28話 クラウスの秘策

28話 クラウスの秘策








「ミーたん!」
 そう叫んで医務室に雪崩れ込むクラウスだが、医師たちに顔をしかめられたことに気づき、慌てて口を塞ぐ。
「クゥちゃん…」
 ベッドに横たわるミーシャ。顔色こそ青ざめているが、その表情は幸福に満ち溢れており、笑みを浮かべている。
 どう見ても急病や怪我などではなく、医務室の雰囲気も戦場の切迫感というものはなく、心なしか和らいだ空気がある。
「おめでとうございます……クラウス将軍」
 若い女性エルフの治癒魔術師が笑みを浮かべ、クラウスに近づく。
「エタノールさんといったか。ビビとニコロから聞いたんだが、本当に……?」
「ええ、間違いなく」
 クラウスを慕う親衛隊の女性兵士らと同様、彼女エタノールもまたクラウスを見つめる瞳を潤ませているが、今はそこに微かな影を帯びていた。
 具合がとても悪いと訴えるミーシャを心配したビビとニコロにより、医務室に担ぎ込まれたミーシャ。
 ボルニアの医務室には大勢のアルフヘイムで高名な治癒魔術師や医師がいるが、戦いで負傷した兵士の手当てが先だとして、人間でしかも非戦闘員のミーシャの容態を快く見てくれる者はいない。
 そんな中、セントヴェリアの魔道学校から研修生として送り込まれてきたばかりの治癒魔術師エタノールだけが、快くミーシャの容態を診てくれたのだが…。
「妊娠三か月です」
 そんな研修生のエタノールでもすぐに分かったのだった。
 通常、異種族同士の両親による出生率は低い。エルフも長命な割に出生率はとても低い種族だ。ところが短命だが繁殖力の強い人間との雑種であるハーフエルフになると出生率は高い傾向にあった。
「ハーフエルフか……」
 愛する女性がたまたま人間だったというだけだ。
 だが、このボルニアだけでなく、アルフヘイムや甲皇国で蔓延する互いの種族を憎しみ合う空気の最中で生まれる我が子のことを思うと…。
 ハーフエルフというだけで、エルフ・人間双方から差別・迫害される人生が目に見えるようだ。
「大丈夫」
 そんなクラウスの不安を掻き消すように、ミーシャが微笑む。
「私とクゥちゃんとのこどもだよ。きっと強い子に育ってくれるよ」
 ああ、ミーシャ。
 元から母性の強い女だと思っていたが…。
 普段からビビやレダのような幼い戦災孤児たちの世話をして、すっかり「みんなのお母さん」という顔をしていた。
 そんな彼女がクラウスとの子を身ごもり、本当の母となるのだ。
 守らなければならない。
 彼女を、アルフヘイムの未来を。
 そのためには、互いの人種を憎しみ合うこの負の連鎖を断ち切らねばならないのだ。






 軍議を中座したクラウスが戻ってきて、開口一番言ったのは、「戦いを終わらせる」ための、揺るぎない決意だった。
 そのための秘策を語るクラウスだが、アーウィン麾下二万八千のアルフヘイム正規軍は動かさない。クラウス騎士団五千のみでユリウス率いる三万と対峙するというのだ。
「バカな、それではユリウスを討つのは不可能だろう」
「討ってみませましょう。ですが、そのためには」
 クラウスはアーウィンに二つ三つのことを頼み込む。
 主力である正規軍二万八千を動かさず、五千のクラウス騎士団だけで絶望的な戦いに乗り出すのだから、要求できるところは要求した。
 アーウィンからの信頼が完全に崩れた訳ではない。自身が暗殺されかかった為に、クラウスへの疑心に駆られたアーウィンであったが、クラウスが戦術的天才であることは疑いようもない。
 またクラウスの要求は彼にとっても許容範囲のものだった。
「……よかろう。そなたがそこまで言うのなら、見事ユリウスを討って参れ」
「は。アルフヘイムのため、必ずや」
