Neetel Inside ニートノベル
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 「生焔礼賛しょうえんらいさん。それが大戦末期に用いられた禁断魔法の名前です」
 「生焔、礼賛…」
 確認するかのようにフロストは呟く。魔法取締官の自分でも初めて聞く名前だ。
 誰もが禁断魔法とだけしか知らないあの日の禁術。その正体が。
 ニフィルはこくりと頷いた。
 「そうでしょう。数ある禁断魔法の中でもその存在すら秘匿される特一級の禁術です。この魔法を知り、さらに行使することができるのは私ともう1人だけ」
 フロストの脳裏に不遜なエンジェルエルフの顔がちらついた。
 「…で、どんな魔法なんだ。それだけ厳重な扱いなんだ、破壊力があるだけではあるまい」
 ウルフバードがニフィルを睨んだ。それに怯む彼女ではない。
 「…もちろん、威力が大きければ三級禁術に指定されますが、ここまで厳重には扱われないでしょう。生焔礼賛が禁術とされる理由は、生命の尊厳を踏みにじる点にあります」
 いったん言葉を切る。ウルフバードは続けるよう促した。
 ニフィルは覚悟を決めたように口を開く。
 「生焔礼賛の発動には生贄が必要です。そして、その生贄の身体を憑代として結界を発動、その結界の中で、生贄とされた者の魂が生者の命を奪うのです。まるで失った命を求めるかのように。しかし、決して死者がその命を得ることはできない。結果として増えるのは命を求めるもう1つの霊魂。2つの霊魂は2人の死者を生み、4つの霊魂は4人の命を求める。生ける者の命の炎を求める死の連鎖。結界の中の人々が全て斃れた時、結界は封印術へと変わり、犠牲者の魂は未来永劫魔法が発動された地に封印される。それがこの魔法の力です」
 誰もが言葉を失った。
 今まさにその状況が起こっているのだ。亡者が人々を襲い、自らの仲間にしている状況が。
 「…だが、今起きているのはその魔法そのものではないな…」
 冷静さを無理やり保ちウルフバードが確認するように語る。
 「それにだ。今の話ではアルフヘイムの国土が壊滅したことと話がつながらない」
 皇国の人間だけを結界に閉じ込めることだってできたはずだ。それがアルフヘイムにも甚大な被害を及ぼし、あまつさえ不毛の地にしたのは何故だ。
 「…そうです。重要なのはここから。…私は、その魔法の維持に失敗しました」
 フロストが瞠目した。
 失敗。この人が魔法を失敗したというのか。
 フロストが知りうる限り最高位の魔法使いだ。だからこそ禁断魔法の発動という大役を仰せつかったと聞いている。
 ニフィルは彼女の驚愕を認めつつ話を続けた。
 「本来はアルフヘイムの部隊が皇国を引きつけて、そこで魔法を発動する予定でした。しかし、その時に生贄となったのが…我らアルフヘイムの守り神だった」
 「守り神を生贄にするとはな。貧乏神の間違いだったのか?」
 「…憑代になるはずだった犯罪者とアルフヘイムの夫婦神が入れ替わった。そう言って納得していただけますか?」
 「納得できるわけがないだろう。夫婦神が何だかは知らないが、仮にも神を名乗る存在が魔法の干渉を受けるとは思えん」
 「…ですが実際にそれが起こったのです。贄となった神の力を私は御しきれず、魔法は全ての生命力を奪い尽くす爆発と化した。それが、大戦末期に起こったあの爆発なのです」
 漆黒の大爆発。全ての命を奪う悪夢。ニフィルの脳裏にこびりついて消えない黒色だ。
 「…生命力を奪われ、大地があのように…」
 フロストの言葉にニフィルは頷く。
 「大地だけではありません。魔法は海洋にまでおよび、黒い海と呼ばれる海域を作りました。そして、ここからは仮説ですが…爆発に巻き込まれた人々はその海の中で本来の生焔礼賛と同じように生命を求め続けていたのではないかと考えています。そして、あの化け物を形成した。ですがあの黒い海と言う海域が結界の役割を果たし、それが何らかの形で破られ今回こうして現れたのではないかと」
 ソフィアは言った。あれは自分が残した魔法の残余だと。私たちの故郷の穢れとはまた違う、執念が今になって目を覚ましたと。
 つまりは、そういうことなのだ。あの亡者たちは爆発に巻き込まれた者たちの成れの果て。魚人が多いのは禁断魔法の爆心地が魚人族の集落に近かったため。
