63 オーダーメイド


木々の上で2人の亜人の男達がぶつかり合っていた。一人は黒の兎耳を頭部から生やし、尖った犬歯を覗かせる獣人の男ディオゴ、もう一人は頬に十字型の入れ墨を刻み、筋肉質の裸体と乳首を左側だけ晒した赤毛の男メゼツである。
前者を亜人と呼ぶのは一見してまだ分かるが、後者をそう呼ぶことに疑問を抱く者も居るだろう。一見するとその男はやさぐれた若者に見え、まごうことなき人間なのだ。 だが、その男を亜人にさせてしまう理由はその男の恐るべき身体能力であった。 自身の身の丈などとうに越えている大剣を両手どころか片手で振り回し、かつ軽々と木から木へと飛び移るムササビ並のフットワークを誇る。 どちらか片方だけでも出来れば凄いのにその両方ともこの男メゼツはやってのけていた。

「ウシャァア~!!」
ディオゴはウイングブレードを振り回し、メゼツの急所という急所目掛けて斬撃を繰り出していた。
だが メゼツはその一つ一つを弄ぶかのように回避していく。
「どうしたァ?バテたかァ~?
イガミミヤロォ~ 」
一歩間違えれば即死だというのに
メゼツはディオゴの太刀筋を避ける度に中指を突き立て、内側にクイックイッと引き寄せ挑発していた。
「シャアァ!!」
無駄口を叩くなと言わんばかりに
ディオゴはメゼツの顎を右足で蹴り上げる。天までぶっ飛ばすぐらいの
勢いで 死角から蹴り込んだのだから 充分に不意急襲的だった筈だし、避けられるハズのない速さだったから当たってもいい筈だった。 だが、ディオゴが人参色の軍靴の爪先がメゼツの顎を砕くことはなかった。
メゼツはディオゴの蹴りを右の拳でハンマーを振り下ろすかのようにブッ叩き、ディオゴの脛に強烈な一撃を食らわしていた。
「グッ!」
痛みはあったが、ディオゴとてここで怯むほど軟弱ではなかった。
兎人族の兵士はその蹴り技を生かすため 爪先よりむしろ脛を武器にして蹴り込むことを教えられる。骨という体の中で最も硬い部位を利用した蹴りはまさに肉の鈍器だ。そのため、ひたすら脛を蹴られ続け、痛覚を麻痺させられる程 しごかれるのだ。メゼツの拳はこれまで蹴り込まれたり殴られた中でも、5本の指に入る激痛だったが もし日頃のしごきが無ければ今ので完全に戦意喪失していただろう。だが 御陰様で痛みは無視出来る範疇だった。
ハンマーのように振り下ろしたメゼツの右の拳を左手で抑えつけると
ディオゴはすかさず右手のウイングブレードをメゼツの喉笛目掛けて突き立てた。
「がッ ア!」
メゼツの喉笛から血が吹き出しディオゴの頭を染め上げる・・・右手には刃物ごしに抹殺したという確かな手応えが伝わってきた。
「殺っ…」
た!!と心の中で雄叫びをあげようとしたその時だった・・・突如としてディオゴが抱いた感情は背骨が遥か彼方へとぶっ飛んでいったのと思う程の凄まじい衝撃が自身の腹部に鉛のように重くレイピアのように鋭く突き刺さる感覚であった。
「げぼァぁ!!」
敵兵にトドメを剌す時に後方から攻撃を受けるというのはまだ構えようがあるが、今回のように前方から
しかもトドメを刺して無力化した筈の敵兵から受けた攻撃は構えようが無い。
予測外の膝蹴りを腹に喰らい、ディオゴは顔中に迷路のように血管を走らせ悶え苦しむ。
「オラァアァア!!!」
首から血を撒き散らしながら、メゼツはディオゴの胸倉を右手でひったくるかのように掴むと、そのまま後方の大木に投げ付けた。
途中で木々の枝という枝をなぎ倒しながら、ディオゴは大木に叩き付けられる。
「ごアあァッ!」
大木に叩きつけられ近くの巨大な葉っぱにディオゴは落下した。脳の処理能力が追いつかぬ程の衝撃を続けざまに喰らい、そのツケが津波のように押し寄せディオゴはのたうちまわった。
「・・・クッソ・・・ブチ痛ッてぇぞ このヤロォ・・・」
いつの間にかメゼツは のたうちまわるディオゴの目前まで来ていた。メゼツの左手にはウイングブレードが握られていた。いつのタイミングでひっぺがされたのか分からない程、ディオゴはのたうちまわっていた。

