「ミシュガルド。失われた大陸か」
実に胸躍る話だが、眉唾物でもある。
軍人以上に見た物しか信用しない即物的な傭兵のゲオルクとしては、そんなものは伝説上の存在に過ぎないだろうと考える。
ホロヴィズからの依頼に従い、ゲオルクは甲皇国空軍基地へと向かう。
丙家の仕事で、対立する乙家の支配する海軍に頼むことはできないので、中立的な立場の空軍に頼むのだ。
甲皇軍の中でも空軍は新しい軍隊である。
空軍大将のゼット伯爵は、甲家が西方大陸を統一する以前から甲家に仕える由緒正しい貴族である。
貴族の道楽として始めたグライダーや気球などの開発が高じて、自ら気球を操縦して超高高度からのアルフヘイム偵察にも成功し、「人類が亜人を越える飛行能力を持つことを証明した」と称し、「空中の騎士」と称えられた。その後、甲皇国の空軍設立の立役者となる。
皇帝直轄地からの貴族なので、丙家や乙家に対しても何らしがらみがない。金次第でどちらにもつくという。(飛行船の開発・維持には金がかかるので)
ある意味、傭兵のようでもあるが、政争には興味がないという立ち位置は何かと便利なのだ。
そのゼット伯爵には、既にホロヴィズから話がつけられている。
「機関始動!」
「計器、各数値異常なし!」
「抜錨!」
戦闘飛行船Z1号の機関士達の掛け声が響く中。
プロペラが唸りを上げ、巨大な船体がゆっくりと地上から飛び立つ。
海軍の所有するガレオン船を改造し、船本体の数十倍の大きさの巨大気球と帆柱、プロペラなどを取り付けている人類史上初の「飛行船」だ。
今や中央公海はアルフヘイムの勢力圏となっている。防壁魔法の結界が張られ、空戦魔道士や竜騎士がはびこっている。ここを避け…。
北方海上周りの航路にて、東方大陸の中立国であるSHW(スーパーハローワーク)商業連合国へと向かうのだ。
「……それにしても、生きた心地がしない光景だ」
飛行船の甲板の欄干に手を置き、ゲオルクは眼下を見下ろす。
昼間なのになお暗い。
北方海上は一寸先も見えないような濃密で不気味な黒い霧に覆われている。
噂では、その霧の向こう側にミシュガルド大陸があると言われているが……。
黒い霧の中に入って生きて帰ってきた者はいない。
霧だけではなく、海上は海流が激しく、乱気流も渦巻いている。
常に暴風雨にあるような状態らしい。
「船内に入っていろ、小僧」
「…ゼット伯爵」
「もう少しすれば霧は更に深くなる。そうなれば、とても生身では耐えられない超高高度へ上昇せねばならん。船内にいなければ死ぬぞ」
「は」
誇り高い武人であるゼット伯爵は、平民出身で提督となったペリソン提督と同じ匂いがする。
ゲオルクは素直に従い、船内へ戻る。
東方大陸はSHWが支配する領域だ。
新興の中立国SHWは、甲皇国とアルフヘイムから逃れてきた亡命者達が建国、様々な小国が商業上の結びつきで連合している。
現代において金は力だ。
世界貿易額の半分以上を独占するSHWは、今ではアルフヘイムなどより余程強大な国だろうと、ゲオルクは思っている。
その東方大陸にて、ミシュガルド大陸復活の手がかりになると思われる遺跡を探索し…。
古代ミシュガルドの遺産を手に入れ、ホロヴィズの元へ持ち帰る。
それができれば、丙家から領地を割譲され、更なる爵位を得られる……と、ホロヴィズから約束されていた。
エレオノーラの母ジーン女伯爵にも認められるような男になる。
そうすれば、エレオノーラとも……。
ゲオルクは大望を胸に、東方大陸、その一地方であるハイランドへと向かう。
後に、そこが自身の王国となるとは夢にも思わず……。
────時に、ダヴ暦427年のことであった。
つづく