 アマリがイナオの方を向いた。
 「この子が用いる術は調伏の力。救われぬ魂を無理やり浄化させたというところか」
 ニフィルが頷く。ウルフバードとフロストもことの真実に圧倒されているようだ。押し黙って事態の深刻さを受け止めている。
 ビャクグンだけが青ざめた顔でニフィルの告白を聞いていた。彼の中で1つ、繋がってしまったことがある。
 禁断魔法が発動したその時、彼の仲間であるハシタは爆心地にいたという。それにも関わらず生き残り、そして性格が豹変してしまった。それは何故だ。知己のトクサが彼女の心の中に見たのは、黒。その黒は一体何だ。
 「…そういう、ことだったのか…」
 誰に聞かれるでもなく呟いた。
 妖の生死は人のそれと異なる理による。
妖たちがもつ命とは、人々の記憶。人々の恐れや不安が妖を生み出し、人々の記憶から消え去った時にその妖も消滅する。
 肉体を持つ限り不死ではない。しかし、命を失ったとしても再び生成される。人々の想いによってだ。それが妖。
 恐らく、生焔礼賛の魔法による絶命は人の生命力そのものに作用するものだ。暴発した魔法もそうなのだろう。
 肉体に損壊を与えるものではない。だからハシタは無事だった。
 だが、その魂には確実に楔が穿たれた。それは生命の死そのもの。魔法による全ての生命の死が爆心地にいたハシタの魂に作用してしまったのだ。
 それが、あの黒。生命を奪われた漆黒。アルフヘイムの大地、黒い海と呼ばれる海域、交易所に現れた亡者たち。全てトクサがハシタの心の中に見た黒色と同じなのだ。
 勢いのままにビャクグンはニフィルに詰め寄った。
 「方法は…っ!黒に染まった者を元に戻す方法はないのですか!?」
 「…魔法の暴走が引き起こした結果です。元に戻しようがありません」
 「そんな…」
 力なくそう呟いたビャクグンをよそにウルフバードは思案を続けた。
 「それが真実として…どうする気だ。お前の言うとおりだとあの化け物は神の成れの果てでもあるのだろう」
 「そうです。神の御身すらあの化け物の一部。生半可な魔法では手が出せないでしょう」
 「待ってください。ニフィル様、そうだとすれば夫婦神だけではなく、禁断魔法によって失われた精霊樹様も…?」
 ククイにもその名前は聞き覚えがあった。懐かしむような口ぶりで会話に加わった。
 「精霊樹というと…全ての魔法の始祖と崇められるあの精霊樹ですか」
 ニフィルは驚いた様子で返した。
 「驚きましたね。皇国にも精霊樹信仰があるのですか?」
 アルフヘイム国内では精霊樹は神と呼ばれる存在だ。だが皇国の人間からすればただの大樹程度にしか思われていないと思ったのだが。
 ウルフバードはククイの方を見やりながら、記憶を掘り起こし教えた。
 「甲皇国に伝わる神話だな。かつてこの地をダウの悪夢が支配しようとした時、マギア・ゼクトという大魔道士が精霊樹を犠牲にその悪魔を討ち果たした…ってちょっと待て。この神話…!」
 話しながら気づいた。幼い頃に聞いた昔話程度に考えていたが、この神話に出てきた魔法は。
 愕然とするウルフバードに対してニフィルは告げた。
 「あなた方人間にとっては神の御世は神話かもしれませんが…私たちにとっては1つの歴史です」
 「…そうか、あの昔話にでてくる魔法が生焔礼賛だったのね」
 フロストも記憶にはあったらしい。
 「…マギア・ゼクトは実在の人物です。生焔礼賛を含むいくつもの禁術を創り上げた、大魔術師。魔法の始祖たる精霊樹をも贄にするその力。恐らくは私たちとは違い、神の眷属だったのでしょう。そして彼女に連なるもの達は皆その甚大な魔力を持ち、彼女の直系は禁術にも関わらずその魔法を知り、あまつさえ発動ができる」
 「そんな!」
 フロストが金切声をあげた。一日で何度驚愕するのだろうか。だが、ニフィルの言葉に相当する一族を、人物を、彼女は知っている。
 「じゃあ、あのソフィアは、マギア・ゼクトの子孫だというのですか!?」
 「そう考える方が自然でしょう。恐らく我々の管理とは別に一族の間で禁術が伝承されているはずです」
 そうでなければあの禁断魔術をそう簡単に扱いさらには自己流に改良するなど不可能だ。
 「…っ、エンジェルエルフが神の末裔と自身を誇っていることは知っていましたが…!」
 「恐らく血は薄まっていて、その事実を知らない世代も増えているのでしょう」
