Neetel Inside 文芸新都
表紙

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全てが弾け飛んだ瞬間だった
ゲオルクの目はあと数センチというところまで迫りつつあったディオゴの姿を捉えた。
(あと一瞬で全てが決まるな)

時間にしてほんの一瞬だったろうが、ゲオルクは思った。内臓が腹の中で暴れているのかと思うぐらいの激痛にも関わらず、こんな呑気なことを考えている自分に驚いていた。
だが、次にゲオルクが見た光景は
自身と衝突したディオゴの姿ではなく、何故かゲオルクの目前から大きく吹き飛ばされ膝をおさえうずくまるディオゴの姿であった。
「グアアアッ!」

激痛を堪え、膝を打たれようと立ち上がろうとするディオゴだったが、失血のため足が震え 何度も何度も転倒しては起き上がりを繰り返してしまう。

(・・・クソォ・・・)

ディオゴの周囲を槍兵が取り囲み、彼の身体より僅か数mmまで槍が突きつけられる。暴れるどころかあと数mm動いただけで串刺しは免れない、完全に身動きがとれない状態だ。

それにしても、目にも止まらぬ速さで突撃してきたこの黒兎人族の男の膝を狙って矢を当てるとは、神業である。こんな事ができるのはエルフの凄腕弓兵キルク・ムゥシカぐらいのものだ。しかし彼はヴェリア城の守備兵だ。こんな前線に出張ってくることはない。
「何者だ」
 ゲオルクは矢が放たれた方向へ目をやる。
「へへっ、危ないところだったなぁ~ おっさん」
茂みに潜んでいたエルフの少年が現れた。まだあどけない顔をした金髪に小生意気な顔をしている。あれ程の弓をこんな少年が放ったのだろうか?
「ガキだからって嘗めんなよ♪」
相当自信があるのだろう。鼻水を人差し指でふっと拭いながら得意げになっている表情がやはり子供らしい。
「俺はアナサス。見ての通り弓兵さ。キルクのおっさんに言われて来た。人間なんか信用できねぇが・・・仕方ない、手を貸してやるよ」
「・・・・・・助太刀感謝致す、おぬしの援護無しではこのゲオルク、絶命していたかもしれぬ。ありがとう。」
 ゲオルクは深々と頭を下げる。

「っ…か、勘違いするなよ!べっ・・・別に感謝されたくてやったんじゃあねぇんだからな!!」
アナサスは初対面ではあったが、この傭兵王のことをキルクより聞いていた。山脈のように巨大で、千年樹のように太い筋肉質の大男・・・偉大で尊敬に値する男なのは一目瞭然だ。そんな男がまさか自分のような小僧に頭を下げるとは思っていなかっただけに、アナサスは顔を赤らめる。

「それよりさぁ、この黒兎人族、どうするんだ?」

アナサスが拘束されたディオゴに注目する。
「グルルルルルル・・・!!」

仰向けにはなっているものの、敵意を剥き出しにしている。
剥き出しとなった歯からは、獰猛なの狼のようによだれと血が湧き出ており、鋭くアナサスを睨みつけていた。

(・・・ひっ!!)
ふとアナサスの脳裏に、この黒兎人族の男に乱暴にレイプされるビジョンが思い浮かんだ。危機を訴えかける第六感からだろうか・・・アナサスは新しい矢をつがえようとする。

「と・・・止めを剌しておこうぜ」
「待て」

 ゲオルクは首を振り、アナサスの弓を下ろさせる。
「我が傭兵団の任務は兎人族の保護及び救出だ。射殺は本意では無い。」

ゲオルクは後方に目をやる。やがて、白衣をまとって眼鏡をかけた男が現れた。
「軍医殿、頼む」
戦場においては小さな傷でも命取りになることがある。ゲオルク軍にも軍医が一人だけ在籍していた。
 彼は外科の名医であり、膝に矢を受けた程度の傷であれば治す事もできる。

