Neetel Inside 文芸新都
表紙

旅支度は朝食の後で
砂漠のキャンバス

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 砂塵が舞う同じ景色が続く、広大な砂漠。その一角にそこそこに栄えた村が一つ。
 村には丸太を並べてこさえた囲いがあり、門の近くには木の棒を削っただけの槍を担いだ村人が一人立っている。それを遠くから魔道具の一つ。望遠鏡を使い、見つめる青年が一人。
 おおよそ見た目は15、6であろうか。この世界に於けるクローランと呼ばれる種族の青年で、額に着けたゴーグルもさながら犬の様な耳が強くその色を主張していた。
「あれだけ木をふんだんに使っている村があるという事は、もしかすると、この砂漠もそろそろ抜けるという事かな…」
 青年はつぶやくと、構えていた望遠鏡を身に着けた大きなリュックに仕舞い込み、額に合わせていたゴーグルを着用する。
 極寒の砂漠、灼熱の砂漠をひとしきり経験し、水も食料も今や殆ど残していない。
 青年はここで一泊させてもらう事を考え、駆け足で村の門の前までと足を運んだ。
 門番である村人は青年がやってくる様子を怪訝と見つめていたが、まだ若い青年相手にそこまでの警戒はしていなく、取り敢えずは何事もなく目の前に立つ事が出来た。
「すみませんが、旅をしている者です。お金はありますので、よろしければ泊めていただけないでしょうか?」
 となると、問題は村の風習やしきたり、はたまたは民族性などに障害は無いか否かである。
 村人は武器を構えることこそはしないが、妙な顔つきで青年に伺う。
「一応村長には聞いてみるよ、しかし君はまだ子供のようだが、本当にこんな危ない場所を旅しているのかい?」
 青年はいつもの事だと慣れた様子で腰に付けていた銃器と一口(ひとふり)の刀を見せた。
「一応生業として、賞金稼ぎの真似もさせてもらっています。それなりに腕に覚えはありますし、何より僕が生まれ育った村も環境が良い場所ではありませんでしたからね。生き抜くための術は身に付けています」
 すると、村人は驚いた顔つきで、槍を丸太で出来た門に掛け、青年の取り出した銃に触れる。
 触ってもいいか? と尋ねられたので、青年は頷くと、村人は物珍しそうにその銃器をベタベタと弄り始めた。
「随分と珍しい魔道具だな、武器の魔道具を見るのは初めてじゃないが、こんなに機構が凝っているものは初めて見たよ」
 基本的に出回っている銃器の魔道具は、シングルアクションオンリーの西部劇に出てくる様なリボルバーだ。
 青年のその魔道具は一般には出回っていない値打ち物のオートマチックリボルバーであり、村人が物珍しそうに眺めるのも訳は無かった。とはいえ、貴重な物であり、大切な生命線でもある為に青年は困った顔で返してくれ、と手を差し出す。
 夢中だった村人がハッっと気付くと、すぐさま銃を青年の手に返した。
 門に掛かっていた槍を再び手に取ると、村人は漸く本題に入る。
「悪いね。さて、じゃあ早速村長の元に案内したいところだが、その前にまず名前を聞いておこうか」
「ウォルターと言います。上の名前はブレア」
「ウォルターね。じゃあ、俺の事はサイラスって呼んで構わないよ」
 振り返り、サイラスはロープで結わえられた簡易式の門を開いた。
 門をくぐると、サイラスは中の門番である村人に簡単に経緯を話し、その村人が入れ替わりで外に出ることになった。
 サイラスの後ろを言われるがままについていくが、行く道行く道村人は物珍しそうにウォルターに振り返っていた。というのも、大きな理由として旅人が少ない事もあるだろうし、何よりもこういった一つの種族が集まった集落に、他種族が混じれば嫌でも目立つものだ。
 ウォルターが見つめるサイラスの後ろ姿、その頭には丸みを帯びた灰色の耳が生えていた。これはウォルター自身も多く見たことがある人口の多い種族で、イスピスと呼ばれる種族。これといった大きな取柄は見当たらないが、とにかくカータルという種族に次いで大きな町や国であればどこでも見かける事がある、なじみ深い種族である。強いて言うなれば、取柄とは言えないが、身長が低い事だろう。大よそ160以上は見られるサイラスは恐らく種族の中でも長身であろう。
 そのサイラスの身長自体、まだ成長過程にあるウォルターと変わりないのだから、つまりそういう事なのである。
 村長の家への道中は、砂だらけで観光する面白味も無かったが、村自体は大きく、十分以上の時を掛けてウォルター達は目の前へと到着した。やはり村長という有権者だけあって、他の村人たちの家は、今にも吹き飛ばされそうな藁や細い枯れ木を用いた簡易な小屋が殆どであったが、小さいながらもそれなりに威厳を感じさせる頑丈な堅木でかまえられた豪邸である。
「じゃあ、ちょっとここで待っていてくれ」
 先に話を通し安くする為か、サイラスは槍を家の囲いに掛けると、ウォルターを家の前に置いて中へと入っていった。
 それを確認すると、ウォルターは疲労が溜まっているのもあってか、家の囲いを背に砂で満ちた地面に腰を掛けた。
「それにしても、まあ日中は暑いモノだ。何を好き好んでこのような場所に住み暮らすのかな。僕の故郷も大概だが、僕がここの生まれであったなら、歳が10になる前に出て行ってるかも知れないほどだ」
 観光出来るようなものも無く、昔はいざしらず、侵食してきた見渡すばかりの砂漠に拘る理由がウォルターにはわからない。観光について強いて言えば、砂漠の途中で小さな神殿があった事くらいだろうか。とはいえ、入口は厳重に板で留めてあった為、恐らく観光というより封印か聖域かどちらかなのだろう。これでは見世物にも暇つぶしにもならない。
 サイラスは家からなかなか出てこない。時は正午に近づいてきたのか、日はとうとう登頂に上がり、更にウォルターを痛めつける。
 当然旅の道中より遥かにマシなものの、一息つこうと油断していた最中、村には日除けの一つすら無いのだ。あってこの村長の家と囲いくらいか。
 そろそろウォルターの口から憎まれ口の一つや二つが吐き出されそうになって、サイラスは漸く顔を出した。
「サイラスさん、ちょっと遅いんじゃあないですか」
「いやあ、少しばかり話が長くなってね。何より村長の家には魔道具で冷やされた水があってね。あれを出されてしまってからには、なかなか外に出るのは惜しくなるものだよ」
 ウォルターを炎天下の中に一人置いて、自分は中で涼んでいた、という話である。些か頭に来る話だが、苦い顔をしつつもウォルターは話の結果を尋ねる。
「それはいいとしましょう。それで話の程はどうなりましたか?」
「別段構わないそうだよ。村長自身から話がある訳でも無く、ここで一晩過ごすといい。空いた家はあるから宿泊は只でいいが、食料は当然有料だ。まあ20クルスもあれば腹一杯食べれるだろう」
 ウォルターの杞憂とは裏腹に、手痛い出費も無く、安心して宿泊が可能の様だ。ウォルターはほっと一息つくと、サイラスに一礼して、今度は宿泊するその空き家にへと案内してもらう事にした。
 その空き家は門の近くで、この暑い中再びあのつまらない道中を繰り返すことになる事が予想され、ウォルターは途中水を購入していくと、サイラスがまたそれを催促する。
 10は離れた子供に奢って貰うとは、また情けない話だが、サイラス曰く高価な水は支給されるものであって、安易に口に運べる機会は少ない、とのこと。
 先ほどにこんな生ぬるい水ではなく、冷えた水を村長から頂いたと言うのに。
 思いはすれど、ウォルターは自分はケチな事はしたくないと、サイラスには何も憎まれ口を言わずに水を渡したが。
 そんなこんなをしているうちに、家とも言えない簡易式の空き家に着くと、サイラスは再び門へと歩いていった。面倒なので、ウォルターは帰りの道中で気づきながらも教えなかったが、棒を削りだして作ったような槍は村長の家の囲いに掛けたままである。
 慌ててサイラスが村長の家へと走り去るのをウォルターは確認すると、意地悪ながらも上機嫌で大きなリュックを放り、空家の薄い板の床に寝転がった。

