Neetel Inside ニートノベル
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 「本当にやばかったんだっておっさん!」
 酒場の喧騒に負けないくらいの大音量で少年は興奮を口にする。
 その隣に座るエルフの少女もキンキン高い声で喚いた。
 「ほんっと、死ぬかと思ったわ!こんな奴についていくんじゃなかった!」
 「勝手についてきたのはお前だろ!?」
 局地的に勃発した人間対エルフの口喧嘩をもう一人のエルフが無感動な目で見つめている。
 「私が積極的に進言するに、必要であれば当時の記録を子細に述べますが」
 そんな3人の間を縫うように飛び回る妖精は無機質な声色でそう彼らの反対側に座る男性に尋ねた。
 「んー…っていうかさ、ケーゴ君」
 男は妖精の言葉に応えず、苦笑いをみせた。
 ぼさぼさの青い髪も背負われるほどの大きな荷物も上陸して以来変わらず、しかし彼の顔には若干のやつれが見て取れる。
 その男の隣にいる褐色肌の亜人女性はいつものようにすまし顔で彼の隣に控えている。
 「……いつの間にか賑やかになったねぇ」
 そう言われたケーゴとアンネリエ、そしてベルウッドはきょとんとしてロビンを見つめ返した。
 「私が条件付きで提案するに、この“2日間”に限り賑やかな道程をお伝えいたしますが」
 妖精は変わらず飛び回り、そう進言した。


 西の森で甲皇国の兵士との間に厄介事を起こして一週間。
 ロビン・クルーと従者のシンチー・ウーはどこかぎこちなく交易所を歩いていた。
 「……申し訳ありません、またあなたを守れなかった」
 生死の淵からなんとか生還したシンチーは目をさまし、開口一番そう言った。
 彼女の目覚めを誰よりも喜んだロビンはそんな彼女の言葉に表情を失った。
 「…全員無事だ。気に病むことはない」
 そうは言ったものの彼女の自責の念を払拭することはできないだろうとロビンは確信している。
 主を守る。それが彼女の存在意義であり生きる唯一の理由。
 それをなし得なかった自分がどうしてロビンの隣にいられようか。
 その負い目がシンチーの言葉を、行動を、気持ちを固くする。
 亜人ゆえの力だろうか、銃弾を腹部に何発も受けてなおシンチーは復活した。
 意識が戻ってからは怪我の回復も早く、交易所内を歩き回れるまでになった。
 しかし、ロビンがどれだけ軽口を叩こうとも、彼女は応じる素振りを見せない。
 酒場の前でどうしたものかと悩んでいた彼に、店から出てきて話しかけたのがケーゴだった。
 そういえばケーゴ君にもしばらく会ってなかった気がする、とロビンは同意を求めるようにシンチーを見た。
 どうやらケーゴの登場はシンチーの心情にある程度の変化を与えたらしく、それまで黙り続けていた彼女は懐かしむような声でケーゴの名を呼んだ。
 その様子に少し違和感を抱いたケーゴであったが、彼は自分の本来の目的をすぐに思い出し、2人を半ば強引に酒場に連れ込んだ。
 そしてあの会話につながるのである。

 ロビンはしげしげと目の前のパーティを眺めた。
 ケーゴは知っているから置いておく。
 右隣にいるエルフの少女は金髪で、自分を警戒するように睨んでいる。ケーゴに近づこうとして、近すぎるとはっとしたように身を引いている。
 もう片方のエルフの少女は長い灰色の髪で、椅子に座ると髪が床までついてしまうくらいだ。ケーゴとは相性が悪いのか事あるごとに言い合いを起こしている。
 シンチーが目で追っている妖精は自然豊かなアルフヘイムに生息していた、彼の記憶にあるような姿ではなく、体の一部が機械でできている。
 羽ばたかせている二対の羽は透き通っているようだ。抑揚のない声でその妖精はケーゴの周りを飛び回っている。
 甲皇国の人工妖精だろうか。確か生身の妖精やエルフを一部機械化する研究が行われているという根も葉もないような、それでも甲皇国だからという理由で信じてしまいそうな噂があったはずだ。
 完全に機械の兵隊よりもこちらの方がうまくいっているということか、妖精の動きは滑らかで、あの機械兵のような武骨さは全く感じられない。

