木々が燃えている。バチバチという音が耳に心地よいが、このままでは大火事になってしまう。
しかし、ケーゴはその場にへたりこんでしまった。無理もない。
心身共にもう限界だ。肩で息をする。
ケーゴの放った炎はあまりにも威力が強く、その射線上にあった木々は炭と化してしまっていた。そして、シンチーを拘束していた蜘蛛の糸が溶けていた。もともと熱に弱いものだったらしい。うまく地面に着地したシンチーにロビンが駆け寄った。
「心配かけたね」
「いえ…私の方こそ申し訳ありません。あなたを戦わせてしまいました」
「今回のは仕方ないよ」
「そんなことありません」
なだめようとするロビンに対してシンチーは語気を強めた。
「…あなたの手を、そんなことのために使ってほしくない」
視線の先には蜘蛛の亡骸があった。
火が反射してナイフがきらめいている。
「この大陸に来る時から、覚悟はしていたさ。…ありがとう」
優しくなでられた。いつぶりだろうか。
この角がなかったら、もっと身をゆだねることができたのに。シンチーはロビンから目をそらした。
二人の会話など耳に入らず、ケーゴは茫然と座り込んでいた。今すぐ寝転がってしまいたかった。今日一日で一生分の冒険をした気分だ。
ようやく、2人が近づいてくると、ケーゴは無理やり立ち上がった。
手にしていた剣を鞘に戻す。半日振りくらいの感覚だ。やはりこれがないと。
ケーゴは確認するかのように、腰の剣に目をやった。
視線を戻すとシンチーと目があった。
シンチーは腰に剣を携えたケーゴに向かって、
「…その剣、よく似合っていますね」
そう柔らかく言った。
「そ、そうかな」
「えぇ」
照れたようにケーゴは笑った。
そうか、この宝剣が自分に。
夜はまだ明けないが、心に明りが灯った気がした。
西の森の奥、ヌルヌットはよろよろと地面を踏みしめた。体毛が焦げて嫌なにおいがする。生き延びただけでもましな方だ。あのまま焼き殺されていてもおかしくなかった。
息遣いも荒く獣は唸った。
「おのれ、人間ども…!」
この自分の知略が通用しない相手は初めてだった。狙った獲物に逃げられたのも初めてだった。
ぎらつく眼光。その目にはそれぞれ三人の姿が映る。
――次こそは確実に仕留めてくれる。
まずは体を休めようと、ヌルヌットは住処としている洞窟へと倒れこむように入っていった。
ロビンはシンチーたちを追う際に、ナイフで木に印をつけてきていた。それをさかのぼることで、すぐに交易所へと戻ることができた。
ケーゴと一緒に診療所へと向かう。
その待合室で、ロビンは呟く。
「それにしても、今回は大冒険だったね」
「えぇ」
ロビンの言葉にシンチーも応える。うきうきとペンを取り出してロビンは続ける。
「『ミシュガルド冒険記』の第一章はケーゴ君の話で決まりだね」
「…でもあなた、ほとんど出番がなかったじゃないですか」
「…あっ」
やがてケーゴが出てきた。椅子に座る二人を見て笑った。
すぐに今まで通り歩けるようになるということらしい。シンチーは安堵の息を漏らした。
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夜が明けようとしていた。きっと今日も快晴となるだろう。
私のミシュガルドでの第一歩は、少年の成長という形で幕を閉じたのだ。
第一章:トレジャーハンターの少年の話