Neetel Inside ニートノベル
表紙

ミシュガルド冒険譚
懺悔の傀儡はただ踊る:2

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 すでに昼が近い。大通りには昼食の匂いがこれでもかというほど胃を刺激する。人間用の食事、獣人用の食事、エルフ用の食事、と種族の違いを考慮したメニューを用意したレストランが並ぶのが、交易所の特徴といえよう。建前とはいえ、この地は三国の共同によって開拓が進められているのがよくわかる。
 ロビンはそんな匂いにつられてあっちへふらふらこっちへふらふらと、まるで落ち着きがない。挙句の果てに今回の本はミシュガルドグルメ紀行にしよう、とまでシンチーに提案するほどであった。
 そんなロビンの提案を無言で却下してシンチーは進む。むろん宿泊所を探すためである。ここまでくると主従関係がわからない。
 いわゆるレストラン街をぬけて、ロビンたちは大通りへとやって来た。昼時だからか、少し人通りは少ないようにも見える。この大通りの一つとなりは初日にも来た通りすこし怪しげな店やら風俗店が並んでいる。
 「それにしても人の底が知れるよね」
 この交易所は当初、ここまで立派なものではなくテントが数個並んでいるような状態であった。数グループの開拓者たちが滞在場所として浜辺の近くの開けた地を選んだのが始まりである。そこに商人が訪れ、屋台や露店が現れ始めた。やがて新天地の状況が少しずつ分かってくると、開拓者が家族を呼び、それが商人をまた呼び寄せた。そうして次第に交易所は都市の様相をなしていったのである。
 大通りには開拓当初からこの地にいた商人たちが店を連ねた。そして、その他の店も次第に増え始め、レストラン街や住居地といったように区画化が進んだのである。そして、区画が増える度に交易所はその領地を外へと広げていったのだ。そのような中で風俗店などの不健全な店が大通りの近く、つまり中心に存在しているということは、つまり、そういうことなのだ。
 「さすがに住居地はその通りから一番離れた場所に作ってあるらしいけどね」
 「…そうは言っても」
 最後まで言わずともシンチーのいいたいことはわかる。しかし、大人の世界にはいろいろあるのだ。人通りが多い場所の近くに設置する方がいろいろと都合がいいのだ。
 ロビンはそうひとりごちて頷く。そう、これは大人の世界。ケーゴみたいな少年にはまだまだ刺激が強すぎる。彼はあんな場所に来るべきではなかった。当然、ケーゴよりも小さな子供も来るべきではない。
 今まさにその通りに続く小さな道を覗き込んでいる小学生くらいの子供なんてなおさらなのである。
 「って、こらこらこら!」
 ロビンが声を上げるとその男の子はびくりと肩を震わせた。赤い髪はぼさぼさで、服は青色の質素なもの。黒いマントを羽織っていて、そのマントには見慣れないマークが描いてある。子供の出身国のシンボルマークだろうか。足には短剣の鞘がくくりつけてあって、当然短剣も中に入っている。
 「ぼくー、ダメだよ。この先は危ないからね。もっと大きくなってから来なさい」
 ロビンがそうたしなめるが子供はぶすっとしかめ面をしてみせる。
 「ちぇっ!みんなそう言うんだな!子供だからってこの先にはいかせてくれないんだ。子供のケンリのシンガイだぜ!」
 「この先には悪い大人とかダークエルフがいるからねぇ、来ちゃだめだよ」
 勝手に保護者面をし始めるロビン。シンチーは後ろで頭を抱えた。どうしてこう、この人は行く先行く先で寄り道をしてしまうのか。
 「ぼく、お父さんやお母さんは?」
 ロビンがそう辺りを見回す。
 すると得意げに答えが返ってくる。
 「いないよ!とーちゃんもかーちゃんもショーバイで忙しいんだ!」
 「それじゃあ自警団の人たちにお家まで送ってもらおうか」
 「迷子扱いするなぁーっ!」
 優しく腕をつかんだ手を振り払う。
 「オレはっ!『ブラックホール』リーダーのフリオだぞぉっ!」