     

 思いの外、疲労が溜まっていたのか。ウォルターが目を覚ます頃には辺りは真っ暗になっていた。日中の暑さが嘘の様な寒さが目覚まし代わりになっただけで、快適な環境ならば恐らくは、次の日の朝まで寝ていてしまったであろう勢いだったのだが。
 また、外では何か騒ぎが起きているのか、住民たちの喧噪のような声が聞こえる。様子を見ようと、ウォルターはまず、リュックからマフラーを取り出し、それを首に巻くと扉代わりの枯れ木で出来た扉、いや蓋を横にずらすと外に出た。
 門の入口周りに住人達は集まっており、皆一様に松明を持って数人の男たちを囲っていた。数人の男たちにウォルターは眼を向けると、ここの村人では無い事を確認する。
「あれはカータルじゃないか、何でこんなところに?」
 猫の耳を付けた種族である。物珍しい事は無いが、それにしたって旅人ですら避けるであろうこんな村に来るのも不思議であった。もしくはキャラバンか何かだろうか。
 気になったウォルターは様子を見ようとその喧騒の輪へと足を進める。付近まで来ると、イスピスの住人達は、松明と共に木を削りだした粗末な槍をカータル一行に構えていた。その中の一人にはサイラスの姿も伺えた。
 また、カータル達も立派なショートソードを携えており、イスピスの住人達よりも大きく余裕を持った様子が伺える。
 少なくともお互いが武器を担いでいるこの状態は明らかにまともではない。考えたウォルターは一旦間を割ることにした。
「ちょっとまってください、何事でしょうか?」
 いきなりの事で、両種族は呆気にとられていた。しばらくすると我に返ったカータルの一人が少し怒り気味に尋ねた。
「なんだお前は?」
「ここで一晩泊めさせて頂いている旅の者です。両者に何があったかは存じませんが、血を見る様な行為は良くないと思うんですが……」
「……別に俺達だってこんなことをしたい訳ではないんだ。しかし、この村には我慢の限界が来ている」
 カータルの一言にイスピスの住人も黙ってはおらず。
「何をほざいているんだ! 資源や食料を買う金が無ければ強奪とは良い身分じゃないか?」
 怒鳴るカータルをウォルターは、落ち着いてください。と諌めると、尋ねる。
「要するに、お金が無いから分けてくれって事ですよね。それなら武器を収めてお話をした方がいいのではないでしょうか?」
 ウォルターの提案に、カータルはしばらく思考を巡らせた後に抜き身であった剣を腰に付けた鞘に戻す。一見野蛮にも見えたが、話は通じる相手の様ではある。そもそもカータルは怒らすと面倒ではあるが、元来気性が荒い種族ではない。
「しかしな、少年。我々は幾度とこの話をしているし、そもそもとして、キャラバンの商品を独占されているのも事実だ。イスピスの民は村が大きければ、その出稼ぎが多いからな、さぞ裕福なのは構わないとして独占するのはどうなのか。そして、それを俺達に法外な値段で売りつける。こんな事が許されると思うか?」
「20クルスでおなか一杯になれたのですが?」
「俺たちカータルにそいつを売りつけたならば、恐らくは240クルスは掛かるだろうな」
 本当なのですか? とウォルターがイスピス住人に目を向けると、イスピスの住人達は皆一様に目を背けた。ひとしきり考えた後に、サイラスが怖い顔をしてウォルターに忠告をする。
「あのな、ウォルター。旅人は歓迎するつもりだが、恩を仇で返されるのは困る。俺たちの問題に口を挟むのはよしてもらいたいんだ」
「待ってくださいよ、だからと言って、こっちからすれば、目の前でその恩人が殺し合いされるのも都合の悪い話だ。少なくとも納得できるだけの話でも伺いたい」
 まず、キャラバンが商売に来るという事は、ウォルターがここに訪れるにあたって、近くに森や湖があると踏んだのだが、高い確率で、まだそれなりに距離があると言える。
 そうなると、このカータル達もそのキャラバンとの取引が出来なければ、食事はともかく、まともに水や木材を入手する方法がなくなる訳だ。資材などに関しては石等いくらでも方法はあるだろうが、それにしたって水に関しては死活問題と言える。
 ウォルターは一つの解決策として提案をしようと考え、サイラスの方へと振り返る。
「でしたら、せめて水だけでも正規の値段で販売するのは筋ではないでしょうか?」
 そんな提案にサイラスは苦笑いしながら返す。