「半月板を貫いてはいるものの、膝自体にそれ以外の損傷は見られませんなぁ~ 本人の治癒力でどうにかなるレベルですわ・・・それよりも脇腹の刺し傷の方が心配ですのォ~」
失血で意識が混濁する中、ディオゴは宙に手を伸ばし呟いた。

「・・・離せ!! 俺は まだッ……」

「戦えるとでも言いたいんかいな? 勇敢なこっちゃ。
って、アホ抜かせ。こんな失血と大怪我でよォ~ 
あれだけ動き回っとったわ」

軍医はディオゴへの応急処置を終えると、ヒザーニャの治療に取り掛かった。

「俺も何度かお世話になったことがあるんだぜ」
 ディオゴの斧で負傷したヒザーニャが、自らの弱そうな膝をばしばしと叩いて得意気に語っていた。

「ゲオルク殿ォ ひぇー……ひっどいツラになりましたなぁ ホンマに。 誰がどう見ても確実に絶対安静やで。無理したらホンマにあきまへんで。」

「・・・かたじけないな 軍医殿」
 ゲオルクはフッと笑うとそのまま片膝をつき、瞼を閉じた。


アルフヘイム北部方面軍ブロフェルド駐屯地……
ここはアルフヘイム正規軍のエルフ族の管轄下にある駐屯地である。
数ある駐屯地の中でも、このブロフェルド駐屯地は兵站・衛生を司っている。
故にここには死傷者が多数運び込まれ、医師たちが多く在籍していた。

白兎人族軍 ピーターシルヴァンニアン中隊 第一小隊長のウィリアム・ロイ・タナー中尉はそこで目を覚ました。

「っ!?」

気絶していたことに焦りタナーは 思わず飛び起きた。
さっきまで突如襲いかかってきた黒兎族の兵士 ディオゴに深手を負わされ 必死に部下を探して走り回っていたというのに そこからの記憶が無い。 そして、今 自分がいるのは消毒液の漂う急病所だった。
「小隊長っ! 小隊長っ!」
ふと呼びかけの声の方向を向くと そこにはノースハウザー曹長と十六夜隊員のリュウ・ドゥ1曹とクオッサ2曹、そして生き残った第一少隊の面々の姿があった。

「ご無事で何よりです 小隊長・・・!!」
タナーに向け 曹長含めその場の全員が敬礼をしていた。

「第二小隊 総員56名 および十六夜隊員 総員28名 第一小隊 残余25名 帰投いたしました!」

ノースハウザー曹長が敬意を込めた眼差しで人員を報告する。

「25名か・・・」
タナー中尉は悲しみに打ちひしがれた顔で 毛布を握り締める。

「もっと大勢の隊員が居たはずだった・・・俺は 部下を・・・たった25名しか救えなかったのか」

タナーの目蓋に救えなかった第一小隊の隊員たちの顔が浮かんでゆく・・・ もう少し早く引き返していれば もう少し勇気があれば 力があれば より多くの部下の命を救えたのかもしれない。悔やんでも悔やみ切れず、瞼を閉じ 必死に後悔と無念をかみ殺す。

「小隊長」
口を開いたのはノースハウザー曹長だった。

「我々 兵士は命を殺すことを強いられております。 誠に悔しいことではありますが、 我々はたった一人の命すら救えないのが現状です。」

ノースハウザーの教え子である十六夜のリュウ・ドゥ1曹は師匠であるノースハウザーが日頃と変わらぬ怖面と冷静さを保ちながら、心から溢れる感情を内に秘めながら 言葉を絞り出しているのを察した。

「…貴方はそんな状況の中 25人・・・いや、我々109名の命を救ったんだ! 身を挺してッ!! 誰もが背を向けた戦場で 貴方はたった一人 舞い戻り 部下のため 闘ったのだ!!」
ノースハウザー曹長は思わず叫んでいた。叫ばずに居られなかった。それは魂からの敬意からだった。

