Neetel Inside ニートノベル
表紙

ミシュガルド冒険譚・カレー味
二人の宣教師

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「う…うぐぐ……」
 どうやら生きているようだった。目を開けてみると、ナノコは自分が木の枝に引っかかっていることが分かった。お腹の部分で、ちょうどくの字になっていたのだ。おかげでお腹に直接重量がのしかかってくる……やばい、これでは、マヨネーズのチューブを絞るように、中身のアンが出てきてしまうではないか!
「お~い! 降りてこいよ!」
 下でナキシが呼びかけていた。しかし、こんな高さで大丈夫か?
「大丈夫だ、問題ない!」
 どのみち、ナノコに選択肢はなかった。このまま、モズのはやにえのような状態のままウンチを漏らすか、姉を信じて飛び降りるかだった。しばらく躊躇したが、腹部の痛みは、もうすでに重量オーバーを訴えかけていた。思い切って、そのままずり落ちて落下するナノコ。地面が近づいてくるが――ナキシが寸前でルパンキャッチした。
「漏らしてないよな?」
「大丈夫だよ……」
「それならいいんだ、それなら」
「うっ……」
「どうしたんだ?!」
「またお腹が……」
 重量は消えたものの、今までの衝撃で中のアンコが暴れ始めたようだ。このまま放っておいては、やがて世界は闇に沈むだろう。
「クソッ、せっかく助かったのに、俺にはどうしようもないのか」
 姉が棒読みで言った。内心では野グソを期待しているのがバレバレである。
(もうダメ……耐えられそうにない……)
 飛竜に乗っていれば、今頃は確実に町に近づいているだろうに、姉の下らないお喋りのせいでこの有様だった。
「はぁ~あ、町の方向は分かるけど、もうその様子じゃ仕方ないじゃん。早く楽になりなよ。それから町に行っても遅くないって。さぁ、自然の摂理に身を任せてごらん。きっとあなたの楽園が、そこにあるから……」
 姉の悪魔のささやき。
 ――ダメだ! 耳を貸さないで!――
 一瞬、誰かの声がそう言っているような気がしたので辺りを見渡すと……茂みがガサガサ動いた。
 赤髪の小さな女の人が出てきた。
 どうやらドワーフ族の女性らしかった。
「ここら辺の鳥が急に飛び立たったので、何かあると思って駆けつけたんですが……」
「あぁ、良かった、大変なんだ!」
 姉が言った。
「この子が、もう産まれそうなんだ!」
「え、本当に?!」
 同じことをナノコも同時に思った。心の中でハモったくらいだった。というか、急に何を言い出すのか、この姉は……
「こんな森の中で、産気づいて……俺にはどうしようもないんだ!」
「まだ若いのに、ずい分苦労されてるんですね……分かりました、私も医療の知識は多少あります。何とか手を尽くしてみましょう!」
「あのすいません、違うんです……これはその……」
 そのドワーフらしき女性はこちらを安心させるために、ニッコリ微笑んでから言った。
「遠慮しなくても大丈夫ですよ。世の中助け合いですから。さぁ、まずは楽な姿勢になって、リラックスしてください」
「いえ、だから違うんですよ……なんていうか、その……」
「う~ん、見たところ、まだそんなにお腹は大きくなってないですね……本当に生まれそうなんですか?」
「まあ、本当に生まれそうなんですけど、なんていうか、生まれるものが違うっていうか……」
「う~ん、容体について、できるだけ詳しく教えてくれないと、的確に対処できないですね……初産ですか?」
 ここで姉が割って入った。
「いや、今までに何回も“出産”してるぜ! ただ今日は三日ブリブリなんだけどな!」
「あぁ~~、なあんだ、大人をからかって遊んではいけませんよ」
 とクドクド説教を始めたが、ナノコはもはや限界が迫っていた。このままだと出産してしまいそうだ……
「私も回復魔法が使えますので、町までなら何とか症状を抑えることができるでしょう。服をあげてお腹を出してください」