「そうだな、ウォルター。その通りだよ。俺達だって悪党じゃない、独占しているのは確かではあるが、水は生来の値段で売っているよ。カータルはその恩を受け止めてもらいたいくらいだよ」
 そうなると、やっぱりカータルが悪いのか? とウォルターが心変わりしそうになると、カータルは非常に苦い顔をしてウォルターの肩に手を置いた。
 何事かというウォルターの表情を無視して、カータルは口を開く。
「これはね、実を言うと宗教の問題だよ」
「水や食料と宗教が何か関係するんですか? 贄か何かですか?」
「概ね正解だ。私達砂漠のカータルにしろ、イスピスの連中にしろ、神に献上しなくてはならない物がある。だからカータルは独り占めを行ったのだよ」
 といえば、ウォルターが歩いてきた道中に神殿のようなものがあった。恐らくそれがこの両者の崇めている宗教か何かなのかもしれない。
「ここから西の方角、途中にあった神殿ですよね。しかしあれは入口が封鎖されていましたが……」
 そのウォルターの問いにサイラスが答える。
「それはな、俺達イスピスとこいつらカータルの献上品の質や量の競争の問題だ。神殿に訪れる両種族で互いに喧騒が絶えず、挙句に死ぬかどうかの瀬戸際の殴り合いまでに発展してしまった。そこで関係者が裏口から入る以外出来ないように、表側の入口を封鎖したんだよ」
「なるほど、因みに献上品というのは一体どれがあたるんですか?」
「果実や野菜だよ、俺が生まれるずっと前だが、ここら一帯は美しい緑に囲まれていたという。やがて、砂漠化が広がり、その影響はこの辺りにも及んだ。そうして崇められたのが植物繁栄の神であり、その神殿にて眠っている」
 ここまで来て漸くウォルターの頭の中で話が繋がる。そうとなれば、どうする事が解決に繋がるのだろうか。
 一番手っ取り早い方法としては、両者が信仰をやめるのが一番手っ取り早いのだが、それも恐らくは叶わず、最善としてはイスピスの住人が独り占めを行わないのが一番なのだが、ここまで見られるのは他種族や他宗教に対して、ある程度排他的な思想を持ち合わせているのが実情である。そうなれば、ウォルターとして解決策として取り上げようがあるのが。
「それでは、カータルの皆さんが自分で植物を育てればいいじゃないですか」
 そんなウォルターの提案に、周りは首をひねり、カータルの一人は鼻で笑いながら尋ねる。
「愚問じゃないか、所詮は子供の考えかもしれないが、この一帯は砂漠や離れでも砂礫の山しか無い。そんな中でどうやって植物を育てろというのだ?」
「僕は仮にも魔道具を扱う魔術師の旅人です、培った経験を元にそういった事を可能にする知識も備えてはいるんです」
 両種族はその一言で雰囲気を変え、ひとしきり思考を張り巡らせる側に移った。すると、サイラスが酷い剣幕で。
「ちょっと待て、お前が恩を抱いているのはどっちの種族だ? カータルにそれを教えて俺達に何か利はあるのか?」
「ありますよ、お互いに衝突しあう事は無くなるじゃないですか。それにしたってこの話は悪い言い方になってしまいますが、複雑な話を抜きにしてしまえばサイラスさん達が意地悪をしなければ済んだ話でもあるんです」
「それも一理あるが、その植物問題が解決した後に、カータルが取るであろう行動は極めて危険だ。商売を始める事も出来れば、裕福になれば俺達の生活が脅かされる危険性だってある」
「だから、そこが肝なんですよ。植物の栽培方法に関しては明日、そちらの村に訪れて詳しい話をするとして、カータルさん達は席を外してもらえないでしょうか」
 カータルは疑念を抱きながらも頷く。ウォルターの約束した事が本当であれば、このような争いは必要無くなる以上、ここに留まる理由は無かった。
 カータル達が門から外に出ると、ウォルターはイスピスの住人達に対して手を差し出す。
「では、村長。あなたとお話がしたい」
 差し出した手の先には、住人に混じり、ちょび髭を生やした比較的裕福そうな男が立っていた。
「私が村長だと、よくわかったね?」
「簡単です、集落の長はみんなある程度雰囲気に主張が帯びていますからね」
 ウォルターの濁った表情から分かる心情としては、ただ単純に偉そうだから。というのが強かったが、失礼の無いよう、そこは遠まわしに言った。続けて。
「それでは、村長。僕から一つ提案があります。それを行う事でイスピスとカータル。お互いの関係に大きな違いが出てくると思うんですね」
「……まあ、話だけでも聞こうか」

