Neetel Inside ニートノベル
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 「さぁ、まずは診療所に行こう」
 骨折している子は言わずもがな。他の子たちも消毒くらいはしておいた方がいい。
 「そんなの俺、いらねぇ!」
 早速フリオが反抗した。しかし、彼の手も傷だらけだ。
 ロンドはその場を去ろうとしたフリオの腕を掴んだ。
 「なんだよ!もういいだろ!」
 「フリオ君!」
 ロンドが声を荒げた。
 初めて目の当たりにした彼の声色にフリオはびくっと肩を震わせた。
 「君もちゃんとお医者さんに診てもらうんだ!こんなにボロボロじゃないか!」
 ロンドの真剣な眼差しがフリオを貫いた。
 「もっと自分を大切にしないといけないよ。それにみんなのことも」
 そういってフリオの肩越しに三人の子供を見る。
 フリオは虚を突かれたような顔をしてロンドを見つめ返した。てっきり大声で怒鳴られるかと思っていたのだ。ヒミツキチのこととか、土砂崩れのこととか、色々。
 「みんな友達なんだろう?だったら、助けることをまず考えないと。自分のプライドよりも大切なものがあるはずだよ」
 ゆっくりと諭すように、懺悔の傀儡としてではなく、教師のふりをした逃亡者でもなく、一人の大人として一回りも二回りも年の違う子供に言い聞かせる。
 「一人で無理なら、誰かを呼ぼう。きっと助けてくれる。少なくとも私は、絶対に皆さんを助ける。みなさんが大事ですからね」
 この言葉は伝わっただろうか。
 ロンドは彼の頭にぽんと手を乗せた。
 「手伝ってくれてありがとう」
 フリオは静かに涙を流していた。


 診療所を出るころにはもうあたりは暗くなっていた。
 酒場からの歓声が今日も心を弾ませる勢いだ。
 全員を無事に家に帰したあと、ロンドはのろのろと交易所の大通りを歩いていた。
 本当の教師なら、こういう時にどのような行動をしたのだろうか。
 自分の言動は間違っていなかっただろうか。
 どれだけ考えてもそれはわからない。
 結局自分は何がしたいのだろうか。
 やはり子供たちと関わる資格はないのではなかろうか。
 自分のやっていることは偽善なのかもしれない。
 後ろ向きな思考が頭の中でぐるぐるとまわっている。
 その時だ。

 「あ、ロンドさん。探しましたよ」
 昼間に出会った冒険者と思しき二人組がロンドに声をかけた。
 ロビンとシンチーだ。
 「あなた方は…」
 声をかけられる理由がわからず、ロンドは不思議そうにロビンを見つめ返す。シンチーはできるだけ見ないようにする。
 シンチーはロンドの意図を何となく察し、ロビンの後ろに移動した。半亜人のシンチーはロンドが見せたような態度には慣れているのだ。
 大通りの喧騒のなか、ロビンはロンドに語りかけた。
 「ちょっと、お話があるのですがいいですか?」
 「ええ…私は構いませんが」
 「じゃあ場所を移動しましょうか。ついてきてください」
 ロンドがその言葉通りロビンたちについていくと、そこは本屋であった。
 アレク書店。ロンドも皇国に住んでいたころはよく利用していた書店のミシュガルド支部だ。
 だが、彼は訝しがった。私を本屋に連れてきてどうするつもりだろうか。
 皇国から自分を連れ戻しに来た者かとも一瞬疑った。だが、それはないだろうと判断したのだ。なぜなら、皇国の人間は亜人を奴隷として扱うものがほとんどなのだ。武器や防具を持たせることはしないだろう。
 ロビンが書店のドアを開けた。女性の店員がそれに対応した。
 「いらっしゃいませー…て、ロビンさん!?」
 女性が驚いた顔をした。どうやら知り合いらしい。いよいよ、ロンドは自分がここに連れてこられた理由がわからなくなった。
 「どうしてまた?あ、ほしい本がありましたか?」
 目を輝かせるローロにロビンは笑いかけた。
 「ちょっと頼みごとがあってね」
 ローロは小首をかしげた。


 朝訪れたばかりの事務所。ロビンは二人を前に話を切り出した。
 「担当直入に言いましょう。私はこのミシュガルドに学校を建てようと思っています」
 ロンドとローロは瞠目した。いったいこの男は何者なのだ。
 そんな二人の心を見透かしたかのようにロビンは続ける。
 「スーパーハローワークに実業家の知り合いがいましてね。これがまた変わり者なんですよ。慈善事業にも熱心で、スーパーハローワークにも多くの施設を作ってるんです」
 そんな彼にロビンは手紙を出した。作家の立場あっての関係であったが、使える者は使ってしまおうということだ。
 この知り合いこそロビンのスポンサーたる人物である。
 「当然、今日親書を送ったばかりですから、まだ返事は来ませんがきっといい返事が得られるはずですよ」
 ロンドはしばらくあっけにとられていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
 「もし…私がそのお役にたてるというなら…私は…」
 最後まで言葉を続けることができなかった。どこかに迷いがある、とロビンとシンチーは感じ取った。だが、それに触れることはしない。
 黙っていたローロがおずおずと手を挙げた。
 「あの…それ、私に何の関係が…」
 「学校には教科書がつきものですよ。そして、このミシュガルドには書店はここだけです」
 ロビンは彼女ににこりと笑いかけた。
 ローロは目を見張った。
 「もちろん、まだ計画段階でうまくいくかはわかりません。でも、もしことがうまく進んだなら、また改めて伺います」
 それだけ言うとロビンは席を立った。シンチーもそれに続く。残されたロンドは重い表情で、しかし律儀にローロに一礼して店を出て行った。
 後に残されたローロは多少の疑問符を浮かべつつも、三人を見送るのだった。


 「学校、か」
 一人喧噪の中を歩きながら、ロンドは呟いた。
 その呟きは自分の耳にさえ届かず、群衆の中にかすんで消えた。
 本当に突然の報告で、まだ実感がわかない。もちろん、まだあの男が言っていた通り計画段階ではあるのだが。
 自分は真実を隠し続けることができるのだろうか。

 偽善の仮面をかぶり続けて、これからも。


―――――――――
 こうして私たちはミシュガルドに学校を立てるという計画をたち上げた。
 そして、ロンド先生や子供たちとは、その後も何度か危険な冒険に巻き込まれることになるのだが、それはまた後の話。

 第二章:宿屋が未だに見つからない

       

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