 言われた通りにした。赤毛のドワーフがかすかに発光する手を当てると、腹痛はみるみる消え去っていった。多分、時限爆弾の赤い方のコードを切ったのだろう。しかも3秒前くらいで。
「え、すごい! 本当によくなった! ありがとうございます!」
「ただし、これはあくまで一時的に症状を抑えるだけのものだから、いつかは出さなくてはならないけどね」
「別に野グソすりゃいいじゃん。大丈夫、俺が見守ってやるからさ……」
 ドワーフの後ろくらいから声がしたと思うと、上着からニョキッと黒い腕のようなものが生えてきた。
「こらっ! なんてデリカシーの無いこと言うの! この悪魔め!」
 姉と同じくらいの悪魔だが、こちらは本物の悪魔だった。このリオバン・ニニと名乗るドワーフ女性の言うことには、エドマチという東の遠いところにある国で布教活動をしていた時に買った上着が呪われていて、この悪魔に憑りつかれたのだという。
 そんなものを見て、黙っていられる姉ではなかった。
「ちょっと顔見せてみろよ! ベヘリットみたいな顔してんじゃねえの? あと、やっぱり悪魔の取引とかあんのかな? あるんだったら取引して欲しいんだけど……?!」ナキシがまくし立てた。
 「おいおい! あまりいっぺんに全部きくなよ! 俺はシャイだからよ、知らない人の前で顔出しはNGなんだ、悪いな、嬢ちゃん」
「ええ~~! それじゃあ、質問に答えてくれよ!? やっぱり悪魔さんはトイレまでついて行くん――
 ナノコはそこで姉の口を背後からふさいだ。これ以上、姉に言葉の野グソをさせてはいけない。文明人として、最後の貞操を守らなければならない。
「それはそうと、町までの道は分かりますか?」リオバンが言った。
「アッチだろ!」
 姉がビシッと指さした。
「うん、違いますね……」
「え?! あってると思ったんだけどな……」
「じゃあ……」
 リオバンがゴソゴソと懐から紙を取り出した。
「この地図を差し上げますよ」
 ナノコが応えた。
「え、本当にいいんですか? それだとニニさんが困ることになるんじゃ……」
「大丈夫です、大体覚えましたし、それにもしもの時は悪魔が助けてくれますし。どうにかなりますよ」
 きっと腐れ縁なのだろう。悪魔にとっても、宿主としてリオバンは必要なのかもしれない。
「ああ、分かったぜ! こっちに行けばいいんだな!」
 しばらく地図を眺めていた姉が元気よくそう言って、町の方向らしき方角を指さした。
「うん、違います……」
「え、どこが違うんだよ?!」
「地図が逆さですよ……」
 しばらく気まずい沈黙が流れた。姉も目が泳いでいたが、何やら言い訳を思いついたみたいだ。
「ああ、これはオーク・ジョークだよ。まぁ、ドワーフに分かんないかな……まだ子供だし」
「子供じゃありません!」
「本当に? ナノコより2センチも低いクセに?!」
 なんで地図は分からないくせに、そんなしょうもないことは見ただけで分かるのか……
「背は低くても頭脳は大人なんです!」
「よく言うぜ……この前、屋台のローパーの丸焼きを何も知らずに美味しく食べてたくせによ……」
 悪魔が背後でボソッと言ったが、ニニが睨むと黙った。
「まあ、とにかく、子供をこのまま森の中に放っておくわけにはいきません。私が町まで案内しますよ」
「本当に……いいんですか? きっとニニさんも用事があると思いますし、大体の方向が分かればどうにかなると思うんで……」
「いえ、なんだか放っておけないし、町もそんなに遠くないですし」
 そこで、突然姉の奇声が上がった。
「おい、見てみろよ!? あんなところに、まさかあんなものがあるなんて……!!」
 一体何だろうと思って駆けつけたナノコとニニが見たものは――

       

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