「よくも……こんなクソみてェなナマクラの刃物で俺を切りやがって・・・!!」
メゼツは喉笛を抑えつつも、ナマクラな刃物で首を刺してきたディオゴを激しく睨み、ウイングブレードをポイ捨てするかのように水中へと放り込んだ。
すかさず軍靴の蹴りを叩き込んだ。
「げあァッ!!」
「首を刈ればトドメを剌せると思ったか? お生憎様だな。オーダーメイドの特別製だよ。」
頭に血の気がフルスロットルで回っているせいか メゼツは自慢げに左胸の紋章を見せびらかしながら 次の蹴りを叩き込んだ。
「ぐォあッ!」
ディオゴの身体にみしりとメゼツの蹴りが軋んだ・・・ディオゴの目にはメゼツの左胸に刻まれた紋章型の入れ墨から青白い火花がバチバチと発生すると同時に喉笛が治癒していく光景が映し出されていた。
(かなわ・・・ねぇ)
あれ程の豪腕と 兎人族を翻弄する程の機動性と 再生能力を有する紋章型の入れ墨・・・兇戦士と呼ぶに相応しい男だ。
(あの丙武の腰巾着みたいなカンジでくっついてるだけの マセた少年将校かと思ってたが・・・完全に甘かったぜ。)
見た目は自分よりも2~3歳は若く見えるこの男に これ程の超人的な力があるとは完全に予想外の極みであった。死が頭をよぎったが それを奮い立たせたのは愛した女達の顔だった。
(モニーク・・・)
モニークの仇を見つけ出し、償いをさせるまでは死ぬわけにはいかない。 それに今の自分には帰りを待ってくれる女がいる。
(ツィツィ姉・・・)
帰ってきたら必ず幸せにすると誓ったツィツィのためにもディオゴは生きて戻らねばならなかった。
「クソッタレの亜人野郎」
ディオゴは右手で首を鷲掴みにされ締め上げられると、松明でも掲げるかのように持ち上げられた。
「レドフィンは何処だ・・・?」
「・・・てめぇのケツの穴だ マヌケがァ」
ディオゴのあからさまな挑発にメゼツの怒りが沸々と湧き上がり みしみしと指がディオゴの喉に食い込んでいく・・・
「か・・・ァ」
「居場所を吐くまで殺されはしねぇって考えてンなら 救いようの無ぇバカだぜ・・・てめぇが死んだら次はあのヌメロとか言うカスを痛めつければ良いだけだ。おまえの代わりなんぞ幾らでも居る。」
悪魔のように口を裂きながらメゼツは微笑みを浮かべた。
「・・・だったら 勿体ぶってないでトドメを剌したら・・・どうだ?」
「・・・強がったばかりに寿命を縮めたな クソウサギ。 てめぇの助言通り
このまま大福のように喉を握り潰させてもらうぜ・・・」
メゼツの指がディオゴの喉を握りつぶそうとした その時だった・・・
突如としてメゼツは左胸を肩甲骨ごと撃ち抜かれる衝撃と同時に数発の銃声を聞いた。ディオゴの手には硝煙を吹かす48口径の大型拳銃が握られていた。
「ぐぉ あッ」
左胸の紋章型の入れ墨には3~4発の風穴が空いていた。撃たれた痛みからか、それとも緊急回避のためかメゼツはディオゴを放した。
「・・・ぁがッ・・・てめェ・・・ よくも」
「『ナマクラの拳銃なんかで俺を撃ちやがって』か? お生憎様だな、オーダーメイドの特別製だ。」
ディオゴは自慢げに48口径の大型拳銃を見せびらかした。元々は甲軍国軍から奪い取ったものだが、使っているうちに気に入り、グリップを木製に変えて自分の名前を彫り込んでもらった程気に入っている銃だ。
メゼツの額に迷路のように血管が浮き上がっていた。その表情は先ほど喉笛を切られた時より余裕が無く、焦燥にあふれていた。明らかに先ほどよりも再生に時間が掛かっている。