「一人の兵士として貴方の部下として戦えたことを
心から誇りに思います・・・!」
ノースハウザー曹長が右足の戦闘靴を左足の戦闘靴に引きつけて鳴らし、再度敬礼をするのと同時に第二小隊、十六夜隊員、そして第一小隊の隊員が一斉に敬礼する。

これを機に白兎軍の団結はタナー中尉の指揮下のもと、より一層深まるのであった。





同駐屯地に搬送されたゲオルクは 医務室にて検査を受けた。その結果、胃と小腸が60度捻転していたことが判明する。

「腹が暴れるような感覚はこのせいか……」

それにしても常人ならばこんな状態になれば、捻転した内臓が壊死し、敗血症を発症してもおかしくはない状態だった。にも関わらず、生きていられたのもゲオルク本人が持つ超人的な回復力の賜物であろう。ただ、いくらゲオルクや軍医でも捻転した内臓を元に戻すことは出来ないため、医務室に在籍していたエルフのドクターたちの回復魔法で元に戻り、命に別状は無かった。

「これで大丈夫なハズです。 捻転した内臓は筋脈を引っ張って
元に戻しました。でも、コレは自然治癒力を高めてるだけですからね! 無茶はやめてくださいね!!」

腹にコルセットを巻き、捻転した内臓をエルフのヒーラー
ナギに保護してもらうゲオルク。

「……お疲れさん 腹がよじれてたんだって?」

ガザミが点滴を打ちながら、ゲオルクのベッドの隣に座った。
バブルマシンガンの撃ち過ぎで、急性の脱水症状を起こし、ガザミも治療を受けていたのだ。

「……あぁ……今回ばかりは死を予感したよ」

「普通の人間だったら死んでるよ……まあ、人間ってのも強ち舐めたもんじゃあないね」

「……褒め言葉として受け取っておこう」

静かに微笑みながらゲオルクは自身の人間離れした強靭な肉体に感謝した。

「……それより、あの黒兎人族の男……コルレオーネって言ったか?
あいつの容態は知ってるかい?」

「……いいや」

「肋骨の2~3本がひび割れ、腹筋の一部が断裂してたとさ。
腸が飛び出なかったのが不思議なぐらいの酷い傷だったそうだ。
まあ、アンタと同じでエルフに治療を受けて一命は取り留めたようだがよ」

「……そうか よかった」

「……仮にも殺されかけたってのに 心底心配してたんだな……」

「……ああ 何より奴は最重要人物だからな。」

自分と死闘を繰り広げた黒兎人族の兵士……そうこの男こそゲオルクが保護しなければならない最重要人物であった。
兎人族を率いて甲皇国軍と戦っているディオゴ・J・コルレオーネ大尉。
彼を保護し、必要とあらば援護することがダート・スタンと、セキーネの依頼だった。

「それに……奴にはまだ聞きたいことがある。」





互いに腹を包帯、コルセットで巻かれたゲオルクとディオゴの姿がそこにはあった。ディオゴは両手を腕輪で固定され、拘束されていた。
「ディオゴ・J・コルレオーネ大尉・・・・・・アルフヘイム北方軍の指揮官でありながら、貴官がした事は立派な軍紀違反だ。」

「……」

白と黒の違いこそあれ、同じ兎人族を殺したことに変わりはない。

「……早く殺せ……どの道 軍法会議にかけられて死刑だ。元より死を覚悟した身だ。殺せ。」
ディオゴは無気力に俯きながら、半ば自暴自棄になっていた。

「……まあ待て 何もそう不貞腐れることもなかろう……聞けば救出した白兎人族の兵士たちの中にはお主を擁護する者たちも居るではないか………お主に襲われたのにも関わらずだ……」