 ニフィルとフロストの会話についていけなくなったウルフバードが手をあげた。
 「…とにかく、その精霊樹もあの化け物の中にあるってことか?」
 「…昔話の中では精霊樹は贄になったにもかかわらず、再びアルフヘイムの大地に姿を現しました。しかし、今度ばかりはそうもいかないようですね。ただ、精霊樹の巫女の話では今も精霊樹はどこかで復活の時を待っているということです。彼女の言葉を信じるならあの化け物の中には精霊樹はないのかもしれません。ただ…」
 ニフィルの表情の変化を読み取りウルフバードの目が光った。
 「何だ?」
 彼女は逡巡を見せたが、ここまで話したのならと口を開いた。
 「…これは関係のない話かもしれませんが、禁断魔法によって消滅する際に夫婦神は私に仰ったのです。精霊樹を再び大地に戻してはならないと」
 誰も答えようがなく、沈黙が訪れた。精霊樹を大地に戻すなとは、どういうことだ。
 その沈黙を破ったのはイナオだ。
 「えぇと、あの。で、結局どうするんです?」
 6対の目が一斉にイナオをとらえ、彼はおっかなびっくり続けた。
 「あの、結局今交易所にいるのが亡者たちだとして、対応できるのは僕とアマリ様だけなのでしょうか…?」
 さすがにそれは無理だと少年目が訴えている。
 ウルフバードとフロストは互いに顔を見合わせた。
 自分たちは消耗しすぎた。それに魔法ではなく別の術が必要となれば、この2人を援護しながら動くほかないのではないだろうか。
 「…伝令役に頼んで、今ある戦力を結集させましょう。できる限りこの2人を守りながら戦うほかありません」
 ククイの言葉にビャクグンが反応した。同時にアマリが尋ねる。
 「伝令役…というとあの伝心の術を用いた少女か」
 フロストが首を立てに振って肯定を示す。
 そこでウルフバードの目が煌めいた。
 伝令役。伝心の術。つまりはあの頭に響いた声の持ち主だろう。あの女が伝令役と呼ばれているのだ。
 彼女の本来の役割は何だ。もちろん伝令だろう。では誰と何を。
 フロストは伝令役を知っている。乙家のククイも知っていた。
 先ほどの仮説が再び頭をもたげる。
 乙家がアルフヘイムとの間のつながりを維持するために情報の提供をしているとして。
 その方法が伝令役とやらの伝心の術だとしたら。
 どれだけ場所が離れていたとしても、その人物がいれば皇国ともアルフヘイム本国とも情報のやり取りができるではないか。
 ウルフバードの脳内で組み立てられていく仮説。それに気づくことなくニフィルたちは作戦をまとめていく。
 「海の化け物は私たちに任せてください。現在皇国とSHWの艦隊と合流しようとしているところです。三国の力を合わせて必ず討ち果たして見せます」
 「なら私たちは地上の亡者たちを潰していけばいいのですね。まずは交易所内の亡者をなんとかしましょう。アマリさん、イナオ君、交易所内の亡者たちを掃討するのにどれくらいの護衛と時間が必要かしら」
 いや、とアマリは首を横に振る。
 「一体一体潰していてはきりがないし、危険も伴う。だから、一気にこの大陸全土の亡者を調伏したいと思う」
 「…アマリ様、そんなことが可能なのですか!?」
 イナオが驚きの声を上げる。
 と、アマリは不思議そうに返す。
 「何を言っておるのじゃ。お主がやるのだぞイナオよ」
 「…は?」
 思い切り胡乱気な声を出したイナオに対して飄々とアマリは言う。
 「妾にできるのは焼き尽くすことだけ。この力を解放したら交易所ごと焼き尽くしてしまう。じゃが、イナオ。お主に教えた術であればそれができるじゃろう。なに、心配するな。霊力だけは妾も力を貸す」
 「でも、僕に全ての霊力を受け止めるだけの力はありませんよ」
 顔を青ざめさせるイナオに対してアマリもうむと頷いた。
 「そこがネックなのじゃ。いつもの刀では妾の力を受け止めきれない。…と言っても他の人間やエルフを憑代にすることもできないじゃろうな。自分で言うのもなんゃが妾の力は甚大」
 そこでじゃ、とアマリはその場の全員を見渡した。
 「妾に1つ憑代の心当たりがある。お主ら…ケーゴという少年に心当たりはないか?」

       

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