 そういえばそうだった、と言うようにケーゴは仲間の紹介を始める。
 「えぇと、こっちはアンネリエ。ちょっと前に知り合って、この土地で人探しをしてるらしい」
 『どうも』
 ケーゴに合わせてアンネリエが簡単なあいさつをロビンたちに見せた。
 「一人じゃ何かと危なかったりするから、俺がついてる。俺もミシュガルドの探索がメインだからさ、一緒に探索がてら目当ての人物を探しているらしいよ」
 こくこくとアンネリエは頷く。
 探し人とはだれだろう、と思ったがケーゴにすら知らせていないのだから深入りしない方がいいだろうとロビンは口をつぐんだ。
 何となくだが、彼女に警戒されている気もするのだ。
 ケーゴは続けた。
 「で、今こうして飛び回ってるのがピクシーっていうなんかすごい機械」
 その言葉に反応してピクシーと呼ばれた妖精が空中で動きを止めた。
 「私がただ今のマスターの発言の訂正を要請するところによれば、私の名称はAS-002PIXYでありピクシーは通称です。正式名称を伝えないというのは初対面の彼らに誤解を与える恐れがあります。また、“すごい”という抽象的な形容では紹介としての意味をなし得ず不適当であり、“機械”という総称ではやはり多少の語弊を生む恐れがあります。マスターに慇懃に願うところによれば、私が自立性記憶装置であるということを彼らにお伝えくださるよう」
 「…もはや自分で伝えてくれよ」
 うんざりした様子でケーゴがそう言うと、ピクシーはそれを了承したらしく、目を覆うバイザーのようなものが緑色に点々と発光する。
 「かしこまりました。初めまして、と今更のように初対面の挨拶をする私が聞き及ぶところによるとお二人はマスター・ケーゴのご友人であるということですね。私が自身の仕事上の便宜のために必要とし、お尋ねしたいのはお二人の名前です。……ロビン・クルー様、シンチー・ウー様、ですね。登録完了いたしました。私はAS-002PIXY、通称ピクシーと称される骨統一真国家の軍事デバイスです。前述の通り自立性記憶装置であり、同時に人工妖精でもあります。基本的な性能を誇らしげに説明するのであれば、私が認識した事象を記憶回路に留め、聴覚と視覚上に再現することが可能です。現在マスターをケーゴ様と設定しているのは、2日と5時間24分53秒前に北緯65度23分2756秒東経10度04分1089秒、ミシュガルド大陸大交易所北東の森にて彼に初期設定を行われたからです。この2日間トレジャーハンターを自称するマスターに同行し、この大陸の北部を探索しておりました」
 「要するに落ちてたの拾ったんだよ」
 滔々と語るピクシーの言葉をケーゴが簡潔にまとめた。
 それについても妖精は何か言おうと口を開けたのだが、ケーゴはそれを手で制する。
 なるほど、とロビンは頷き最後の一人に目をやる。
 ケーゴは先ほどよりも面倒そうな顔で言った。
 「その辺の靴磨き。おしまい」
 「何よそれぇっ!?もうちょっとあるでしょ!?」
 「あでっ」
 激昂した少女がケーゴの頭をはたいた。
 気の強い子だなぁ、と目の前で繰り広げられる戦いを見守るロビンとシンチー。埒が明かないと思ったのか、アンネリエがピクシーに彼女の紹介を求めた文章を見せる。
 かしこまりましたアンネリエ様、と一礼した後、ピクシーのバイザーが光った。
 そして机に光が投射された。
 否、ただの光ではない。現在ケーゴと舌戦を繰り広げているエルフの少女が像としてそこに投影されているではないか。
 これにはさすがのロビンとシンチーも瞠目した。
 シンチーが息をのむ隣でロビンが小さく呟く。
 「カメラオブスクラみたいなものか」
 掌に収まる程度のこの機械にここまでの技術が搭載されていようとは。
 あるいは魔法を応用すればこの程度のことは造作もないのかもしれない。実際、人工妖精と言えども本当に一から妖精を造り上げたとは思えない。
 いずれにせよ、甲皇国の技術の粋に2人は感嘆したのである。
 「彼女はベルウッドと言います。マスターに同行するエルフの女性です。私が客観的に彼女の能力評価を下すのであれば、エルフでありながら魔法の素養はなく、体術に秀でているわけでもありません。ケーゴ様へは拙劣に行った靴磨きをアンネリエ様には懇切丁寧に行ったことから仕事に私情を持ち込みムラがあることが推察可能。彼女の性情が交友関係上難のあるものであると推察がします」
 机に投影されているベルウッドの像が次々に変わる。
 「以上、二日間の観察を経て得られた初対面では判断が難解であると思われるベルウッド様の為人ひととなりについて簡単な報告です。私が責任を持って伝えるに、自我が存在するといえども私の彼女への評価は客観性に富み、私情のないものであると断言いたします。気を利かせて提案するに、引き続き彼女の身体的特徴について客観的なデータを提供いたしましょうか」
 顔の美醜はもちろんバストウエストヒップのサイズから肌年齢まで網羅しております、と続けるピクシーを焦った声でベルウッドが捕まえる。
