Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルド冒険譚
森深く、獣は嘯く:2

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 大通りに面した酒屋。昼間だというのに客が多い。混雑した店の中で何とか空いている席を見つけ、三人で座る。
 ロビンの隣にシンチーが座り、少年は二人に向かい合う形だ。
 少年は頼んだ炭酸水を飲み干すと、自己紹介を始めた。
 「俺、ケーゴ。ちょっと前にこの大陸にきて、今はトレジャーハンターをやってる」
たった今ハントされていた奴がハンターを名乗るか、とシンチーは冷ややかにケーゴの顔を見た。
 まだ年端もいかない子供がトレジャーハンターを名乗っているのを見るとどこか青臭さというか、むずがゆさというか、いろいろいたたまれない気持ちになる。とは言えども、彼女が仕える男も、「冒険は男のロマンだ」などと間の抜けたことをぬかしてこの大陸行きの船に飛び乗ったのだ。あまり比較はしない方が自身のためだと思われる。
 そんなことを従者に思われているとは露知らず、ロビンもケーゴに言う。
 「俺はロビン・クルー。こっちは相棒のシンチー・ウー」
 「従者です」
 「相棒でもいいじゃない…」
 しょんぼりしつつケーゴにロビンは尋ねた。
 「君、一人でこの大陸に来たんだって?」
 道すがら聞いた話だ。最初は開拓者の子供だと思って、少年の家に泊まらせてもらおうと思っていたのだが、少年は一人で宿をとっているというのだ。
 ケーゴはふんすと鼻を鳴らした。
 「そうさ、ここには俺一人で来たんだ。あんなド田舎になんか住んでられなくてさ」
 …根っからの青さだ。シンチーは頭を抱えた。
 そんな彼女の様子に気づかずにつらつらと少年は語りだした。
 「俺はさ!もっとビッグになりたいんだよ!あんなつまんない場所で地味に生きていくなんて嫌なんだ!このミシュガルドに来れば、俺は絶対もっとビッグになれる!そうだろ?だって、ここには財宝とか、すっげぇお宝とか、そういうのたくさん眠ってるっていうじゃないか!富とか、名声とかそういうのがいっぱい!」
 「後、ダークエルフもいっぱいかもね」
 身を乗り出して熱く語り始めたケーゴにロビンが笑いながらそう言い放った。
 それにケーゴはうぐっ、と言葉を詰まらせる。夢に輝いていた顔が急にしおらしくなる。
 シンチーはロビンの顔をチラと見た。いつも通りの横顔だ。人を茶化してそれを楽しんでいる。
 ケーゴはすとん、と席に座りなおした。そして口を開く。
 「…あの剣は、俺が家を飛び出る時に倉庫から持ち出したものなんだ。父さんはしょぼい商人なんだけどさ、あの剣だけは売ったりせずにずっと倉庫に置いたままだった。もしかしたらすごく貴重なものだったかもしれないし…俺自身、あの剣があれば魔法が使えたし…」
 申し訳なさや後悔がぽつりぽつりと見え隠れする。身の丈に合わない大きな口を叩く一方で、剣を盗られてしまったことが大きな不安になっているようだ。今までの話も空元気だったのかもしれない。
 「で、でもっ!俺が泊まってる部屋をおっさんたちに使わせれば、あの剣取り返してくれるんだろ!?」
 「そりゃあ、そうさ」
 ケーゴがロビンに尋ねる。ロビンは胸を張って答えた。
 そして、胸を張ったままこう付け加える。
 「いつまでかかるかはわからないけど!」
 「えっ」
 思わず間の抜けた声を出してしまった。ロビンは不思議そうに言い返す。
 「そりゃあそうでしょ。こっちはあのエルフがどこに行ったかなんてわからないんだから」
 「それじゃあ、いつまでも俺、自分の部屋に戻れねーじゃんかよぉ!」
 即座にそう言い返すが、ロビンは止まらない。わざわざ大仰にケーゴに言うのだ。
 「ん?もしかして今日一日で片が付くとでも思ってた?それは甘いよケーゴ君!いやぁ、あのダークエルフを探し出すのにどれだけかかるかなぁ。一週間、一か月。それ以上かも」
 ポンポン、と優しく肩を叩くロビン。ケーゴからすればたまったものではない。
「そんな無茶苦茶なぁ!」
 情けない声を出すが、ロビンは笑みを崩さないし、シンチーも無表情で何も言わない。
 どうやら、契約の仕方を、あるいは契約する相手を間違ってしまったらしい。
 そもそも、嫌気がさすくらいの田舎で暮らしていたような子供が1人で大人相手に契約など不可能なのだ。しかも相手は商業国家出身。赤子の手をひねるどころの騒ぎではない。
 「それじゃあ、我々はいったん部屋に戻りますかね。この酒屋の二階だったっけ?」
 「…そうだよ」
 憮然とした表情でそう返された。もう大人なんて信じないとでも言いたげな瞳だ。
 「それじゃあ、何かあったらすぐに我々の部屋に来てね。ちゃんと警護はしてあげるからね!」
 「…はいはい」
 やっぱりこんなおっさんなんて頼りにするべきではなかったのだ。強そうなおねーさんだけに無理やり頼み込んでおくべきだった。
 そんなことを考えているケーゴの肩を、今度はシンチーがポンとたたいた。
 ケーゴはパァと顔を輝かせた。
 「おねーさん、もしかして」
 「…身の丈に合わない夢なんて語らないで」
 見ててかわいそう、と言い捨ててシンチーはロビンの後についていった。

 後には輝いた顔のまま硬直したケーゴが残された

       

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