「その入れ墨、どうやら形が崩れると何かと不都合らしいな・・・」
「……グッ……ァァああアァあッ!!」

ディオゴは以前、ヌメロが魔文字の勉強をしていた時のことをふと思いついていたのだ。
紋章を刻むことによる魔法は、無限の魔力を有するが 
紋章のラインが傷つけられた場合、魔力が無効化されるか暴走するかのどちらかの障害を引き起こすリスクを伴うと。

「ぬぉあぁぁぁああああ……っ!!」
紋章の損傷により、メゼツは再生能力に異常をきたし悶え苦しんでいた。
せめてもの悪あがきにディオゴに向け、大剣を投げつけようとした時だった。
メゼツの右眼に何処からか投擲されたナイフが突き剌った。
「ぐゎあッ!!」
突如として視界を遮られ、メゼツは咄嗟に右眼のナイフを引き抜く。
「・・・ベングリオンナイフ・・・?」
ナイフのコレクターの間ではかなりの上物のナイフだ。メゼツは残った左眼で咄嗟にその持ち主を見つけた。
それは先ほど自分がカスと吐き棄てたヌメロだった。満身創痍の身体を引きずって此処まで来たのだろう。近くの木にもたれ掛かり、怒りの眼差しでメゼツを睨みつけていた。
「てめェ……!!」
メゼツはヌメロに対して激怒していた。
紋章をやられ再生能力が働かない時に目を潰されたことへの怒りでは無い。
メゼツとしては、べングリオンナイフで目を潰されたことは名誉の負傷として自慢したいぐらい光栄に思っていた。
それでもメゼツがヌメロへの怒りを抑えきれない理由があった。

「あんな糞みたいな鉤爪で俺と殺り合ってたってのか……このカス野郎……
こんな上物持ってンなら……なんで最初から使わねェんだぁあああ―――このカスがぁアァァアアアァァァアァアァ!!!!」

メゼツは雄叫びをあげ、渾身の力を込め、ヌメロの額めがけて
ベングリオンナイフを投げ返そうとした。メゼツ程の腕ならナイフの一投げで
ヌメロを始末することなど可能だった。
だが、ナイフは投げ返されることはなかった。
「ウシャアァァアァ!!!」
コウモリ風の耳をつんざくロ蓋音の雄叫びをあげながら、ディオゴはメゼツに強烈な脛の蹴りを叩き込んだ。
「がはッ!!」
潰された右目が完全に死角となり、攻撃をモロに喰らったメゼツは
そのまま狂暴な魚人族、ワニ人族共が潜む水中へと落ちていった。

「来世で会おうぜ!!」

地獄の水中へと落ちていくメゼツに向かって吐き捨て、ディオゴはメゼツを見送る。
体を引きずり、ヌメロはディオゴの許へと歩み寄っていく。
「・・・手荒に扱うな、オーダーメイドの特別製だ。」
ヌメロはメゼツを身下ろしながら
ディオゴを見習って吐きすてようとしたが、それを待たずしてメゼツは水飛沫をあげ消えていった。
「・・・早漏な奴だ。話は終わっていないというのに。」
ヌメロは不満げに言うとディオゴはフフッと笑い、ヌメロと拳で乾杯をするのだった。