 そう誇らしげにロビンたちに叫ぶ。が、当の二人は頭に疑問符を浮かべるのみ。
 「…ぶらっくほうる?」
 さすがのロビンも表情が動かない。フリオの目線に合わせようとしゃがんだままかたまっている。そんな二人を見下ろすシンチー。奇妙な構図ではあるが、通りの喧騒はそんな三人は見えないかの如し。
 フリオは大仰にマントを手ではためかせる。
 「そうさ!このミシュガルドのヒミツケッシャ『ブラックホール』のリーダー!それがこのフリオ・パオさ!」
 秘密思いっきりばらしてる、と即座に思ったが面倒だから何も言わないことにした2人。どうせ子供の遊びか何かだろう。しかし、そのリーダー様とやらでもこの先にいかせるわけにはいかないのだ。少なくともこの遊びを懐かしむ年になってから、通りの先にある「遊び」を覚えてほしい。
 フリオはぐいぐいとロビンの腕を引っ張る。
 「なぁなぁ、この先って何があるんだよー。楽しいことがあるんだろ?大人ばっかりずるいぞ!」
 ロビンは返答に窮した。困ったようにシンチーを見るがすかさず彼女は眼をあさっての方向へとそらす。頼りになる従者だがこういう時は別のようだ。そんな大人の悩みなどいざ知らず、子供は明るく話す。
 「俺さ!ショーライは冒険者になるんだ!だからさ!こういうヒミツの場所ってすっげーわくわくするんだ!なぁなぁ、俺一人じゃダメってんなら連れてってくれよー。それならいいだろ?」
 あぁ、なんだかミニケーゴという感じだ。男の子ってみんなこうなんだろうか。シンチーはため息をつく。言うことなすことレベルが全く変わらない。
 「まぁ確かに秘部とはいうけどね」
 「ロビン!!」
 前言撤回。下手に知恵を付けた大人の方が厄介だ。シンチーは顔を少し赤くして主をしかった。
 何を言われたのかいまいちピンとこないフリオはなおもせがむ。とはいうものの、風俗街に子供を連れて行って、自警団にとやかくいわれるのも困る。ロビンたちがどうこの子供を追い払おうかいよいよ困り果てた時である。
 「おーい!フリオ君!」
 フリオがうげっと顔を歪める。 
 白髪壮年の眼鏡をかけた男性だ。安物のスーツを着て、手には白墨を持っている。運動には慣れていないのか、息遣いも荒く、こちらに駆け寄ってくる。
 フリオは即座にその場から逃げようとしたが、シンチーがさりげなく行く手を阻んだ。
 「ようやくみつけた…。フリオ君…はやくみんなの所に帰りますよ…」
 よく見ると汗だくだ。よっぽど走り回ったのかもしれない。息継ぎの合間になんとか言葉を絞り出している。
 がしりとフリオの肩を掴んだ。
 「さぁ、授業に戻りますよ!」
 「せんせー、俺には勉強なんて必要ないんだよ!」
 「そんなことはありません!私は君たちに勉強を教えなければならないのです!!」
 さすがに体格差があるからか、フリオは先生と彼が呼ぶ男性に抱えられてしまった。
 そんな様子を呆然と見ていたロビンとシンチーに男性は気づき落ち着きのない礼をした。
 「すみません!お騒がせしてしまって!私、広場で青空教室をやっているロンド・ロンドと申します」
 「青空教室、ですか」
 ロビンがぎゃーぎゃーわめくフリオを眺めながら聞き返す。
 「はい!この大陸には多くの子供たちが、毎日両親の帰りを1人で待っている!そんな子どもたちや、さらには大人にまで!教育を行うのが私の使命なのです!」
 「はぁ…」
 熱意のこもった言葉に若干心が冷えはじめる。こんな人もいるんだなぁ、とシンチーは学習した。
 「はなせぇー!はなせぇー、せんせー!」
 「さぁ!勉強を続けますよ!フリオ君!少年老い易く学成り難しぃっ!!」
  二人の背中を見送った後、ロビンとシンチーは何事もなかったかのように歩みだそうとした。が、そこでロビンが何か思いついたかのように言葉を発した。
 「…どうかしました?」
 「いや、ちょっとした思い付きさ」

       

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