 夜も明け、中途半端な時間に寝て、半端な時間に起きた為に夜通しで起き続けたウォルターは村から出ると、東。カータルの村があるであろう場所へと向かった。
 極寒の夜とは比べ物にならない暑さに悲鳴を上げつつも、着いた先では沢山のカータルがウォルターを歓迎してくれた。
 まず、昨日何度も言葉を交わした記憶のあるカータルの民がウォルターの前に出る。
「約束通り来てくれたのか、正直疑っていたよ」
「はい、ところでですね。イスピスの民に神殿開放の頼みを取り付けたのですよ、あとはカータルさんの了解が必要です」
「……何故神殿を?」
「これからは、そんなに争う必要がないんじゃないかなってね」
「どういう事だ、俺達が植物を栽培するとは言っても、これから大きく時間を掛ける必要があるんだろう?」
「それは、そのうちイスピスの村長さんから聞いてください。僕はですね、軽くその神殿に若干の興味があるだけなんで、両者の諍いなんて本当はどうでもいいのですが、出来るならば、遅くても明日中に旅に戻るつもりなので、今日中に開放していただけるのがありがたいですね」
 カータルはハァ、と疑念の声を漏らす。続けてウォルターは。
「それでは砂漠の栽培方法について、簡単にご説明致しますね。まず必要な物は沢山のロープです――」