 クラウスがアーウィンに頼んだことの一つとして、ユリウス討伐任務の軍編成で、クラウス騎士団以外の戦力として、考えうる限りの「アルフヘイム最強の個の力」を使うということだった。
 SHWから派遣された凄腕の傭兵ダンディ・ハーシェル。
 アルフヘイム最強の剣士と名高いシャム翁。
 “翡眼”のエルフの女剣士アリアンナ…などなど。
 正規軍から選抜された戦士はいずれも高い戦闘力を有した者たち。
 そして、アルフヘイム最大戦力と噂されるあの男も──。
 南方戦線で敗れ撤退を余儀なくされた竜人族やサラマンドル族だが、ホタル谷の戦いでサラマンドル族が活躍を見せたように、まだまだその戦力は健在だった。
 中でも竜人族は強力無比な力を持つが、エルフ族に大して非友好的であることで知られる。
 ホタル谷、ボルニア要塞。いずれもエルフ族に協力することを良しとせず、竜人族は一切姿を見せることはなかった。
 だが、一族を代表する戦士レドフィンは、かつて“竜の牙”と称される甲皇国帝都襲撃事件において、甲皇国で大暴れを演じたものの、自身も重傷を負って逃げ帰ってきた経緯がある。
 その時、レドフィンの尻尾を切り落としたという人物が、あの甲皇国皇太子ユリウスだった。
 レドフィンにはユリウスと戦う理由がある。
「話は分かった」
 ボルニア郊外にて。
 普通の人間の身の丈の三倍はあろうかという巨躯で赤い鱗の竜人が腕組みをして立っている。
 鋭い眼光は見る者を萎縮させ、頭の角、手の鉤爪、口から伸びる巨大な牙など。体の部位すべてが戦いのためにできたような風貌。
 ユリウスによって尻尾を切り落とされたというが、その尻尾には三つ又の鉄槍が取り付けられており、ますます戦闘民族といったいでたちだ。
「……だが、エルフなんぞに従うつもりも、協力するつもりもねぇ!」
 文字通り、舌鋒火を噴く激しい口調。
 ぼ、ぼ、ぼ。
 レドフィンが口を開くたびに、その口から炎が漏れる。
「俺は俺で、好きにやらせてもらう!」
「そう言うな。クラウスはエルフといっても…」
「フン! エルフなんてどいつもこいつも鼻もちならん連中だ。違うのは貴様ぐらいだぞ、シャム」
 レドフィンとシャムは、幾度もアルフヘイム最強の座をかけて戦ったことがある。
 レドフィンにすれば、エルフはどいつもこいつも気にくわない連中だが、武人としてシャムだけは気持ちの良い男だと認めているのだ。
 その縁で、シャムは南方戦線から撤退してきたレドフィンに、正規軍に合流するよう前々から連絡をつけていた。
 だがレドフィンは、シャムを武人として認めているといっても慣れ合うつもりはないし、何よりエルフ族のために戦うことを良しとせず、これまでシャムの要請を一切無視していた。
 それが今回、ユリウスが来るという情報があって、ようやくボルニア郊外にまで姿を見せたのである。
 シャムの要請を受けて姿を現したレドフィンは、シャムだけでなく、エルフの将軍であるクラウスもいることに気づき、口内に炎をたぎらせた。シャムに会いに来ただけなのに、他のエルフに出くわしたのが気にくわないのだ。
(────何なら、この場で焼き殺してやってもいい)
 そんな物騒な思いで、鋭く細められた赤い目がクラウスを睨み付けている。
「やれやれ、相変わらずおヌシは変わらんのぉ」
 ユリウスの名を聞いて駆け付けたのだから、戦いたくてウズウズしているはずだ。友軍と協調すれば有利だろうというのも分かっているだろうに、まったくもって素直ではない。やはりこの“暴火竜”は孤高の存在なのだ。
 シャムも肩をすくめるばかりで、レドフィンを味方につけることなど無茶なことだったのだと、匙を投げかけていた。
 ────その時、クラウスはレドフィンの前に進み出て、彼の前に膝をつくのだった。
「クラウス…!?」