コルレオーネ大尉の尋問を始める前、ゲオルクはタナー中尉から事情を聴いていた。
聴けばこのたびの略奪は白兎人兵士を指揮していた自分の責任にあること、黒兎軍を捨て置き 戦線を後退させた白兎軍に非があるようだ。 そして、ゲオルク軍が保護したディオゴの従姉であるツィツィより ディオゴが妹であるモニークを白兎軍に殺された事実を タナー中尉はゲオルクから聴かされると タナー中尉はどうかディオゴの代わりに自分を処刑してくれと懇願したのだった。タナー中尉も 日頃ディオゴ大尉から愛する妹モニークのことを聞いており その溺愛ぶりから大尉が今回のような行動を取ってしまったのはやむを得ないことだと訴えた。

「……知ったことか…‥今更……生かされたところで 全てが元に戻るわけではあるまい……早く殺せ……もう どうでもいい」

死人のように頭を垂れるディオゴの死に乞いを受け流しながらゲオルクは続ける。

「おぬしの事情に口出しをするつもりはないが……
愛する妺を殺されたのだな……それも白兎人族に……信じていた筈の同胞に裏切られ、愛する妺を殺されて とても冷静で居られる筈などない。

おぬしに部下を殺害された筈のタナー中尉も その動機は重々 承知し おぬしに心からお詫びしたいと仰っておられる。 以上より このゲオルクとしては、情状酌量の余地が十分にあると思うのだが……?」


「……どうでもいい」

半ばヤケクソになっていたディオゴは変わらず俯き、地面を眺めていた。
家族を失った空虚感によって、彼は完全に魂の抜け殻となっていた。
「……ディオゴ・J・コルレオーネ大尉……貴官の戦闘力はなかなかのものだ。我が依頼人の御意向により、兎人族軍指揮官を救出・保護したという名目で我が麾下に加えようと思う。さすれば白兎人族兵の虐殺の件は不問とする。」

「……断れば?」

「……そうだな 脅すつもりではないのだが このまま行けばおそらくは軍法会議は免れんな。うぬら黒兎人族を罠に嵌めた黒幕の策にまんまとハマることになる。 」

「……どういうことだ?」

「……何故、共同戦線をとっていた白兎人族が君たちを裏切るような真似をしたか……裏で手を引いていた黒幕がいる。その正体を知りたくはないか?」

 妹や同胞の死による喪失感で半ば人生を諦めていたディオゴの目が生気を取り戻した。
ディオゴの目には最早哀しみに沈んだ死に人のオーラは無く、復讐を誓った熱き男の焔のオーラが宿っていた。

「……知るために……俺は何をすればいい?」

他人に裏切られ、もはや誰も信じぬと誓ったディオゴも
この申し出には拒絶という選択肢など考えられなかった。




「我らと共に手を取り、戦うのだ……コルレオーネ。
貴様から愛する妹を奪った黒幕に一矢報いるのだ。」

ゲオルクは短刀を取り出し、天井へと向けた。
ハイランドでは刀や剣を天へと突き上げる行為は「戦え」という意味であるが、
同時に「生きろ」「死ぬな」という意味でもある。

(神よ……あなたは残酷だ この俺に生きろというのか? )

天へと突き上げられた刀を見つめながら、己が命を取り留めた意味を問いただす。
ふと、そこには微笑むモニークの姿があった。


死んでもおかしくはなかった程の重傷を負いながら、何故自分が生きながらえたのか……
それは今は死ぬ時ではないとモニークが自分を奮い起たせてくれたのだろう……

自分たちを紐で操っていた黒幕をこの手で殺す……
愛する妹の人生を滅茶目茶にした連中に報いを受けさせてやる・・・
その目的を果たすためにここで死ぬわけにはいかない。

たとえ、この男ゲオルクの申し出が嘘であったとしても
拒絶すれば死しかない。もし、引き受けて嘘だったとしたら、
ゲオルクを殺した後で自らの手で真相を暴いてみせる。もし、真実ならば儲け物だ。このままゲオルクを利用し、復讐を成し遂げてやる。それこそが亡き妹への最大の供養となるのだ。

ディオゴは不敵に笑いながらゲオルクのもう一つの短刀を手に取り、天へと突き上げた。こうして、ゲオルク軍にディオゴが加わることとなったのである。



       

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Neetsha