 黙ってそれを聞いていたロビンはシンチーの方を目を輝かせながら見る。
 「俺、これ、欲しい」
 3つの単語から成る単純な文はしかし、彼の欲求を率直に表していた。
 これがあれば確実に執筆作業は楽になりそうだ。と言うかむしろこの妖精に書いてほしい。
 見たもの全て正確に記録できないだろうか、考えたこと全部手を動かさずに紙に現れないだろうかなどという他愛のないことを時折思うロビンである。
 そんな妄想が形を成して目の前で飛んでいるのだ。
 喉から両腕が伸びるような代物である。
 普段のシンチーなら多少の興味を示しつつ、ロビンの申し出を却下しただろう。
 しかし、そんなロビンの予想を裏切り、彼女はただ弱弱しくええ、と呟いただけだった。
 それが無性に寂しい。
 そんなロビンの様子には気づかず、疲弊した様子でケーゴは続けた。
 「とにかく、昨日もこの4人で行動してたんだけど、変なことが起こったんだよ」
 「変なこと?」
 そういえばやばかったとかなんとか言っていたな、とロビンは意識を無理やりケーゴに向けた。
 うん、と真剣な顔でケーゴは続けた。
 「俺たちさ、北の森を歩いていたんだよ。そしたらさ、いきなり濃い霧が出てきて…何とか前に進んでたらいつの間にか…谷の中っていうのかな、崖に囲まれた場所に出てきたんだ」
 「で、その崖のところにでっかい蝙蝠みたいな化け物がメチャクチャいたのよ!もうビックリ!」
 ケーゴを引き継いでベルウッドが身振り手振りを交えて説明をする。
 「奥にはなんか塔?みたいなのがあったんだけど、あんまりよく見えなかったわね…とにかくその場から逃げないとやばかったから。あたしが冷静な判断を下さなかったら今頃全員あいつらに食われてたわね」
 「なに勝手に自分の手柄にしようとしてるんだよ!あそこから逃げ切れたのだっていつの間にかまた元の森にワープしてたからだろ!?大体お前、この前も歩く宝箱の中身独り占めしようとして――」
 また争いが勃発した。本当にこの二人は相性が悪いようだ。というか歩く宝箱ってなんだ。
 ため息をつきつつロビンはアンネリエの方を見た。
 頷きが返ってくる。どうやら話に間違いはなく、これ以上の情報もないということのようだ。
 ロビンは用紙に今聞いたことを書きとめ、頭上を飛ぶピクシーに声をかけた。
 「霧が発生した時刻と座標、渓谷に到達した時刻と座標は出るかい」
 「濃霧発生時刻、二―テリア歴1722年6月14日午前9時23分46秒。座標位置、北緯65度23分3056秒東経10度04分2090秒。渓谷への到達時刻、二―テリア歴1722年月14日9時32分23秒。座標位置北緯65度21分2098秒東経10度05分0044秒」
 正確な数値が口から発せられると同時に、ピクシーのバイザーから再び光が発し、机にミシュガルド大陸の一部の地図が投影された。
 大交易所とそれを囲むようにして広がっている森である。だが、多くの部分が灰色一色だ。
 恐らくピクシーが実際に記録した、つまりケーゴがこの2日間に行動した範囲だけが詳細に記録された地図なのだ。
 その地図に赤い点が2つ点滅している。
 「こっちの点が霧が発生した場所で…こっちが渓谷があった場所…か」
 確かに交易所の東部にも赤い点が存在している。しかし、その赤い点の周囲はまったく地図としての役割を果たさず、灰色の平面。交易所内の建物の形や森の形も正確にしかも立体的に映されているというのにである。
 「東部の赤い点の周囲を観測していない…何よりも突然この場所に移動したことの証左だね」
 ケーゴ達が歩いて移動したならその道程がこの地図にも記されるはずだがそれがない。
 そもそも、この2点の距離は10分程度で移動できるものではない。
 「…仮にこの2つ目の場所にその渓谷があるとして、また霧に包まれたら1つ目の場所に戻っていた、と」
 「私が首肯するところによればその通りです」
 まったく、不可思議な話だ。ロビンは唸った。
 「魔法では」
 ようやくシンチーが意見を述べた。
 「この中で転移魔法が使える人は…いないね」
 見回し、ロビンが確認する。
 当然首肯が返ってくる。
 「なら…他者の魔法にかけられたとか?」
 疑問符を浮かべながらロビンは口にする。
 我ながら反論がすぐ浮かぶ。すなわち、何のために。全くメリットがない。
 ロビンも魔術の類に明るい訳ではないのだが、魔法の発動と霧の発生に関連もよくわからない。
 と、そこでケーゴが待ったをかけた。
 「あ、待っておっさん、アンネリエが何か書いてる」
 曰く。
 『魔法ならその気配でわかります。あの時は魔法をかけられた感じはしなかったです』
 「…なるほど」
 抱える杖は伊達ではないということか。きっと魔法の素養自体はあるのだ。
 特に言及する気はなかったが、きっと声が出せないのだろうと思っていたロビンだ。
 『ところでお腹がすきました』
 「…………なるほど」

       

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