 エルフが他種族の前に膝をつくなどありえない。破天荒な性格をしたシャムでさえそう思う。心のどこかでエルフは高貴な存在であり、他種族を下に見ているところがある。
 だが、エルフといっても元は平民の大工であるクラウスにそうしたこだわりは心の底から一片も無い。
「何だテメェ…。殺されたいのか?」
 いかにも凶暴そうな声色で威嚇するレドフィンに、クラウスは涼やかな声で返す。
「あなたがあの名高いレッドドラゴン、レドフィン殿ですね。お初にお目にかかり光栄です」
 それからクラウスはレドフィンを惜しみなく褒め称えるのだった。
 あの“竜の牙”は、結果的に甲皇国の戦意高揚をかってしまうという戦略的失敗とはなったが、戦術的に見れば正解だった。
 国家総力戦となったこの戦争を速やかに終結させるには、帝国主義である甲皇国の首をすげかえねばならない。
 甲皇国もすべてが好戦的な連中ではないので、和平派がトップになれば停戦のチャンスはあるだろう。
 単身で甲皇国帝都に乗り込み、やつらに「亜人侮りがたし」という感情を植え付けた“暴火竜”の功績は、歴史に名を刻んだことだろう。
 そして今こそ、侵攻する甲皇軍の総司令官であるユリウスさえ討てば、甲皇国内の和平派が国内を掌握する好機となっている。
 この千載一遇のチャンスに、どうか今一度あなたの“竜の牙”を見せて欲しい。
「ふ……ふははは!」
 こうも持ち上がられて、レドフィンも悪い気はしない。大いに笑った。
 これがフェデリコのような「鼻もちならないエルフ」から同じような言葉で賛辞を受けていたとしても、レドフィンは心動かさなかっただろう。歯の浮くような薄っぺらい言葉にしか聞こえず、かえってレドフィンを逆上させていたかもしれない。
 だが、シャムの言う通り、クラウスは他のエルフとは違っていた。
 戦いに明け暮れてきたレドフィンは、大きな力や強者を見抜くことに秀でている。
 そして、クラウスの言葉には大きな力があった。 
(こいつがあの“英雄”クラウスか、なるほどな)
 脳筋のレドフィンでも理解せざるを得ない。
 レドフィンの耳にもクラウスの名声は聞こえている。クラウス自身の戦闘能力はたいしたことないが、彼の軍事的手腕は天才的だと。
 個人の強さにしか興味がないレドフィンだが、その個の強さに限界を感じていたところはある。
 戦争は集団と集団の戦いであり、いくらレドフィンが強くても彼一人では戦争に勝つことはできない。
 “竜の牙”で重傷を負って逃げ帰ってきてから、アルフヘイム軍を率いるエルフたちや、同胞の竜人たちからさえ、「あの独断専行は慎むべきだった」と批判されてきた。
 ゆえに、軍事的天才とうたわれるクラウスに「戦術的に見れば正解だ」と認められたのが、内心非常に嬉しかった。
「───良かろう。この力、存分に使うがいい」
 孤高の竜人族の戦士レドフィンは、この時生涯で初めて、協調性というものを見せるのだった。







 ボルニア要塞を迂回、ナルヴィア大河を渡河し、一気にセントヴェリアへ───。
 ユリウス率いる甲皇軍三万が迫っている。
 大雑把に三万といったが、ゲル・グリップ大佐の第一打撃軍団を中核とし、様々なトラブルによって指揮官を失った第三打撃軍団の戦力を吸収したものとなっている。
 「打撃軍団」とは異なる兵科を合わせて独立した戦闘を行えるよう連合部隊を形成したものをさす。
 兵科とは、直接敵と戦闘を交えて撃破する任務を持つ「戦闘兵科」と、それを支援する「戦闘支援兵科」に分けられる。
 まず戦闘兵科は以下の三つに分けられる。
 「歩兵」…小銃、槍、刀剣を装備して徒歩で移動して戦闘をする。
 「騎兵」…短銃、ランス、サーベルを装備して乗馬して機動部隊として運用される。
 「砲兵」…臼砲、攻城砲、野砲などなど、様々な野戦砲を運用して火力支援を行う。
