な事件の犯人が今いて、なんとかできる可能性があるのがもはや自分だけ。知ってて何もしなかったら寝覚めが悪い。そんな悩むタクローの心境を見透かしてか、もしくはタクローにお構いなしなのか、中年男性は取り出したメモを読み上げる。
「犯人の車両と座席、そして今回のポイントは……」
やるとは言っていないのにどんどん誘導されてしまっている。溜息をつき、風景を見ながらタクローはその話を聞いていた。
「こんな感じだ。では行って来るんだ。敵もこれ以上目立ちたくはないはずだから、最悪色々されることはあっても殺されまではしないだろう」
「おい!それ余計不安煽ってないか?」
抗議するタクローだが、時間もないということで急かされる。中年男性は最後に「もし達成したら素敵なボーナスポイントがあるかもな」と付け加えた。タイムセールかっての。

 静かなグリーン車。それもそのはず、この車両の乗客はひとりの男性だけだった。男は見た目は20代後半から30歳前後といったところだろうか。黒いタートルネックのカットソーに黒のパンツ、そしてスラリとした長身。彼が上村タツミ。大規模な犯行の犯人グループの主犯格だけあり、犯行のあと、かつ重要なデータを一人で持っているにも関わらず、何食わぬ余裕の表情でビジネス書を読んでいた。自動巻きの厚めの時計に目をやり時間を確認した。
「お、もうすぐ着くね」
窓からの風景を見て現在地の推測をする。その窓にはぼんやり誰かが反射して映っているのが確認できる。タクローが上村の隣に座っていた。
 上村がタクローに問いかける。
「追っ手か?」
「警察かもよ」

       

表紙
Tweet

Neetsha