     

 ウォルターの目が覚める事には既に日が登り始めていた。風も無く、早朝の良い空気を楽しみながら、安っぽい寝心地の酷く悪いボロ空家を後にし、すぐにでもとかの神殿へと向かった。
「古いモノならもしかすると……僕の探し物の手がかりくらいはあるかもしれないね」
 元よりダメで元々ではあるが、観光を兼ねて調査出来る事は良い事だ。と、ウォルターは小さな期待を胸に神殿がある西へと向かっていった。
 村長やその後話したカータルの長との約束はしっかりと守られ、神殿の扉にはり巡られた板は取り除かれ、そこには少数の人だかりが出来ていた。
 そこにあのサイラスも混じっており、ウォルターを見つけるなり手を振ってきた。
 ウォルターは返すが、それにしたって、人だかりはなかなか滑稽な仕上がりを見せていた。
 カータルも長身な種族ではないが、小人のイスピスと並ぶと面白いモノであり、人だかりのグループの形が遠目でもしっかりと目に見えてわかるのだ。
 ふふっと軽く笑いながら、集まる人々を横目にウォルターは中に入ると、そこは神殿と呼ぶにはなかなかお粗末な作りである。外から見てもそこまで大きいものではなかったが、まあ中に入れば何という事は無い。簡単な石の彫り物が一つと、テーブルを模した石が置いてあるだけだ。
 おおよそここに献上品とやらを置くのだろうか。何れにせよ、探し物がある気配は無かった。
「どうだい、うちの神様は?」
 ウォルターの後ろから話しかけてきたのはサイラスだった。
「うん、まあ神々しいんですかね」
「何だよそれ。しかし、釈然としない部分はあるが、お前の案って奴も悪いもんじゃないな。今後カータルと一丸となって協力し合えるのは良い事なのかもしれんし」
「まあ、僕はカータルの民に栽培方法を教えて、サイラスさん達にお互い不利益にならない方法を提案しただけですけどね」
――今後カータルさんに復讐されるのが怖いのであれば、今から支援してあげれば良いのではないでしょうか?

 あの夜、ウォルターが提案した事は、一言で言えば今後カータルの民に協力する事だった。勿論そんなことが了承される筈も無い。
 植物を栽培する事がカータルのアドバンテージになってしまえば、今後のイスピスの金銭的な裕福さによる優位性は無くなる。そこでウォルターはカータルが植物栽培を成功させるまで、食料や資材、献上品の支援を行う事を薦めた。
 今必要な助けをカータルが借り、そしてイスピスの力添えにて、パワーバランスがイスピスを超えた時、初めてカータルがその恩を返す時が来る。お互いがその仕組みを理解しあって、お互いに協力を考える事を昨日今日で考え始めたのだ。
「では、サイラスさん。僕の予想だと今日から村の門番ではなく、神殿の門番でしょう。喧嘩が起こりそうになったら、どっちの味方に付くことも無く、しっかり大人の目線で諌めてくださいね」
「はは、こりゃやられたね。俺達より旅人の君の方がよっぽど大人なんだからな」
 ウォルターは申し訳程度に笑いながら、では失礼します。と神殿外に出ると、村に来る前では想像も付かないほど風のない砂漠の中、次の目的地へと東へ向かった。
 ウォルターが旅を終える頃には、きっと砂漠の黄色いキャンパスに。
 沢山の緑が栄える事を信じて。

       

表紙

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Neetsha