 これら三種類の兵科を組み合わせた戦術ゆえに、「ホロヴィズの三兵戦術」と呼ばれるものが甲皇軍の基本戦術となっている。
 砲兵で念入りに準備砲撃を行い、歩兵の一斉射撃と突撃で敵を切り崩し、騎兵で駆逐・蹂躙する。
 この戦術を構想して実際に軍に浸透させたのが、陸軍大将であり丙家総帥ホロヴィズなのだ。
 ゲル・グリップ大佐はその忠実な生徒であり、南方戦線でも甲皇軍が快進撃を遂げたのは、統制が取れていたからというのと、この基本戦術が優れていたからというのが大きかった。
 「戦闘支援兵科」は、地味だが重要な役割であり、「工兵」「通信」「主計」「輸送」「衛生」「憲兵」と様々なものがある。
 つまり三万の兵力といっても、まるまる三万人が戦闘を行う訳ではないのだ。
 科学・軍事技術の進歩から、装備だけでなく組織体系も近代的となった甲皇軍では、軍人の中でも実際に戦場に立つのは三分の二程度と言われている。
「……と、このように。甲皇軍は極めて近代化された軍隊だが、逆にそこに脆さがある。南方戦線で甲皇軍がいくら最新の優れた兵器を持ち出しても、レドフィンどのやエイルゥどのを擁するアルフヘイム南方軍が二年に渡り頑強な抵抗を続けてこれたのも……」
 教師のようにクラウスは自軍の兵士たちの前で演説をしていた。
 元はしがない大工であり、別に軍事教育を受けた訳ではないクラウスにとって、こうした知識は後から手に入れたものだ。将軍となっても名ばかりと言われないよう、ボルニアで生活する半年間のうちに身につけたものだ。
 軍事的天才と言われるクラウスだが、知識がなければアーウィンやフェデリコと論戦しても言い負かされることがあるかもしれない。
 自分がトップのクラウス騎士団だけの面倒を見ている限りではそれでも良かったが、他の軍とも協調せねばならないとなると、知識がないばかりに自軍だけを不利な状況に追いやられることもありうる。
 今やクラウスは名実ともに将軍として相応しい人物となっていた。それこそ血反吐を吐くような努力の賜物で…。
「ふわああああ」
 大きなあくびが聞こえた。レドフィンである。こういうかったるい演説など聞いていられないのだった。
「こらこら、真面目に聞いてやれレドフィン」
 そうたしなめるシャムだが、彼もまた緊張感は皆無で、ずずず…と茶をすすりつつ、茶団子などを食べている。
 二人の周囲に弛緩した空気が流れた。
「……こいつら脳筋どもには、もう少し分かりやすい話をした方がいいだろう」
 ダンディが呆れたように肩をすくめている。
「……多勢の甲皇軍と戦うならば」
 構わず、クラウスは演説を続けた。
「各兵科の連携が取れないような状況、集団での戦闘ができない状況、即ち乱戦に持ち込むしかない」
「乱戦か、望むところだ」
「ウム。血が騒ぐのぉ」
 やっと分かりやすい話が出てきたとして、レドフィンとシャムが俄かに色めき立つ。
「乱戦といえば、甲皇国の帝都に乗り込んだ時はだなぁ…」
「おう、貴様がユリウスに痛手を負わされて逃げ帰ってきた話か? 面白そうだな」
「テメェ……喧嘩売ってんのかぁ!?」
 クラウスの演説をまったく無視して、レドフィンとシャムは険悪な空気になっている。
 ごほんごほん、クラウスは嗜めるように咳払い。
「……つまり!」
 クラウスは笑みを絶やさないでいたが、口元をひくつかせていた。
 やはりこの連中に協調性を持たせるのは容易ではない。
「ばーーっと敵をかき乱して、ぐいーーっと敵の陣中に潜り込み、ばさばさっとユリウスを倒す。以上だ」
「おおお、なるほどな!」
「実に分かりやすい。燃えてきたぞ!」
 きゃっきゃっと騒ぐレドフィンとシャムを見て、クラウスは小さく首を振るのだった。
 







 


つづく